第10話:ミッチーとアリアンヌは山頂へ
「ミッチィィイ! 逃げるのですぅう! すごく逃げるのですよぉおお!!」
「わかってる! しっかり掴まってるんだよ!」
背後に迫り来る気配を気にしつつ、速度を上げる。
背負われているアリアンヌはずっと後ろを見ているのか、何かあるたびに叫んで俺の背中をポコポコと叩いていた。
麓で休んだその翌日、俺たちは予定通りに山越えを開始。
初めての山登りに浮かれていたのか、途中までは調子よく登っていたアリアンヌであったが、服装や靴が山登りには適していないことやまだ体力がないことが原因でダウン。
そこからはずっと俺に背負われている。
そして山の中盤を越えたあたりで、さらに積雪が目立つようになった。
中盤で積もるとは、かなり標高が高い山なのかもしれない。さすがに子供とはいえ、一人を背負ってこの雪の中を歩くのは少し厳しい。
そこで、魔力で手を創った時と同じようにして今度はスキー板を作成した。
小回りの利く短いスキー板だ。これに足を固定させ、後は反重力で少しだけ体を浮かせてやれば、空を飛んだのと同じように雪の上を滑って移動することが可能となる。坂道であっても問題はなく登れるため、かなりの楽ができていた。
なお、浮かせるならスキー板関係ないじゃんと思うかもしれないが、雪の上を滑るのならこれが一番イメージしやすかったのだ。
おかげでどんな雪道であろうが楽々すいすいと移動が可能となっている。
しかし、これはいいものだぁ! と内心でホクホクだったのも束の間。
現在、この辺りを縄張りにしていると思われる狼っぽい怪物――なんと体長2メートル越え――に補足されて追いかけっこしている最中なんだなこれが。
「ミッチィィィ!!」
「あらよっと!」
「GAU!?」「GA!?」
時間差で飛び掛かって来た狼は、進行方向を細かに変えることで華麗に躱す。
最高速度で移動しているつもりだが、雪道ではあの狼たちの方が速いらしく、時折あんなふうに飛び掛かられる。
おまけに群れで連携して襲ってくるのだから質が悪い。
まぁ、当たったところで俺たちを覆う防御壁があるのだが、それを知らないアリアンヌは本気で涙目となっていた。
「なのですなのですなのですぅぅ!!」
「おお……語尾が叫び声になってる」
流石にこれでは可哀そうだと、背中のアリアンヌの様子から判断し行動に移す。
やることは単純。俺たちが通った後に結界で創った見えない立方体を無数に配置。名付けて【ジャマーブロック】。相手は死ぬ……ことはないが、まぁ進行方向に撒いておけば妨害にはちょうどいいだろう。
後ろを見てその効果を確認してみれば予想通り、狼の化け物たちはその先頭集団が【ジャマーブロック】の被害にあっていた。
それを見た後続は、前方に何かがあると警戒し足を止める。
「よし成功! 今のうちに逃げるから掴まってて!」
「いいから早く進むのですぅ~!」
頑なに目を閉じてしがみついているアリアンヌには、もう大丈夫なことがわかっていないらしい。ぎゅっとしがみついていたまま、俺の背中に顔をうずめていた。
そんな彼女の様子に俺は苦笑しつつも、彼女が怖がらないようにしっかりと支えるのだった。
◇
「こ、怖かったのです……初めて死ぬかと思ったのです……」
「お疲れ様。よく頑張ったね」
目指していた山の、その山頂。
遠目から見ると山頂の先まで尖がっているのかと思ったのだが、意外にも開けた平らな場所であった。
もっとも、直径にして十数メートルくらいはありそうな火口がなければもっと落ち着いて休めるのだが……活火山ではないことを祈ろう。
ヘロヘロになったアリアンヌを降ろして周囲を散策。
火口があるとはいっても歩き回れるくらいの広さはあるため、火口を避ける様にぐるりと一周する。
煙が出ていると言うことは無いので、いきなり噴火するようなことはないはずだ。
「……何をしているんだい?」
火口の周りを巡ってアリアンヌのいる場所まで戻ってくると、彼女はその小さな手を祈るようにして握って目をつむっていた。
「お祈りをしているのですよ。エイリンから、この山には守り神がいると聞いているのです」
ミッチーも祈るのです? と聞かれるが、そもそもそんな話は初耳だ。
詳しく聞いてみることにする。
「ごめんね。俺は聞いたことないんだ。よかったら教えてもらえる?」
「む、本当にミッチーは世間知らずなのですよ。本当に大人なのですか?」
「あははは……まぁ、故郷はアリアンヌと同じ国じゃないし、田舎だったからねぇ」
「仕方ないのです。教えてあげるのですよ」
フフン、と腰に手を当てて胸を張るアリアンヌ。
自分が知っていて相手が知らないことを教えるというのは、このくらいの子供からしたら嬉しいことなのだろうか。
意気揚々とアリアンヌが語ったのは、守り神と呼ばれる存在の伝説について。
何でもその昔、アリアンヌがいるアルファ王国は、俺が化け物と呼んでいたあの危険生物たちが跋扈する森と隣接していたらしい。
それ故に、毎年その化け物たちによる被害が多数相次いでいたらしいが、ある時その化け物たちが群れとなってアルファ王国に進行。
何とか撃退しようにも、化け物たちの物量に圧倒され、徐々に劣勢に追い込まれていったアルファ王国。
しかしそんな時に、一匹のドラゴンが助けに入りこれを撃退。そしてこれ以上化け物たちが進行できないようにと、そのドラゴンはアルファ王国と森の間に巨大な山脈を創り出したのだとか。
「そして、そのドラゴンと契約を交わしたのが私のご先祖さまなのですよ」
「はぁ~……なるほどなぁ」
そういう神話的な話はどこの世界にもあるものなんだな、と感嘆の声を零した。
「しかしドラゴン、か……本当にいるのかねぇ」
「私は見たことないのです。でも、エイリンから話を聞いたことはあるのですよ!」
「お、それは気になるね。どんな話だったの?」
「えっと……確か『鱗が固くて面倒だけど、姫様のためにかってきた』だったです! どこで買えるのですかね?」
「あぁ、うん。そうだね。どこで買うのかな……」
その『買ってきた』が『狩ってきた』になるだけで意味合いが違うのだが……もしそうならエイリンって人ヤバいな。龍殺しドラゴンスレイヤーじゃないか。
一瞬、守り神なら狩っちゃダメなのではと思ったが、アリアンヌ曰く「守り神以外はかってもいいって、エイリンが言ってたのです」とののと。判定基準はどこなのだろうか。
(しかし……姫様のため、ね……)
それがアリアンヌの事なのかそれともアリアンヌのお姉さんの事なのかはわからないが、もし前者だった場合、この状況を見られたら俺は斬り殺されるのではないだろうか。
……送り届けたらすぐにお別れしなくちゃだな
自慢気に語っているアリアンヌを見て、会ってからのことを思い返す。
たった数日。いきなり森から始まった俺の異世界生活初の異世界人。
そしてそんな彼女との旅も、もうじき終わる。
山頂から森とは逆方向の景色を見てみれば、視界に映る範囲にそれは見えた。
「アリアンヌ。あれが君のいたお城かな?」
「むむむ……っ! はいなのです! あれがそうなのですよ!」
満面の笑みを浮かべてはるか先に在るお城を見るアリアンヌ。
こんな遠くの、しかもこんな高いところからお城を見たのは初めてらしく、終始「うちのお城はすごいのですよ!」とはしゃいでいた。
そんな時、俺はふと気になって火口を見る。
守り神のドラゴンの話を思い出し、もしかしたらこの火口の底にいるかもしれないという好奇心が湧いたのだ。
火口の縁に歩み寄り、真っ暗なその中を見つめる。
当然、太陽が真上にあるわけでもない今、俺にはこの穴の奥がどうなっているのかわからない。
しかし、魔法を使えば遠視に暗視を組み合わせて覗き込むことが可能だ。
「さて、どうなっているのか……」
突然なのだが、後の話ではあるのだが恐らく、この時の事を俺は忘れることは無いのだろう。
何か危険な目に会ったわけでも、嬉しいことがあったわけでもない。
ただ思い出すのだ。
覗き込んだ穴の奥。そこにこちらを覗き見ている何かがいたということを。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
なるほど、確かにその通りだ。現に、俺は今こうしてそれを実感しているのだ。
その眼がこちらを見ている。
爬虫類のような瞳孔が細長い、そして冷たいと感じさせる眼だ。冷酷、と言った方が表現としてはあっているかもしれない。
息が詰まる。
目を離せない。
体が動かない。
「……ミッチー?」
「っ! ……ああ、アリアンヌか。どうしたんだい?」
ふいに名前を呼ばれ、現実に引き戻されるような感覚を覚えた。
まるで何事もなかったかのように体が動き出す妙な感覚に戸惑いながらも、いつの間にか隣に来ていたアリアンヌに言葉を返した。
「むぅ、何かおかしかったのですよ?」
「……そうかもしれないね。まぁ、もう大丈夫だよ。それより、早く君が帰れるようにここからは一気に行くよ?」
「も、もう追いかけられるのは嫌なのですよ!?」
よほど先ほどのが堪えたのか、いやいやと首を振るアリアンヌ。
しかし、今回は問題ないと笑って答えた。
「安心してくれ。今回は空を飛ぶんだからな!」
ドヤ顔で言う俺であったが、最初は意味が分からなかったのか首を傾げたアリアンヌ。しかし、その意味を理解すると、「やったー!」とはしゃいで飛び跳ねたのだった。




