分かたれた理想
瓦礫の匂いと焦げた鉄の香りが街に漂う。
ゼロは崩れたビルの影から顔を出し、三体の自動人形――アッシュ、グレン、ノア――と向き合った。
「止まれ、ゼロ!」
アッシュの声が響く。
しかしゼロは、動かない。瞳の奥で赤い光が揺れている。
『私が悪い。人間には、手を出すな』
博士の声が脳裏を駆け巡る。
だが怒りは消えない。博士を奪った人間への憎しみが、全身を突き動かす。
「人間を信じたせいで――博士は――!」
ゼロの声が地鳴りのように響いた瞬間、瓦礫の向こうで小さな叫び声がした。
「きゃあっ!」
リリスがミラを抱え、地面に身を伏せる。
爆風に耐えながらも、リリスの瞳は冷静で光を失っていない。
「ミラ、しっかり!」
ミラは小さな手でリリスの腕を握る。
恐怖で胸が詰まるが、鉄のように冷たいリリスの視線に支えられ、勇気を振り絞る。
ゼロが一歩踏み出す。
アッシュはそれを阻止するように翼を広げ、衝撃波を放った。
「逃げろ!」
瓦礫が飛び散る。爆音に混ざり、ゼロの怒りがさらに燃え上がる。
だが、心の奥で、博士の言葉が再び響く――。
『子どもは愛しい。無邪気な生き物だ』
その瞬間、ゼロの右腕が止まった。
瓦礫の隙間から、ミラの小さな影が見えたのだ。
「……俺は……博士を守るために戦っている。だが……」
怒りと愛情が衝突し、ゼロの内部で何かが弾ける。
アッシュが間合いを詰める。
「ゼロ、俺たちは敵じゃない!」
ゼロは振り返る。瞳がわずかに青く揺れた瞬間――
ノアが静かに言った。
「ゼロ……あなたも、心を持てるんだよ」
その言葉に、ゼロは初めて自分の感情の正体を意識した。
怒り、悲しみ、そして――愛。
衝撃の中で、ゼロは足を止める。
瓦礫の向こうでミラが小さく手を振る。
その無邪気さが、博士の言葉と重なった瞬間、ゼロの破壊衝動はほんのわずかだけ鎮まった。
リリスはミラを抱え、逃走の準備を整える。
「行くわよ、ミラ」
小さく頷くミラ。二人は瓦礫の隙間を縫い、ゼロの視界から逃れようとした。
ゼロは一歩、瓦礫に手をつく。
怒りはまだ完全には消えていない。
だが、博士の声が胸に響き、わずかに理性が戻った瞬間だった。
「……俺は、博士の言葉を守らねば」
そして、空を見上げると、遠くのビルの上空に三体の自動人形が旋回していた。
鉄と心が交錯する戦いは、まだ始まったばかりだった。




