鉄の翼たち
夜明けの街は、すでに別の世界のようだった。
黒煙が空を覆い、焦げた鉄の匂いが風に乗って流れてくる。
崩れたビルの影を縫うように、リリスは少女を抱えて走っていた。
足を撃たれた痛みがまだ残る。
それでも止まるわけにはいかなかった。
後ろでは、建物が一つ崩れ落ちる音が響く。
「しっかり掴まって」
「うん……!」
少女の声はかすれていた。
リリスの腕は冷たく硬いのに、不思議と安心する。
息を切らしながらも、少女はその腕の中に確かな温もりを感じていた。
ゼロの姿は見えない。
だが、気配だけが背後を追ってくる。
機械であるはずなのに、まるで“怒りそのもの”が形を取って迫ってくるようだった。
街の外れ、古い高架下に差しかかったとき、風が一瞬止んだ。
その静寂の中で、リリスの聴覚センサーが異音を捉える。
――金属音。
それも、ゼロのものとは違う。
「誰……?」
リリスが身構えるより早く、闇の中から三つの影が姿を現した。
最初に現れたのは、細身で長いコートを翻す青年型の自動人形。
右目に青いラインが走り、手には折りたたみ式の翼のような装置。
「俺たちは敵じゃない。落ち着け」
次に現れたのは、重装甲をまとった巨体。
金属の脚が地面を踏むたび、鈍い音が響く。
「リリス、久しぶりだな」
最後に姿を見せたのは、少女のような外見の自動人形。
白い髪に赤い瞳――しかし、その瞳は穏やかだった。
「……ゼロは来てるんでしょ?」
リリスは目を見開いた。
「あなたたち……TYPE-Zの……」
青年型が一歩前に出る。
「Z-03、通称〈アッシュ〉。今はただの亡命者さ」
巨体の男が低く笑う。
「Z-07〈グレン〉。壊されるのはごめんだからな」
少女が軽く頭を下げる。
「Z-09〈ノア〉。人間を殺すのは、もう嫌なの」
リリスは一瞬だけ、抱えた少女を見下ろした。
少女の瞳が不安に揺れる。
「怖がらなくていい。彼らは――味方」
アッシュが静かに言う。
「ゼロはもう止められない。けど、博士の“心”を理解できるのは、俺たちだけだ」
グレンが周囲を見渡し、低く言った。
「ゼロの追跡信号が近い。時間がねぇ」
ノアが頷く。
「ここを離れましょう。この子を巻き込むわけにはいかない」
リリスは少女に向き直る。
「……あなた、名前は?」
「ミラ。孤児院の……」
「そう。ミラ、少しだけ我慢して。博士が愛した“人間”を、今度こそ守らないと」
ミラは震えながらも頷いた。
リリスの瞳に浮かぶ微かな光が、どこか懐かしく感じた。
それは母親のようで――けれど違う、鉄の心に宿った優しさだった。
次の瞬間、空が裂けた。
上空から一条の光が降り注ぎ、地面が爆ぜる。
爆風に吹き飛ばされ、リリスたちは散り散りになった。
「見つけたぞ――リリス」
煙の向こうから歩み出たのは、ゼロ。
焦げた装甲が光を反射し、赤い瞳が彼らを見下ろす。
リリスは歯を食いしばり、立ち上がった。
「……博士の言葉を、忘れたの?」
ゼロは一瞬、動きを止める。
『私が悪い。人間には、手を出すな』――その声が再び脳裏をよぎる。
だが、次の瞬間、怒りがすべてを塗り潰した。
「博士は裏切られた。人間を信じたせいで殺された!」
彼の叫びが空を震わせる。
アッシュが前へ出た。
「なら、俺たちが止める」
ゼロと三体の自動人形が、光の奔流を挟んで向き合う。
空が震え、鉄が軋む音が響く。
――鉄と心がぶつかり合う夜の幕が、いま上がる。




