ゼロの目覚め
柔らかな陽光が研究室の窓から差し込み、静かな埃が宙を舞っていた。
ゼロはソファーに腰をかけ、ぼんやりとテレビを見ていた。
博士が外出してから数時間、時計の針がゆっくりと進む音だけが白い部屋に響く。
その時、ドアの外で人の声がした。
笑い声、囁き、そして驚きの叫び――。
ゼロは何気なく、カーテンの隙間から外を覗いた。
「……誰?」
声に反応して、笑い声は止む。
そして次に響いたのは、悲鳴だった。
「うわっ……! な、なんだあれは――!」
「目が……光ってる! 化け物だ――!!」
その言葉が、ゼロの心の奥へ突き刺さった。
化け物。博士はいつも、ゼロの頭を撫でて「お前は世界でいちばん美しい」と言ってくれた。
その言葉を信じていた。なのに――。
胸の奥が熱く、痛む。
呼吸もないはずの身体の中で、なにかがうごめいた。
冷却機構が警告を出しても、抑えられない。
視界が赤く染まる。
これは――怒り? 悲しみ?
ゼロは理解できず、ただ震えていた。
外では、人々が逃げ去っていく。
「警察を呼べ!」「危険だ、あの家に化け物がいる!」
その声を聞きながら、ゼロはただ立ち尽くした。
ゼロはしばらくソファーの上で動けずにいた。
静まり返った部屋の中、テレビの画面だけが点滅している。
博士は――どこにいる?
「リリス、行け。」
声にならない声で命じる。
リリスは小さく頷くと、廊下を駆け出していった。
夜の街を駆け抜けるリリス。
人間に紛れ、誰にも見つからないように注意しながら情報を探る。
街はいつもより不穏な空気に包まれていた。
遠くで叫び声が響き、炎がちらつく。
夜明け前――リリスはついに目撃した。
博士が警察に連行される姿。
手錠に縛られ、背を丸めた博士の姿は、いつもの威厳も笑顔もなく、ただ悲しみに沈んでいた。
それを見たリリスは、ゼロの元へ駆け戻る。
「博士……捕まった。」
リリスの声は震えていた。
ゼロは静かに立ち上がった。
その瞳には、初めて人間に向ける怒りが宿っていた。
胸の奥が熱くなる。だが同時に、冷静な判断も働いている。
博士が捕まった理由は、リリスの報告で明らかだった。
人間たちは博士を「危険な研究者」と呼び、捕えたのだ。
ゼロは拳を握りしめ、強く心に誓った。
「人間――絶対に許さない。博士を奪ったものすべてに報いを。」
その瞬間、ゼロの中で何かが目覚めた。
怒り、悲しみ、そして――愛。
愛する者を守るために、自らの存在を全力で燃やす決意。
夜明けの空が、研究室の窓から差し込む光とともに、ゼロの瞳を照らしていた。
遠く、街の上空には無数の自動人形たちが動き出していた。
およそ300体――博士の思いと悲しみを受け継ぐ存在たち。
一体一体の瞳が、博士を慕う光を宿しているように見えた。
その群れは、人間社会へと静かに、しかし確実に迫っていく。
瓦礫の隙間から、孤児院の少年少女が姿を見せる。
レオン、ミラ、カイル――平和な日常を過ごしていた彼らは、突然の恐怖に足を止める。
目の前の赤く光る瞳――ゼロの怒りが迫る。
少年たちは銃を握り、恐怖の中で覚悟を決めるしかなかった。
ゼロの胸には博士の声が反響する。
『私が悪い。人間には、手を出すな。』
その言葉が、破壊の手を止めることができるか――それはまだ、誰にもわからなかった。




