2 出会い
「はー、あったかい」
ディックはいつものように、木漏れ日の下で日向ぼっこをしていました。
淡い太陽の光が耳や尻尾に温かく当たります。大きく息を吸い込むと、森の瑞々しい香りで体が満たされるように感じます。
耳を澄ませば、小鳥の声や小動物の走る気配や木々や草花が揺れる微かな音が聞こえます。
とても静かです。
時々、一人ぼっちが寂しくなることがありますが、こうやって森で生活する生き物の気配を感じることで、ディックは寂しさを紛らわしていました。
ここは、森のとても深い場所なので、人間を見かけたことはありません。
ここに居れば、ディックは昔のトラウマに悩まされることはないのです。
そう思っていたのでディックは気が緩んでいました。何者かがディックに近づいてくる気配に全く気がつきませんでした。
「あ、オオカミさん。見つけたわ」
それは小鳥のように可愛らしい声でした。でも小鳥は、こんな風にしゃべりません。
ディックは閉じていた目を開き、ガバッと起き上がりました。
「こんにちわ。オオカミさん」
すぐ近くに女の子が立っていました。
ディックと目が合うと、女の子はにっこりと微笑んであいさつをしました。
けれど、ディックはそれどころではありません。
女の子は人間です。
そして、赤いフードをかぶっています。
ディックの頭の中に「赤ずきん」の物語が、挿し絵が、流れます。トラウマになった、石を詰められて湖に沈められるシーンです。
一気に血の気が引きました。
「う、うわぁぁぁぁぁっ」
ディックは大声で叫びながら、一目散に逃げました。後ろから「オオカミさん?」と女の子の戸惑った声がしましたが、振り返る気はありません。
とにかく逃げないと、という気持ちで一杯でした。
自分の家にたどり着いたディックは、バタンッと大きな音を立てて扉を閉めると、震える手で厳重に戸締まりをしました。
「な、なんで、人間が……っ」
今まで人間がこんなに深い森の奥まで来たことはありませんでしたので、ディックは大いに動揺してしまいました。
でも、女の子はディックの後を追いかけてくる様子はありませんでした。
自分の家に帰ってきたことで、ディックは少しずつ落ち着きを取り戻していきます。
「あの女の子『見つけた』って言ってたけど、どういう意味だろう?」
まるで、ディックに会いにきたような言い方でした。
でも、ディックに人間の女の子との接点なんてありません。
どうして女の子があんな事を言ったのか分からず、ディックは首を傾げたのでした。