1 狼の獣人ディック
深い森の奥に、狼の獣人のディックは住んでいました。
獣人というのは、動物の特徴を持った種族のことです。
ディックにも狼の特徴であるモフモフの耳と尻尾、そして牙があります。
ディックが森の奥深くに住んでいるのには理由がありました。
(人間は怖い)
そう、ディックは人間が怖いので、できる限り関わらないように、森の奥深くに住んでいるのです。
最近は、人間との共存を目指すといって、人間の町に住む獣人も多くなっています。人間と結婚する獣人もいるくらいです。
ディックの両親や兄も、数年前に他の獣人たちと一緒に人間の町に引っ越してしまいました。
もちろんディックも一緒に行くように言われましたが、「絶対に嫌だ!!」と拒否して、家出同然に飛び出したのです。それからずっと、ディックは森の奥で一人で暮らしています。
ディックが人間を怖いと思ったのには理由がありました。
小さなころに「赤ずきん」という物語を読んでしまったのです。これは狼の性質を持っている獣人が、人間に危害を加えないようにと少しお兄さんくらいの年頃になったら読み聞かせる物語でした。
(お腹を切り裂いて、石を詰め込むなんて……それから湖に落とすの!?なんて人間は怖いんだ!!)
まず、狼がおばあさんを食べたことや、赤ずきんを騙して食べようとしたことが悪いのですが、それにしてもひどいと思いました。倍返しどころではありません。
幼いディックには少し刺激が強すぎました。
そして間が悪いことに、その物語を聞いた翌日に、人間の罠にかかって足と左目の下を怪我してしまうという事件もありました。
(このままじゃ、人間に捕まっちゃう!)
(悪い狼と思われて、僕も殺されちゃうかもしれない!!)
別にディックは悪いことをして罠にかかったわけではありませんが、前の日に読んだ「赤ずきん」の衝撃が抜けていませんでした。
幼いディックはパニックになりました。どうやって罠から抜けたのか覚えていません。
その後ディックは、怪我と精神的なストレスで何日間も寝込んでしまいました。
成長して、あの物語が人間に危害を加えないようにとする教材であることを理解できるようになってからも、あの時に感じた恐怖が消えることはありませんでした。
トラウマになってしまったのです。
なので、人間の町に住むなんてディックには到底無理な話でした。
ディックは、家族と離れて一人で暮らすことになっても、人間と関わりたくないと思ったのです。