時を売る店
ハルキは、都会の喧騒を抜け、ふと見つけた「時を売る店」の前で足を止めた。彼は仕事のプレッシャーに追われ、本当の休息を知らずに過ごしてきた。店のウィンドウに並ぶ砂時計を見つめながら、彼はふと思った。もし時間を買えたら、どれほど幸せだろう。
店内に足を踏み入れると、店主が迎えた。彼はハルキの顔を一瞥して、「何をお探しですか?」と尋ねた。
「時間を買いたいんです。1年分だけ、自分だけの時間を」とハルキは答えた。彼はその時間を使って、旅をし、趣味を楽しみ、忘れていた「自由」を取り戻すことを夢見ていた。
店主はニコリと微笑み、「了解しました。1年分の時間、こちらでどうぞ」と言った。ハルキは、これから始まる自由な時間を心から楽しみにしていた。
しかし、ハルキが想像していたような休息は訪れなかった。日常は変わらず、仕事の締め切りは相変わらず彼を追い詰めた。彼は落胆し、時間を買った意味を疑い始めた。
そして、ある日の帰り道、ハルキは交通事故に遭う。世界は一瞬で暗転し、彼の意識は深い闇に飲み込まれた。次に目を開けた時、彼は病院の白い天井を見上げていた。医師の声が、遠く霞のように聞こえてくる。「奇跡です。生きているのが信じられない……」
日々は白い壁の中で静かに流れ、ハルキはベッドに縛り付けられた船のように、時間の海に漂っていた。家族が時折、彼の小さな島に訪れる。母はいつも、彼の手を握り、涙を浮かべていた。言葉は少ないが、その手の温もりがハルキには心地よかった。
ある日、医師と家族の話し声が、廊下の向こうから漏れてきた。
「持ってあと1年……」