幕間-1
フレイとヘイレンを見送った後、シェラはふとレムレスのことが気になった。麦酒瓶1本をふたりであけただけなのに、顔を赤らめて挙げ句の果てには寝てしまうなど、全くもって酒豪らしくなかった。本調子じゃなかったのか、見た目に反して疲労困憊だったのか。
レムレスの部屋をノックしてみる。しばらく待つも、扉は静かに佇んだまま。まだ休んでいるのだろう。そう思って自部屋に戻ろうと踵を返したその時。
「シェラ、おはよう!」
神殿で会った時と変わらない様子のレムレスが、手を振りながら寄ってきた。
「おはよう。まだ寝てたのかと思ったよ」
「ん、さっき起きて慌てて朝食をとりに行ってた」
昨夜はごめんね、と両手を顔あたりで合わせて謝ってきた。シェラは構わないよと微笑んだ。レムレスはヘイレンの姿が見えないねと呟いたので、フレイとシノの里へ行ったと話した。
「夕方頃に迎えに行くつもりだけど、それまでレムの旅の話とか聞けたらなと思って」
「そうだね。御魂送りは昨日シェラがやってくれたし、久しぶりの再会だ……話したいことが山ほどあるよ!」
「よし、じゃあ商通りのカフェで珈琲でも飲みながら教えてよ」
そういうわけで、ふたりはカフェで珈琲とクッキーを買い、テラス席に座った。雲が陽を隠しているせいで冷え込んでいるが、これくらいなら問題ない。暖かい珈琲がより美味しく感じられる。
「ここに来る前はどこを旅していたの?」
一口サイズのクッキーをつまんで口に放り込むレムレスを見つめながら、シェラは珈琲を少し飲む。ヘイレンの好きな「ブラック」だ。
「ライファス遺跡のさらに北へ行ってみたよ。誰も行ったことのない、未踏の地だ」
確かに遺跡に着けばそこで折り返してしまうので、さらに北へ行くことは考えたことがなかった。ライファス遺跡は、風の国ヴェントルに広がるトア・ル森の北部にある。エルフの民が住んでいた場所だ。
レムレスは各地の町や村などを巡るよりは、未踏の地に足を踏み入れ、新たな集落があるかどうかを確認する役割を担うことのほうが多い。集落を見つければ訪れ、ヒトビトとの関係を築く為に数日滞在する。
彼の旅話は新たな場所の様子が聞けるので、毎回楽しみにしている。今のところ「魔物の集落だった」とか「悪い組織に捕われていた」といった物騒な話は聞いていない。
「トア・ル森の北側には草原が広がっていたよ。美しくてしばらく見惚れていたよ。その広大な草原にトア・ル森よりは小さめの森があったよ。たぶん、小さめ。その森の入口には門があって、住民らしきヒトが立っていた。ヒトの姿だけど猫耳だったな。半獣というより獣の耳を持ったヒトって感じだ」
「セイレーン族みたいな感じなのかな?彼女たちも魚のヒレのような耳を持っているし」
「そうそう、そんな感じだと思って正解。男性も女性もみんな猫耳だった。そしてみんな、ぼくを快く迎えてくれた。森の中はログハウスが転々と立っていて、光り輝く蝶が舞い、小動物たちがそこかしこで走り回っていたよ。幻想的で綺麗だったなあ」
情景が頭の中で蘇ったのか、空を仰いでうっとりしている。それから少し、珈琲をすすった。シェラも同じようにまた少し飲む。
「そうそう、森の中央に祠があってね。祀られていた像が、これまた素晴らしかった!見たことあるようなないような姿をしていたけどね」
どっちなんだよ、と思わず突っ込みを入れると、レムレスは悩みに悩んで「やっぱりどっちつかずだよ」と笑った。とても気になる言い方をする……。
「馬が佇んでいる像ではあったんだけど、ぼくたちがよく見る馬とは違ってて」
「ほう?どう違うの?」
「額にツノが生えてた」
「それって一角獣じゃないの?」
「それだけならね」
それだけなら。勿体ぶってくるレムレスにほんの少しムッとした。ゆっくり珈琲を味わう姿に、だんだん中から何かが湧き出そうとしていた。
「翼でも付いてたりして」
ぽろっとシェラが呟くと、レムレスは珈琲を吹きそうになって盛大にむせた。幸い、ローブを汚すことは免れたが、あまりにも苦しそうに咳き込むので背中を摩ってあげた。
「ごめん、変なタイミングで」
「ほんっと……シェラ……ズルいよ……」
何がズルいのかいまいちわからないが、やっと咳が止まると、レムレスは5回くらい深呼吸をした。
「ふう……。しかしまあ、よくわかったね。そうだよ、翼が付いてたんだよ。立派な翼が……」
軽く咳き込む。……心配になってきた。シェラは少し席を離れてカフェに飛び込み、コップ一杯の水をもらってきた。それをレムレスにわたすと、彼はくいっと飲み干した。
「ありがとう、もう大丈夫」
「よかった……。しかし翼の生えた一角獣か……。彼らの信仰神なのかな」
たぶんね、とレムレスはやや掠れた声で言った。確かに見たことのありそうな姿だが……そのような生き物は出会った記憶がない。どっちつかずだと言うのもわかる気がする。因みに一角獣も出会ったことはない。
「ぼくに絵心があれば描いてあげられたのに。あんなにも美しい姿は、決して忘れることはないよ」
何となくアルティアの頭部と身体を馬に見立てて想像してみると、そんな幻獣がかつて存在していたのかと思いに耽る。
かつて存在していた……。
もしかしてそれは……。
シェラは胸がざわついた。