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第1章-3

 目覚めると既にシェラは起きていた。窓のそばの椅子に座って、ぼんやりと外を眺めていた。


「おはよう、シェラ」


 いつも通りに挨拶をすると、彼も変わらぬ様子で返してくれた。


「今日はモントレアの神殿に行くよ」

「シンデン」

「神様が祀られている場所。ヒトビトはそこへ行き、お祈りするんだ」

「なるほど……」

「神殿そばのお庭は墓地であることがほとんどで、亡くなったヒトの魂が留まっていることがあるんだ。その魂を在るべき場所へ送る……昨日の暴竜のように、御魂を霊界へ送る儀を行わないといけない」

「留まっている魂を放っておいたらどうなるの?」

「魂にもよるんだけど、負の感情……怒りや恨みを持って亡くなった魂は、放っておくと怨念の魂になって、やがては魔物に変わってしまう。こうなるともう、ヒトとして霊界へ送ることは出来なくなるし、その魔物は討伐しないといけない。討伐した魔物は霊界へ行くのではなく、その場で『消えた』ことになるんだ」


 なんとも恐ろしい世界だ。


「ところで、霊界ってどんな世界なの?ヴァルストも霊界へ逝ったのかな?」


 聖なる国ホーリアを襲った闇の一族ヴァルストは、ヘイレンやアルスたちと戦い、最終的には魂だけの状態になった。それをアルスが鉤爪でスパッと割ってしまって消えたのだが、あの魂、どうなったのだろうか?


「僕たちにヴァルストの記憶が残っているから、『消え』てはいないかな。『消える』というのはつまり、生きているヒトビトの記憶からも消されて、『最初から存在していない』ことになるんだ」

「えええ!じゃあ、もし、ヴァルストの魂が消えちゃったら、ホーリアを襲ったジンブツは結局誰だったの?ってなるの?」

「……そう、というか、『ヴァルスト』という認識ではなく『別の誰か』になってるっていうか……」

「ナンダカスゴクムズカシイ」


 もう頭から煙が部屋を埋め尽くしてしまいそうなほど出ているかもしれない。


「……一旦ヴァルストから離れようか。えっと、霊界ってどんな世界か、の答えだけど」


 そう、大元の質問はそっちである。ヴァルストなんて引き合いに出したのがまずかった。そして答えを聞く前に、盛大にヘイレンのお腹が鳴った。静寂が降りる。ややあって、シェラが吹き出した。ヘイレンは顔が熱くなるのを感じた。


「とりあえず、ご飯食べて神殿に向かいながら話そうか」


 そういうわけで、ふたりは部屋を出て宿の食堂へ向かったのであった。






 朝昼兼用で食事を摂り、ヘイレンたちは宿を出た。聖なる炎の佇む広場を通り過ぎ、同じような家々が立ち並ぶ大通りを進む。最初に通ったものとは違う通りだ。


 モントレアの大通りは、松明を中心に東西南北の4方向に伸びているらしく、幻獣や竜から降りて通った道は南側にある『正門通り』という。神殿への道は東側に伸びている『神殿通り』で、突き当たりには正門と同じ形をした門が口を開けてヒトビトを通していた。


 因みに宿があった通りは西側で『(あきない)通り』といい、残った北側は『都長通り』だそうだ。


 そんなことをシェラから教わりながら、神殿通りの突き当たりの門をくぐる。谷へと続く石畳のくねくね道を足元に気をつけながらひたすら歩いた。


 谷の終わりに近づくと、ゴオオオ、と竜の咆哮とは異なる音が聞こえてきた。何が待っているのか怖くて、思わずシェラのローブの袖を掴んで立ち止まった。


「何この音……」


 止められたシェラは振り返る。


「この先にある大きな滝の音だよ。大丈夫、襲ってこないから」


 襲ってくるような滝は勘弁だが、滝だとわかると緊張が解けた。けれども掴んだ裾はまだ離せなかった。そんなことはお構いなしに、召喚士は歩き始める。


 少しして、谷を出た。古風な建物が中央にあり、その周りを囲むように大きな滝が大量の水を流し続けていた。一部ほんのりと虹が出ていた。


「凄い……!!」


 ヘイレンは目を輝かせてその光景に見入ってしまった。シェラもまた、感嘆のため息をついた。


「あの建物がモントレアの神殿。ここからあそこまで滑りやすいから気をつけて!僕の声聞こえてる?」


 滝の音でシェラの声が掻き消されそうになっているが、ヘイレンにはちゃんと聞こえていたので大きく頷いた。いつだったか、シェラの声はあまり通らなくて大声も滅多に出さないとか言ってたのを思い出した。


 ゆっくりと時間をかけて、滝に見守られながら神殿へと向かった。






 滝からの霧で髪がしっとりしている。神殿に入ると、袴姿の神官たちがタオルを持ってきてくれた。頭、服、足と、上から下まで一通り拭くと、こちらへと入口(わき)の小部屋に案内された。


 そこは木の壁に囲まれた部屋だった。中央の薪ストーブが、部屋をほんのり暖めていた。同じく木でできた長椅子に座って、湿った髪や服を乾かした。


 しかしながら、あそこを通るたびにびしょ濡れになってしまうとなると、訪れるヒトは大変だと思ったが、普段はここまでにはならないとシェラが言った。


「年に数回しかないよ、こんなに濡れるの。風邪を引かないようにしっかり乾かさないとね」


 薪ストーブに手をかざすシェラをぼんやり眺める。いつの間にかローブを脱いだ姿になっていた。ベージュのチュニックと白のズボン、水色と紺色の紐で編み込まれた帯に杖が差し込まれている。細い腕が小刻みに震えていた。こんな時でも、右手のガントレットは装着したままだ。蒸れたり傷んだりしないのだろうか。


「そのガントレット、一日中着けてるけど大丈夫?濡れても平気なの?」


 シェラの手の震えが止まった。そして己の右手を見つめながら、ため息をついた。


「封印の魔法で作られたものだから平気。この前は火に負けて朽ちてしまったけど、今のやつはその心配もないよ。……本来なら僕は片腕のはずなんだけどね。不思議なこともあるもんだ」


 苦笑するシェラを見て、ヘイレンは胸がきゅっと痛くなった。触れてはいけないモノに触れたような感覚。


 前にも少し話したけど、と前置きして召喚士は口を開く。


「……竜の腕。腕の主が誰なのか、僕にはわからない。どうしてこうなったのかも。……過去に何度か変化(へんげ)して竜の腕の力を使ったことがある。でも使うたびに、そいつの意思が僕の中にどんどん入り込んでくる。いつか完全に支配されて、僕は僕でなくなるかもしれない。そんな恐怖があって、ウィージャに封印出来ないか相談したんだ」


 一息ついて、シェラは右腕をそっと(さす)った。


「そしたら、彼の義手を作った技師を紹介してくれた。彼女は僕を見るなり、『外では絶対に見せちゃダメ!』って凄い剣幕で怒られちゃった。苦い初対面だったよ」


 その時の『彼女』の表情を思い出したのか、少し笑った。確かにあの腕は、通りすがりに見かけたら二度見してしまうかも。そして、怖いと思ったのも事実だ。


「事情を話して、彼女に状態を見てもらって……」


 『彼女』は手首の少し上あたりに、深めの長い傷を見つけ、そこに手を当てた。目を閉じてそっと唱えると淡い光が傷を覆い、次に手首から肘の手前までを覆った。そして腕全体を光らせた。しばらくして光が消えると、再生されたように腕が元通りになっていた。傷のあった部分にはガントレットが着いていた。


「このガントレットは魔力で出来ているから、自分では外せない。余程のことでない限り、朽ちることはないって言ってたんだけどね……」


 ヘイレンを襲った『赤毛のオッドアイのジンブツ』の力は、「余程のこと」だったようだ。


 シェラは今度は右肩を抱くように手を当てた。


「これがもし、邪神竜の腕だったら……それこそこれ以上封印を解いてはならない。世界を壊滅一歩手前にしたとんでもない竜だ。僕も次は殺されるかもしれない」


 あの時……王宮都市ダーラムの東にあるトア・ル森でヘイレンが『赤毛のオッドアイのジンブツ』に襲われた時……ガントレットの封印を解かれ、勢いのまま相手を変化した竜の腕で握り潰したが、あの後すぐに氷の魔法で腕全体を覆っていなければどうなっていたのだろうか。シェラはそんなことを呟いた。


「……なんか、ごめん」


 ヘイレンはシェラに自然と謝っていた。召喚士は謝られたことに少し驚いていたが、「いずれ話さなきゃならなかっただろうから気にしないで」と微笑んだ。


「行動を共にするわけだし、ヘイレンが気になったことは可能な限り答えるよ」


 そう言って近くにかけてあったローブを取って、乾いているか様子を見始める。ヘイレンは芯から暖まり、髪もすっかり乾いていた。


「あ!」


 シェラは乾いていたローブを羽織りながら何か思い出したように声を上げた。突然だったのでびっくりした。


「霊界ってどんな世界か、って話をするの、すっかり忘れてた……」


 そういえばそうだった、とヘイレンは笑った。あのくねくね道を歩くことに必死だったので、むしろ忘れられててよかったかもしれない。教えてくれてたとしても、多分、頭に入ってなかったと思う。


「御魂送りの儀の後に話すね」


 シェラはローブの帯を締めると、ヘイレンも立ち上がった。そして部屋を出て神殿の庭へと向かった。






 庭、と言っても空が見えるのではなく、洞窟のような空間だった。とは言え天井は高く、満点の星空のように鉱石が光を放っていて明るい。


 たくさんの墓石が綺麗に整列している。ところどころに花束や果物が添えられている。お参りに来た人が置いていくそうだ。


 最奥(さいおう)の一際華やかな墓石の前に着くと、シェラはヘイレンと向き合った。


「この墓石には、モントレアを築き上げたと云われる精霊が祀られているんだ。ここで儀を行う」


 シェラは少し墓石群を眺める。何かを感じ取ろうとしているように思えた。ややあって、再びヘイレンを見た。


「留まっている魂が少ないから、舞う必要は無さそうだね。『祈り』で大丈夫そうだ」


 そう言って安堵の表情を浮かべた。舞は身体を動かすため、儀の後の疲労は大きいらしい。そして、舞を行うことは即ち留まっている魂が多いので、霊界へ導く力……魔力も相当消費するそうだ。


「シェラがお祈りしている間、ボクはどうしてたらいいかな?一緒にお祈りする?」

「どうしたらいいんだろう……。ずっとひとりで巡礼してきたから僕もわからないな。まあでも、一緒に祈ってもらってもいいけど、お祈りでこの庭がどんな風になるのか見ててもいいよ」


 せっかくなので、シェラから少し離れ、庭全体が見られる場所に立ってみた。シェラは目の前の墓石に向かってしゃがみ、手を組んで目を閉じた。ヘイレンは静かに佇む墓石たちをじっと眺めた。


 空気が少し冷たくなった、ように感じた。


 庭を明るく照らしていた鉱石が、ひとつ、またひとつと光を失っていく。あっという間に真っ暗になってしまった。静寂が降りる。自分の呼吸が大きく聞こえる。


 と、ひとつ白くて丸い光がふわりと現れた。それはゆっくり昇っていく。別の場所からも同じような光が現れ、やはり同じように昇っていく。あっちにも、こっちにも。途中まで数えてみていたが、やがて追いつかなくなったので諦めた。


 丸い光が少しずつ一ヶ所に集まりだした。それはどんどん大きくなっていく。ふと、小さな丸い光がヘイレンの前にやってきた。なんとなく目で追ってみた時だった。


『……の……は……どこ?……は……にいる?』


 瞬間、ヘイレンの心の臓がどくん、と大きく鳴り響いた。意識を魂に集中してみると、徐々にその『声』がはっきり聞こえるようになっていった。


『おれの…り……うは……ラルフは……どこ?』

「ラルフ……?」

『そう。おれの……あいぼう……』


 ラルフはこの魂の相棒の名前のようだ。……相棒。


「もしかして……貴方は竜騎士?」

『そう。おれは……りゅうきしだった。あいぼうをまもって……おれは……しんだ……んだよな?からだが……ないから……』


 ただでさえ小さい丸い光がさらに小さくなったように見えた。返事に戸惑っていると、魂は『わかってるよ』と言った。


『ラルフはたぶん、おれをさがして、さまよってるはず。からだがくちて、ぼうりゅうに、なってるかもしれない』


 もしかして、とヘイレンは思った。昨日シノの里で御魂を送った竜こそが、ラルフではないのかと。


「ラルフかどうかはわからないけど、昨日暴竜の魂をシェラ……シェラードが霊界へ送ったよ」


 そう言いながら、何となく祈る召喚しに目をやった。魂はシェラを見たのかどうかはわからないが、『シェラ』が少し離れた場所で祈りを捧げている召喚士であるということは伝わったらしい。


『……おれのあいぼうは、どこにいたの?』


 ヘイレンは自分が見た暴竜の姿も含めて経緯を伝えてみた。しばらく魂は黙っていたが、やがて何かが剥がれ落ちたように『そうか』と言った。


『きっとラルフだとおもう。おくってくれたかたが、シェラで、よかった。ありがとうと……つたえて……くれないか……』


 魂がだんだんと薄くなっていく。ヘイレンはもちろん、と大きく頷いた。


『それにしても、こんな……たましいなのに……はなしができるなんて……きみは……まあ、そういうヒトもいるんだね。……ありがとう、おしえてくれて。おれもう……いくね……』


 魂はすうっとヘイレンから離れ、大きな光の中へと消えていった。


 大きな光はやがて、強い光を一瞬放ったのち、ふつりと消えた。3呼吸程して、天井の鉱石が再び光り始め、祈りを捧げる前の状態に戻った。


 ヘイレンはしばらく動けなかった。魂たちが集い、みな霊界へ行く様子を見届けたのだが、息を飲む美しさだった。自然とまた、涙が溢れている。暴竜の魂を送った時のように。


 儀を終えたシェラがヘイレンを見てぎょっとしていた。


「……大丈夫?」


 声を掛けられても、ヘイレンはじっと大きな光のあったほうを見つめていた。


「……竜騎士だったヒトの魂と話をしたよ」


 何だって、とシェラがまた驚く。ヘイレンはようやく視線を召喚士に移した。


「相棒の竜を守って死んじゃったって。暴竜になってるかもしれないって心配してた。昨日の暴竜、もしかしたらそのヒトの相棒かもしれないと思って少し話したら、シェラに送ってもらえてよかったって」

「魂の声を聞いたんだ……」


 ヘイレンはこくりと頷くと、召喚士は「テンバの力かな」と首を傾げた。魂の声を聞けるヒトはそうそういない。召喚士でさえも聞こえないと言われたので、確かにテンバの力なのかもしれないなと思った。


「あの魂、シェラって言ってたけど……知り合いだったのかな?」


 言った後に知り合いだったらそれはそれでショックを受けるよな……と気がついた。しまった。じわっと手に汗が出てくる。シェラは黙って少し考えていた。


「僕の知り合い……か……」


 声のトーンが落ちた。また触れてはいけないものに触れたような感覚に陥った。やばい。


「あ……今の……無しで!忘れて……」

「その魂の名前か相棒の竜の名前か、どっちか言ってた?」


 言葉を被されて、ヘイレンは口をぱくぱくさせた。素直に言ったほうがいいのかどうか。シェラをこれ以上傷つけたくないという思いが強くて声が出なかった。シェラは察したのか「まあいいよ」と言って、歩き始めてしまった。


 凄くもやもやしてしまったけど、掘り返すのも嫌だったので、黙って後を追う。先を行く召喚士の背中が、どこか悲壮感を漂わせていた。






 庭から戻ってくると、シェラと同じようなローブを纏ったヒトがいた。そのヒトのローブにも刺繍が施されているが、水の波紋のような模様で、シェラとは違っていた。


「ああ!シェラ!ここに来てたんだね!」


 顔立ちのいい、銀色の髪が美しいヒトだった。小走りで寄ってくると、躊躇なくシェラと抱擁した。瞬間、ヘイレンの鼓動が早くなった。


「久しぶり、レム。元気だった?」


 銀髪のヒト……レムは、シェラを抱きしめたままこくこくと頷いた。長い抱擁に視線を外したくても外せない。シェラの身体が折れてしまいそうでそわそわした。


 背丈はふたりとも同じくらいなのだが、レムの腕がとてもたくましい。ローブでわかりづらいが、肩幅が広いので多分、筋骨隆々なのではと想像した。


「レム……苦しい……折れる……」

「あ、ごめん!あまりに嬉しくてつい……」


 熱い抱擁を解くと、シェラは軽くむせた。


「相変わらず強いな。何でそんなにマッチョなの……」


 シェラが少し羨ましそうな視線を送る。レムは口元を押さえて小さく笑う。


「親の遺伝かな。ぼくはシェラの身体が羨ましいよ。細くて美しくて色白で」


 レムのうっとりとした目に、ヘイレンは何故か心が痛くなった。何だろう……このヒトに対して嫌とまではいかないが、悔しいような感情がふつふつと湧いてくる。


 ヘイレンの妙な視線に、ようやくレムが気づいて少し慌てた。


「ごめん、放ったからしてた……。シェラの付きビトさんかな?ぼくはレムレス。水の召喚士だ」


 と言ってすっと右手を差し出してきた。以前シェラと行った「握手」をしようとしているようだった。ヘイレンはそろそろと右手を出すと大きな手のひらにがっちり握られた。……強い。


「……ヘイレンです」

「ヘイレン……よろしくね」


 爽やかは笑みに、ヘイレンははにかんだ。お互いに手を放すと、レム……レムレスは急に笑顔を消して、シェラに向き直った。


「シノの里に暴竜が出たって?」

「ああ、うん。それなら僕が送ったよ。里のヒトたちが抑えてくれてて、被害もそんなに出なかったよ」

「そっか……。暴竜の主の魂は……まだこの世界にいるのかな?」


 何故そんなことを聞くのかとシェラは問うた。レムレスはやや俯いて一呼吸置いた。


「暴竜の魂が先に霊界に逝って主がまだだったら、暴竜は霊界から戻ってきちゃうって……」


 シェラはハッとした。ヘイレンもあっ、と声を漏らした。それにレムレスが反応した。


「ヘイレン、何か知ってる?」


 真顔だったのを少し柔らかい表情に変えて聞いてきた。じわっと冷や汗が出てくる。ここで言わなきゃ……。


「さっき御魂送りの儀を行ったんだけど、その際に竜騎士の魂を送ってたらしい。ヘイレンがそう教えてくれた。その魂が暴竜の主だといいけど。昨日の今日だから、多分大丈夫のはず……」

「おお、そうなんだね」


 レムレスはうんうんと頷く。また言うタイミングを逃してしまった。暴竜の名前……ヘイレンはひとり焦っていた。


「ん?教えてくれたって……ヘイレンは魂の姿……『本来の姿だったモノ』が見えるの?」


 聞かれて身体が跳ね上がってしまった。とんだ反応にレムレスも見開いていた。姿は丸い光でしか見えてないけど、声は聞こえた。少しお話して、その魂が竜騎士であると教えてくれた。ここまで言って、ヘイレンは今だ、と続けた。


「りゅ、竜騎士は自分の相棒をラルフって呼んでた……」

「ラルフ!」


 召喚士たちは同時に声を上げた。その反応にまた身体が跳ね上がる。足が震えそうになるのを必死に抑える。


「見た通りだ!あ、ついさっきモントレアの宿のロビーでもらった情報誌に載ってたんだ。これ」


 レムレスは斜め掛けのバッグをあさって紙の束を引っ張り出した。数枚めくってヘイレンたちに見せると、シェラの顔色がみるみる青くなっていった。


 ヘイレンは文字を見ても何と書いてあるのかさっぱりわからなかった。というか、文字というものを初めて見たような気がする……。


『先日『砂の女王』に殺害されたジンブツの身元が判明。竜騎士ダルシュ・レオール。飛竜ラルフをかばって命を落とした模様。竜はその後行方知れずとなっていたが、火の国ファイストのシノの里にて暴竜を確認。時期からしてラルフであると思われる。里の者たちが対応にあたっている』……と書かれていたらしい。レムレスが読んでくれた。


「暴竜を葬った件は、今日か明日にでも発表されるんじゃないかな」


 レムレスはそう言いながらそっと情報誌を閉じて自分のバッグに戻した。シェラは固まったまま茫然としている。やはり知り合いだったのだろうか。胸が痛い。


「シェラ?大丈夫?」


 肩を掴まれてシェラは我に返ると、軽く頭を振った。


「ん、大丈夫。そっか……ラルフもダルシュも、僕が送ったんだね……うん……よかった。亡くなったのは悲しいけど」


 情報ありがとう、と呟くと、ヘイレンをそばに呼んで「じゃあ僕たちは都に戻るね」と言って足早に神殿を後にしようとした。レムレスは「またね」と言いながら手を振ったので、ヘイレンは手を振りかえした。

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