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第6章-1

 灼熱で出歩けなかった日中も、暑期の終わりを告げる渡り鳥が飛来してくる頃には幾分落ち着いていた。


 とはいえ、陽射しはまだ強くて肌をジリジリと焼いてくるが、その時間も少しずつ短くなっていっている……ような気がしていた。モントレアのシンボル『聖なる炎』の松明の前で、ヘイレンはうーんと伸びをした。


 シェラの外出が許可されたのは、シノの里で御魂送りの儀を行ったあの日から30日ほど経っただろうか。その間、療養所内を散歩することも大変なほど弱っていたが、ヘイレンのサポートとルーシェの治療の甲斐あってすっかり良くなった。


 レイア火山の麓の集落で亡くなった騎士はヴァルゴスが送り、彼らの相棒の竜はその後暴竜となったのだが、彷徨うことなく麓に居残っていたので、被害なく霊界へ送ることができたという。


「都から出てないから全然わからないんだけど、あの靄はあれからどうしてるんだろう?」


 松明から少し離れたベンチに座っていたシェラのもとに戻ると、彼はそうぽつりと呟いた。


「ボクもルーシェ先生から何も聞いてないな。レントさんも『知らねえ』って言ってたし」


 『知らねぇ』を、口調を真似て話すヘイレンにシェラは思わず吹き出した。お腹を抱えてしばらくうずくまっていたので、ヘイレンは心配になった。


「大丈夫?そんなに変だった?」

「いや……あまりにもレントそっくりだったから。ツボにハマっちゃって」

「ツボ」


 涙が出るほど面白かったらしい。少し恥ずかしくなったが、シェラが盛大に笑ってくれたのならいいか。辛そうな表情ばかりだったから、彼の笑顔がとても久しぶりで、輝いていて、素敵で、見惚れていた。


「何もないことはいいことだよ。奴は無差別にヒトの命を奪ってないってことだろうしね」


 ようやく落ち着いたシェラは深呼吸を何度かしたのち、そう話した。ヘイレンも頷く。


「あの男……バルドって言うらしい。父が言ってたんだけど」


 バルド。全く聞き覚えのない名前だった。しかし、相手はヘイレンのことを知っていた。本来の姿ではないはずなのに、ヒトの姿でも奴は見抜いていたのだ。


 という話をした途端、シェラは青ざめた。


「ヘイレンを知っていた……。テンバであったことも、時空の裂け目に飛び込んでいったことも知っていた……あれ?」


 そう、そんな報告をウォレスにしていたことをすっかり忘れてしまっていたが、今になって「変だな」とシェラは手を顎に添え、首を傾げる。ヘイレンもつられて首を傾げた。


「どうして奴は、ヘイレンが『飛び込んだ』ことを知っているんだ?時空の裂け目から『飛び出してきた』ならまだわかるけど、同じ時代にいたような言い方だな」


 あの時は身体が魔力で拘束されて、締められて殺されかけたので余裕などなかったが、言われてみればそうだなと思った。


 時空の裂け目は3ヶ所で起きたが、誰が来たのかは判明している。バルドは裂け目から来た魔導士ではないはずだが、風貌からして歳を重ね過ぎている……というところが、シェラは少し引っかかっていた。


「そもそもヘイレンの生きていた時代が今から何年前なのかわからないな……。奴も何年生きてるんだろうね」


 シェラはふと仰いだ。空の高いところで、誰かが線を引いたようにまっすぐと雲が伸びている。


 この空をディアンと駆けた日をふと思い出した。竜騎士を務めた年数は短かった。召喚士のほうがすっかり長くなっている。ディアンには悪いが、今の方がきっと自分に合っているのではないか……と物思いに耽る。


「バルドはたぶん、これからもボクを殺しに来ると思う。『テンバを滅ぼした償え』って言われたし……」


 横でぽつりとヘイレンが呟いた。俯いて腿に置いた拳を少し震わせる彼の肩を抱き寄せる。「はうっ」と小さく呻く青年の金髪が首元に少し触れた。


 シェラは何も言わずにしばらくそのまま彼を抱きしめていた。ヘイレンを狙うものから守る、それがシェラの使命だ。しかし今まで生きてこられたのは、奇跡としか思えないでいた。魔力はあっても、相手に隙を取られすぎていてやられっぱなしだ。これから先、彼を守っていけるのだろうか。そんな不安に押し潰される。


 ヘイレン自身もとても強くなった。癒しの力を使いすぎて倒れることもなくなった。身体も成長して、シェラの胸元にあった頭が今はもう変わらないくらいになっている。視線はまだシェラの方が上だが、同じ高さになる日も近いだろう。


「シェラ……不安?」


 そう指摘されてえっ、と声が漏れる。自然とヘイレンの肩から手を下ろすと、彼はそっと身を起こした。髪と同じ色をした眼がシェラを見据えた。


「……うん。正直なところ、バルドに対抗できる術も自信もない。自分を守ることで精一杯になってしまってて、余裕がなくなってるっていうか……。君を守らなくちゃいけないのに」

「シェラはなんていうか……しっかりボクのことを考えてくれてて……すごいなぁ」


 すごい、と言われて面食らった。どこが凄いのか?戸惑うシェラを尻目に、ヘイレンは続ける。


「守らなきゃ、と思ってくれてるの、すごく嬉しいけど、そろそろボクも守られてばっかりはよくないかなぁって……。戦う力が無いからそこはシェラに任せなきゃなんだけど、傷ついた時はボクが助ける。お互いに得意な力で守り合うのがいいんじゃないかな」


 はにかむ青年に後光が指すかのような眩しさを覚えてシェラは言葉を失った。凄いのは君のほうだよ、ヘイレン。それすら言えなかった。


 記憶も力も無かった時の不安気なヘイレンはもういない。まだ全部思い出したわけではないようだが、シェラを見る眼は自信に満ちていた。


「攻撃はできなくても、味方をサポートする魔法とか使えるようになったらいいなぁって思うんだけど、どうすれば使えるようになるのかな?……シェラ?」


 優しく手を握られてハッとした。


「あっ……ごめん、聞いてなかった」

「ええー……大丈夫?部屋戻って休む?」


 シェラはいやいやと首を小さく横に振ると、ヘイレンは笑った。そしてもう一度、シェラが聞いてなかった部分を話してくれた。


「新たな魔法を得るには、呪文を覚えて、思念を安定して使えるように修行する、かな……」


 なるほど、とヘイレンは頷く。癒しの力以外でヘイレンが使える魔法を探っていかなきゃね、とシェラは微笑んだ。 






 そろそろ戻ろうかと立ち上がった時、ひとりの男が近づいてきた。紺色のローブを纏った上位召喚士だった。ヴァルゴスは最敬礼しようとしたシェラを止めると、彼に杖を見せてくれと頼んできた。シェラは黙って腰に差していたそれを取り出す。嵌め込まれていたはずの綺麗な青い石はなく、窪みだけがあった。


「バルド……靄と初めて対峙した時に砕けてしまいました。報告が遅くなり申し訳ありません……」

「いろいろあったからな。それはさておき、その状況でエールを召喚した、ということはなかったか?」

「……え?」


 唐突に聞かれたシェラは固まってしまった。ヘイレンはふたりを交互に見つめてみる。ヴァルゴスは別に怒っているわけではなさそうだし、シェラも怯えた様子ではない。


 氷河召喚士が口を開くまで、しばしの時が流れた。


「……『あいつ』との戦いで彼女が助けてくれました。石が無いので唱えても無効なはずなのですが……」


 杖に嵌め込まれた召喚石があるからこそ、召喚士は相棒を呼び出すことができる。しかしシェラはエールを召喚できてしまった。


「エールが現れる前、シェラは何か思わなかったか?」


 何か、と視線を落として呟く。ややあって、シェラの顔から血の気が引いていった。口元が、手が、身体が震え始める。この異変にヘイレンは彼の肩を抱いた。


「ヴァルゴス様……『あいつ』の記憶を思い出させてはなりません」


 身も心もおとなになったヘイレンの様子にヴァルゴスはほぉ、と眉を上げた。


「ヘイレン……大丈夫、すぐ治まるから」


 シェラは、肩を掴むヘイレンの手に触れた。彼の言う通り次第に落ち着いてきて、ヘイレンは安堵した。


「確か……なす術がなくて、全てが嫌になって、消えたい……消えてくれ……って念じた気がします」

「それだ。『念じたこと』がきっかけになったんだ」

「念じたこと……ですか?」


 頷くヴァルゴスに、シェラはまだ信じられないといった様子だった。


「シェラの思念がエールに届いた。エールもまた、シェラの事をずっと思っていたはずだ。お互いの思いが繋がった結果、エールはシェラの前に現れ、主を窮地から救った。これは上位召喚士としての試験資格を得られたことになる」

「そうなんですね……え、上位召喚士!?」


 シェラもヘイレンも目を丸くした。さらっととんでもない事を口にしたヴァルゴスは静かに微笑むと、腰に差していた自分の杖を取り出してふたりに見せた。召喚石はどこにもない。


「上位召喚士として今後活動するのであれば機関に推薦しておく。まあ強制ではないからじっくり考えておいて欲しい。……試験は召喚士の資格以上に厳しいがな」


 杖を腰に差しながらヴァルゴスは言った。シェラはゆっくり自分の杖に視線を向けると、しばらく見つめていた。上位召喚士になれたらどう変わるのか、そんな素朴な疑問をヘイレンは投げてみた。するとヴァルゴスは、ふむと口元に手を当てて少し考えた。


「大きな変化としては、召喚士に命令できる権利が得られる事、王族の御魂送りの儀を担う事、あとは……もう一頭召喚獣を従えられる事か」


 最後の項目は魔力が高くないと厳しいがな、と付け加えた。まあそこはシェラは心配ないだろう。


「ああ、紺のローブを纏える事も重要だな。ヒトビトは見た目で上位か普通かを判断しているところがあるからね。私は白のローブが正直嫌だったから、必死に思念で疎通できるように修行したな」


 確かにヴァルゴスには紺が似合うなぁ、とヘイレンは思ってこくこくと頷く。まだ杖を眺めるシェラを一瞥する。紺色のローブ、似合いそうだけどなぁ。


「さて、シェラに伝えたい事は話したし、私はこれで失礼する。……例の靄の気配は最近感じなくなっているが、警戒はしておいたほうがいい。奴が君を狙っているのは確実だ」


 ヴァルゴスはまっすぐヘイレンを見ると、やっぱりそうですよね、とため息をついた。


「せめて自分を守る魔法でも使えたらよいのだが……君は傷を癒す力しか持っていないのか?」

「今はそうですね……。でも、周りにいるヒトたちから『聖属性の力を感じる』と言われてきました。なので、癒しの力とは別の力があると思ってるんですが……」

「どうやれば出せるかわからない、といったところか」

「はい……。それが戦うものなのか守りのものなのか、そのへんもわかりません。ボクも修行して使えるようになりたいです」

「……出会った頃から随分と変わったな」


 怯えた様子で上位召喚士を見ていたヘイレンは、もはや過去のもののようだった。ヴァルゴスはシェラに目をやった。彼は見られているのを察し、ハッとして顔を上げた。


「シェラは守りの壁を作るのが得意だろう?その魔法を彼に教えてあげなさい。きっとより役に立つはずだ」

「守りの魔法……」


 シェラは少し俯いたが、わかりましたと頷いた。火の国の巡礼はひとまずここで終わり、ヘイレンの力を覚醒させる修行に取り組むようヴァルゴスはシェラに命じた。彼はもう一度承知し、ヘイレンも気合いを入れた。






 それからは毎日、ヘイレンはモントレアの焔大社へ行っては精神統一をし、呪文を唱えて魔法を放つ修行をした。魔法を放つ構えをとって唱えても、手元で暴発したり逆に何も出てこなかったり。雑念が多過ぎて魔力を溜めることに集中できていない、とシェラに何度も叱られた。


 意外にも集中力が無く、小さな虫がサッと横切っただけで、せっかく集中していた魔力が崩れて消えてしまう。そして、周りを気にし過ぎてしまう。警戒心が強いことは良いことなのだが、過ぎれば魔法を唱えることに不向きだ。


「何でこんなに集中できないんだろう……。癒しの力を出す時と何ら変わらないのに」


 シェラはすっかり困り果てていた。呪文は一言一句しっかり記憶できている。それはそれは早かった。一度話しただけであっさりと復唱できたぐらいだ。シェラは、必死になっているヘイレンから5馬身程離れて様子を窺っていた。


 そして何度目かの手元での暴発で、できない自分に募らせていた怒りが爆発した。「もう!」とヘイレンは短く叫ぶと、両手をぶんと振って項垂れた。


「ヘイレン、休憩しよう。その状況ではどんなに頑張っても無理だ」


 シェラはヘイレンを呼んだ。とぼとぼと悔しそうにやってくると、金色の眼が訴えてきた。


「何でうまくいかないんだろう?癒す力しか向いてないのかな……」

「その癒す力を出してる時、ヘイレンは何を考えてるの?」


 シェラは単純に聞きたいことを聞いてみた。彼は首を捻った。


「傷を治さなきゃ、って思うくらい。壁を作るのも、壁を作らなきゃって思ってるんだけど……思いが足りない?」


 呪文は一度唱えれば発動する。声に出してもいいが、念じてもよい。始めのうちは前者で会得するのが基本なので、ヘイレンもそれに倣っているが、それが逆によくないのだろうか?シェラもわからなくなっていた。


「……本当はきちんと壁を一度作れてからにしたかったんだけど、埒が開かないからすっ飛ばすね」


 何を?という顔をするヘイレンに構わずシェラは黙って大社を出た。慌ててついてくる音は、滝の轟音に掻き消される。足元の悪いくねくね道を進み、都へ戻る途中で、シェラは道を外れた。


「どこ行くの?」


 ヘイレンは先を行くシェラの長い亜麻色の髪を見失わないよう必死だった。背の高い草木を掻き分けること四半刻(約15分)程経った頃、ふたりは開けた大地に出た。地はカラカラに乾いて割れている。大きな樫の木がわずかな日陰を作っていた。


 シェラはその樫の木のそばに腰掛けて、幹に身体を預けた。ヘイレンも同じように隣に座った。その風が汗ばんだ身体を撫でる。とても心地良い。


「行き詰まったら散歩に出る。適当に歩き回って、行き着いたところで休憩する。この時に、何で自分にできないんだろうって思い返すことをしちゃいけない。何にも考えないで、ぼーっと景色を眺めるんだ。昼寝をしてもいいね。木影の下のうたた寝は最高だよ」


 シェラは深呼吸をしながら、吹く風に目を細める。視線の先は荒野が広がっていて、そこに生きる小動物や虫が時々走って横切っていく。小柄な竜がぎゃぁと鳴きながら追いかけていった。木の幹にもたれていたヘイレンの身体が起きる。


「手は出さないよ。自然の摂理はヒトの手を加えちゃダメだからね」


 ヘイレンは逃げる小動物にそわそわしていた。竜との距離はあっという間に無くなり、前脚でむぎゅっと捕獲されてしまった。


「ああ!」


 思いの外大声が出てしまい、竜がこちらを向いた。じっと睨まれて、ヘイレンは怖気ずく。竜はふん、と鼻を鳴らすと、小動物を口に加えて駆けていった。


「あのコ……竜の餌食になっちゃった」

「弱肉強食の世界。弱いものは強いものに屈するしかない。でも強いものは力を振りかざしているだけではない。弱いものを助け、守るヒトもいる。弱いものはそれを経て強くなろうと努力していく。そうやってヒトビトは支え合って文明を発展してきた。けど……」


 バルドのように無差別にヒトを殺めたり、砂の女王のようにヒトを捕えて奴隷にしたり、ヘイレンたちの知らないところで別の誰かが何かを虐げていたり。


 この世界は光と闇、表裏一体がはっきりしている。シェラたちにとって闇の種は命や生活、文明を脅かす存在だ。しかし視点を変えれば、彼らにとってヘイレンたちがそういった存在で、身を守るために力をふるってきた。魔物もそう。生きるためにヒトを喰らう、ヒトに討伐されることが無いように力を蓄え、対抗する。


「闇だろうが光だろうが、同じ世界にそれぞれで文明を築き生きてきた。少し気になるのは、闇の種族がやたらと毛嫌いされていて、殲滅も辞さない状況になりつつあるのがなぁ……」


 シェラはひと知れず、何かとんでもない状況に恐れていた。聖なる国ホーリアは、過去からやってきた魔導士によって壊滅状態に陥った。復興は順調に進んでいるようだが、ここ数日で不穏な噂も流れるようになった。


「ねえシェラ、この前聞いたウワサって信じないとダメなのかな?」


 木の幹に身体を預け直したヘイレンがそれについてポツリと呟く。偶然同じことを思い浮かばせていたことに、シェラは少し驚いた。


「本当かどうか、確かめたい?」


 シェラは敢えて聞いてみる。ヘイレンは「うーん」と唸った後、首を振った。


「今はイヤだなぁ。本当だったら悲しいもん。知りたくなかった、ってきっと思う」

「僕も同じ。噂は噂でしかない。あんまり気にしなくていいよ。疲れちゃう」


 そうだね、とヘイレンは同意した。


 ……あんまりいい話ではなかったが、少しは気分転換になったのだろうか?シェラはやや不安になりながらも、いつまでも休んでいられないので「そろそろやろうか」と立ち上がる。


 ヘイレンを木陰に残し、シェラは荒野を数歩進んで彼と距離を取って向かい合った。


「さ、ヘイレン、杖を構えて」

「へ?」


 まだ状況が読み込めてないヘイレンは、変な声を出しつつも言われた通りポーチから杖を取り出した。しかしすぐに察したのか、みるみる顔色が変わっていった。


「もしかして……」


 シェラは手元に氷の塊を複数出現させた。青白く光るそれは、ふわりと彼の肩の高さで浮遊している。


「これ、飛ばすからどうにかしてね」

「ど、どうにかって……!」

「ほら、行くよ!」


 待って!と叫ぶヘイレンに、お構いなしにシェラは氷の塊を飛ばした。殺傷能力は無いが、当たると地味に痛い。気温が高いので、ヘイレンのところに届く頃には角も丸くなっているはずだ。


 へっぴり腰になって守ろうとするヘイレンに、容赦なく氷の塊が襲う。杖、手の甲、腕、肩……見事に全部身体で受けていた。


「いてて……。ちょっと待ってよ!まだ心の準備ができて……」

「敵は待ってくれないよ!相手がバルドだったらもう終わっちゃってる!」


 そんなこと言ったってぇ!と文句を吐きながら、彼は避け始める。攻撃を避けることも大事だ。シェラは容赦なく氷を放ち続けた。


 壁を作ろうと立ち止まって構えると氷が当たるので、ヘイレンは『逃げ回る』選択肢から変えられなかった。当たると痛いし冷たいし濡れるしで、だんだんとシェラに苛立ちを募らせていった。


 ボクのために力を使ってくれてるのに……壁作る暇ないし。もう、なんなのこの塊。


 シェラもヘイレンに対し、苛立ちというより呆れていた。避けるのが上手くなっているのも良いことではあるが、本来の目標である『魔法の壁を作ること』は成せていない。少し迷ったが、シェラは力を強めることにした。


 そして、ひとまわり大きい塊を放った時、ようやく事が動いた。その塊のひとつが逃げるヘイレンの足に当たり、すっ転んだ。間髪を容れず次が来る。ヘイレンは杖を突き出した。


 いい加減にして!


 魔法が出せない自分へ、手を緩めないシェラへ、それぞれに向けてヘイレンは念を込めた。杖の先に光が集まる。それをずっと睨みつけていた。光は大きくなり、それとなく壁のような形へと変わっていく。


 そして。


 光はヘイレンを守った。自分を守るちょうどいいサイズの壁が、氷の塊に当たり、きぃん、と甲高い音を立てて跳ね返した。


「なっ……!」


 跳ね返ってきた氷の塊は、凄まじい速さでシェラに迫ってきた。左手で咄嗟に壁を作るも、間に合わなかった。そのまま己の氷に吹っ飛ばされた。


 一瞬何が起きたのかわからずぽかんとしていたが、光の壁を作ることができたのだと、徐々に実感が湧いてきた。と同時に、氷が飛んでこなくなったことにヘイレンは慌てて立ち上がる。少し先にいたシェラがいない。


「シェラ!どこ!?」


 彼のいた場所辺りまで行くと、樫の木の前に四つん這いになって息を切らしている召喚士が見えたので、急いでそばに行った。


「だ、大丈夫……?」


 しゃがみ込んでシェラの顔色を窺う。荒い呼吸を続けながら、シェラはその場に腰を下ろし、手をついて身体を支えた。顔を上げるシェラの表情は、どこか清々しかった。


「まさか跳ね返ってくるなんて……とんでもない壁を作ったね」

「は、跳ね返したんだ、あれ……」


 確かに壁に氷が当たった瞬間、杖を伝って衝撃を受けたので、右手がジンジンしていた。


「手、大丈夫?」


 シェラは自分のことよりヘイレンを心配した。かろうじて杖を握れているので、大丈夫ということにした。


「ボクよりもシェラが心配……。ケガしてない?」

「ん、大丈夫。ありがとう。それにしても、魔法を跳ね返す壁は凄いな……。しっかり会得すれば、バルドにも対抗できそうだね」


 シェラはそう言いながらゆっくり立ち上がった。杖を腰に差して砂を払う。同時にキラキラと氷のクズが落ちていった。


「さてと、都へ帰ろうか。今夜は屋台が出る日だし、壁が作れた祝いでもしよう」


 ふふ、と微笑むシェラに、ヘイレンも笑顔になった。


 また一歩、強くなれた気がする。

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