幕間-5
安静にしてろと言われていたのに、こっそり抜け出して行方不明だと知ったのは、助手のメルナが顔面蒼白でシェキルの病室に転がり込んできた時だった。
「ルーシェ先生……シェラードさんが病室にいらっしゃいません……」
黙って部屋を出ていくなんて、とため息混じりに嘆くルーシェにシェキルは申し訳なさを感じた。同時に、そもそも歩けたのかと少し驚いた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ない……」
心なしかシェキルの声も小さくなっていた。ルーシェはがっくり肩を落として黙って首を振った。
「戻ってきたらこっ酷く叱ってやってください。たぶん、私より先生の一言のほうが効きそうですし……」
「……まったく、自分の命を軽く見過ぎだわ。ちっとも成長してないじゃない。……ああ、ごめんなさいね、お父様の前でこんなことを」
「いえ……私がもうちょっとこう、ガツンと言える性格だったらよかったと、申し訳ない気持ちでいっぱいです……」
最強クラスの竜騎士も、こう見えて意外と臆病なのかもしれない、とルーシェは思った。キツく当たってしまう性格上、周りから恐れられているのは承知しているが、シェラと彼の父親はよりその傾向が強いように感じていた。途端に、ルーシェは自分の性格に嫌気がさした。
「……しばらく外出禁止にさせます。というか、部屋でさえ出られないようにしておきます。きっと、言わなくともそうなると思いますが」
なるべく穏和に話せたのか、シェキルの顔が少し綻んだ。そしてもう一度「すみません」と首を垂れる。ルーシェは口元に笑みを作っておいた。
ルーシェが部屋を出て行ってしばし、シェキルはぼんやりと天井を眺めていた。彼女の治療はよく効いていて、明日には歩けそうな気配があったが、腹に力を入れるとまだズキリと痛む。怪我で寝込んだのはいつぶりだろうか。ふう、とひとつため息をつく。
それにしても、勝手に出て行ってしまったシェラは大丈夫なのだろうか。というか、何処へ向かったのだろうか。麓の集落は確かに竜騎士たちの亡骸があり、御魂送りの儀が必要な状態にあるが、まさかそれを行いに出て行ったのか?
召喚士なら例えばヴァルゴス様とかほかにもいるだろうに。暴竜は亡くなった竜騎士の数だけ彷徨っているはずだ、出くわしたらどうするんだ。……横になっている場合じゃない。行かねば。
ここまで思い至って、そして苦笑した。満身創痍なのは自分も同じなのに、息子と同じことをしようとするなんて。シェキルは己に呆れかえった。
「……誰かシェラを連れ戻してくれないかなぁ」
「彼なら都長たちと里へ向かわれたぞ」
予想もしなかった低い声に驚いて飛び起きた。瞬間、力なくベッドに倒れた。……腹部が痛い。
「ノックしたのだが……すみません、驚かせてしまって。大丈夫ですか?」
目を白黒させながら、シェキルは声の主を辿った。紺色のローブが見えて、ああと声を漏らす。
「ヴァルゴス様……!息子が……里へ?どうして……」
患部付近に手を当て、うっすら汗をかくシェキルのそばにあった椅子に、ヴァルゴスはそっと腰掛けた。
「胸騒ぎがするから里へ行ってくる、と側近に託けて都長は屋敷を出たそうだ。例の靄が出たのでしょうな」
「しかし、シェラはその話を聞いていないはず。療養所にいたから……」
「彼には宿しているモノがいる。それが彼を掻き立てたのでしょう。……私の想像ですが」
ああ、あの右腕の主か召喚獣か……?シェキルの困惑と不安を感じ取ったのか、ヴァルゴスは静かに頷く。
「おそらく腕の主でしょう。彼が腕の主を認識した途端に、主は彼の生命力を共有し始めている。竜は騎士に忠実だと聞いたが、時に騎士に意見を述べることもあるとか」
「ええ。事を円滑に進めるために、騎士から竜に相談することもありますね。腕だけの状態でも意思疎通が叶うのはコア・ドラゴンだからでしょうけど、他に例がないのでシェラの状況は何とも言えませんね……」
シェキルは大きくため息をついた。腹部の痛みが落ち着いてくると、今度は睡魔が襲ってきた。
「身体を休めてください。私はこれで。エンキ殿の護衛で里へ向かいます。それに、山の麓に留まっている魂たちを送らねばなりませんし」
「ああ……そうでした。里長を守って散った騎士たちを……お願い……」
シェキルは力尽きた。ヴァルゴスは近くにあったタオルを手に取り、彼の額に浮く汗をそっと拭いた。




