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第5章-4

 シノの里は悲壮感が漂っていた。外には、いくつもの盛り土が綺麗に並んでいる。そこで、氷河召喚士が舞っている。闇の(もや)の奇襲に倒れた地竜と騎士たちの御魂を霊界へ送るために。


 満身創痍の状態のはずだが、舞は乱れることなく美しく映えていた。大小の魂が盛り土から離れ、シェラの舞に合わせて空へと昇っていく。やがて光が消えていくと、空は夜を告げた。以前の暗闇はなく、松明に灯された聖なる炎が里とその周りを包んでいた。


 舞を終えて息を整えている間、ヘイレンが駆け寄ってきた。腕を自分の肩に回して支えると、ゆっくり歩き始める。


「ありがとう。……ごめんね」


 痛む身体に鞭を打ち、レントに無理やり連れて来てもらったにもかかわらず、立っているのがやっとな状況になってしまっていた。少しヘイレンに身体を預けながら一緒に歩く。門の前ではフレイとレント、そしてカヤが待っていた。


「みんなを送ってくれてありがとうございます、シェラード様。……あの、大丈夫……そうに見えないんですが、お休みになりますか?」


 と言っても門の前にゴザを敷くぐらいしかできないんですが、とカヤは動きだそうとするのをレントが止めた。


「大丈夫だ、ありがとう。今からシェラとヘイレンを連れて都に戻る。フレイはここにいるよな?」

「ええ。里の復興を手伝わなきゃ。炎が灯されたから、もう魔物も来ないはず。シーナもそのうち帰ってくるよね……ヘイレン?」


 風の国ヴェントルの首都エクセレビスに落下し、そのまま治療を受けている彼女の相棒は、大分回復してきていると王ウォレスが便りをシェラによこしていた。その内容を聞いていたヘイレンは、こくりと一つ頷く。


「4、5日くらいで飛べると思うって。食欲もあって元気そうだから安心してって書いてあったみたい」


 彼は文字が読めないので、シェラが読み聞かせている。フレイはよかった、と微笑んだ。


 シェラとヘイレンが地竜に乗る様子を横目に、レントはカヤと少し話をした。


「麓の集落の犠牲者は、ヴァルゴス様が儀を行ってくださるそうだ。翌早朝に向かわれるらしいが、もし誰か行くようなら松明の炎をランタンに移して行ったほうがいい。ヤバい闇は消えたかもしんねぇが、魔物は徘徊してるだろうからな」

「わかりました。みんなに知らせますが、たぶん……いないかも。みんな疲れちゃってますし……」


 心休まらないよな、と呟きつつ、レントは視線を己の相棒に移す。ふたりともしっかり騎乗出来ているのを認める。


「よし、じゃあ帰るわ。あ、エンキ様だけど、たぶん今日里に帰還するんじゃないかな。俺は様子を見に行けてないけど」

「怪我は無かったみたいですしね。父上の好物でも作って待ってます」


 カヤはニコッと笑った。






 都の療養所に戻ると、ロビーでルーシェが仁王立ちで待っていた。シェラに対する苛立ちのオーラにヘイレンは身震いし、レントは苦笑した。


 レントは病室までシェラを担いだ。その間、先導するルーシェも、後ろをついてくるヘイレンも無言だった。シェラは顔を顰めている。もちろん一言も話さなかった。


 シェラをベッドに収納し、ヘイレンは小部屋に消えていった。レントはルーシェと部屋を後にし、出入口に向かいつつゆっくり歩いていた。


「……俺は戻れって言ったぞ。でもあいつが、ディアンが落ち着かないだの何だの言って聞かなかった。だから連れてったけど、結局は里の犠牲者を弔っただけで終わっちまった。まあ、厄介ごとに遭わなくてよかったけどな」

「そうね。明日、こっぴどく叱っておくわ。外出禁止令でも出しておこうかしらね」


 この女医、怒らせたらマジで怖い。都長だろうが召喚士だろうが容赦ない。だが、本当はそれだけひどく相手のことを心配しているのだとレントは知っている。つい口調が強くなってしまうことも。


「……そういやエンキ様は?もう出て行っちゃったか?」


 もし会えるのなら少し世間話でもしたかったのだが、ルーシェは無言で頷いた。入れ違いだったようだ。


「道中会わなかったの?」


 聞かれて思い返す。里と都のルートは複数あるわけではない。かと言って一本道でもないので、必ずすれ違うというわけではない。


「会わなかったな。ま、ルートはいろいろあるからな。ランタン持たせた俺の側近もついてただろうし、大丈夫でしょ」


 それはそうね、とルーシェは呟く。どこか少し不安気なのは、連日闇の靄の襲撃があったからだろう。


「聖なる炎に闇は通用しない。……大丈夫」


 自分にも言い聞かせるつもりで、もう一度言った。






 ヘイレンは小部屋から出て、こっそりシェラに癒しの力を注いでいた。


 自分の力を削ぐようなことはやめなさい、とルーシェに釘を刺されたが、叱られるのを覚悟でシェラが療養所を抜け出したのを見てしまったので、ヘイレンも腹を括って力を使っていた。


「なにもヘイレンまで怒られる必要はないのに……」

「いいの。これがボクの力なんだし、シェラと早く旅を再開したいんだもん。だいぶコントロールできるようになってきたから、たぶんもう倒れることはないかと」


 自分に自信が持てるようになったな、と我ながら感心するヘイレンに、シェラは苦笑した。


「……強くなったね、ヘイレン」


 ぽつりとこぼしながら、シェラは右肩をそっと触れる。痛むの?と聞くと、彼は黙って首を横に振った。


「しっかり君を守らなければならないのに、ちっとも役に立ってないよね……。そうしているうちに、どんどんヘイレンは様子が変わっていって、環境にも慣れたのかな……肝も据わってきたし、すっかり勇ましくなったね」


 えらくヘイレンを褒めるので、そんなに?と苦笑する。シェラは目を伏せてこくこくと頷く。


「ヘイレンがいなかったら、僕はとうに事切れてた。ヘルアラネアの時点で」


 それはそうだったかもしれない……とは思ったが、ヘイレンは「そっか」とだけ言った。しかし、ヘイレンだって、シェラがそばにいなければ今頃どうなっていただろうか。


「シェラがいたから、今のボクがいる。そう思ってるんだ。たくさん助けてくれたし。それなのに、シェラの心を抉ることをしちゃったのは……ごめんなさい」

「……僕自身が過去と向き合えなかった。つらくて怖かった。ヘイレンに言われた時、ちゃんと向き合うべきなんだと気づかされた。それでようやく受け入れられた。ディアンを感じることができた。……ありがとう」


 じわりと込み上げてきて、ヘイレンは咄嗟にシェラに突っ伏した。ベッドに横たわる彼の上に上半身を預ける。ぎゅっと抱きしめて、温もりを、鼓動を感じていたかった。シェラはヘイレンを受け止め、そっと髪を撫でた。


 しばらくして、ルーシェが部屋に入ってきた。ヘイレンは黙ってシェラから離れる。シェラも腹を括った様子でルーシェを見つめていた。彼女は大きくため息をつくと、無言でシェラを診察した。


 じっくりと丁寧に診た後、ルーシェは突然ヘイレンを呼んだ。ビクッとしておずおずと近寄る。


「力使ったでしょ」


 しっかりバレてしまったので、小声でごめんなさいと謝った。体調は大丈夫かと聞いてきたので、やや戸惑いつつ「平気」と返すと、ルーシェは「ふーん」と少し微笑んだ。怒られそうな雰囲気はなかった。


「あなた自身大丈夫ならいいわ。前は数日寝込んでいたのに、随分と強くなったわね」


 ルーシェにも言われて紅潮した。それを一瞥すると、次はシェラを見た。刹那、彼女の表情が一変した。


「で、状態だけど、ヘイレンのおかげで快方に向かってはいるわ。彼がいなかったらダメだったかもしれないわね。感謝しなさいよ」


 声色も変わって、対応が180度違っていた。シェラは酷く反省しているのか(怯えていたのかもしれない)、診察を終えるまで彼女と目を合わさなかった。部屋を出る直前、ルーシェは振り返った。


「リハビリで療養所内を歩くのは許可するけど、外出は禁止。ああ、中庭ぐらいは出てもいいわ。外の様子は私から連絡するから。ヘイレンはその小部屋でよければ一緒に滞在してもらって構わないわ」

「あ……はい。ではそうさせてもらいます」


 ただし、とルーシェは人差し指をピンと立てる。


「力はもう使わないこと。シェラの身体がその力に頼りきりになって自己治癒力が戻らなくなるから。あなたにもシェラにも良くないことだわ」


 シェラが良くなるまで使いません、と自分に言い聞かせるつもりで、背筋を伸ばしてきちんと返事をした。ルーシェは口元に小さく笑みを作って部屋から出て行った。






 早朝、レイア火山の麓の集落で御魂送りの儀が行われた。


 その前日の夜、シノの里の長エンキと共に療養所を後にしたヴァルゴスは、彼の護衛を兼ねて里を訪ねていた。里は一部損壊しており、犠牲者も出たという。その御魂はシェラが送ったと娘カヤが言っていた。


「嫌な予感がしたからって、レント様が駆けつけてくれたのですが、里は……強力な闇の靄に襲われていました。聖なる炎が松明に灯った直後、その光が靄を払ってくれましたが……前線で戦っていた竜騎士とその相棒たちは犠牲に……」

「靄が無くなった後に来られたのですね。で、シェラが御魂送りの儀を行なって、戻って行かれたと」


 はい、とカヤは頷く。ヴァルゴスとエンキは同時にため息をついた。


「亡くなってしまったが、里を命をかけて守ってくれた騎士と竜には感謝せねばな。壊れたところを綺麗に直したら、彼らのお墓も立派なものに作り直すとするか」


 エンキは顎を摩りながら頷く。


「カヤもレンも無事でよかった」


 この一言に、カヤは目を潤わせた。


「明日早朝に、麓の集落の犠牲者を送ります。靄のこともあり、私ひとりで向かうつもりでいますが、どうされますか?」


 親子は互いに見つめ合うと、カヤが小さく首を横に振った。それを見てエンキは、ここに残らせていただきます、と述べた。儀を終えたら里に戻る旨伝え、ヴァルゴスは里長の屋敷を後にした。


 ひとりで向かうなら今から移動しても構わない。そういうわけで、そそくさと里を抜けて麓へと向かう。道中魔物をちらほら見かけるが、襲ってくる様子はない。闇の種同士の争いは不毛だ。


 まだ陽が昇らないうちに集落に着いた。当然ながら生きたヒトの気配はなく、亡骸が埋められているであろう盛土が並んでいた。


 儀を行うのに時間は関係ない。ヴァルゴスは息を整えると、杖をそれ用に変化させて舞い始めた。彼らの御魂はすぐにヴァルゴスを囲んで話しかけてきた。相手は一瞬にして自分たちの命を奪ったこと、エンキ様は無事かと心配していること、相棒の地竜たちを見つけて送って欲しいということなど。ヴァルゴスはひとつずつ舞いながら答えていった。


 全ての魂が天に導かれていった時、陽が顔を出し始めた。周りが明るい。一息ついて、里へ戻ろうと踵を返した時、強力な力を感じた。


 杖を武器に変化させて構えると、正面から靄がぬうっと現れた。これが例の靄か。ヴァルゴスは靄から目を逸らした。その刹那、赤い閃光が彼を照らした。反射的に武器を盾に変えて身を守りつつ、念を送った。


 靄は唸りながらその姿をヴァルゴスに見せた。その背後、ヴァルゴスと挟み討ちをするような位置に一頭の獣が靄の主に向けて何かを放った。それは相手を拘束する鎖だった。がっちりと絡まれて主が呻いた。


「そんなにも生命力を蓄えて、何を企んでいる?」


 現れた主に冷静に問う。がたいが良く、しかしながらかなりの年齢と見てとれた。オッドアイの闇の種と言えば、あの種族しかいない。


『お前は同族か……?』

「質問を質問で返すな。もう一度聞く。何を企んでいる?」


 男はしばし口を噤んでいた。鎖で身体は動かない。ついでに赤い光の力も封じている。


『……召喚士か。お前のように、あとふたり、従えるモノを得るために、力を奪ってきた。この世界を……無にするために』

「無、だと……」


 あとふたり、ということは既に『従えるモノ』がいくらかいるということか。しかしそのモノの気配は感じられない。奴の中に宿っているのだろうか。


「闇の種族にこの世界は肩身が狭い。だから滅ぼす。大方そんな理由だろう?」


 男は目を見開いた。ヴァルゴス自身、召喚士の資格を得るまでは、壮絶なジンセイを送ってきた。世の中を憎むことも多々あった。


 語らなくとも、相手の思うことは読み取れる。嫌でも勝手に聞こえてくる。しかもそれは、相手に悟られていない。ヴァルゴスが『自分は心が読める』と告白しない限り、決してバレたことはなかった。


『……流石、読みが鋭いな。お前はこの世界が嫌ではないのか?迫害されて、虐げられるこの世界を』

「……さてね。昔はなぜ闇の種族だけがとは思ったこともあるが、今はそれほどでもない。立場上、ここに生きることを許されているからな」

『……ふん、勝者か』

「その言い方は心外だな。召喚士として生きてはいるが、やはり闇の種だからと貶すヒトだってゼロではない。苦労は永遠に無くならないものだよ」


 少し、互いに黙って睨み合う。その間に、陽は強く世界を照らし、そして熱し始める。ややあって、男はふんと鼻を鳴らしてヴァルゴスから視線を逸らした。


『……お前は金髪の男を知っているか?』


 突然話を変えられて眉を顰める。金髪というと、シェラの付きビトがそうであったなと思い出す。彼のことだろうが、ヴァルゴスは黙って睨んだままにした。


『あいつはこの現代の時空を歪め、本来進むべき時間軸を変えてしまった。この罪は重いと思わんか?』

「本来進む()()時間軸など存在しない。未来は刻一刻と常に変わりゆくものだ」

『いいや。あいつが時空の裂け目なんぞに興味を持たず、あの時代に生き続けていたら、テンバは今も存在した。あの一件でテンバは滅びた。いずれ世界は終焉を迎える』


 随分と確信を持って話す魔導士だと思った。男は顔を上げた。赤い閃光がヴァルゴスに当たる直前、変化させていた盾が身代わりになった。くっと顎を小さく上げて獣に合図すると、鎖が男を締め上げた。


「力を封じていたはずなのに、こちらの力が甘かったか。油断ならんな」

『……私を殺す気か?』

「これ以上罪のないヒトビトを襲うつもりでいるならば、ここで屠る。そうでなくともお前は……厄災のジンブツとなりかねん故に、屠る」


 ヴァルゴスは片足を一歩下げてやや屈み、防御の姿勢をとった。凄まじい魔力の波が押し寄せたからだ。波動は粘っこく、熱くヴァルゴスに纏わりつく。


 じり、と足が地を滑る。ヴァルゴスは盾から武器へと変化させると、瞬時に男に突っ込んだ。低い体勢で、右手に収めた大鎌を薙ぎ払うと、光が混じった炎が男を飲み込んだ。


『ぐおおおああああ!』


 鎖に拘束されしこの男は、魔の波動は出せても身動きは取れず、あっけなく火だるまとなった。が、3度目の赤い閃光が今度は獣に向けて放たれた。こちらを向いていたにもかかわらず。


「な……!」


 獣に直撃した瞬間、ヴァルゴスの胸に激痛が走った。すぐさま召喚獣を戻そうにも、男がそれを許さなかった。波動を間近で受け、ヴァルゴスが放った魔法も返される。男の手がヴァルゴスの腕を掴むと、もの凄い力で地に叩きつけた。鎖で地に縫い止められ、今度はこちらの身動きを制御されてしまった。


「くっ……!」


 男がゆっくりとヴァルゴスから離れると、代わりに馬乗りになったのは相棒だった。鋭い爪を持つ前脚が両肩を掴む。その眼は赤く、男に支配されていた。


 こんなことってあるのか……。脅威でヴァルゴスは抵抗することを忘れてしまっていた。


『せいぜい共喰いするがいい。……しかし惜しいものだ。同じ闇でなければ大いに味わえたのにな』


 低い嗤い声がこだまする。男は靄に包まれると、ふっと消えていった。男の気配は消えたのに、相棒は囚われたままだった。唸りながら肩を壊しにかかる。ヴァルゴスは痛みに耐えながら、しかし冷静に訴えた。


「ルシア……相手を間違えているぞ」


 目を合わせると、ヴァルゴスは波動を起こした。きん、と空気が一瞬冷える。直後、鎖は弾け、獣の唸り声が止まった。赤かった眼は青紫色に戻り、主人を認めると「キュッ」と鳴いた。慌てて身をヴァルゴスから離すと、身体がみるみるうちに小さくなった。ウサギほどのサイズになると、恐るおそる近づき、頬に鼻先を当てた。


 ゆっくり手を動かしてみる。幸いにも、折られていなかった。ヴァルゴスは相棒の頭を優しく撫でた。


「囚われるとは……私も迂闊だったな。すまなかった、ルシア」


 ルシアと呼ばれたヴァルゴスの召喚獣は、キュウと鳴きながら腕に抱きついた。鋭い爪は、小型化すると見えなくなり、コロンとした可愛らしい手に変わる。


 反対の肩も大丈夫そうだったので、そっと起き上がった。浅い傷ならすぐに塞がる。ルシアは軽々とヴァルゴスの背中を登り、ローブのフードに紛れ込んだ。砂埃を払い一息ついて周囲を見回す。もう強い闇の気配はない。


 あの男の野望は阻止せねばならない。しかしそれよりも、ヘイレンを守らねばならない。あの男の狙いは彼だ。あいつが言う『罪』への制裁として彼を屠り、生命力を得て誰かを召喚し、世界を終わらせるのだろう。


 ……ひとまず御魂を送ったことを里長に報告せねば。


 ヴァルゴスはシノの里へと急いだ。

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