第5章-2
洞穴の中は、不気味なほどまでに静かだった。
入ってからは時々水が滴る音がしていたが、それも聞かなくなり、じわじわと暑さが肌を撫でるようになった。シェキルの飛竜ヘルトが翼を広げても余裕な程、広々としていて、分かれ道のない一本道だった。
ヘイレンはシェキルとヘルトに乗ってゆっくり歩いて進んでいた。後ろには竜騎士たちが各々の竜に乗ってぞろぞろと続いている。
「竜って飛竜だけじゃないんですね」
ぽつりとヘイレンが呟くと、シェキルはうむと頷いた。最後尾にいる竜たちは地竜種といって、翼を持たないが四肢が発達していて、その鋭い爪で地を掘り岩を砕く。牙も立派で、噛みつかれるとヒトなら簡単に粉々になるとか。性格は温厚で人懐っこいため、比較的扱いやすいそうだ。
「魔力を持たないヒト、持っているけど少ないヒトが、地竜と契約を交わす。彼らは膂力と持久力があるから、力仕事はもちろん、長期戦にも長けているんだ」
確かによく見てみると、竜騎士たちもがたいの良いヒトたちしかいない。あんな身体にするのに、どれだけ鍛錬を積んだのだろうか。
長く緩やかな下り坂が終わり、平坦な道に差し掛かった時、ヘルトが顔を上げて足を止めた。一斉に緊張が走る。ヘイレンもポーチに手を突っ込む。
オオオウ……と低い咆哮のような音が聞こえてきた。「竜?」と後ろから戸惑いの声が漏れる。地竜たちも頭を下げて前脚を少し広げて控えめに唸っている。
「……シェラ」
息子の名を呼ぶシェキルの表情は、少し強張っていた。ヘイレンも息を飲んで前方を見据える。何かが来る気配はない。ヘルトが鼻を鳴らした。
「……慎重に行こう」
シェキルの声で蒼竜は歩き始める。つーっと汗が首筋を走っていく。ここでこの暑さだ、シェラのいる最奥部はもっと暑いんだろうと思うと、ローブは脱いで大正解だなと納得した。
「ここだ」
一斉に足を止めたのは、咆哮を聞いてから小半刻(約30分)くらい経った時だった。ヒトひとりぎりぎり入れそうな程の小さな穴が見えた。シェキルが降りようとしたので、ヘイレンも一緒に降りる。
「ヘイレンは私の後ろで構えていて」
言われた通りにシェキルの後ろに身を置く。距離は1馬身程。みんな、静かに蒼竜騎士の号令を待った。
深呼吸を5回ほどした時、ヘイレンは小さな穴から何かの気配を感じ取った。それは、感じたことのあるもの、火の力もわずかにある。これは……
「……フレイ?」
ヘイレンの呟きに竜騎士たちがざわめいた。シェキルが穴に近づく。ヘイレンも後に続く。斜面を滑るような音がして、小さな悲鳴と共にフレイが滑り出てきた。
「いたた……」
服も髪も乱れた竜騎士は、駆け寄ったシェキルを認めると、目をまん丸にした。
「え……!し、シェキル様!?」
「……怪我はない?」
口をぱくぱくさせながらも、こくこくと頷く。顔を赤くして咄嗟に乱れていた服を整える。その傍にヘイレンはそっとしゃがんだ。
フレイと目を合わせると、彼女はふわっと微笑んだ。オレンジ色の眼から雫が溢れる。
「ごめんね、心配かけて」
「無事でよかった。シェラはこの先にいるの?」
「ええ、でも……」
フレイの表情が曇った。途端に良からぬ考えが湧き出てくる。
「援護に来てくれたと思うけど、引き返して。シェラがそう言ってたの……」
シェラが生きていたことにホッとした。しかし、引き返すとはどういうことだろう?首を傾げていると、隣でシェキルが勘づいた。
「まさか……契約を結んだのか、あいつと?」
「……らしいです。あいつ、魔物から竜に生まれ変わったみたいです」
なんだって?そんなことあんのか?地竜に跨る竜騎士たちがあれこれと騒ぎだす。これは参ったな、とシェキルは額を押さえた。ますますわからなくて、ヘイレンはぽかんとしていた。
「竜と契約を結ぶことで、ヒトは竜騎士になれる。その効力が失われるのは、どちらかの命が尽きた時だ」
ということは、とヘイレンは考えを巡らす。
「シェラはあいつを従える竜騎士になった……魔物として屠ることは出来なくなった……?」
「そういうことになる。私たちが援護に向かったとしても、あいつを倒すことはできない。いや、できなくはないのだが……竜を失うことはどういうことか、ヘイレンも知ってるよね」
「はい……。あれ、でも、シェラはもう資格を失ってるんじゃなかったでしたっけ?里に槍を返したからって」
それは確かにそうだな、とシェキルもやや首を傾げた。一度資格を失ったものが、再び得られるものなのだろうか?
あの……とフレイが口を開く。
「資格を失った者が再び資格を得るために最奥部に挑むことは可能です。里長の入山の許可を得ていることが条件ですが……」
ヘイレンとシェキルは互いを見て頷いた。シェラが里長から入山の許可を得ていたのを、ふたりは目の前で見て聞いている。フレイもふたりの様子に察したようだ。
「援護をするなということは、私たちと戦うことを避けるため。しかし、どうするつもりなんだろうか。屠る相手を屠れない状態にしてしまって……一生シェラはあいつの闇に囚われたままだぞ。竜騎士自身が相棒に手を下すことも出来ないし……」
もうシェラを救えないのか、とシェキルは項垂れる。
「直接は言っていなかったのですが、シェラがしようとしてることで、もしかしてと思うことがあるんです」
フレイの言葉に、皆注目した。あくまでも私の考えですが、と念を押して前置きし、話し始めた中身は、皆が戦慄を覚えるものだった。
「それ……下手したら死んじゃうよね?」
ヘイレンは思わずフレイの手を握った。彼女は無言で頷く。でも、それ以外方法が見つからない。だからシェラは覚悟を決めたのだろう。
「引き返すことはしない。ここで待機しよう。シェラの闘いが終わるまで。ヘイレン、力を蓄えておいてくれ」
ヘイレンは大きく頷いた。
足元で、禍々しい色のマグマの溜まりがこぽこぽと音を立てている。シャボン玉のような丸いものが膨らみ、弾ける。その様子をぼんやり眺めていた。
『シェラ、行かないの?』
背後で、無理やり契約を交わされた飛竜がお座りしている。短い尻尾を振っているのか、びゅんびゅんと空気を切る音が等間隔で聞こえてくる。
「……問いただす時間も無駄だと思ってずっと黙ってたけど、なんでお前……竜になれたんだ?」
振り返りもせず、静かに話しかける。空気を切る音が消えた。
『そりゃあ、シェラと契りを交わしたからだよ』
「それ以前の問題だ。お前はこの溜まりに溶かされて死んだはずだろう?」
『……ああ、身体はね』
妙な言い方に、つい振り返ってしまった。歪な飛竜の顔がぬっと前に出てシェラと視線の高さを同じにする。鼻息が荒い。そして近い。
『ワタシはあの後、魂だけになってこの溜まりから脱したのさ。魔物の魂として。闇を纏いながら、溜まりに残っていた怨嗟を全部喰ったら、自我を取り戻したんだ』
そんなことができたとは。闇の種族ならできる技なのだろうか。
『それからはずーっと、シェラを探し続けてた。何年経ったのかなぁ?』
「……その身でよくホーリアに留まれたな」
『ああ、それはね、意識だけあのコに取り憑いてたの。ワタシ自身はここにいたよ』
ぐるる、と嬉しそうに喉を鳴らす。そう、と呟いて視線逸らす。長く直視できない。シェラの鼓動は酷く乱れていた。
結局はこの闇を心に飼うことになってしまった。が、その時間ももうすぐ終わる。思い出した唯一の方法で、終わらせるつもりだった。しかし、この方法は不安もあった。
今度こそ、この命が終わるかもしれない。
どちらに転ぶか、飛竜次第だ。散々傷つけられた身体は、その痛みを忘れてしまっていた。今ならどんな痛みでも耐えられそうだと、変な自信があった。
命ずるには、竜の名を呼ばねばならない。二度と発するつもりはなかったのだが。むしろ、周りはもうその名の記憶を消されている。魔物に変わったから。僕だけが覚えている、あいつの名前。これも妙な話だが、あいつが自我を取り戻し、僕に執着し過ぎていたからかもしれない。
「僕はお前と、竜騎士として旅立つつもりはない。不本意な契約とみなして破棄したいくらいだ。でもお前は」
『イヤだね。やっと一緒になれたのに』
予想通りの返事に閉口した。契約の破棄は命令ではなく志願に当たるため、断られたら破棄は無効となる。
『ワタシを竜として慕ってよ?』
鼻先をシェラの胸元に押しつけてきた。思わず一歩引いてしまった。危うく溜まりに落ちてしまうところだったが、竜がそれを阻止した。シェラを素早く咥えて溜まりから離した。ぶん回されて目眩がし、腹と背中に熱いものを感じた。
『アブナイアブナイ。落ちたら溶けるよ』
そう言って竜はシェラを己の傍に置いた。じゅるり、と舌で己の口を舐める。慕ってくれと言うわりに、加減のない奴。その鋭い牙は、シェラの身体に穴を開けていた。
「くっ……」
脇腹を押さえ、必死に凍らせる。切られた首の傷を塞いでいた氷が溶けかけているらしく、汗のようにつーっと血が流れた。
諦めて仰向けに寝返りを打った。じわっと背中から鮮血が流れていく。シェラはふっと微笑した。
「もう……いいや」
竜の黒い影がシェラを包んだ。赤い眼に見下ろされるが、どこか憂いている。
意識が途絶える前にと口を動かそうとするも、怖くてうまく話せない。
『シェラ?』
悪気のない様子で、一丁前に心配そうな声をあげてくる。ひとつ、大きく吸い、ゆっくり吐いた。一瞬目を閉じて、シェラは覚悟を決めた。
竜を見据え、命じた。
「気が済むまで……僕を殺せ、アルバ」
きん、と締め付けられるような痛みが、耳を、胸を襲った。竜の眼は見開き、瞳孔を絞った。口がゆっくり開き、鋭い牙が顔を出す。その奥から、赤紫の何かが飛び出してきた。
反射的に転がって避けようとした。しかしその何かは、シェラの全身を瞬時に焼いた。
「うあああ!」
更に転げて竜から少し離れるも、それまでだった。このまま火だるまになって死んでいく。ああ、そうなるとあいつは暴竜になっちゃうな。結局周りに迷惑をかけてしまうじゃないか。……ごめんなさい。謝罪の意を込めながら瞼を閉じた。
が。
突風が吹き、シェラを包んだ炎が一瞬で消えた。
「……え?」
目を恐るおそる開ける。竜が浮いている。大き過ぎるその翼が生み出す風が、炎を消し去ったようだ。
「アルバ……!」
火を消してどうするのだ、と叫ぶ前に、滑空してきた竜に身を掴まれる。両手でしっかり握られ、締められた。声が漏れる。
『ワタシに何をさせる気だい?!』
「その……まんまの……意味だよ……うぐっ!」
ミシッ、と骨が悲鳴を上げる。それに反応して、竜は少し力を緩めた。……目を細め、口角が上がっている。やっぱり楽しんでやがるな、こいつ。
「アル……バ……」
急にのどの奥から鉄の味が込み上げてきて、喀血する。その色は燻んで黒っぽかった。
「緩めるな……そのまま……締め殺せ……」
必死に顔を上げて、竜の目を見た。鼻息を吹きかけられる。竜は真顔になると、言い放った。
『イヤだね。殺さない』
ゆっくり降りて、静かに着地すると、シェラを優しく懐に寄せた。テントのように翼で覆うと、身体を伏せた。顔を寄せてシェラの頬を舐めた。
『ワタシの愛しいヒトだもの。死なせないよ』
言ってることとやってることが矛盾している、なんてどうでもよかった。シェラは息を殺していた。緊張と不安がピークに達する。
その時、どん、と地面が揺れた。轟音とともに突然地面から白い煙が吹き出した。
ぎゃあ!と竜が悲鳴を上げて身体を起こそうとした。シェラは残った力を精一杯振り絞って転がった。マグマの溜まりの際までいって見上げると、飛竜は白い煙に絡まれていた。まるで蜘蛛の糸のよう。
『シェラああああ!』
ヒトだった頃のように手を伸ばすも、やはり虚空を掴んだだけだった。負けじと翼をバタつかせるも、白い煙が絡みつき、それを封じた。
どごっ、と再び突き上げるような揺れが起きると同時に、陥没し始めた。マグマが押し寄せてくる。逃げなければ、と焦るも、身体は縫い止められたように動かなかった。共倒れか……と思った刹那。
シェラの身体が浮いた。
一気に最奥部の洞穴……フレイがいた場所……まで連れていかれると、軽く放り投げられた。
「伏せろ!!」
シェキルがシェラに覆い被さる。その直後、竜の悲痛な叫びが響き渡った。蒸気の音とマグマのどろりとした音とが入り混じり、シェラは固く目を瞑った。身体から血が抜けていくような感覚を覚え、そのまま意識が消えた。
蒸気の音は次第に消え、マグマの弾ける音が心地よく聞こえていた。瞼を開けると、金色の眼が涙を溜めて覗き込んでいた。
「……し、シェラぁ!」
胸元に飛び込んでくるのを、しっかり受け止めた。あれほど重かった身体は、すっかり楽になっていた。ヘイレンがずっと癒しの力を注ぎ込んでくれていたのだ。
「よかった……うぐっ……よかっだ……」
声を上げて泣きじゃくる青年の頭を優しく撫でる。金色の艶やかな髪は、砂をかぶったのか少しかさついていた。
「……ありがとう、ヘイレン」
彼の力に幾度と救われてきたか。僕が彼を守っていかなきゃいけないのに。過去の事で傷つけられたなんてちっぽけな事。彼のほうが、もっと辛いはずなのに。
「……ずっと心配かけて、ごめん」
シェラはぽつりと言葉をこぼした。ヘイレンはむくりと起き上がって首を振りながら涙を拭った。シェラも身体を起こそうとしたが、腹に力が入らなかった。
「まったく……とんだ賭けに出たもんだな」
別の角度から声がしたかと思うと、そっと抱き起こされた。逞ましい身体に触れた瞬間、シェラは悲鳴をあげた。鳩尾がとんでもなく痛い。
「んー……やっぱりまだダメか。ヘイレンの力でもこれは厳しそうだな」
シェキルはシェラの胸下にそっと手を添える。身体がぴくっと跳ねる。それでまた激痛が走って変な声を出した。胃か何かの内臓を酷く損傷しているようだった。ごめん、と蒼竜騎士は手を離した。
「……シェラの魔力と合わせたら何とかなるかも」
ヘイレンはそろっと近寄り、シェラの右手を握った。反対の手で鳩尾に触れる。やっぱり同じ反応をしてしまった。
「ゆっくり呼吸することを意識して。ボクに魔力を流し込んで」
シェキルの抱えられたままの姿勢で、シェラは目を閉じて右手に力を込めた。淡い水色の光がヘイレンの腕を通り、胸元を通過して反対の腕に渡る。そして鳩尾に到達した。
この光景はまさに、エルク王が繭で施した時と全く同じだった。彼は王と同じ治癒法を会得しているのか。シェキルはひとり驚きながら見守っていた。
痛みに歪んでいた表情が、時間と共に和らいでいく。ヘイレンも衰えなく力を出し続けている。確か使い過ぎて3日くらい眠っていた記憶があるが大丈夫だろうかと、少し心配した。
それからしばし。ふたりを包んでいた光が静かに消えた。ヘイレンがシェラから手を離すと、シェラもまたゆっくり目を開けた。それから大きく深呼吸をした。
「たぶんこれで起きられると思うけど……」
シェキルはシェラを起こしてみた。今度は悲鳴をあげなかった。鳩尾を摩りながらシェラは、大丈夫かも、と微笑んだ。ヘイレンもよかったーと胸を撫で下ろした。
「じゃあ帰ろうか。洞穴から外に出よう。最奥部は今行かないほうがいい」
ヘイレンを先に行かせ、続くシェラの背を見て思案に耽った。
フレイから聞いた、シェラが『やろうとしている事』は思惑通りだった。……竜騎士の命令に背いた竜は、その瞬間契約を強制的に破棄され、竜の竈門の主に捕われ喰われる。シェラはその掟を利用した。
『あいつ』が拒否するであろう事とは、溺愛しているシェラの命を絶たせる事ではないか、とフレイは声を震わせて話していた。言われた通りにされていたら、シェラは死に、あいつは暴竜となって文字通り暴れ回っていただろう。
小さな穴から滑り出て、ヘルトやフレイ、竜騎士たちと合流した。ヘイレンとシェラを蒼竜に乗せ、シェキルも乗ったところで大地が一瞬揺れた。上から土がパラっと落ちる。地竜たちが騒ぎ出した。
「急ぎましょう!崩れるかもしれません!」
竜騎士のひとりが叫んだ。シェキルは彼らを先に行かせると、ヘルトも翼をたたんで駆け出した。
竜の竈門の主によって最奥部が壊れてしまった。戦場は陥没しマグマに飲み込まれ、そのマグマが洞穴に達して洞窟へと流れ出てきていた。幸いマグマの速度は遅く、追いつかれることはなかったのだが、熱が空間を一気に暖めた。
シェキルはヘイレンたちに袖で口を覆うように指示した。喉を焼かない為の対策だが、皆固く目も閉じていた。確かに目も焼けそうなほど痛む。
『シェキル、目を守れ。ここは竜たちに任せろ』
ヘルトが思念でシェキルに話す。ありがとう、と念を返して蒼竜騎士は目を閉じた。
それから四半刻(約15分)、彼らは洞窟を抜けた。直後、白い煙が勢いよく飛び出した。この蒸気に追いつかれていたら、大火傷を負っていただろう。
地竜の騎士たちは陸路を、ヘルトは4にんを乗せて空を駆けた。里長の待つ麓の集落は、怪しい靄がかかっていた。
「いる……」
ぼそりと背後でヘイレンが身震いした。シェキルは一旦ヘルトを上昇させて集落から離れた。それを見た地竜の騎士たちもその場で足を止めたようだった。
「里長……みんな、無事かしら」
不安気にフレイは集落を見下ろしている。さて、どうしたものか。相手はシェラの力を吸い取り強度を増した太古の魔導士だ。生半可な力では返り討ちに遭うのが目に見えている。
ふとシェキルは、ヘイレンが下げているポーチに目をやった。歪になっているが、何か使えるものはないのだろうか。
「ヘイレン、魔法石か何か持ってないか?」
問いかけられてハッとした青年は、がさごそとポーチを漁った。
「使えそうな魔法石、カヤからもらった聖石しかない……です」
おもむろにポーチから出した聖石は、見事なまでに真っ白だった。これはいけるかもしれないと思った半面、あの槍の一撃では屠れていなかったことを思い出し、悔しさが沸き起こった。
「その石を靄の主に投げて欲しいのだが、いいか?」
ヘイレンはえっ、と一瞬固まったが、「わかりました」と力強く答えた。
「私はヘイレンの投げた石に向けて槍を投げる。相手ごと突き破れば聖なる力も加わって今度こそ……消失させられるはずだ」
あの時確かに貫いたはずだったのだが、もしや分身だったのだろうか。集落を覆う靄もまた、分身なのかもしれない。いろいろ考えが浮かんできてしまうのを沈め、シェキルは槍を握り直した。
「フレイ、ヘルトの操縦を頼みたい。たぶん、ヘルト自身どう動くべきか理解しているかもしれないが、誘導してやって欲しい」
私が!?と彼女は目を丸くしたが、シェキルの位置ににじり寄ると、ヘルトの背中の突起物をしっかりと握った。
あとはシェラをどうするか。ヘイレンの治癒魔法で回復はしたものの、本調子ではない。様子を窺うと、風に当たっているにもかかわらず、うっすらと汗をかき呼吸も浅い。手に持つ杖も変化が難しそうだ。
「シェラはヘルトに振り落とされないように掴まってろ」
僕だけ何もしないなんて、とやや不満そうな顔をしたが、もう十分にやってきただろうと軽く説得する。しぶしぶ了承してくれたが、たぶん、何かやるだろうとは思っておこう。
風を捕まえ、ゆっくり集落の上空を旋回しているヘルトの腰あたりに、シェキルは移動した。2呼吸置いて、叫んだ。
「降下!」
翼をたたみ、滑空した。ヘイレンが聖石を投げた。一直線に靄の塊へと落下していく。追うようにヘルトも降下する。そして。
渾身の力で槍を投げた。
聖石を砕くのと、靄の主に槍が刺さるのとが、同時だった。
真っ白な光が世界を覆った。
フレイはヘルトを上昇させた。
ひとつ羽ばたいた直後、禍々しい靄が追いかけてきた。しかしそれらは、シェラが放ったダイヤモンドダストによって凍結し、バラバラと落ちていった。
白い光はゆっくりと力を失い、次第に集落を映し始めた。半壊した小屋、そして、残っていた竜騎士たちが横たわっていた。




