幕間-4
シーナは無事だろうか。目の前に立つ男に憎悪をたっぷり含ませた視線を送りながらも、フレイは相棒の安否が不安だった。
男は竜騎士が着用するチュニックとズボンスタイルだが、袖から覗かせている手はヒトのものではない。鋭い爪と浅黒い肌。足元も同じような形をしている。黒い靄を纏い、顔はよく見えない。が、怪しく光る眼は赤く、口元は牙を見せて笑みを浮かべていた。
「君も美しいが、やはりシェラのほうがワタシの好みだな……すまないね」
シーナから引き剥がされて気絶させられ、気づいたらここにいた。後ろ手に縛られ、衣服は乱れている。ハーフアップに縛っていた髪はほどけてぐしゃぐしゃだ。
――服を剥がされるような危機感を覚えて目が覚めると、案の定男の手は襟を掴んでいた。手が使えない分、必死に足蹴して抵抗したが、その際首を強く掴まれ押し倒された。頭を強く打ち、再び意識が飛んでしまった。
それからどれほど経ったか。フレイは酷く憔悴していた。何をされたのかわからないし、想像もしたくなかった。横になったまま膝を曲げ、ぎゅっと身体を小さく丸めた。恐怖と羞恥で涙が溢れ、身体が震える。
男はずっと、シェラはまだかとうろうろしていて落ち着かなかった。どうしてそんなに彼を気にしているのだろうかと最初は戸惑ったが、段々と本性を出してきだすと、気持ち悪いことこの上なかった。
別に男が男を愛することを批判するつもりはない。しかし、こいつの愛は……いや、もう愛と呼びたくないくらい、シェラに執着している。
「君はシェラとどういう関係?」
突然無理やり起こされると、顎を掴まれて顔を上げさせられる。血の色のような深く暗い赤の眼が悍ましい。
「どんな関係って、あんたみたいな魔物の討伐に、力を出し合った仲間でしかないわよ」
震えながらもどうにか絞り出したが、顎を掴まれたままだったので喋りにくかった。男はニヤリと笑って「そうかそうか」と妙に安堵するような相槌を打つ。
首を振って男の手を払おうにも、力が強すぎて全く動けない。フレイは涙を流しながら男を睨み続けるしかなかった。
「シェラは君のために、ひとりでここへやってくる。ワタシを裏切ることは決してない。裏切ったらどうなるか、シェラはわかってるからね」
ふふふ、と笑う声に鳥肌が立つ。やっと顎から手が離れたかと思うと、今度は胸ぐらを掴まれた。強制的に立たされると、こっちだと言わんばかりに引っ張られる。ふらつきながらついていくと、祭壇のある部屋に入った。祭壇には椅子が置かれ、胸と腿、足首を固定するような装置がついていた。処刑用の椅子みたい……と、フレイはぼんやり眺めていた。
椅子に乱暴に座らされると、男はフレイの身体を固定した。首を掴まれると、男は一瞬力を込めた。苦しくはなかったが、首輪を付けられた感覚があった。男の魔力で作られたそれは、椅子の背もたれと融合した。
もう、なにもできない。黙って行く末を見届けるしかない……。フレイは絶望した。
刹那、全身が痺れ、痙攣した。男が手をかざしている。淡い光が、すうっと男の腕を伝って身体に取り込まれていく。フレイが宿す魔力と生命力を吸い取っているのだ。このままもう、目覚めたくないかも……と思いながら、フレイは眠りに落ちた。
あいつの力を感じる度に足が止まる。力が抜けてくず折れそうになるのを必死に耐えていた。火山の熱で温かい壁に寄りかかって、乱れる呼吸を落ち着かせる。
汗が伝っていくのが気持ち悪い。しかし、あいつの存在に比べたら大したことない。……比べるものが違うか。思わず苦笑いする。
かなりの日が経ってしまっている。フレイは無事だろうか。あいつは女性に一切興味を持たなかったはずだけど、魔物に変わると嗜好も変わる、なんてことがあったら……よからぬ想像を頭を振って追い出した。
呼吸が落ち着き、身体を壁から離す。そして、一歩、また一歩と最奥へ向かう。
あいつは竜になりたいと言い出してあのマグマに飛び込んだ。……いや、あいつは、生きることをやめたいと言っていたっけ。
もうどっちでもいいけど、とにかく危うく道連れにされるところを振り払い、あいつだけが落ちていった。肉が、骨が、内臓が悪臭を放ちながらあっという間に溶けていく瞬間は、今もなお鮮明に浮かび上がる光景だ。
シェラはまた足を止めた。口元を押さえて少し屈む。そんな記憶、今はいらないだろ。いや、もう二度と掘り起こすな。あいつの記憶を一つ残らず消し去らないと。
これは、僕が抱く闇との闘いでもあるな……。
あいつの概念を消さないと……僕は一生、あいつを僕が抱く闇の中で飼うことになる。
2、3回深呼吸をして、シェラは身体を起こした。空色の眼は、最奥部の扉を映していた。




