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第3章-5

 ミスティアは呆気に取られていた。ラウルの応急処置のおかげもあるが、ヘイレンの治癒力が異様なまでに高まっていて彼女の出る幕は無かった。


 医療室に入った時、ラウルが横たわるヘイレンから手を離したところだった。


「凄いよ…こんなに治癒力高いコなの?ガロから降ろす頃にはほぼ治ってたよ」

「どんな怪我を負っていたの?」

「肋骨が数本折れていた。でも変なところに移動していたとかは無かったよ。治癒力を高める魔法はずっとかけていたんだけど、まさか短時間で骨折が治るとは思いもしなかったな」


 トア・ル森からここまで全力疾走してきて四半刻(約15分)程かかったとラウルは言った。確かに早過ぎる。


「でも、ヘイレン自身の魔力が戻るまで眠り続けると思うよ。随分と深い呼吸をしてる」


 ミスティアはヘイレンをじっくり診た。外傷は無い。折れたとされる肋骨付近も少し撫でるように触れてみたが異常無し。肌の色も……白いが病気的な白さではない。ほんのり頬に紅がさしている。呼吸は確かに深い。そっと手首に触れて脈を取ったが、やはり正常だった。癒しの力が使えるコだけど、ここまで凄かったとは。医師の助手に最適ではないだろうかとつい思ってしまった。


「ところでシェラは?高熱で寝込んでるとヘイレンから聞いてはいたけ……ど!」


 酷く目眩がしてよろめいたのを、ラウルは咄嗟に支えた。首筋を汗が伝っていったのを見て、彼女も高熱なのではと危惧した。


 ミスティアは大丈夫と言うもその声は弱々しく、足取りもおぼつかない。ラウルは軽々と彼女を抱き上げると、ヘイレンの隣のベッドに寝かせた。突然の事にミスティアは面食った。焦りと照れで身体中が熱い。


 ラウルは手際良くタオルや氷嚢などを用意しミスティアに処置を施した。彼もまた助手にもってこいだな、とミスティアは少し口角を上げた。


「ありがとう、ラウル。はあ……どっちが医師なんだか。霧の力を使い続けたツケが回ってきたわね」

「ツケはともかく、そこまでしないとシェラは危険だったということか?」


 そうなの、とミスティアは力無く呟くと、そのまままどろんだ。ラウルは小さくため息をつくと、ミスティアに布団を優しくかけた。そして静かに部屋を出た。


 療養所の外で待っていたガロに先に城へ戻るよう促し、その足で宿へ向かった。シェラが休んでいる部屋を訪れると、ミスティアの同僚が様子を窺っていた。ラウルは静かに声をかけ、今度はヘイレンとミスティアの様子を見て欲しいと頼んで向かわせた。


 召喚士はというと、峠を越えたのか酷くうなされている様子もなく、すやすやと眠っていた。右腕に視線を落とすと、指がぴくぴくと等間隔で痙攣している。じっと見つめていると、ピリッと頭痛が走った。視線を上げると、シェラの頭上を青黒い靄が覆っていた。青い光が2つ、こちらを窺っている。


「シェラを見守ってくれているのか?」


 ラウルは靄に話しかけた。再び頭の中を電気が走る。


『我……は……どう……すれ……ば?』


 思わぬ問いかけにラウルは戸惑った。何が飛竜を悩ませているのか、心の中で尋ねてみる。頭痛が強くなってくるのを耐えながら、彼の声を聞いた。


「なるほど……ね。君たち仲良しだと思ってたけど、シェラがどことなく壁を作ってて、心の距離があったんだね。竜騎士としてそれどうなの?」


 つい苦笑いしてしまう。飛竜ディアンはディアンで、相当悩み続けていたようだ。腕だけになってもずっと。邪神竜の腕かもしれないと不安になっていたシェラに、『ディアンの腕だ』と念で主張も出来ないか……。そもそも念は送ったことあるのか謎だが。


 ラウルがディアンと念で話し合っている間、シェラは大丈夫なのかとふと心配になって彼を見たが、変わった様子はなかった。いや、少しじわりと汗が滲んでいた。


 しかしながら、ここに靄として浮かんでいるということは、シェラはディアンの存在をようやく受け入れられたということだ。ラウルは大丈夫だと安心させる。


「シェラの利き腕を君が担っている。だから、君がいないと召喚士として……いや、いち魔導士として力を発揮できないと思う。シェラはこれからも自分の腕として使っていくだろうけど、いざという時は君の力を解放するって言ってたから、その時は……助けてやって欲しい。そのために私が君の(コア)を回収してシェラの肩に入れたんだからね。最近までちゃんと話してなかったけど」


 ラウルは一息ついた。鈍い痛みが頭から全身に広がってきている。


「……ディアン、すまない。シェラにきちんと話さなかった私が悪かった。その……彼が竜騎士だった頃のように、共に生き、力を彼に貸してやって欲しい。これが君の問いに対する答えだ」


 そう念じて再び靄を見ると、青い眼は輝きを細め、小さく低く唸った。そして靄が薄れていき、やがて消えた。大きく深呼吸をする音だけが部屋に響いた。頭痛もすうっと治まった。


 ラウルはシェラの氷嚢を取り替え、タオルで汗を拭いた。点滴はミスティアの同僚が部屋を出る際に外してくれていたが、また脱水を起こされるとラウルでは対処できない。


「ん……ラウル?」


 呼ばれてハッとした。空色の眼がこちらを見ていた。頬が少し赤い。


「ごめん、起こしたかな?」

「いや……ううん、ちょうど起きたっていうか。なんか暑くて」

「でしょうね。熱が上がってるから」

「……ディアンと話してた?」

「え?……あ、まあ……ね。念を受け取って送り返してたかな。ごめん、シェラに負担かけさせてしまって」


 だからか、と召喚士は笑った。身体を起こしたいと言ってきたので氷嚢を取って支えてあげる。シェラはうんと伸びをして、ゆっくり身体を捻ったり肩を回したりとストレッチをする。時折みしっと音が鳴る。


「寝過ぎて身体が痛いや。ちょっと動こうかな……」


 のろのろと布団から這い出て立ち上がると、少し足踏みをしてからまたストレッチをするが、ふらついたので咄嗟にラウルは彼を支えた。苦笑いを浮かべるシェラだったが、動きを止めてしばしラウルを見つめた。ひと眠りする前はミスティアの同僚がそばにいたのに、何故ラウルがここにいるのか?という目をしていた。ラウルは内心「今更その目をする?」と笑いたくなった。


 ややあって、ハッと気がついたようにシェラは目を見開いた。


「ヘイレンは?怪我して帰ってきたって……」

「ああ、あのコならもう大丈夫。骨折してたけどあのコ自身の治癒で治ったよ。今はぐっすり眠ってる」

「治った……よかった……」


 シェラはホッと胸を撫で下ろした。


「だから私はシェラの様子を見にきたんだ。腕がディアンのものだと認識した以上、身体に異変が起きるのは必須だからね……。高熱もそう。シェラの身体が竜のそれを受け入れるのにある種の耐性が必要になってくる。身体にしっかり馴染むまで、耐えて欲しい」

「耐性……」


 右肩を押さえてやや俯くシェラに、ラウルはディアンに話したことを彼にも伝えた。すると彼は視線を上げ、口元を震わせた。


「シェラとディアン、双方に不安を抱かせてしまったことは申し訳ないと思ってる。その……偉そうに言える立場じゃないのは承知の上だけど、シェラもビビってないで彼を頼りなよ。飛竜はずっと、主に忠実だからさ」


 シェラはびくっと身体を震わせると、また俯いて目を伏せた。ややあって「そうだね」とぽつりと呟いたが、その声は自信なさげだった。


「……僕は」


 シェラは話そうとした。が、声が震えていた。嗚咽が漏れる。ラウルは自然とシェラを抱きしめていた。


「ラウル……」

「別にいいんだぞ?男は泣いてはいけない生き物じゃないんだから。不安や恐れがある、それらを抱いてしまう自分に嫌悪する、そういった負の感情を溜めたままは心を壊す。吐き出すことは大事だ。今は気が済むまで泣けばいい」


 ラウルの耳元で召喚士はでも、と言ったものの、それ以上話すことが出来なかった。声を上げて泣くシェラを、ずっと抱きしめ続けた。この時、アルスの闇を取り除く力があれば……とぼんやり考えていた。






 ぐっすり眠ってしまったようだ。ミスティアはのそのそとベッドから這い出ると、隣で同じくぐっすり眠っているヘイレンの様子を窺った。自分が気を失う前と変わっていないように見えた。


 ラウルが置いてくれたタオルと氷嚢を片付けていると、布の擦れる音がした。


「うーん」


 布団の中でヘイレンが伸びをしている。ゆっくり起き上がると、辺りを見回した。ミスティアと目が合った。


「おはようヘイレン。気分はどう?」

「あれ、ミスティア?うん、身体の痛みもないし、大丈夫かな」


 ベッドから抜け出して少しうろつく。足取りは問題なさそうだった。あれ、とミスティアは異変に気づいて思わず声を出した。ヘイレンは振り向くと首を傾げた。


「どうかした?」

「ヘイレン……背伸びた?視線の高さが違う気がして」


 ヘイレンは自分の身体のあちこちを見た。いや、見てもわからないと思うけど。彼はふーん、と言いながら一通り眺めてミスティアに視線を戻した。その時「あっ」と声を漏らした。


「うん……たぶん、伸びたかも。目の高さが違う」


 シェラの事を伝えに来た時と比べてかなり伸びている。ミスティアの胸元あたりに頭があったような気がしたが、今の高さはフレイぐらいか(彼女の背は頭がミスティアの目元あたりにくる高さだ)……となると、そのうち私も見下ろされるのではと何故かぞわっとした。


 時空を超えて今の時代に来た、という事自体、そもそも作り話かと笑いそうになったが、凄まじい回復力や成長を目の当たりにした今、ますます彼がわからなくなった。彼の存在はおとぎ話のように現実味が無いような、でも目の前に佇んでいるのは紛れもなく彼。


 ヘイレン……あなたは一体何なの?


 心の中で問いかけたはずなのに、ヘイレンはミスティアに囁くような声で言った。


「ボクは……ボクがいた世界ではヒトじゃなかったんだ。テンバって生き物だったんだって。ボクは……変えてしまったんだ、世界の歴史を……」


 テンバ。初めて聞く単語にミスティアは目を閉じてこめかみを揉んだ。どうしてヒトの姿なのか、聞くとヘイレンは、自分が時空の裂け目に飛び込んだ結果テンバは滅びてしまったからだと答えた。彼の他に子孫を残す個体がいなかったらしい。絶滅危惧種も極限状態だったということか。思わずため息をついた。


「それで?ヘイレンを襲ったのは誰?例のオッドアイの……ロキアだっけ、そのヒト?」


 ミスティアは半ば強引に話題を変えた。ヘイレンはハッとしておもむろにポーチを手に取って身につけた。


「ウォレス王に報告しなきゃ。たぶん、虐殺犯と会ったって」

「なっ!?」


 止める間もなくヘイレンは部屋をさっさと出て行ってしまった。どこか幼さが残る、臆病な少年だったのが嘘のようだった。ミスティアは呆然としていたが、慌てて通信機で王の側近に連絡を取った。






 療養所の入口で、ヘイレンとばったり会った。一瞬彼とわからなかったシェラは、まじまじと見つめてしまった。対する彼は、少し焦っている様子だった。


「シェラ、大丈夫?」


 最近まで寝込んでいた身なので聞かれて当然だが、シェラもヘイレンに大丈夫か問うた。彼はうん、と軽く頷くと一呼吸置いた。その間、シェラは彼との視線が変わったことに少し戸惑っていた。この数日で、フレイと変わらない背丈になってないか?


「ボク、ウォレス王に報告しなきゃいけないことがあるんだけど、一緒に行ってくれる?」

「もちろん行くよ。歩きながら事情を教えてくれないか?」


 ヘイレンは再び頷くと、シェラと並んで歩き始めた。ラウルは先に城へ向かっていた。おそらくヘイレンが報告しようとしている事はロキアの事だろうと予想しながら、シェラは彼の話を聞いた。


「ロキアとは別の、オッドアイの男に襲われた」


 えっ、と一瞬歩みが止まるも、すぐにヘイレンに並ぶ。ロキアはかつてここエクセレビスで彼を襲った前科がある。だから怪我もそいつにやられたのかと思っていたが、まさか新たなジンブツに遭遇するとは……。ラウルと騎士たちのおかげで逃れられたという。


 門に着き、門番に案内されて中に入り、応接間に通されて王が来るのを待った。


「あいつ、ボクのことを知ってた。時空の裂け目に飛び込んだことも、テンバだってことも。あいつも時空を超えて来たのかな……凄く怖かった。何もできなかった」


 応接間の窓からぬるい風が入り、シェラたちの髪を撫でていった。俯くヘイレンに、どう声をかければいいかと悩んでいると、王が側近を連れて応接間に入ってきた。ふとヘイレンが顔を上げるのと、ウォレスが文字通り飛んで彼の前に着地するのとが、ほぼ同時だった。ぶおん、と突風が吹いた。


「ヘイレン殿、ご無事ですか!?お怪我をされたと聞いたのですが……」


 酷く狼狽するウォレスにヘイレンの笑顔が引きつっていた。大丈夫ですと丁寧に宥めると、王は心配そうな眼差しを残しつつもそうですか、と呟いた。それよりもとヘイレンは報告しようとしたが、王がそれを制した。


「ガロとラウル殿からお聞きしています。ロキアではなく男のオッドアイのジンブツと対峙したと。……あなたをご存知だったと」


 ヘイレンは目を丸くして言葉を飲み込んだ。ウォレスは踵を返して少し距離を取ると、そろりと振り返った。心配の眼差しから、王らしい真剣なそれに変わっていた。シェラは息を呑んだ。


「ヘイレン殿は、その男を知っていましたか?」

「……いえ、知らないヒトでした」

「ですが、あなたが時空の裂け目に飛び込んだことを知っていたそうですね。本当に見覚えはないのですか?」

「……はい」


 ウォレスの声色が変化して、ヘイレンの身体が僅かに震えている。王はしばし金色の眼を見つめていたが、そうですかと呟いた。緊迫した空気が頬を撫でる。


「では質問を変えます。ロキアはテンバを保護して育てていたと仰っていましたね。つまりあなたのご主人様であると認識してよろしいですね?」

「……たぶん、それでいい……と思います」


 ヘイレンの声が萎んでいく。


「では何故、あなたを襲ったと思いますか?」


 それは、と言いかけて口を半開きで止めると、記憶を辿るようにヘイレンは考え込んだ。


「確か……気を失わせて連れ去ろうとした、とか言ってたような気がします。そう……でもその行動は間違っていたと謝られました」


 これもあくまでも彼が見た夢での話だが、今は信じるしかない。が。


「手に炎を宿しておいて、本当に気絶させる程度だったの?前にも言ったけど、どう見ても殺意があるとしか思えないよ」


 シェラが横槍を入れると、ヘイレンは首を横に振った。同じような事をロキアに話した際、彼女は脅しだったと言ったそうだ。あまり納得いかないが、これ以上引き伸ばしても仕方がないので、シェラは口を閉ざした。


「ロキアが霊体を召喚し、その光景を目撃してしまったおとなたちを虐殺した……という見方もあります。先日もお伝えしましたが、はんにんは男か女か、もはやわからなくなっています。子供の言うことですから見間違いもある、との声が大きくなってしまって……」


 ウォレスは、私は少年の証言を信じ続けますけどね、と最後に付け加えた。


「とにもかくにも、ロキアの捕獲でうんと事が動くでしょう。もうひとりのオッドアイも、引き続き追いかけますが……ヘイレン殿を囮にするのはやめにします」


 この言葉にヘイレンはえっ、と声を漏らした。彼の治癒力ですぐに回復したとは言え骨折させられたのだ、また同じように折られるかもしれない。次は速攻で殺されるかもしれない。


「ヘイレン殿は、ここで亡くなってはいけないジンブツなのです。あなたは、願わくば元いた世界に戻ってテンバを存続させて欲しい。そう思っています」


 ウォレスの声はいつもの優しいものに戻っていた。ヘイレンは目を瞬かせていたが、がっくり肩を落とした。王にはっきりとそう言われれば、反論の余地はない。


「これからの巡礼旅で、もしロキアやもうひとりのオッドアイと出会ったら、必ず知らせてください。彼らと話をするのは捕獲すれば十分にありますから」


 そう言って王は深々とお辞儀をした。ヘイレンは慌て、シェラに助けてと視線を送った。ふたりに近づき、王に「頭を上げて」とお願いする。


「王がそんな頭を下げちゃダメでしょ。それはこっちがやらなきゃいけないんだから、ウォレスは堂々として」


 まったく誰が身分の高いジンブツなのかわからくなる。顔を上げたウォレスの表情は憂いを帯びていた。シェラはため息をついて無理やり笑ってみせた。


「知らせるように善処するけど、たぶん、出会った時点でやり合うよ。特にもうひとりのほう。奴こそロキアより殺意がありそうな気がするし」


 応援を待っている間に事切れないようにしないと。シェラはヘイレンを見つめながら改めて決意を固めた。






 ウィンシス城を後にしたシェラは、エクセレビスの宿を通り越してある場所へヘイレンを連れて行った。住宅街を突き抜ける大通りの突き当たりに、いかにもそれらしい神秘的な建築物が門戸を開けて佇んでいた。


「巡礼の旅だってこと、忘れかけてた。ごめんなさい」


 ヘイレンは素直に謝ったが、シェラも実のところ同じ思いだった。僕もだよ、と返すと彼は苦笑した。


 風の国にある神殿なので『風の神殿』。そのまんまでわかりやすい。因みにモントレアにあった神殿は『焔大社(ほむらたいしゃ)』という。風の神殿の装飾はウィンシス城によく似ていて、蔦の絡まりかたが芸術的だ。中に入ると、天井から柔らかな風が吹いていて、どの季節でも心地よい。故に、避暑や避寒に最適だと住民の憩いの場のひとつとなっている。


 御魂が集まる墓地に着いた途端、シェラは強い怨念を感じて足を止めた。ヘイレンも感じたようで、隣に立つとさりげなくきゅっとシェラのローブの袖を握った。そういうところはまだ幼さが残っているなと何故か少し嬉しくなったのは内緒だ。


 深呼吸を2、3度行い、「行くよ」と小声でヘイレンに言った。彼は無言で小さく頷き手を離したので、一歩踏み出した。最奥に祀られている半獣神の像がいやに遠く感じた。背後にいるヘイレンの足音が時々無くなる。立ち止まっているようだったが、シェラは振り向かなかった。


「ちゃんと着いてきて。怨念の御魂が寄って来ちゃう」


 やや声を張ってヘイレンに呼びかけると、駆け寄ってくる音が聞こえた。そして、シェラと並んで歩みを進めた。


 ようやく像の前に着いた時、ヘイレンは声を漏らした。上半身はヒト、下半身は馬、弓を持ち下弭(しもはず)を地に付けている。立派な鷲の翼を広げていた。


「綺麗……かっこいい……」

「ヴェントルの初代王を模った像なんだ。王は弓の名手だったそうだよ。遥か遠くの、小石ほどの大きさでしか見えない魔物を射ることができたんだって」

「なんだかラウルみたいだね」


 そうだね、とシェラは微笑むと、像を背にし墓地全体を見回した。墓石が綺麗に整列している。大体の御魂の数を魔力で、肌で確かめる。怨念の御魂は5、6体程あるか。虐殺事件で亡くなったおとなの数と一致するが、果たして彼らなのかはわからない。しかもこの御魂たちは、幾度か召喚士の御魂送りを拒否してここに留まっているようだった。


「……これはちょっと厳しいな。このまま送ることは出来るけど、確実に魔物に変化(へんげ)してしまう。それが嫌でこれまで送りを拒んできたのか、そこは関係なくただ留まっていたいだけなのか」


 怨念を纏った御魂に語りかけても、まともに取り合ってくれるとは思えない。しかし、留まり続けている理由を聞かないと怨念も祓われないだろう。シェラはあれこれ考えを巡らせたが、やがて腹を括った。


「ヘイレンはこの像の後ろに身を隠して。そこから様子を見るのは構わないけど、絶対に出てこないで欲しい。僕はこれから御魂送りの舞をする。舞っている間に召喚士以外の生命体が動くと、魂がその生命体に取り憑くことがあるんだ。それが怨念の御魂だったらマズいから……」


 ヘイレンはこくりと頷くと、言われた通り像の真後ろに立つ格好でシェラを見た。今度はシェラが頷き、像から少し離れて墓石が並ぶ通路の中心に行き、杖を取り出して儀式用の装飾に変化させた。一つ深呼吸をして、召喚士は舞い始めた。


 幻想的な光の玉がぽわぽわと現れ、シェラを囲むように、共に舞う。怨念の御魂が黒い靄を纏って墓場の端から現れる。光の玉と黒い靄が混じり合うと、シェラの姿が見えなくなってしまった。


 思わず声を上げかけたが、何とか押し殺した。ヘイレンは固唾を呑んで見守った。どうか、怨念が晴れますように……そう願いながら。






 あれは なんだったんだ


 ちがういろの めをした まどうしが


 れいたいを うみだした


 いっしゅんにして われわれの いのちをうばった


 れいこくにも こどものまえで


 なにもできなかった


 こどもは ぶじか ぶじだといいが


 あいつは なにものなんだ


 あいつは いかしてはならない


 あいつは やくさいだ


 われわれの おんねんを むねんを


 はらしておくれ


 せかいを すくってくれ……

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