第3章-1
陽射しがきつい。ヘイレンは額から流れる汗を拭いながら天を仰いだ。
シェラは、この「暑期」という暑い時期が始まるまでにはダーラムに戻れるようにする、と言っていたのだが、医師のルーシェがなかなか退院を許してくれず、結局この時期に入ってしまった。
モントレアの寒暖差は凄まじかった。朝は比較的快適なのだが、陽が顔を出して半刻(約1時間)もしないうちにぐんぐん気温が上がり、昼になる前には外に立っていると丸焦げになりそうなくらい暑くなる。当然ヒトビトは出歩かない。むしろ、歩いていると本当に危険だからやめておけ、と都のヒトに言われた。
夕方になれば落ち着いてくるのだが、夜になるとぐっと冷え込む。長袖に着替えても震えるほどだ。この寒暖差で体調を崩すヒトは、大抵他国からの移住者か旅ビトだという。ヘイレンも他人事ではない。
じりじりと肌が焼かれているように感じ、慌てて近くの建物に逃げ込んだ。そこは召喚士たちが集う屋敷だった。ダーラムにあった青い屋根の立派な家のモントレア版といったところか。ヘイレンはシェラが退院するまでこの屋敷の一部屋を借りて過ごしていた。
ロビーに行けば必ず誰かがいた。これから旅に出るヒト、都に着いたばかりのヒト、地元のヒトなど。声をかけられては他愛のない話をする。シェラの付きビトであると知られているせいか、みんなヘイレンに優しく接してくれた。
「やあヘイレン。今日も暑いね」
玄関先でそう声をかけたのはシェキルだった。
「あ、シェキルさん。ほんと、焼けて炭になりそうな陽射しですね……」
シェラが退院するまでの間、シェキルが一緒に居てくれることになった。ヴァルゴスが「様」付けで呼んでいたのでヘイレンもそれに倣って呼びかけたのだが、堅苦しいから様はよしてと言われた。
「療養所へは涼しくなってくる頃に行こう。今出て行ったら溶けてしまう」
そういうわけで、ヘイレンは自分が寝泊まりしていた一室にシェキルを案内した。
「シェラとはいつからの付き合いなんだ?」
部屋にあった紅茶を淹れてシェキルに振る舞い、ひと息ついたところだった。ヘイレンはこれまでの経緯をかいつまんで話した。
シェラと出会ったのは水の国ウォーティスの港町ポルテニエ。闇の靄に襲われていたところを助けてくれたのが最初だった。その頃がとても懐かしい。何年も前から一緒にいる感覚だが、実際にはまだ季節的に半分くらいしか経っていない。
「時空の裂け目……そんなことが起きていたのか。俄かには信じ難いが、その目は嘘をついているようにも思えないな。で、元々はテンバという生き物だったのか」
シェキルは顎に手を当ててヘイレンを見つめる。金色の髪と眼、華奢な身体、白い肌。ルーシェと同じように頭から足まで眺められた。そしてやはり、ふーん、と声を漏らした。
「君はホーリアの種族の先祖かもしれないな。聖属性の力をほのかに感じるし、金髪の民は空の民しかいないからな」
思ってもみなかった事を述べられて、ぽかんとしてしまった。ボクが?ホーリアの……民!?
「国王のイルム様に謁見してみてはどうだろう?あ、でも今は復興中だと聞いたから忙しくされているか……」
同じく時空の裂け目からこの世界にやってきた『黒の一族』と呼ばれる闇の魔族の先祖ヴァルスト。聖なる国ホーリアに自国を滅ぼされ、その復讐を果たそうとした。街は確かにめちゃくちゃになってしまったのだが、住民は地下シェルターに逃れ、イルム王もまた地の国に逃げて無事だった。
ヴァルストはヘイレンが投げた聖石やアルスの魔術などで屠ったはずであるが、異世界に飛ばされて戻ってくるという不思議な体験をした際に、アルスだけが戻ってこなかった。以降、彼の姿を見たものは誰ひとりとしていない。
「シェキルさん、ボク、実はふたりのジンブツを探してまして。巡礼先で出会えたらいいなぁ程度なんですけど」
ヘイレンはずっと秘めていた事を打ち明けた。ひとりはアルス。シェキルはアルスと面識があるそうだが、「異世界か」と呟いた。
「今は探しようがないね。それこそ数年後にまた時空の裂け目でも起きて飛び出してくるんじゃないだろうか?その日まで待つしかないと思うが」
「せめて場所がわかればそこで待てるんですけどね……」
そうだよな、と蒼竜騎士も呟く。もし見つけたらすぐに連絡するよ、と笑顔を見せた。
「で、もうひとりはどういうジンブツなんだ?」
「……赤毛のオッドアイのヒトです」
「都長がおっしゃっていた、ウォレス王が追っている奴か?何でまた……奴はトア・ル森でおとなを次々と屠った凶悪犯だそうじゃないか」
「ボクはそうじゃないと思っているんです」
少し語気を強めて言い放ってしまった。シェキルはやや驚いていたが、ふむ、と一呼吸置いた。
「奴が犯人ではない、という根拠はあるのか?」
シェキルの声のトーンが落ちた。ヘイレンは無意識に背筋を伸ばした。汗がじわりと沸き出て背中を伝う。
「あ……あの……その……ぼ、ボクもそのジンブツに狙われてました。だけど、殺すつもりは無かったと言っていたんです。それに……あのヒトはボクを元いた時代へ帰す為にこの時代に来たんだって言ってたんです」
たぶんだが、赤毛のオッドアイのヒトもヘイレンと同じように時空の裂け目からこの時代に来た。直接聞いたわけではないから憶測に過ぎない。それに、今話した事はヘイレンがいつか見た「夢」で聞いたものである。なので、根拠というには乏しすぎる。作り話だと一蹴されても反論できない。
しかし、夢であろうがこれは偽りではないとヘイレンは信じていた。
「あのヒトは……ボクを襲ってはきたけど……本当に誰かを殺すようなヒトとは思えない……。根拠のない事を言っているのはわかっています。でもボクは……そう感じたんです」
シェキルはしばし黙り込んだ。顎に手を当てたままの姿勢は変わっていない。ヘイレンは固唾を呑んで見守った。
「赤毛の奴は、男か女か覚えているか?」
意表を突かれて一瞬固まった。
「というのも、唯一の生き残りが子供だというのは情報誌か何かで知っていると思うが、その子の証言がちょっと曖昧だそうでね……。ショックで記憶が錯綜しているのではという意見が増えてきて、正確な犯人像があやしくなってしまってウォレス王が頭を抱えているそうだ」
「そう……なんですか……」
ヘイレンは必死にあのヒトの声を、姿を思い出そうとしたが、何だか靄がかかったように顔が浮かばなくなっていた。
「まあいずれにせよ、君を襲ったはんにんでもある。仮に抹殺犯で無いにせよウォレス王は奴を捕らえるつもりでいるそうだ。風の国全土に騎士を派遣して総出で捜索中だ。もし出会ったらすぐに国のヒトに知らせてあげて欲しい」
空色の眼がキラッと光ったように見えた。ヘイレンは怖気づいてただ頷くしか出来なかった。
陽が落ちて暑さが和らいだ頃、ヘイレンはシェキルと一緒に療養所を訪れた。広間に続く廊下で、ルーシェとすれ違った。挨拶をすると、彼女は「あら」と声を漏らした。
「ちょうどあなた方にお話をと思っていたところです」
「息子の様子はどうですか?」
医師と蒼竜騎士とのやりとりをじっと見守る。彼女は微笑した。
「随分良くなりました。明日を最終チェック日にして、問題なければ明後日に退院してもらって構いません」
「それはよかった……!ありがとうございます!」
シェキルは自然と彼女の手を握って喜んでいた。握られたルーシェは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに顔が綻んだ。
「何度かシェラを診てきましたが、彼にしては珍しく回復が遅かった気がしました。それだけ身体が深く傷ついていたということでしょうね。魔力も無かったし。砂の女王相手によく帰還できたものだわ……」
ルーシェはさりげなくシェキルから手を離すと、廊下の窓を一瞥した。窓の向こう側は中庭を挟んで広間がある。つられてヘイレンも視線を移した。こちらを背に、ソファに腰掛けている亜麻色の髪の召喚士が見えた。
「シェラはまだ広間にいるみたいね。では私はこれで」
ルーシェはふたりに小さく会釈をしてすたすたと廊下を歩いて行った。
広間に着くと、シェラはちょうどソファから立って伸びをしているところだった。振り返って目が合うと、召喚士は先程のルーシェと同じ反応をした。
「調子良さそうだね」
シェキルは安堵の表情を浮かべた。シェラは小さく頷くと、やっと退院できそうだと述べた。
「さっきルーシェ先生と出会って、退院の話を聞いたよ。回復が遅かったみたいだけど」
今度は親子のやりとりをじっと見守る。暑くなる前に出て行きたかったんだけどね、と表情を少し曇らせた。
「ダーラムに早く戻って報告しないとと思うと焦っちゃって。リハビリ中に何回かこけちゃった」
「何だそれ、相変わらず焦るとおっちょこちょいだな。誰に似たんだ?」
「……それ、僕に聞く?」
ふたりは互いにくすりと笑う。他愛のないこのやりとりに、ヘイレンはすっかり魅了されていた。やはり、ふたりが並ぶと親子というより双子……いや、背丈に若干の差があるし体格も違うから兄弟か。シェラが歳を重ねたら、シェキルのような風貌になるんだろうなぁ……などとぼんやりと妄想していた。
「ヘイレン、目が上の空だよ。大丈夫?」
突如妄想の絵がパチンと弾けて現実に戻され、ヘイレンは飛び上がった。あまりの反応にシェラも目を向いた。恥ずかしくなって、顔が赤くなっていくのを感じると、ヘイレンは両手で頬を覆った。そのしぐさにシェキルが笑う。
「反応が幼い頃のシェラによく似てる。恥ずかしくなるとすぐに赤面して自分の顔を覆ってたよなぁ」
昔話を急にされてシェラも少し頬を赤らめたように見えた。
「ヘイレンは、私たちの先祖だったりして」
冗談で言ったのだろうけど、ヘイレンは真顔でシェキルを見つめてしまった。ホーリアの民の先祖だのシェラたちの先祖だのって……ボクはヒトじゃないんだってば。
「父さん、それはないよ。……ていうか、何か話をしたの?」
シェキルが「ヘイレンがこの世界にやってきた話をざっくりと聞いたよ」と言うと、シェラから笑顔が消えた。
「アルスや赤毛の奴のことも聞いた。アルスはともかく、赤毛の奴は危険を伴うかもしれない。もしまた襲ってくるような事があったら、しっかり守るんだよ」
シェキルもいつの間にか真顔になって息子を見据えていた。空気がつん、と張り詰める。ややあって、沈黙を破ったのはシェラだった。
「もちろん。大事な付きビトであり、友人だから。それに、ヘイレンの本当の姿を取り戻して欲しいし」
最後の言葉にえ?と声を漏らした。シェラはヘイレンを見て目を細める。
「テンバは滅びてはいけない存在だったんだよね。どうにかしてヘイレンを過去の世界……ヘイレンが生きていたはずの時代に戻ってもらって、テンバを現世に蘇らせたい。赤毛の奴はヘイレンを知っている。テンバだった頃の彼を。ヘイレンの話だと、元いた時代へ帰す為に奴はこの時代に来たんだ。きっと過去へ戻る方法も知っているはず」
巡礼の旅を始める前に、ヘイレンはシェラに赤毛のオッドアイのジンブツを探したいと伝えていた。シェラはそれを承知し、何かあったら守るよと言ってくれていた。
だが、過去に戻ってテンバを蘇らせる、という話は今初めて聞いた。同時にヘイレンはあれと首を傾げた。
「……ボク、戻りたくないって言った時に『元の時代に戻る手段が無いし、今はそんなこと考えなくていいんじゃないか』って言ってくれてたのに……」
不穏な空気に包まれ始めると、シェキルは一歩退いた。
「私は一旦これで。ロビーで待ってるから、シェラとゆっくり話しておいで。これはきちんとお互いに話し合ったほうがいい」
「父さん……」
シェラは憂いを帯びた表情を浮かべるが、シェキルは無言で頷き、その場を去っていった。姿が見えなくなると、シェラはため息をついた。
「そうだね……ちゃんと話そう。部屋に戻ろうか。こういった話はあまり他のヒトに聞かれないほうがいい」
その意見には賛成だった。
部屋に入ってシェラが急に立ち止まったので、ヘイレンは彼の背中に突っ伏した。
「んぐぇ」
何事かと見上げると、シェラの表情が凍りついていた。視線の先には、廊下ですれ違ったルーシェが立っていた。
「お帰り。ちょうど夕飯を持ってきたところよ。戻ってなかったからテーブルに置いたわ。そこのクローシュがそうよ」
「あ、ありがとうございます……。お手数をおかけしました」
「いい加減私にビビるのやめてくれる?地味に傷ついてんのよこれでも」
「……ごめんなさい、気をつけま……す……」
右手が微かに震えている。謝る声も尻すぼみに消えていき、多分最後までルーシェには届いていない。ヘイレンにとって初対面だった時よりも怖気付いている。流石にルーシェが気の毒に思えた。
「……私こそごめんなさい。言い方がキツくなるのは自覚してるの。気が短いせいもあるのだと思う。病や怪我で弱ったヒトって、普段は強くて頼り甲斐のあるヒトだと勝手に思い込んでるから、いざ弱みを目の当たりにすると苛立っちゃうのよね……。さっきまで強かったくせにって。その思い込みがいけないのだけれど」
ルーシェの告白に、シェラは落としていた視線を上げた。彼女はシェラに近づくと、ポーチから巾着袋を取り出した。ふっくらと丸みを帯びていて、魔法石でも入っているように見えた。
「これ、受け取ってちょうだい。ヘイレンとシェキル様の分も入っているから、みんなで食べて」
食べて、の言葉にシェラの表情がほんの少し和らいだ。ヘイレンも気になって覗き込んだ。ゆっくりと、シェラの右手が上がり、巾着袋の底に手のひらを当てた。ルーシェはそっと袋から手を離した。シェラの手のひらより少し大きい。
「明日が最後の診察でいるから。……もう大丈夫だと思うわ」
「……あ……はい……ありがとうございます」
ルーシェは小さくため息をつきつつも、ふっと笑みを浮かべてシェラの横を通り、そして静かに扉を開けて出て行った。
しばらくシェラは巾着袋を手のひらに置いたまま立ち尽くしていた。ヘイレンは袋の中身が気になって仕方がなかった。そっと顔を近づけるが、特に香ってこない。
「これ、何だろうね?」
ヘイレンの声にシェラはハッと我に返ると、夕食が置かれたテーブルまで行き、そばの椅子に座った。ヘイレンも近くのスツールを持ってテーブルに急ぐ。
巾着を置いてそっと開けてみると、白くて丸い包み紙が入っていた。それを一つ取り出すと、またしばらくシェラは固まった。待っててもしょうがないので、ヘイレンも巾着から一つ取り出した。
包み紙を丁寧にめくると、やはり白くて丸いものが姿を現した。中央がうっすらと赤い。何か入っているようだがさっぱりわからない。白い部分は何だかもちもちと柔らかい。
「……何これ?」
シェラを見るも、心ここに在らずの状態だった。ヘイレンはため息をつくと、丸いものをそっと包み紙の上に置いて、シェラの肩を掴んだ。刹那、彼の身体が跳ね上がった。
「しっかりして!」
ヘイレンは心配と苛立ちの両方の気持ちをこの一言にたっぷり込めた。思いの外大声になってしまったが、それが効いたのかシェラは瞬きを繰り返した。
「あ……ごめん」
シェラの声は弱々しく、広間で話してた頃のシェラは何処かに潜んでしまったかのようだった。何も考えられていないようだ……。
「そんなにルーシェ先生が怖いの?」
彼女に申し訳ないが、思い切って尋ねてみる。シェラは視線を白くて丸いものに移す。ふっと微笑むと、小さくため息をついた。
「似てるんだ、ライアに」
初めて聞く名にヘイレンは首を傾げたが、召喚士は構わず続ける。
「自他共に厳しく、けれども優しく接してくれる。正直先生のほうがキツイけど。でもそれは、弱音ばかり吐く僕を叱咤激励してくれているという事だと思ってる。彼女もそうだったなって」
「……ライアさん?って?」
「……婚約者だったヒト」
「コンヤクシャ……」
「凄く大切なヒト。……僕は彼女を愛していた。彼女もまた僕を愛してくれていた。共に生きようと誓い合ったんだ」
何故か急に恥ずかしくなった。鼓動が一気に早くなる。シェラも頬をほんのり赤らめる。
「雰囲気が似ているのは、ライアも先生もコア族だからかな……」
「え?こ、コア族!?」
コア族はてっきり竜の一種だと思っていた。思わず仰反るヘイレンだったが、召喚士は視線を落としたままだった。白くて丸いものを両手で包み込みながら、物思いに耽る。
「ライアも作ってくれたんだ。竜騎士として魔物と戦った後、帰還したら必ずこう、巾着袋に入れて。先生が一瞬ライアに見えて、それで……僕の中で時が止まってた」
「……そう……だったんだ」
うん、とシェラは頷くと、包み紙を丁寧に開けた。妙に過去形なのが気になったが、ライアの話はこれで終わってしまったので聞くに聞けなかった。
「これは大福。中の赤いものは苺、それを餡で包んでさらに餅で包んだもの。苺が入っているから苺大福。苺の色がうっすら見えるから、餡は少なめだね。甘さ控えめだ」
そう言ってパクリと頬張った。ヘイレンも倣って一口頬張る。甘酸っぱい果肉とねっとりとした餡、そしてもちもち感が口いっぱいに広がった。
「もちもち……甘くて美味ひぃ……!」
「餅を喉に詰まらせないようにね。下手したら窒息死するよ」
「んぐっ」
いきなり怖いことを言われて本当に餅を喉に詰まらせるところだった。よく噛んで、よく味わって、こくんと飲み込んだ。これはシノの里でいただいた緑茶が合いそうだ。そう思っていると、大福を食べると緑茶が欲しくなるね、と代弁するかのようにシェラが呟いた。シェキルの分の苺大福を残して、ふたりはほっと一息ついた。夕食がまだだったことに気づいた。
「あ、シェラ、晩ご飯……」
「ああ、忘れてた。先に大福食べちゃったけど、これも食べなくちゃね。でもその前に」
シェラは少し背筋を伸ばしてヘイレンと向き合った。
「さっきの話……ヘイレンに過去へ戻ってもらってテンバを蘇らせたいって言った事だけど、何も今から戻れという意味じゃないからね。ヘイレンには今の世界を肌で感じてもらいたいと思っているのは変わらないから」
でも、ゆくゆくはそうして欲しいと思っている。シェラの眼差しは真剣だった。
「どうして?やっぱりこれから先、この世界は滅びてしまうかもしれないって思うから?」
「んん、そういうわけじゃないんだけど……」
言いあぐねるシェラを、じっと見守る。言いたい事を整理しているのか、視線が右へ左へと定まらない。次第に目を閉じて深呼吸を2、3度繰り返した。
「レムから彼の旅の話を聞いた時、胸がざわついて。彼は誰も踏み入れたことのない地を巡る召喚士なんだけど、先日ライファス遺跡の北側に行った時に、開けた大地のその先に小さめの森があったんだって。その森には光り輝く蝶が舞い、猫耳を持つ半獣の民が住んでいたらしい」
ヘイレンの身体がピクリと跳ねた。猫耳……森……蝶……。何かが湧き立ってくるのを感じた。
「その森の中心部に祠があって、祀られていたモノが……多分、テンバなんじゃないかって話を聞いてて思ってた」
テンバが祀られている……。
「そこに行ったら、ヘイレンの『真の姿』がわかるんじゃないかな。確か、馬の体格に角と翼が生えてたって言って……ヘイレン?」
身体の震えが止まらなくなっていた。視界が歪む。シェラの姿も、声も、何もわからなくなっていた。
そして、突然、光を失った。




