幕間-2
シェラは療養所の廊下をゆっくり歩いていた。
足がすっかり鈍ってしまい、目覚めた翌日は全く立てなかった。ひと時絶望したが、父が足を持って曲げたり伸ばしたりと運動のサポートをしてくれ、3日経ってようやく自分の足で地を踏めた。
まだ「いつも通り」には程遠い。しかし、記憶が鮮明なうちに報告に行かないと……と、シェラはずっと焦っていた。
広間に着くと、いくつかテーブルと椅子が置かれていた。窓際にはソファもあり、入院患者はここで見舞いに来たヒトと面会する。
そのソファに、レム……レムレスが座っていた。がたいが良いのでよく目立つ。
「お待たせ、レム」
声をかけると、レムは振り返った。ソファ側に行こうとして、つまずいた。慌てて飛んできたレムに身体を支えられた。段差もないのにつまずくなんて。
「足がもつれてるよ。こりゃまだまだリハビリは終わらないね」
レムの肩を借りてゆっくり歩き、ソファに座らせてもらった。ただ歩くだけで息が上がっている。じんわり身体も熱かった。
「暑期に入る前に都を脱するつもりでいるよ。でないと暑さに耐えられない」
「そうは言っても、もうあと数日で暦上暑期だよ?ぼくは無理だと思うけど……」
何故かシェラはむっとしてレムを睨んだ。彼はなんで怒ってんの?と面食らった。
「……ルーシェ先生、そんなに厳しいの?」
そうじゃないけど、と首を横に振りつつも、毎日無愛想に診察して「今日もしっかり歩いて体力つけなさいね」と言って去っていく彼女に怖気づいていた。彼女はいたって普通の対応をしているだけなのに、「何ビビってんの?」と言われることもしばしばあった。
「どうにも……あの先生の気迫には敵わなくて」
シェラは声を潜めて言った。こんなこと彼女に聞かれたら、次何を言われるか……。レムはうんうんと小さく頷くも、笑いを堪えている様子だ。
「珍しい、っていうか怯えてるシェラを見るのは初めてだよ」
「だと思う。異性に対してビビってしまうのは先生しかいないよ。初対面で凄く怒られたのがトラウマなんだよね……」
「……腕の事か。そういえばその竜、主ってまだわからないままなの?」
そうか、レムには話していなかったな。邪神竜の腕かもしれないと恐れていた頃が懐かしく感じた。今はもう確信している。
竜騎士だった頃の相棒、ディアンのものであると。
「僕の元相棒の腕だと父が教えてくれた。コア・ドラゴンだったなんて今でも信じられないけど、僕の肩にディアンの核が入ってるんだって」
「コア・ドラゴンの騎士だったの!?凄いな君は……。親子揃って最強クラスじゃないか」
「いや、僕は強くないって……。諦めきれなくて必死にディアンにしがみついてたら認めてくれたんだ。呆れられたけど」
レイア火山の最奥部、溶岩が流れる細い川に囲まれた円形の場。その先に開く暗い穴から、騎士と釣り合うであろう竜が現れる。入山した時点で竜たちは見極め、最奥部に着くまでじっと待っているのだ。
しかし稀に、竜たちは騎士に対して挑発じみた事をする。コア・ドラゴンが出れば、ヒトは騎士になる事を諦める。何故なら他の竜と違い、体力も魔力に加えて生命力も桁外れに必要だから。いくら修行を積んでも、魔力は生まれ持ったもので高めることはできない。生命力もまた然り。
……という話を、過去にレムにしたような気がした。腕を封印し、召喚士になるための修行を始めた頃だったか。
レムとはヴァルゴスの紹介で出会った。当時彼は召喚士になったばかりだった。シェラは彼の付きビトとして共に巡礼の旅をし、召喚士とは何かを学んだ。召喚獣と契約を交わす方法やそれに必要な力など、とにかく頭に叩き込む日々。全てを失ったはずのシェラードという器に、召喚士という生命の水が注ぎ込まれていった。
シェラにとって彼は師匠の立場である。が、彼自身師匠といわれるのが嫌らしく、「召喚士になれば対等で、ぼくの友として付き合って欲しい」とお願いされた。結果的にお互い気兼ねなく話が出来ているので、シェラも良かったと思っている。
それにしても、あの頃は他に何か考える余地もなく修行をしていたような気がする。レムは優しく丁寧に、少しだけ厳しく教えてくれた。ヴァルゴス様に、あなたに出会わなければ、僕は今頃どうなっていただろうか。
「レム……ありがとう」
自然と感謝の言葉がこぼれ出た。不意をつかれてレムは少し戸惑った。
「え?どうしたのいきなり?」
「ん、なんかね、レムと会った頃のことを思い出して。自暴自棄になっていた僕をヴァルゴス様とレムが救ってくれたから、今、僕はここにいるんだなって」
「シェラ……」
レムはそっとシェラの肩を抱いた。そしてくいっと引き寄せた。
「えっ」
シェラの頬がレムの立派な筋肉が盛られた胸元に当たる。ぎゅっと抱きしめられている状況に赤面した。
「ああ……もう!そういうところも……好き!」
まるで恋人同士のいちゃつきである。窓の外に誰もいなかったのが救いだ。こんなところを誰かに見られていたらと思うとぞっとする。
「レム……は、恥ずかしいからちょっと……」
もがいていると、突如レムはシェラを仰向けに倒した。彼に膝枕をされた格好だ。シェラは驚きと羞恥心で過呼吸になりかけた。コバルトブルーの眼がシェラを覗き込む。その眼差しは少し厳しく見えた。
「もし今後、絶望するような事があっても、絶対にあんな事しないでよ?」
シェラは束の間息が詰まった。そうだ……レムはヴァルゴス様から聞いてて知っているんだった。しばし見つめ合う。やがてシェラが小刻みに何度も頷くと、レムは笑みを浮かべてゆっくり彼を抱き起こした。
顔が熱い。ぱたぱたと手を仰ぐも、その微風ではどうにもならなかった。対してレムはソファから立ってうーんと言いながら伸びをしている。外を眺めながら、ふとレムは声を落として囁くように話し出した。
「ぼくは、フラメア村の跡地にしばらく滞在する。ハルファとナッツェ、洞窟で保護されたアーキル、フューシャと共に、村を再建するんだ。なんにも無くなってイチからだし、またでっかい魔物の襲撃があるかもしれないけど、彼らはあそこに住む事を選んだ。彼らの故郷はあの場所だけだからって」
「……そっか」
「うん。ぼくは都長から、聖なる炎を小さな松明に少し移して、村跡へ運ぶようにと命ぜられてね。炎があれば火の加護が受けられる。魔物は寄ってこないだろうし、炎同士で伝達も出来ちゃうらしい。凄いよね」
聖なる炎の力は偉大だ。襲われる事が今まで無かったので設置もしていなかったが、今後は火の国の街全てに松明を設置するそうだ。その一つに、レムは任命されたというわけだ。
「フラメア村がちゃんと住めるようになるまで、ぼくもみんなと一緒に村を作っていく。だから、しばらく召喚士としての仕事はお休みかな」
「力仕事はお手のものだもんね。でも、無理せず頑張って。またどこかのタイミングでフラメアに行くよ。きっとヘイレンも気にしているだろうから」
レムは振り返ると、うんと笑顔で頷いた。




