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第2章-4

 シェラは、光溢れる庭園に佇んでいた。幼い頃、よく訪れた場所。広い芝生、花壇に並ぶ色とりどりの花、木陰を作る広葉樹。木の下で寝そべって風を感じたり緑の香りを楽しんだりするのが好きだった。


 花壇は毎日手入れされていて美しい。季節ごとに様々な花が咲くのでひとつも飽きない。シェラは眺めながらゆっくりと石畳の歩道を進み、やがて大きな木の下に着いた。腰を下ろして、それから仰向けにどさっと大の字になった。


 吹く風が心地よい。このままひと眠りできそうだ。そっと目を閉じ、深呼吸をする。


『気持ちよさそうね』


 寝入り端を、優しい声で起こされた。目を開けると、光り輝く何かに見下ろされていた。ヒトだろうが、胸元から上が光っていてよく見えない。


 しっかり見ようとシェラは起き上がった。しかし、ヒトらしきものは何処にもいなかった。この一瞬で何処へ行ってしまったのか。それだけでなく、庭園だったはずなのに、砂地で周りは木すら無い殺風景な場所に変わっていて、思わず立ち上がる。


 夢ならば、突然場面が変わることだってある。しかし、だんだんと腹部だけに熱さを感じ、妙だなと下を見てぎょっとした。


 血が止めどなく溢れ出ていた。


 慌てて左手で押さえたが、指の間から鮮血が流れ出る。両手で押さえなければ……と思ったが、右手があるという感覚が無かった。


「え……」


 思わず声が漏れる。あるはずの右腕がない。肩には何かに喰われた跡がある。竜の腕は何処に……?


「……ディアン?何処にいる?」


 思わず相棒の名をあげた。大量に出血しているのに、ただ熱いだけで痛みはない。視界がぐらつくこともない。しかし、両足は地に縫い留められているかのように一歩も動かせない。その場で足踏みしようもそれすら許されない。


 しばらく周囲を何度も見回していたが、ふと視界にぼんやりと白い光が入ってきた。胸元から上は相変わらず見えない。さっきのヒトだろうか。


「あの、あなたは……?」


 話しかけた瞬間、心の臓に痛みが走った。とてつもない激痛で、腰を折って前屈みになる。なぜか膝が曲げられない。腹部からの出血は止まらない。


 そこで悟った。これは夢じゃない。いや、現実世界でもない。ここは……狭間だ。今、僕は生きるか死ぬかの境目にいて、目の前にいるヒトは所謂『審判員』だろう。シェラの身体を見、意識を、意思を汲み取り、現実世界に戻すかどうか判断する。『死』と下されれば、審判員は死神へと変わり、容赦なく霊界へと連れていかれる。


 シェラは前屈みの状態のまま、顔だけゆっくりあげる。恐怖のあまり、奥歯がカチカチと音を立てている。身体も震えている。鼓動がわからない。


 目の前のヒトの手が伸び、シェラの首をそっと掴んだ。ぐっと上げられて背筋を伸ばされる。


「ああああああ!!」


 痛みと恐怖で絶叫した。涙が溢れる。腹部を押さえていた左手は力を失い、血を止めることを諦めた。足が地面から離れる。不思議と首を絞められている感覚はない。


 僕は……死にたくない。ヘルアラネアに殺されて終わるなんて嫌だ……。必死に目で訴える。


 と、ヒトの背後にぬうっと黒い影が現れた。それは徐々に竜の姿へと変化する。青黒いくゴツゴツした雄大な飛竜……。


「ディ……ア……」


 飛竜は大きな翼をバサリと動かした。生ぬるい風がシェラの髪を揺らす。飛竜はシェラを見下ろすと、青い目を光らせた。


 刹那、音が消えた。ヒトも見えない。真っ暗闇。シェラの息も無意識に止まる。


 ……これが、死……?


 くぐもった声が聞こえる。じっと耳を澄ます。何か問われているような気がする。


『……と……あう……は……るか?』


 全然わからない。もう一度話して……。


『……と向き合う……かく……はあるか?』


 何と……向き合う?


『お前は……死と向き合う覚悟はあるか?』


 ハッとして首を激しく横に振った。死と向き合うなんて……そんな覚悟は……まだしたくない!


「僕は……生きたい。どんなに痛くても辛くても、まだここで死ぬつもりはない!だからどうか、僕を……連れていかないで」


 この訴えは無駄かもしれないとわかっていても、縋るように乞うてしまう。


『……なぜ生きる?現実世界では心を壊すモノしかないぞ?痛みや辛い思いしかしないぞ?』


 突然主の声がはっきりと聞こえるようになった。シェラはそんなことない、とまた首を振る。


「過去の事を掘り起こされて傷ついたこともあったけど、それは……僕が過去と向き合いたくなかったからで……彼は……ヘイレンは、僕を安心させようとしてくれていたんだ。それなのに……あんなこと……」


 ヘイレンはシェラに少し首を絞められた後、特に何も言わずにシェラの言う通りに行動していた。フラメア村跡に着いた時、アルティアの背に大人しく乗ったままでいてくれた。ハルファとナッツェの傷をまとめて癒してくれた。火の魔法を放ってヘルアラネアに標的をヘイレン自身に向けさせたことで、シェラは右腕の封印解いて蜘蛛を屠れた……。


「僕は、ヘイレンに謝らないといけないし、お礼も言わなきゃ。だから、戻りたい。過去を話す機会はまたあるだろうし辛いけど……でも、しっかりと僕自身も向き合っていこうと思う。それと……ヘイレンを守らないと。彼が身近に頼れるヒトは、僕だけだろうから……彼ともっと向き合わないと」


 シェラは姿なき声に訴えた。しばらく無音が続いた。やがて、とくん、と鼓動の音が小さく聞こえた。


『……竜と対話せよ。テンバを守れ。それが出来ぬのなら、次は容赦しない』


 轟音とともに、冷たい風が吹きつけた。




          * * *




 竜と対話せよ、か……。


 ひとり、天井をぼんやり見つめながら思い耽る。


 必死の訴えを聞いてくれた『審判員』は、シェラを現実世界へ戻してくれた。鼓動を、血が身体中を駆け巡るのを、体温を、光を感じてようやく目が覚めた。

 胸元に顔を埋めるヘイレン。(かたわら)にまさか父がいようとは思うはずもない。何年も前から姿をくらませていた父が、今、ここにいる。


「おはよう。……お帰り、シェラ」


 そう言って父は、まだ竜の腕のままだった右手を握った。そっと握り返す。鋭い爪が食い込まないか少し心配した。


「シェラ!起きたの!?」


 勢いよくドアを開けて入ってきたのは、レム(レムレス)だった。その音に驚いてヘイレンが顔を上げた。父も振り向く。


「あ……ごめんなさい、急に……って、あなたは!」


 驚くレムに、父はふっと微笑した。


「ご、ご無事でしたか……シェキル様!」

「ああ。……なぜ私の名を?」

「なぜって……それはもう、地界では『伝説の蒼竜騎士様』で有名ですよ!邪神竜戦の後、地界の復興を率先して飛び回り、多くのヒトビトを救った英雄です!」

「そんな大袈裟な。私はやれることをやっただけだよ」


 シェキルは苦笑した。


 火の国ファイストの民にとっては、『シノ様の再来だ!』と喜ぶヒトもいたそう。そういえば、竜騎士の里の初代長は国の守護神のような存在だった、と聞いた事があったな……とシェラは思い出していた。


「あ、申し遅れました。私はレムレス、水の召喚士です。シェラ……シェラードとは仲良くさせてもらってます」

「シェラの友人か。息子が世話になってます」

「いえ、私の方がお世話に……って、む、息子ぉ!?」


 驚きのあまり後ずさる。リアクションが大きいし、ちょっとうるさい。その光景がツボだったのか、ヘイレンがくすくすと笑いだした。


「レムレス、うるさいぞ。病室では静かに」


 ヴァルゴスがいつの間にかそっと部屋に入ってきていた。隣にはウィージャがいる。


「様子を見るので、ちょっと失礼します」


 医師はシェキルに場所を譲ってもらうと、掛け布団をめくって診察を始める。


「……うん、身体は問題ないね。意識が戻った事で魔力も回復し始めている。10日以上力尽きていたから、だいぶ鈍ってると思う。無理せずリハビリしようね」


 両腕義手なのに脈から熱から把握してしまうウィージャ。センサーでも備わっているのだろうか。


 腰に着けていたポーチから何か取り出すと、それを右手の甲に当てた。じんわりと温かい。淡い光がシェラの腕を包み込んだ。ややあって光が消えると、元の腕に変わっていた。手首から肘にかけて、新たなガントレットが装着されていた。ウィージャの手には何もなかった。


「竜の腕を封印する魔法石を、ルーシェが作ってくれた。もう少ししたら様子を見にくると思うよ。あとは彼女に任せるつもりだからね」


 初対面でもの凄く怒られたあの医師だ。何度か様子を見てもらってきたが、最初があれだったので会うのがいつも怖かった。因みに毎回怒られていたわけではない。


「顔が引き攣ってるぞ。そんなに嫌なのか?」


 ウィージャに指摘されて苦笑した。「確かに彼女は気が強くて厳しめなところはあるけどね」と医師も微笑む。


「まあ、ちょっと覚悟しといたほうが……」


 嫌な言い方をした瞬間、ドアが開いた。栗色の髪をポニーテールにし、白衣をかっちりと着た噂のジンブツが入ってきた。


「何の覚悟よ?」


 第一声で空気が凍りついた。


「あ、いや、何でもないです。シェラは大丈夫そうですので、あとはよろしくお願いします」


 いやに丁寧な口調に変えるウィージャが滑稽だったが、笑える雰囲気ではなかった。レムに対して笑っていたヘイレンも真顔になっている。


 自分が入ったことで変な空気になったと思ったようで、ルーシェは軽く咳払いした。


「ごめんなさい、いきなり入って。これだけわたしたらすぐに出て行きますので」


 と言って、やはり腰に着けているポーチから黄色い石を3つ取り出した。


「例のガントレットに変わる石よ。封印する度に呼ばれてたら忙しくてしょうがないから、わたしておくわ」

「……ありがとうございます。ヘイレンに……先生の隣にいるヒトにお預けください」


 シェラはヘイレンに目配せすると、彼はすくっと立ち上がった。ルーシェは頭から足までさらりと彼を見ると、ふーん、と声を漏らした。


「ウィージャがやってるところを見たと思うけど、この石を手の甲あたりに当ててしばらくすれば、竜の腕が封印されて今のような普通の腕になるわ。手首の少し肘側に傷があるから、そこを目印にやってくれるといいわ」

「わ……わかりました」


 声が上擦っている。ルーシェは微笑んでヘイレンに石をわたした。3つとも受け取るとポーチに入れ込む。なんだか歪な形になっているが、気にしていない様子だった。


「私はモントレアを拠点に火の国の街や村を巡回しているの。もし3つとも使って手元に無くなったら、悪いけどここまで取りに来てくれるかしら?もし私が都にいなかったら、助手のメルナに託けておくから彼女から受け取ってちょうだい」

「メルナ……先生ですね。わかりました。ありがとうございます」

「診察はウィージャがやってくれたことだし、私はこれで失礼するわ。何かあったら呼んでくださいね」


 みんなに目配せすると、軽く会釈をして颯爽と出ていった。足音が聞こえなくなった途端に、一斉にため息をついた。


 ……早く動けるようになろう。シェラはひとりで内心焦っていた。






 ひとまず大丈夫と安心したレムは、部屋を後にした。フラメア村の生き残った民たちと会って、今後の話をするとの事だった。


 ウィージャも「ルーシェと仲良くね」と笑みを浮かべて帰っていった。一気にがらんと静まり返る。


「……疲れたでしょう。ゆっくり休みなさい」


 ヴァルゴスに促されたヘイレンは、素直にはい、と頷くと、小部屋に消えていった。モントレアの病室には付き添いのヒトが泊まれる部屋がある、地界全体でも珍しい療養所だ。ダーラムのヒールガーデンもソファは置いてあるが、ベッドを置くなら許可を得て自分たちで用意するシステムとなっている。街によって様々だ。


「……さて、シェキル様、今度は私がお聞きしても?」


 ヴァルゴスはそばにあった椅子に座った。『今度は』ということは、その前に何か話をしていたのだろう。シェラはちらっと父を見た。


「ヴァルゴス様から聞いたよ。竜騎士を辞めた事は里長から聞いていたが……その後、ヴァルゴス様のもとで修行を積んで召喚士になっていたんだね」


 あの大事件で、それぞれの持ち場に向かう時に交わしたのを最後に、今まで会えなかった父。竜を失い、資格を失ったから槍を返した事を報告しなかった。いや、報告したら酷く傷つくだろうと思ってできなかった。


「話にいかなくて、ごめん……」

「仕方ないよ。地界中大混乱だったしね。私もすぐにシェラを探して会いに行けばよかったね」

「それは……いや、そんなことより、ヴァルゴス様……」

「あ。……すみません、放ったらかしてしまって」


 構いませんよ、と首を横に振る。


「……私に聞きたい事とは、ヘルアラネアに殺されずに生き延びた理由ですよね?」

「おっしゃる通りです。そもそも魔物に対して待ったをかけるなど出来るものではないので。どのようにして生き延びたのか。単なる私の興味本位ですが」


 シェラも聞きたかった。ヘルアラネアに拐われたのか自ら討伐に挑んで囚われてしまったのか。4年もの間どうやって生きてきたのか。


 シェキルは長い話になりますよ、と前置きした。


「元々の目的は地底調査でした。モントレアの南、フラメア村までの街道周辺に棲む魔物は、当時は確認されていませんでした。しかしある時、フラメア村から都へ向かっていたはずの民が、行方不明になってしまうということが頻繁に起こったので、都長から依頼がありました。街道沿いを調査して欲しい、と」


 地界の復興もひと段落し、平穏な生活が戻った頃に、そのような依頼があった。たまたま都を訪れていたシェキルはちょうどその時、大怪我をしながらも帰還し『あいつは砂の女王だ』と言い残して亡くなったヒトとも会っていたそう。彼は依頼を引き受け、街道へ向かった。至る所に流砂の渦ができていて、足を取られてしまってもおかしくない状況だったという。


 シェキルは一旦街道を抜けてフラメア村を訪れ、どんなヒトが、何名行方不明になっているのか確認した。そして再び街道へ戻った。


「街道から少し外れた所に、ぽっかりと穴が空いていました。そこから冷たい風が吹いてきたので、中は洞窟になっているのかもと思い、ヘルトと穴に入ってみました。あ、ヘルトは私の飛竜の名です」


 予想通り、穴の先は広々とした洞窟が広がっていた。光る鉱石が埋まっているおかげで見通しがよかった。流砂によって洞窟へ落ちてしまったヒトがいるかもしれない。シェキルは慎重に洞窟内を探索した。


「かなり奥まで進んだのですがヒトには会えず、かわりに遺跡と出会いました。驚きましたね、地底にかつて文明が栄えていたなんて。その遺跡を探索していた時に、巨大な魔物と出くわしてしまいました。ヘルアラネアとは別の個体。あいつは蜘蛛でしたが、そいつはムカデのような姿でした」


 巨大な蜘蛛も大概だが、ムカデは想像したくなかった。ヴァルゴスが「ムカデ……」と小さく呟いた。


「奴は容赦なく襲ってきました。私もヘルトと共に戦いました。しかし、相手の強靭な身体に全く歯が立たず劣勢でした。遺跡の隅に追い込まれてしまい、万事休すかと思った瞬間、ムカデの身体に白いモノが当たり、顔から尾まであっという間に真っ白になりました。しばらく暴れていましたが、やがて動かなくなりました。窒息死したんでしょうね」


 白いモノの正体は蜘蛛の糸だった。シェキルの前に現れたヘルアラネアは、絶命したムカデを包んだ糸を自分の背に乗せると、突然口から紫色の煙を吐いたという。


「煙を吸った瞬間、私の意識は途絶えました。終わったと思いました。次に目が覚めた時、霊界にいると思い込んでましたがそうではなく、牢獄でした」


 やはり囚われていたのか、とシェラは眉間に皺を寄せた。首と両手に枷を付けられ、鎖で繋がれていたという。ヘルトも同じ部屋に投獄されており、首枷が付けられていた。


「枷って……あの蜘蛛が付けられるわけないよね?」

「そうなんだよ。だから不思議だと思ったんだ。でもそれはすぐに謎は解けた。あの蜘蛛には『主』がいたんだよ」


 シェラの疑問に父は頷く。


「主は煌びやかな服を纏った女性だった。『砂の女王』とはまさに彼女の事だと直感した」


 (しもべ)たちに連れられて彼女……女王の前に差し出されたシェキルは、街道から姿を消したヒトビトの捜索で地底を訪れ、偶然遺跡を見つけて探索をしていた話をした。


 すると女王は今そこにいる僕たちが、流砂に飲まれて落ちてきたヒトビトだと言った。この地底帝国を発展させる為の奴隷として、彼らを使ってきたと言うのだ。


『お前は竜騎士のようだな。ならばアラネアと共に周囲の魔物を一掃し、国の安寧を保て』


 そう言われてシェキルはヘルアラネアと共に、終わりの見えない討伐に幾度となく繰り出された。戦っては帰還し、枷をはめられて牢に押し込まれる。そんな日々だった。


「僕にされたヒトビトは人形のように心が無く、私の呼びかけも届きませんでした。魂は身体から抜けて、肉体だけ生かされている感じでした。彼女の魔術が、彼らをそうさせていたのでしょうね……」


 ヘルアラネアの目を盗んで脱走を試みたこともあったが、どういうわけか逃げた先には必ず彼女がいた。気配を殺し、常に監視している姿勢に戦慄した。捕えられ、罰として鞭を全身に打たれた。シェキルは従うしか生き延びる術は無いと悟った。


 シェラは思わず惨劇を想像して目を瞑った。


「そうして4年が経っていた、と言う事ですか……」


 ヴァルゴスは眉間に指を当てながら小さく唸った。


「地底にいると日時の感覚が失われていたので、4年も経っていたことに本当に驚きました。転機が訪れたのは、ダルシュが飛竜と共に地底へ来た時です。彼は私を探して辿り着いたのですが、飛竜を庇ってヘルアラネアに……。私は竜に逃げろと叫ぶと従ってくれましたが、主人が亡くなってしまったからいずれ暴竜(ぼうりゅう)になるだろうなと思いました」


 その暴竜はシノの里でシェラに葬られた。ダルシュの魂もまた、霊界へ送られた。結局身体はヘルアラネアに跡形も無く喰われてしまったらしい。繭のように糸で包み、背中に付ける。そうすることで蜘蛛は獲物を喰う。ゆっくり時間をかけて。日に日に繭が小さくなり、やがて背に溶け込んでいったのをシェキルは見ていた。


「繭の中で、獲物を溶かして養分にしていたのでしょう。……想像したくないものです」


 シェキルはため息をつく。ヴァルゴスも苦痛の面持ちを浮かべていた。


「ダルシュを喰った後、突然女王がヘルアラネアに魔法をかけると、そのままそいつと融合して……その瞬間、私も意識を失いました。私もいつの間にか、女王の魔術か呪いか何かに囚われていたのでしょう。どのくらい眠っていたかわかりませんが、目覚めると牢獄の格子が無くなり、枷も消えていました」


 そばにいたヘルトも無事だった。シェキルは慎重に牢獄を出た。ヘルアラネアもその僕も姿を消していた。遺跡を脱すると、ヘルトが何かを感じ取った。彼に騎乗し、彼が感じたモノまで飛んでいくと、ヘイレンが必死にシェラを蘇生しようとしていた。


「女王と融合したヘルアラネアが絶命したから、私は意識を取り戻せた。姿が見えなかった僕たちは、我々を追ってきているかもしれない。そう思って急いで脱出しました。私たちが脱出するまでの道なりには、僕らしきヒトビトとは遂に出会えず……私は村の民を……誰ひとり救えなかった……」


 父は俯き、目を閉じて頭を抱えた。


 「女王は流砂によって落ちてきたヒトビトの命を奪い、身体に呪いをかけた。機械のように自らの命令に従うように。自らが滅ぶ時、共に滅ぶように。シェキル様が地底へ行った時には既に皆亡くなっていた。村が襲われた際に被害を受けたヒトビトはご遺体がありましたが、僕にされていたヒトビトのそれは結局見つかっていません。『滅ぶ事は全てを消すという事』だったのでしょう」


 ヴァルゴスは諭すように言った。シェキルは俯いたまま動かなかった。


「……とても辛い事をお話しくださり、申し訳ありません。ですが……ありがとうございます。ヘルアラネアの生態と主の存在が確認できたのは大きな収穫です」


 父は顔を上げた。憂いを帯びた表情で上位召喚士を見据える。


「女王は結局何者だったのか分からずじまいですが、地底には確かにヒトが住んでいたと言えましょう。ヘルアラネアが死んで流砂も落ち着くとは思いますが、探索はもうしないほうが身のためかもしれませんね」


 ヴァルゴスはゆっくり立つと、シェラに視線を移した。シェラもまた、彼と目を合わせた。


「回復したらダーラムまで戻ってもらえるか?この一連の事件は私から報告しておくが、シェラからも話して欲しい。……ヘイレンも一緒に」

「……わかりました。早く復帰します」

「焦ることはない。……ルーシェ先生にしっかり診てもらいなさい」


 ルーシェが苦手だから早く退院したい。そんな心の叫びを聞かれてしまった。ヴァルゴスの前では心の声を発してはならない。簡単に聞かれてしまうから。……という事をすっかり忘れていた。


 シェラは苦笑するしかなかった。

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