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嵐の始まり


 エバの爆弾発言に、話し合いの必要がありそうだと即座に判断を下したフロラは、リリアンと共に急いで身支度を整えた。

 二人が椅子に着いたのを確認して、エバが重々しく告げる。


「至急対策を練らねばなりませんので端的に申し上げます。──ポムノスクの第二王女は昔から"大国オルラリエの公爵であるアース様の妻"の座を虎視眈々と狙っておられます」


「ふむ、そうなのね」


 エバの言い方からすると、純粋にアースが好きなだけではないのだろうが……。

 フロラが首を傾げていると、リリアンが言い添える。


「第二王女ならば将来的にはどこかの家門へ降嫁することになりますわ。ポムノスクは小さな国ですから、国内の貴族よりも、オルラリエの公爵の方がずっと豊かで地位も高いと思います」


(なるほど。結婚相手として魅力的、っていうことね)


 納得してから、フロラはハッと気付く。


「待って。じゃあ、アースと婚約した私はその第二王女のねらいを邪魔したことに……」


 恐るおそる反応を伺えば、エバはしっかりと確信をもって頷いた。


「あの第二王女のことです。フロラ様のことは、邪魔だし殺してどこかに埋めてやろうくらいのことは考えておられるはず」


「今すごいことを言われた気が!?」


「どうしましょうお姉様!?」


 動揺して手を取りあう二人をよそに、エバは淡々と続ける。


「──というのは冗談ですが、執拗に嫌がらせされることは必至かと」


 二人は脱力した。


「アース様はご自身の地位目当てに近づいてくる人間がお嫌いで、当然第二王女のことも嫌っていらっしゃいます。そのため絶対零度の態度で対応なさると思いますが、あまりやりすぎるのは望ましくありません。ポムノスクとは和平を維持せねばなりませんので」


「つまり今回私がすべきことは、自分への嫌がらせを躱しつつ、アースを宥めつつ、和平関係にヒビが入らないよう第二王女のご機嫌を取る──と、そういうこと?」


「左様にございます」


 怒涛の高難易度ミッション。

 これはもはや仕事だ。ゼルラント公爵家の人間としての重要な仕事。しかも国同士の和平がかかっている。


「そんな。お姉様とアース様の間に新たなる邪魔者が。カリュスト様おひとりでも大変ですのに、わたくしどうすれば」


 ぶつぶつと呟いているリリアンの肩にそっと手を乗せる。


「リリアン、心配しないで。私が絶対に上手くやってみせるから!」


 リリアンの懸念とフロラのやる気の方向性はやや食い違っているのだが、久々に仕事を得てやる気を燃え上がらせているフロラは気づかなかった。


(アースの婚約者として第二王女殿下をつつがなく捌き切り、平和を守ってみせるわ──!)




***







「そういえばカリュストは?」


「朝から、散歩に行くとおっしゃって出て行かれました」


「自由ね……」


 まあ、この場に居られてもややこしいだけだろうから幸運と思うべきだろうか。

 フロラは執事のジェームズと小声で会話を交わしながら、応接室のソファへ優雅に腰掛ける女性へ視線を戻す。


 毒を持つ美しい花のような人。それが、第二王女を見た印象だった。


「ポムノスクの第二王女、イレニヤ・アレクサンドロヴナ・ポムノスクよ」


 雪国ならではの真っ白な肌に、妖しいほど対比が際立つ黒いドレス。氷を象徴するような水色の髪と瞳。広げた扇子の裏で蠱惑的な笑みを浮かべるイレニヤは、まさに堂々たる王女の風格だ。

 強そう──というのはフロラの率直な感想である。


 ふと隣を見れば、アースがちょっとあからさますぎるくらいに嫌な顔をしていて、フロラは思わず二度見した。

 エバが言っていたのはこれか! と納得すると同時に、"外交問題"の四文字が頭をよぎる。


(あ・い・さ・つ)


 イレニヤから見えない角度に顔を傾けて口パクで指示を出せば、アースは仕方なさそうに口を開いた。


「……イレニヤ殿下、ようこそお越しくださいました」


「ゼルラント公爵、歓迎ありがとう。公爵領の向こう側に旅行しようと思っていたのだけれど、馬車の車輪が壊れてしまったのよ。代わりの馬車が来るまで泊めていただきたいの」


「わざと」

「わざとだ」


 後ろではエバとジュドが小声でコメントを入れていて、リリアンは警戒も露わに王女を凝視している。

 そして肝心のアースはというと、イレニヤの言葉に思い切り顔を顰めていた。


「急なことだ。迷惑な──ぐっ」


 フロラは慌てて肘鉄を入れ、小声で嗜める。


「何考えてるんですか!? そんな直接的に言ったらいきなり和平の危機です」


「しかし」


「もうっ、じゃあいいからあなたは黙っていてください!」


 コソコソとやりとりしていると、つうっと、イレニヤの視線がフロラに向けられた。


「……そちらの方は?」


 来た。そう誰もが思ったに違いない。

 フロラは最大限相手の機嫌を損ねぬよう、慎重に貴族の跪礼カーテシーをする。


「ゼルラント公爵の婚約者、フロラと申します」


「そう、あなたが」


 おっとりと微笑みを作った表情の、瞳の奥に不愉快そうな色が見えて、フロラは変な汗をかいた。


 いつかの夜会で受けた嫌がらせのように、ワインをかけたり罵詈雑言で責め立てたりといった攻撃ならば分かりやすいが、このお姫様のやり方は違うらしい。プライドが高く直接的なことはしない。たぶんその代わり陰湿。


 うすら寒い笑みを浮かべたまま値踏みするような視線を向けられて、フロラは作り笑顔を貼り付けた。


「……この屋敷には今、女主人がいないのよね?」


「はい」


「客をもてなすのは女主人の役目だと思うのだけれど、貴女がその役を担うおつもりかしら」


「殿下がお望みであれば」


「そう。でも残念ね。貴女は身分が──」


 イレニヤは意味ありげに言葉を切り、見下すような目でフロラを見る。要は、対等なもてなしをできる身分ではないと言いたいのだ。

 だがフロラとしては、この程度のことは臨むところだった。平和維持のため、どんな無茶振りでも受けて立つ気で聞き返す。


「どのように、おもてなしすればよろしいでしょうか?」


「まあ。話が早いのね。さすがは公爵が興味を持っただけあるわ」


「光栄です」


 興味を持ったというか婚約しているのだが、あくまでその事実は無視する構えらしい。

 訂正しても仕方がないので、フロラはとりあえずにっこり微笑んでみたが、それはイレニヤの望む反応ではなかったらしい。

 イレニヤの扇子を持つ手にグッと力が入ったのを見て、フロラは扇子飛んでくる? と一瞬身構えた。


 が、流石にそんなことはなく、イレニヤは扇子をひらりと振ってフロラを呼びつけた。


「では、こちらへ来て? わたくしがここにいる間は、貴女がわたくしの小間使いメイドをしてくれるのが良いと思うの」


「お姉様! そんなことなら代わりにわたくしが!」


「イレニヤ殿下! 彼女は俺の婚約者です。侍女どころかメイドなどと!」


 耐えられなくなったアースとリリアンが口ぐちに声を上げる。

 侍女は貴族の子女が務めることもある、言うなれば上級職。一方、メイドは掃除や洗濯など下働きを仕事内容に含む下級職だ。

 他国の公爵家の婚約者にメイドをさせるというイレニヤ暴挙に驚く気持ちも分かるが、フロラは二人を押しとどめる。


「アース、リリアン。いいんです。女主人がおらずご不便をおかけするんですから、そのくらいはしますよ」


「あなたひとりで来てね。後ろの恐い侍女さんは駄目よ?」


 無言で睨みを聞かせていたらしいエバに"大丈夫"と目配せをしてから、進み出る。


「……ではイレニヤ殿下、ご滞在中はどうぞよろしくお願い致します」


「ええ。よろしくね、フロラさん」


 イレニヤが愉しそうに不穏な笑みを浮かべたのを見て、闘やる気満々だな、とフロラは思った。


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