二度としないでください
「その一、神っぽい発言は禁止!」
「神禁止」
「そのニ、私の名前はフロラと呼ぶこと!」
「フロラ」
「その三、あなたのことは私の兄ということにします!」
「フロラの兄のカリュストです」
共に行動するための三か条を確認し終えたフロラは、いいでしょう、と深く頷いた。
「じゃあ朝餐会場に入りますよ。いいですね、今の三つ、絶対に忘れないでくださいね!」
ガチャリ! ……パタン。
気合いとともに朝餐会場の扉を開けたフロラは、すぐに閉めた。
「…………カリュスト、何か見えました?」
「うん? 大量の薔薇が見えたな」
見間違いではなかったらしいことを確認したフロラは、恐るおそる扉を開け直す。
一面、薔薇だらけだった。
「おはよう、フロラ。君のために用意したのだが、どうだ?」
「おはようございます、お姉様」
アースとリリアンが順に挨拶をしてくれる。
どうだ? もなにも、もはや朝食の匂いすら判別できないほどの薔薇に埋もれた二人はなぜ平然としているのか。
……いや、平然としていると言うのは間違いだった。アースは緊張ぎみな面持ちでチラチラとこちらの様子を伺っているし、リリアンは妙に満足げに安らかな微笑みを浮かべている。
(あ、二人の様子を見たら何となく事情が読めたわよ)
つまり昨日の晩にカリュストに認められてみせるとの決意を表明していたアースが、どうすればカリュストにアピールできるかリリアンに相談したのだろう。
そしてリリアンがいつもの調子でパワフルな妄想力を発揮し、結果として大量の薔薇が食堂に搬入されることになったに違いない。
「わ、フロラ様すみません」
「ジュド、おは……、……」
後ろから現れたジュドに軽くぶつかられて振り返ると、彼は気の毒にも前が見えないほどの大きな薔薇の鉢植えを追加で運び入れてくるところだった。
そのさらに後ろには、エバが大ぶりな花束を抱えて並んでいる。
(アースとリリアンが迷惑をかけてごめんね、二人とも)
これはドン引きしている場合ではない。二人……いやジュドとエバも入れて四人の意を汲んで、カリュストに感動している様を見せつけるべきシーンなのだ。
自分の名推理に自分で拍手を送りながら、フロラは大きく息を吸って両手を胸の前でぎゅっと握った。
「ま、まあ、なんて素晴らしい薔薇なんでしょう! アースの溢れるほどの、あ、愛! が表現されていてとても嬉しいわ……!」
「いやはや。……フロラ、おまえが数秒前までドン引きの表情を浮かべていたのを私が見逃すとでも思ったかい? おまえに嘘をつかせるなんて、とんだ婚約者だ。やはりすぐに別れるべきだな」
「…………」
なんて鋭いのだ。
アースは「やはりな」みたいな顔をしているが、失敗すると察していたなら実行せず踏みとどまってほしかった。
なんとも言えない気持ちでアースを眺めていると、室内にガチャンと食器が鳴る音が響いた。
「なんてことを……っ」
「リ、リリアン?」
わなわなと身体を震わすリリアンに、フロラはちょびっと身を引いてしまう。
「君は?」
「フロラ様の友人のリリアンですわ! リリアン・ブランシュ。それよりもカリュスト様、いくら兄とはいえ、フロラお姉様とアース様に別れろだなんて、なんて事をおっしゃるのですか!」
お姉様? と首を傾げるカリュストに、人間の中では義理の家族を名乗ることは珍しくないのだと、フロラはここ最近で学んだ知識を耳打ちしておく。
「ふむ……数ヶ月前にこの世界に来てから、そのような風習は聞いたことがないが──まぁいい。
リリアン嬢と言ったかな? 元気なお嬢さん。詳しくは説明できないが、私にはフロラの婚約を認め難い理由がきちんとあるのだよ。友人ならば、君もフロラの幸せのために婚約を止めてくれるべきだな」
「そのようなこと、絶対に起こりませんわ! いかなる事情であろうとも、お姉様とアース様の愛の前には全てが無効なのですから!」
「そうか。味方が増えなかったのは残念だが、仕方のないことだな。とにかくこの、フロラをドン引きさせた薔薇の山を片付けてくれたまえ。食事すらままならない」
カリュストの言葉を受けてアースが軽く目配せをすると、ジュドは絶望の表情を見せてから、苦労して運び込んだであろう薔薇を撤収し始めた。
それを眺めていたアースが、思い出したように声をかける。
「ああ……ジュド、少し待ってくれ」
アースはジュドが片付けようと持ち上げていた花束から一本だけ薔薇を抜き取った。そしてフロラに歩み寄ってきて、そっとその薔薇を差し出す。
「一輪だけ、受け取ってくれないか? お義兄様に認められるためにという打算があったことは認めるが、それだけじゃない。
何よりも君を喜ばせたくて用意した薔薇だ。君は薔薇が好きだろう?」
反射的に受け取って、自分の手元にやってきた薔薇をまじまじと見つめる。
こんな宿場町で、しかも朝のうちに、どうやってこれほど質の良い物を調達したのか。瑞々しい薔薇が柔らかい花弁をこぼれ落ちんばかりに開かせる様子はただただ美しい。
「ありがとうございます。アース、その」
「うん?」
優しく相槌を打つアースに、フロラは勇気を出して口を開く。
「私は薔薇が好きですけど、初めから好きだったわけじゃないです。あなたがプロポーズしてくれたのが薔薇園だったから……。その、大切な思い出の、花なので……」
話している間にみるみる頬が熱くなっていく。絶対に今の自分は真っ赤になっているはずだ。
言わなければよかったと猛烈に後悔しながら俯く。薔薇のお礼として、あくまでさらりと言いたかったのに。恋愛関連のスキルが低すぎる自分が嫌になる。
しどろもどろになってしまったし、アースは穴が開くほどこちらを見ているし。何もかもが恥ずかしい。
涙目でチラリとアースを見上げると、しばらく言葉の意味を推し量るように黙っていた彼は、やがてこの上なく嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうか。俺との想い出の花だから、薔薇を好きになってくれたのか」
とろけるように優しい声色に混乱しながらも、無意識に肯定の返事をした気がする。
するとアースの漆黒の瞳が真っ直ぐにフロラを捉えて、そのままゆっくりと手を伸ばしてきた。
彼の指先がわずかに頬に、そして耳の辺りに触れる。カアっと頭に血が上って、自分の心臓の鼓動が耳元でバクバクと鳴りだした。
吸い寄せられるように、アースの方へ身を寄せ──ようとしたところで、横から腕を引かれた。
急に現実に引き戻されたフロラがパチパチと瞬くのに、腕を引いた張本人のカリュストは何事もなかったような笑顔を浮かべる。
「さて、フロラ。お腹が空いたのではないかな? 朝食は体の資本だという言葉があるそうだ。いつまでも立っていないで、早速いただこうじゃないか!」
「へ……。あっ!」
今、自分はしようとしたのか。みんながいる前で、アースに抱きつこうとした……!?
「うわああああ」
自分自身が醸し出していた甘ったるい空気に気付き、恥ずかしさに悶える。
反射的にカリュストを盾にして後ろに隠れてしまうと、アースは残念そうに手を引いた。
フロラには見えなかったが、その瞬間カリュストは勝ち誇った顔をしたし、リリアンは呪い殺しそうな勢いでカリュストを睨んでいた。




