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前途多難かもしれない

 

 フロラは右手にアース、左手にカリュストの腕を掴んで引っ張り、何とか宿の部屋までたどり着くことに成功した。部屋の隅には突然の出来事に頭を抱えるジュドが控えており、エバは安定の真顔を崩さず紅茶をサーブしてテーブルに並べてくれている。

 リリアンはフロラの正体を知らないため、半ば押し込むようにして自室に帰ってもらった。


 宿の部屋の薄い扉を締め切り、念のため防音の結界を張った状態でカリュストを睨みつければ、彼は緊張感なくへらりと笑って両手を上げる。


「うーむ。私は今から消されるのかな?」


「くだらない事を言っていないで質問に答えてください!」


 思わず机をバンっと叩く。


「カリュスト、天上界で他の世界を担当しているはずのあなたが、なぜ人間界にいるんですか!」


 質問を投げ掛ければ、カリュストは軽く応じた。


「うむ。実は主神から休暇を拝領してな」


「休暇」


「そうだ。私はこことは異なる別の世界を治めているわけだが、仕事をし始めて七千年が過ぎた。そしてフロラレーテ、君は若いから知らないだろうが、主神は我ら神へ千年に一度、休暇をお与えになるのだよ。

 休暇中は自分の管轄以外の世界に行っても、何をしていても許される。その世界に害を与えない限りね。私はそれを利用して人間界へ来たのだ」


 そうだとしても、なぜあえて人間界に……と首を捻っていると、カリュストは大きな笑みを見せた。


「おまえの思っていることなどお見通しだよ。どうして人間界を選んだのか疑問に思っているのだろう?」


「ど、どうして分かったんですか!」


「おまえが思っている以上に、私はおまえのことを理解しているのだ。そしてその問いに対する答えは──もちろん、いきなり天上界を飛び出して人間になってしまったお転婆な妹の様子を見に来たのだよ!」


「妹!? ……妹っていうほど会ったことありませんけど? 多分生まれてから三回くらいしか」


 そもそも全ての神族は天上界にある一つの木から生まれて来るので、血縁という概念は存在しない。

 予想外のことを言われたのでフロラは驚いて聞き返す。するとカリュストは分かりやすくショックを受けた顔をした。


「五回だ! あんなにも……おまえが生まれてからというもの、あんなにも足繁く五年に一度も会いに行ったというのに……。私はおまえが幼女の頃から成長を見守ってきたのだぞ!」


 五年に一度で妹……? となおも疑問顔のフロラの横で、アースは納得していた。


「フロラ、七千歳にとって五年に一度はかなり頻繁と言えるんじゃないか」


「え? ああ、なるほど。週一くらい会っている感覚なんでしょうか」


 時間感覚のスケールが違いすぎる、と突っ込みたかったが、おそらくその答えが正解な気がしたのでフロラはとりあえず納得しておくことにした。

 そんな風に小声で交わされたやりとりを見たカリュストが、片眉を上げてアースの方へ向き直る。


「君は、アース君と言ったかな。兄として尋ねるが」


「兄は決定なんですね」


「……君はフロラレーテとどういう関係だい?」


 抵抗を試みる小声はすっぱり無視された。


 一見、おおらかに見えるカリュストだが、だてに何千年も神をやっている訳ではない。

 その紫の瞳は、数秒前とは全く異なる重く鋭い気迫を宿し、内面まで余すところなく値踏みするようにアースを射抜いた。

 フロラは思わず前に出ようとしたが、アースは手を伸ばしてそれを制すると、カリュストを正面から見据えてはっきりと告げる。


「俺は──フロラの婚約者です」


「ほう?」


 カリュストが鋭く目を細めた瞬間、息苦しいほどの神気が室内に立ち込める。

 肌がひりつくほどの威圧。しかしアースは微動だにせず、挑むようにカリュストを見返した。二人の間で見えない火花が散ったように感じて、フロラはそっと身を引いた。


(二人で盛り上がっちゃって、一体なんなのよ──!?)


 というフロラの心の中の叫びをよそに、永遠にも感じられる重い沈黙を終わらせたのはカリュストの方だった。


「私の神気に当てられないとは、人間にしては大したものだ。……だが、神を娶ろうなどとは烏滸おこがましいのでは?」


「カリュスト!」


「フロラレーテ、おまえは本当に、そいつと一緒にいて幸せになれるのかい?」


「なれると思ったから婚約したに決まっているじゃないですか! 人間としての生を全うする間は、アースと共にいたいって、そう思ったからプロポーズを受けたんです!」


 迷う余地などない。フロラはきっぱりと答えた。

 それ聞いたカリュストは、アースへの試すような厳しい表情を引っ込めると、フロラに向かって正反対の慈しむような笑みを浮かべた。


「……よし分かった。フロラレーテ、そこまで言うのならば、私も頭ごなしに否定するのはやめる」


「じゃあ──」


納得してくれた!? とフロラが喜んだのも束の間。


「その代わり、おまえがこのままで本当に幸せになれるのか、しばらく共にいて見極めさせてもらうことにしよう」


「ええ!?」


 唐突すぎる展開に、フロラはいやいやと首を振って不賛同の意を示してみたが通用するはずもない。

 カリュストは追加の部屋を借りるため、意気揚々と出ていった。







「アース、すみません。こんな無茶苦茶なことに……」


「いや」


 言葉少ななアースの反応に、フロラはがっくりと肩を落とす。せっかく仕事を整理して旅行についてきてくれたのに、何だかおかしな展開になってしまった。

 いくらフロラに甘いアースでも流石に腹が立っているに違いない。


 どうお詫びをしたらいいのか……と思い悩むフロラに、アースは真剣な表情を向けた。


「まさか君の親族に会うことになるとは予想していなかったから、ろくな挨拶が出来なかった。すまん、不出来な婿だと思われたに違いない。最高の正装で出迎え、最高のもてなしをすべきだったのに」


(神族……? じゃなくて、親族!?)


 一瞬何を言われたのか分からなかったが、まさか。


「いやいや待ってください! そこ? そこなんですか!? だいたい私とカリュストは血が繋がっていません!」


「しかし生まれた頃から君を見てきたと言っていたし、天上界にいた神の中では比較的親しくしていたんじゃないか? 君の態度も親しげだった」


「それはそうですけど……」


 なにせ、他の神のところに通う神などそういない。カリュストは──たった五回とはいえ、天上界で直接顔を合わせて共に過ごした貴重な相手だ。

 孤独で単調な天上界でひたすら仕事に打ち込みながら、彼が次いつ来るのかと楽しみに待ってみたりしていた時もあるにはある。


(それに神族は一つの木から生まれるから、同じ木から生まれたことを親族と表現するのなら、カリュストは親族と言えないこともないのかしら!?)


 完全に混乱をきたしていると、アースは手を伸ばしてきて、フロラの両肩をしっかり掴んだ。


「安心してくれ。絶対に君の兄上に認められて見せるから」


 並々ならぬ決意のこもった声に、フロラはぽかんとする。


 混沌と化した部屋の隅では、頭を掻きむしるジュドと、やはり真顔を崩さないエバが、静かに成り行きを見守っていた。


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