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遠足というものは

 

「フロラ様、リリアン様。到着致しました」


 朝早くに王都を出発して馬車移動すること半日。

 アフタヌーンティーの時間に差し掛かろうかという頃、御者の声かけとともに馬車の扉が外側から開かれた。一泊目の夜を過ごす予定の宿場町に着いたのだ。


 リリアンがそっと囁く。


「馬車での移動も楽しかったので、何だか着いてしまうのが勿体ない気がしてしまいますわ」


 それにフロラも心から頷いた。馬車に揺られてお喋りをしながら食べるスノーボールクッキーは格別に美味しかったから。


 噛むとほろほろ崩れる生地の食感と粉砂糖の甘み。そんなものを思い出して、王都に帰ったら絶対に取り寄せしようなんて算段を立てながら、フロラは馬車から一歩踏み出す。

 そうして外の風景を目にした瞬間、移動時間への名残惜しさなどどこかへ吹き飛んでいった。


「わあ。リリアン、この町すごく素敵ですよ!」


「本当ですね、お姉様……!」


 周囲を見回すと、王都では見かけないような赤い屋根をした可愛らしい建物が、まるでフロラたちを歓迎するように立ち並んでいる。

 道の反対側には、道に沿うようにして流れる細い運河。水面が太陽を反射しキラキラと耀く。

 そんなお伽噺のような情緒たっぷりの風景に見惚れる二人の前を、観光用の小舟がゆったりと過ぎていった。


「お嬢さんたち、良かったら乗っていってなー」


 船頭が声をかけつつ流れていくのに、リリアンと顔を見合わせる。


「「乗りたい!!」」


 旅行中に目にする小舟の何と魅力的なことか。あの舟が自分達を乗せてちょっとした冒険へと連れ出してくれる──そんなトキメキを感じて、フロラは目を輝かせた。


「アース!」


 少し離れた所で馬を引いているアースに声をかける。


「リリアンと二人で少し散歩してきてもいいですか? 例えばそう、あそこの……あの素敵な舟に乗ったりとか!」


「素敵な?」


 首を傾げたアースはフロラの指差す方を見て、合点がいったと小さく笑う。


「今日はもう泊まるだけだから、楽しんでくればいいさ。何かあったらすぐに神力を使うんだぞ」


「もちろんです。まぁ、こんな長閑な宿場町で何か起こるとは思えませんけどね」


「どうだろうな? 君はトラブルを引き寄せるタイプだから」


「失礼な」


 そんなやり取りを経て、早速船着き場に向かって歩き出す。小さな宿場町だから、五分もしないうちに目的の場所に辿り着いた。


「すみませーん」


 小舟から伸びるロープを杭にグルグルと巻き付けている男に声をかけると、振り返ったのは先程声をかけてくれた船頭だった。


「お嬢さんたち来てくれたんか! ……おお? 近くで見ると二人ともえらい別嬪さんじゃねぇか」


「あはは、光栄です」


「んじゃ、早速乗っていきな! せっかく来てくれたんだ。気合い入れて漕ぐからなー」


 誘われるままに乗り込むとすぐに、船頭が勢いよく船着き場を蹴った。水面を滑るようにして小舟が動きだす。


「うん?」


 元いた岸の方を一瞬、見知った顔が道を過ぎていった気がしてフロラは動きを止める。その人影はすぐに道を曲がって視界から消えてしまった。


「お姉様、どうかしましたか?」


「……ちょっと知り合いがいた気がして。いえ、きっと気のせいです」


 こんな所に彼がいるわけがない。そもそもこの世界にいるはずのない存在なのだから。

 無意識に天上界のことを思い浮かべていたのだろうか。思えば、人間界に来てもう数カ月が経つ。生まれてから二十年以上を過ごした天上界のことが少しばかり心の隅に浮かんでも不思議はないのかもしれない。


 そうは言っても、人間界で充実した日々を送っているおかげで、これまで天上界を恋しく感じることはただの一度もなかった。アースやエバやリリアン、この世界に来てから親しくなったみんなのお陰だ。


(とにかく今は、気にせず舟遊びを楽しまなきゃね!)


 なかなかない機会なのだ、他のことに気を取られていては勿体ない。そうフロラは気を取り直す。


「リリアン、この舟って実際に乗ってみると岸から見た時よりもスピードが出てると思いませんか?」


「ええ、本当ですね。意外にもスリリングですわ。あらお姉様、あちらにお魚が」


 リリアンが指差す方を見れば、細長い川魚が水面をぴちぴちと飛び跳ねている。


「わ! あれって食べられるのかしら?」


「どうなのでしょう? シュッとしていて食べる部分が少なそうですけれど」


「あはは」


 気になるものを指差しあったり川辺の素敵なお店について船頭に話を聞いたりしていたら、時間は一瞬で過ぎ去り、すぐに降り場に着いてしまった。

 素晴らしい櫂をさばきを見せてくれた船頭に気持ち多めのお礼を渡して、リリアンと二人、宿へと帰る道を歩き始める。


「面白かったですね。私、漕ぐ方も興味ありました」


「えっお姉様、それは意外ですわ」


「最近気付いたんですけど、身体を動かすのは嫌いじゃないみたいなんです」


 雑談を交わしながらフロラは、ほら何もなかったじゃない、と心の中でアースに向かって呟いていた。文句なしに楽しく、平和な舟遊びだった。

 帰ったら『トラブル引き寄せ体質』の汚名は返上しておかなければなるまい。


 ──などと考えていたフロラはわずか数分後に、"帰るまでが遠足です"という標語を胸に刻むことになる。


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