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にぎやかな旅の始まり


「のどかですね」


「のどかですわ」


 窓から吹き込む爽やかな風を感じながら、フロラとリリアンは微笑み合った。

 座席にふわふわのクッションを敷き詰めた居心地の良い馬車は、控えめな音を立てながらゆったりと移動する。


 出発時にリリアンが本気で御者の横へ乗り込もうとするトラブルはあったものの、説得して何とか車内に乗せることができた。

 アースは女性二人に気を遣ったのか、体を動かすと言って馬で付いてきている。侍従のジュドと侍女のエバは使用人用の馬車で移動するらしい。


 向かう先はアースの治めるゼルラント公爵領だ。アースが旅行なら自分の領地はどうかと提案したのだった。


「リリアン、本当に良かったんですか? 行き先がゼルラント公爵領だなんて」


 伯爵家の娘であるリリアンは、公爵であるアースの提案を断れなかったのではないだろうか。

 フロラは心配したが、リリアンはブンブンと横に大きく首を振る。


「むしろ嬉しいくらいですわ! ゼルラント公爵領は豊かで、美しい土地として有名なのです。領都は国内でも有数の美食と芸術の聖地。少し郊外に足を伸ばせば、澄んだ湖、なだらかな丘に、どこまでも広がる黄金の麦畑が見られるとか……。

 前から気になってはいましたけれど、王都から少し距離があるので行く機会がなくて。憧れの地にお姉様と行けるなんて夢のようですわ」


 ルビー色の瞳を夢見るように輝かせるリリアンは相変わらず愛らしい。

 天上界にいた頃は二十年以上も毎日人間界を眺めていたフロラだ。当然リリアンが言うような風景も何度か見かけたことはある。しかしそれは、触れることも近づくこともできない遠く離れた窓越しに外を垣間見るようなものだった。行って体験するのは、全然違って格別に違いない。


(どこまでも広がる麦畑……)


 気持ちの良い風が吹き抜ける黄金色の丘を想像すれば、フロラの心も自然と浮き立ってくる。


「楽しみですね」


「うふふ。お姉様もそう言ってくださるなんて嬉しいですわ。まだ到着までは数日かかりますけれど、本当に待ち遠しいです」


「今日は途中の宿場町まで行って、そこで一泊でしたっけ?」


「ええ、ゼルラント公爵領に向かう道と、お隣のモールド侯爵領に向かう道の分岐点にある宿場町です。

 あ、そうですわ! わたくし今日、とっても素敵なものを持ってきたのです」


 リリアンが横に避けてあった袋をごそごそと探り始める。出てきたのはちょこんとリボンで飾られた小ぶりな箱。中を見ると、何だかよく分からない丸い物体が入っている。


「これは……豆?」


「どうぞお姉様、口をお開けになってください! はい、あーん」


「へっ? ……あーん」


 反射で開いた口に、リリアンが指先で摘んだ塊がポイと放り込まれる。フロラは反射的にガリっと噛んでしまった。そして。


「──甘い! リリアン、これすごく美味しいです!」


「そうでしょう、そうでしょう! これは最近開発されたた"スノーボールクッキー"というお菓子ですわ! 商社を営んでいる父から分けてもらったのです」


「わぁ、固いかと思ったら舌の上でほろほろ崩れて、甘味が口の中に広がったわ。周りにまぶしてあるのは粉砂糖ですね? 幸せ! 最高です!」


 思わずリリアンの膝の上の箱に手を伸ばす。


「はい、リリアンもどうぞ。あーん」


 お返しのつもりで、リリアンにもクッキーを食べさせる。だってこんなに美味しいもの、独り占めなんて勿体ない。

 素晴らしいお菓子は誰かと分け合って食べるとより美味しくなることをフロラはもう知っている。人間界に来てから学んだことだ。


「俺にもくれ」


「きゃあ! アース、突然話しかけないでくださいよ! びっくりしたじゃないですか」


 ひょいと窓から顔を出すアースは、馬で器用に馬車と並走しているようだ。抗議してみるが本人はどこ吹く風で、解放された窓越しに口を開け続けている。完全にクッキー待ちの態勢だ。

 仕方ないのでリリアンに断って、アースの口にもひとつ放り込んでやる。アースはパクリと口を閉じ、ついでにフロラの指先に付いてしまった粉砂糖をペロリと舐め取っていった。


「なっ!」


 フロラはビクッと手を引いたが、アースは菓子を咀嚼しながら満足気に去っていった。


「もうっ! すみませんリリアン、貴重なお菓子を──何で涙ぐんでいるんですか?」


「お気になさらずに! わたくし目眩めくるめくお姉様とアース様のコミュニケーションを特等席で見せていただいて、胸がいっぱいなのですわ!」


「リリアン……」


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