次のミッションです
「こんなにもみんなから心配されているのは、私がまだまだ頼りないせいよ。嬉しいけど、不甲斐ないわね。気合を入れ直さないと」
フロラが自分に言い聞かせるようにして仕事に戻ろうとしていると、曲がり角の向こうから他ならぬイレニヤの声が聞こえてきた。
「──なのでゼルラント公爵、わたくしと二人でお出掛けしましょう?」
「護衛を付けますのでお一人でご自由にどうぞ」
「でも、今日のような天気の良い日に外に出たら、心地いいと思うの。だからご一緒に」
フロラは目を瞬いた。どうやらイレニヤがアースをデートに連れ出そうとしているらしい。
婚約者がいると伝えてあるのに流石の大胆さだなと思いつつ、姿を見せるべきか否か考えを巡らせたが、フロラの帰りが遅ければそれはそれでイレニヤが怒るので、気にせず歩みを進めることにする。
角を曲がると二人が振り返り、パチリと目が合った。
「あら、フロラさん。わたくし、ゼルラント公爵を外出にお誘いしているところなの。お忙しい公爵だからこそ、息抜きが必要だと思わない?」
挑むように目を細めるイレニヤは、フロラを頷かせることで外堀りを埋めようとしているようだ。
嫉妬の余地が一ミリもないほどアースがイレニヤを嫌っているので、フロラの回答はもちろんイエス……アースを和平のための生贄に捧げる気満々なのだが。
そんなフロラの思考を敏感に察知したのか、アースは二人の視線を引き離すように間に割り込んで、イレニヤに不快げな顔を向けた。
「悪いが、貴女と出掛けるくらいなら執事と手を繋いでデートする方がマシ」
「ちょーーーっ!」
アースの率直な物言いをフロラは慌てて遮って、小声で苦情を言う。
「ちょっと、和平を保つためにイレニヤ殿下のご機嫌を損ねるべきじゃないのを分かっていますよね?」
「正直、俺はそのこと自体にも懐疑的だ。イレニヤ殿下は王族の身分を振り翳して好き勝手に振る舞っているが、ポムノスクよりもオルラリエの方が遥かに大国なのだから、俺や君が機嫌を取る必要は一切ない」
「実際に争ったら勝つのはオルラリエでしょうけど、そもそも争いを起こさないのが最善手であることくらい、あなただって理解しているでしょう? 情勢がほんの少し不安定になるだけで、民には大きな影響があるんですから。たった一回のデートで、みんなの日常が守れるんですよ」
「一回で済むとは思えないな。一度受け入れれば調子に乗って次から次へと要求してくるだろう」
「一回で満足してくれる可能性だってあるじゃないですか」
「ないと思うが」
「じゃあ試してみましょう? ほら、一回だけ!」
「しかし」
「私が小間使い役をしてまで保っている平和をあなたの手で握り潰すつもりじゃないのなら、行ってくださいってば!」
「……分かった。だが」
アースが、しょんぼりした仔犬のような目でこちらを見てくる。
「君は、俺が君以外の女とデートしても構わないんだな。少し──残念だ」
それだけ言い残して、アースはイレニヤと連れ立っていった。
女神は混乱した。こと恋愛に関しては、いつも余裕のある態度でフロラを翻弄してきたアース。その彼が、なんだか可愛い表情で可愛いことを言って、拗ねたように去っていった。そのことに雷で打たれたような衝撃を受ける。
「…………え。なに今の可愛いの?」
心臓がキュンとするのを感じて、左胸を手で抑える。眠気が一気に吹き飛んだフロラだった。




