彼女も我慢してた
メイドの朝は早い。バスタブで微睡んでから一刻もしないうちに朝の業務の時間になった。エバがどうやったのか、起きたらきちんとベッドの上だった。おかげで質の良い仮眠が取れたけれど、それでも寝不足に変わりはない。目元にできた隈をそのままに朝の業務へ向かう。
まずは朝の掃除。イレニヤが着用するドレスや装飾品のチェック。目覚めの紅茶と洗顔用のお湯の準備。それが終わったところでイレニヤが起床する。
朝一番からネチネチ攻撃してくるのを笑顔で受け流し、ついでに洗面器のお湯を"うっかり"掛けられるフルコースを食らい。
「寝不足でボーッとしていたおかげで、無意識に防御してしまわなくて良かった。うん、そうだわ。こういうのはたぶん、相手の思う通りにさせるのが一番被害が少なく済むはずだし」
着替えを終えたフロラが呟きながら廊下に出ると、そこにはリリアンが立っていた──メイドの制服を着て。
「リリアン、その格好」
「もう耐えられませんわ! わたくしもお手伝いします!
お姉様が受けた酷い仕打ちをお聞きしました。耳を疑いましたわ。わたくしが口を出すべきではないと耐えてきましたけれど、もう限界です!」
そう言って抱きついてくる。
「気持ちは嬉しいですけど……リリアン、そんなことしたらあなたまで大変な目に遭ってしまいますよ」
「良いのです! 嫌がらせでたくさんお仕事を押し付けられても二人なら倍の速さで済みますでしょう?」
「いいえ、良くありません。だってリリアンが加われば、きっと仕事を二倍にされるでしょう? みんなで苦労を分かち合うという考え方は不合理だわ。苦労する人数は少ない方がいいに決まっています。……だから、ね?」
リリアンは、でも、と赤い瞳を潤ませる。
「お姉様はわたくしに、困った時には味方になると言ってくださいました。わたくしも同じように、お姉様が困っている今こそ、お力になりたいと思いましたの。
ねえ、お姉様。お仕事は減らないとしても、わたくしが一緒にいることで、お姉様の心の支えにはなれませんか?」
「リリアン……!」
そうか。フロラはただリリアンの力になりたい一心だったが、友人というのは互いに助け合うものなのだ。一方的にではなく。
(リリアンは友情のために駆けつけてくれたのね……)
とフロラが感動に胸を熱くさせたところで、リリアンの手にグッと力がこもった気がした。
「それに、これは非常に燃える展開ですわ」
「へ?」
「ようやく結ばれた恋人たちに立ちはだかるライバルというのはもはや恋愛小説の定番です!
数々の意地悪に健気に耐えるヒロイン。ライバルに巧みに追い詰められ、疲れ傷つき、やがて限界が……。そこでヒーローの登場! ライバルを成敗してヒロインを華麗に救いだし、二人はよりいっそう愛を深めるのですわ。
なんて素敵! なんて奇跡! この重要イベントにわたくしもぜひ参加を──!」
リリアンは、どんな時でもリリアンだった。フロラが脱力するのをよそに、リリアンはけろりと続ける。
「もちろん実際には、お姉様が傷つかれることのないよう、わたくしがそばでお守りするつもりですわ」
「うん、駄目です。せっかくの旅行なのにこんな事態になって申し訳ないですけど、もう少しだけ待っていてください。じきにイレニヤ殿下はお帰りになりますから、そうしたらたくさん一緒に遊びましょうね」
フロラは会話を強制終了させた。一瞬感動したのにひどいオチだなと思いながら。
「できることがあれば、わたくし何でもしますから、いつでもおっしゃってくださいね……」
応援の意を込めてから、ハンカチをぶんぶん振りながら名残惜しげに帰っていく友人の後ろ姿を眺めながら、フロラは言い忘れていたことを思い出した。
「リリアン!」
くるりと振り返るリリアンに、フロラは心からの笑顔を向ける。
「力になると言ってくれたのは、とっても嬉しかったわ。本当にありがとう」
「お姉様……っ!」
ぶわわっと頬をバラ色に染めて抱きついてくるリリアンを、フロラはくすぐったい気持ちで受け止めて、よしよしと撫でてみた。
アースにエバにリリアンに。私はみんなに支えられているんだなと温かい気持ちが湧いてくる。
心配してくれるみんながいると、心が強く、元気になるのだ。フロラは初めてそれを知った。
だからこそ多少の意地悪くらい、フロラにとっては何ほどの物でもないのだ。




