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イベントは突然に

1はこちらです! まだの方はどうぞ〜

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 うららかな陽射しが差し込む公爵邸の一室。薄いレースのカーテンがゆったりと靡く様は、上品な紅茶の香りと相まって心を穏やかにしてくれそうだが、フロラの胸中はどちらかというと荒れ模様だ。

 神妙な面持ちで椅子に腰掛けるフロラの正面では、もう一人の少女が、ティーカップを持ち上げながら甘やかなピンクの髪をふわふわと揺らす。


「お姉様。この度は無事に公爵様と想いを通い合わされたとのこと、祝着至極にございます。このリリアン、本当に本当に、心の底から嬉しく思いますわ。

 お話は風の噂で聞いております。お姉様は騎士団の魔法士として任務に就かれ、あの恐ろしい人身売買組織を勇ましく一網打尽にされたとか。つまりその中でご自分の真実の愛に気付かれたのですよね? 公爵様も、危険を顧みず民に尽くすお姉様の凛々しい姿に愛を募らせたに違いありませんわ。

 今回の事件の被害者たちを招いたパーティの場で、皆の前でプロポーズをされたと聞いて、どれだけ胸がときめいたことか。……ああ、お姉様の薬指に輝く愛の証が眩しゅうございます。でもそんな輝きもお二人の愛の輝きには敵いませんのね!

 なんて素敵! なんて奇跡! 素晴らしゅうございます!」


 歌うように高らかに話すリリアンは極めて上機嫌だが、対するフロラは彼女が一言しゃべるたびにナニカが──精神とか羞恥心とか、そういう何かがゴリゴリと削られていくのを感じて、半眼になった。


「そんな大げさな話では。……というか、どうして話す前に全部知って」


「まあ! ご謙遜なさらずともよいのです。ただ、あぁわたくし、お姉様と呼ばせていただいている立場にも関わらず、そのような一大事に立ち合うことができませんでした。一生の不覚です。時を遡る事ができたならどれだけ良いでしょう!」


 リリアンはふるふると身悶えた。フロラは話の雲行きがさらに怪しくなってきたのを察知して引き攣る。


「なによりも、お姉様と公爵様の熱い抱擁、それに初めての口付「わーっ!」を見逃してしまったなんて」


 もはや顔を真っ赤にして叫ぶことしかできない。

 その話は一体どこまで出回っているのか。公衆の面前でやらかしてしまったのだから、世間に多少の噂が流れることくらいは覚悟していたが、目の前で滔々と語られたら恥ずかしい事この上ないではないか。


 異様なまでに詳細を把握しているリリアンが情報通すぎるのか、それともこのくらいの事は誰もが知る程に巷で噂が拡散されてしまっているのか。どっちだ。どっちなのだ。できれば前者であってほしい。


「皆の前で永遠の愛を誓うなんて、おとぎ話のようですわ。お姉様はもはやすべての乙女たちの夢であり希望の──」


「お願いですからリリアン、もう許してください!」


 放っておくと永遠に喋り続けそうな勢いに、フロラは白旗を上げた。怒涛の口撃に限界まですり減った精神を守るべく、必死に許しを乞えば、リリアンは不思議そうな顔でこてんと首を傾げる。


「許すとは、何のお話でしょうか?」


 フロラは脱力した。人間、無自覚が一番恐ろしい。


「……とにかくリリアンには色々と相談に乗ってもらったり、色々とお世話になっていたのに、その、結果の報告だけになってしまってごめんなさい。これまでのお礼に、あなたのために何か私でできることがあればと思っているんですよ」


 もちろん本心だが、ちょっぴり話をすり替えようという気持ちがないでもないフロラである。


「まあ、そんな! 畏れ多いことですわ!」


 そう言ってから、リリアンは「あ、でも……」と何か思いついたように頰に手を当てた。


「もし可能なのであれば……実は、前々からお願いしたかったことがありますの」


 リリアンがおずおずと上目遣いでこちらを見るのに、フロラは目を瞬く。本当に何かお願いごとをしてくれるらしい。


 勢いがたまにちょびっと……いや結構恐いこともあるが、アースとの関係に悩んでいた時に相談に乗ってもらったり事件に関する情報をもらったりとお世話になっている愛らしい友人だ。

 そんな彼女の常にない様子に、フロラは身を乗り出す。叶えられる事なら叶えてあげたい。


「どうぞ、遠慮なく言ってください」


「実はわたくし──お姉様と旅行に行きたいのですわ。お友達同士の小旅行に憧れていたのです」


 その時、コンコンと部屋の扉がノックされる。入ってきたのはアースだ。一見冷たく見えてしまうほどの美しい漆黒の瞳がフロラを見てふわりと柔らかく緩み、それからリリアンの姿を捉える。


「君がフロラの友人のリリアン嬢か?」


「左様にございます。ブランシュ伯爵家のリリアンが、ゼルラント公爵にご挨拶申し上げます」


「気軽にアースと呼んでくれて構わない。君はフロラの友人だから」


「ありがとう存じます、アース様」


 フロラは首を捻る。


「アース、いつもなら今の時間は騎士団に行っているのでは? 何かありましたか?」


「いや、正式に君の婚約者になったからには、君の友人に挨拶した方がいいかと思ってな」


 そう言いながらアースはフロラの髪をさらりとひと梳きする。フロラも慣れてきつつあるアースの癖のようなものだが、居合わせた少女にとっては何か胸に刺さる光景だったようで。


「ふわぁ……」


 アース向かって美しい貴族の跪礼カーテシーをしていたリリアンはそのままへにゃりと床に崩折れた。


「リリアン!?」


「何気ない仕草に滲む愛……尊いですわ」


「リリアン……」


 フロラは脱力してしまった。そんなフロラの身体をさりげなく支えながら、アースがリリアンに話しかける。


「リリアン嬢。先程、旅行と聞こえたのだが」


「そうなのです。もちろんお姉──フロラ様が賛成してくださるのであればですけれど」


「なるほど。フロラ、行きたいか?」


「そうですねぇ。リリアンのお願いでもありますし、行ってみたい──いや、でも仕事が、ううん……」


 生まれて初めてのお友達のお願いを叶えてあげたい。仲良く遠出してみたい。他愛ないお喋りをしたり、馬車の中でお菓子を摘んだりするのはさぞ楽しいだろう。

 でもフロラは人間界に遊びに来たわけではない。自分の助けを待っている人たちは探せばまだたくさんいるはず。


 フロラが旅行と仕事の間でグラグラと心を揺らしていると、それを察したのか、アースがとっておきの秘密を教えるみたいに耳元に囁く。


「王都以外にも、困っている人間はたくさんいるはずだ。狭い王都に留まるのではなく、視野を広げるのも大切じゃないか?」


 まさかの、旅行と仕事は両立可能! フロラは目からうろこを落とした。


「たしかに、それはそうですね! 旅先なら普段会えないような人ともたくさん会えるでしょうし、その町にはその町の困り事があるかもしれません」


 完全に乗り気になったフロラに、アースは一つ頷く。


「よし、なら俺もすぐに準備する」


「え?」


「女二人旅は危険だから、俺も同行しよう」


「ええっ! アース、正気ですか!? 女友達同士の旅行に付いてくるなんて」


 予想外の展開に思わず身を乗り出すフロラの傍ら、リリアンがそれ以上の勢いで身を乗り出した。


「まあぁあ! 光栄にございますわ! むしろわたくしは御者の横あたりからそっと見守っておりますから、お二人で馬車にお乗りになって」


「リリアン、それはもはや友人同士の旅行ではなくなっていますけど!?」


「お姉様とご一緒できるのならどのような形でも良いのですわ!」


「いや、ええ……?」


 困惑するフロラを置き去りに、アースとリリアンが日程や行き先について話し始める。どうやら本当に三人で行くらしい。

 何だかおかしな──けれど楽しい旅行になりそうな予感に、フロラはそっと微笑んだ。


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