8話
「エルの話をかい?」
「はい、シオン様もエルについて知らない事が多そうですし、気になっているかもしれないと思ったのですが」
「気にはなっているよ……ただ……」
うーん、聞いていいのかって考えてしまう。
それに屋敷までの距離は近い。今、聞いたところで話半分に終わってしまうだろう。だから、話を進めるか悩む。ぶっちゃけ、夜に二人で話をするとかもアリだからね。
まぁ、それが許されるかは分からないけど。
リリーが二人で会うのをよしとするか、マリアがそれを許すか……もっと言えばエルが話をさせてくれるとは思えない。エルはリリーの事があんまり好きではないようだし。
「家まで時間が無さそうだからさ」
「待ってくれますよ。馬車から出なければエルも近付いてくる事は無いでしょうし」
「それだといいんだけど」
俺からしたらエルに嫌われたくない。
でも、ここで聞かなかったら過去の話なんて教えてもらえないかもしれない。エルだって言っていたんだ。この世界では簡単に人が死ぬって、私もいつ死んでしまうのか分かりませんってさ。
それにエルが話してくれない可能性もある。
個人的にはエルの事が大好きだからな。やっぱり、エルが教えたくない事だったとしても俺は聞いておきたい。……本音を言えばエルが毎日、書いている手帳の中だって見たいんだけどなぁ。
まぁ……答えは最初から決まっているか。
「なら、教えて欲しい。リリーの知っているエルについて」
「了解しました。……とはいえ、そこまで詳しくは知らないんですけどね」
「いいさ、どっちにしても私はエルについて何も知らないからな。少なくともリリーの方がエルの事を知っているだろう」
俺は本当にエルについて知らない。
例えば好きな食べ物、タイプの男性……そういう事はある程度、分かる。だけど、もっと内部の話は何も教えてもらえていない。大体が「シオン様さえいれば、過去なんてどうでもいいですから」ってはぐらかされてしまう。
「そうですね……それならまずはエルと初めて会った時の事を話しますか」
「ああ、よろしく頼む」
「頼まれました」
ニコっと笑って俺の目を見つめてきた。
少しは俺に対して信頼してくれたのか、前みたいな作り笑いとは違う笑顔だ。やっぱり、綺麗な人の笑顔ってすごいな。見ているだけで心の底から感謝したくなってしまう。それが本当の笑顔なら尚更だ。
「私がエルと出会ったのは三年前の採用試験の時でした。その時も彼女は今のようにヘルムを被って顔を見せないようにしていたんですよ」
「それは……エルらしいな」
「ええ、女性のみを選定する白百合騎士団の採用試験とはいえ、試験官の中には男性もいましたから、それを予測して付けていたんでしょう」
うーん、そこまで考えていない気がする。
ってか、本当にエルが顔を見せる時って少ないんだよね。今日の冒険者登録を済ませるのだって、最後まで顔を見せたくないって拒否していたし。ただエルの正体がバレてしまうから付けないで欲しいって言って渋々、承諾してくれた。他の時なら間違いなくやってくれないだろうなぁ。
「彼女はそこで一番の成績を出しました。真剣を持った試験官に対して木刀で倒し切るという快挙を見せ……二番だった私の倍以上の点数を得て騎士となりました」
「……その頃からエルは化け物だったんだね」
「はい、面接官の心を折るように全ての攻撃を躱し、悪い点だけを並べていましたよ。相手もAランク冒険者だったんですけどね」
Aランク冒険者……それはすごいな。
確か冒険者のランクはFからSSSまであったはずだ。その中でのAランクだから……上から四番目か。それにそこまでいけば人外に片足を突っ込んでいると言われるから、そんな存在を圧倒するエルの力は……。
「その人を倒せたのは私とエルだけでした。こう見えても私、筆記試験も満点だったんですよ。なのに、彼女とは縮められない程の点数差を付けられてしまいました」
「いやいやいや! それはそれですごいね!?」
「簡単な常識問題でしたからね。冒険者の方も癖がありましたので、そこを突いたら何とか勝てました」
少し嬉しそうにリリーは話した。
きっと、エルという規格外のせいで自信を持てなかったんだろうな。分かるよ分かる、俺も中学の時に嫌という程、味合わされた。どれだけ運動を頑張っても勝てない相手、勉強では以下に勝っていても認められるのはアイツだけだったからな。
「それ程に強いエルです。本来、白百合騎士団では二十人で一つの班を作るのが決まりだったのですが、彼女についていける人は私と先代の騎士団長だけでした」
「つまり三人で動いていた、と」
「騎士団長は意外と忙しいんですよ。だから、二人でいつも任務をこなしていました。……ええ、本当に大変でしたよ」
うっわー……すごい遠い目をしているな。
それだけ苦手な思い出が多いんだろう。確かに強くて頼りになるエルだけど常識とかに関しては結構、無いからね。戦闘以外で苦しんだ部分が多くあったんだと思う。
「ただ、それでも私からすれば掛け替えのない仲間でした。一緒に任務を受けて背中を預けながら様々な事を対処していきました。……でも、その関係は長くは続きませんでした」
「何かあったのか」
「ええ、先代の騎士団長が倒れたんです。いえ、倒れるよりももっと酷い。……自分で自分の命を捨てたんです」
はー……自殺か。
……それは……酷いな。
「過労による自殺だと言われています。ですが、死んだ当初は誰かによって殺されたと噂がたつようになったんです。エルか、私が暗殺した、と」
「どうして二人が……?」
「簡単な話ですよ。入って数ヶ月の新入りでありながら、どれほど高難易度な任務であっても全て成功させてきた二人、それが立場のある騎士から好まれなかっただけです。次の騎士団長は私か、エルかで派閥が分かれるくらいでしたから」
数ヶ月でそこまでの位置に立つのか。
やはり、二人揃って天才なんだな。仮に俺が同じ立場に立ったとしても、そうなるとは思えない。有り得ないような話だから昔から騎士として活躍していた人達は焦ったんだろう。
「クソみたいな話だな」
「ええ、本当に最悪でした。どこへ行っても、何をしても責められるんです。そして、その時にエルと喧嘩をしてしまいました」
その喧嘩が……今でも尾を引いているのか。
リリーの話をするのも喜ばないエルだ。逸る気持ちを抑えて小さく深呼吸をする。別に二人の仲について知りたいわけじゃない。最低な理由かもしれないけど単純に興味が湧くんだ。それに……もしも二人の関係が俺の手で直せるのならどうにかしてあげたいって気持ちもある。
だって、二人とも俺の師匠だからな。
一緒に動く事も多くあるのだから関係が良いに越したことはない。目の前で仲悪そうにされても俺の気分が悪くなるだけだし、場合によっては集団の士気にも関わってくる。それに……二人の仲の良い姿を見てみたいからね。
「何で喧嘩をしたんだ」
「騎士をやめたいとエルが言い出したからです。私もエルも同じく女性の立場を上げるために戦っていました。だからこそ、途中で諦めるような発言をしたのが許せなかったんです」
「それは……気持ちは分かるよ」
両方の気持ちがよく分かってしまう。
いくら頑張っても運動で勝てなかった俺が、その友人から「頑張れ」って言われて喧嘩になった事があった。一緒にやっていたからこそ分かるって言われても俺にはアイツの気持ちが分からなかったんだ。
エルも人の目が怖かったんだろう。
ましてや、謂れの無い誹謗中傷も受けてきたら続けたくなるなるのも分かる。それに対して共に歩んできたリリーからすれば誹謗中傷を受けてでも続けて見返そうと思ったんだろう。……俺はエルと同じだったな。
「私は彼女と戦いました。私闘ではなく決闘をしたんです。私かエルか……どちらかから騎士団長を選ばなければいけませんでしたから」
「その結果、リリーが勝ったのか」
「いえ、エルの圧勝ですよ。……私の剣の全てを流して一撃で意識を奪っていきました。でも、彼女は決闘を見ていたシンに直談判したそうです。リリーこそが次期騎士団長に相応しい、と」
苦々しい顔をして笑った。
リリーからしたら負けたのに騎士団長に選ばれてしまった事が屈辱的だったんだ。だから、エルに対して当たりが強い。今でも小さな事で小競り合いを仕掛けるのも同じなのかな。
「私には彼女の気持ちが分かりませんでした。だって、騎士団長になれれば目的を達成しやすくなると言っていたのはエルでしたから。その立場を捨ててまで貴族の御守として雇ってもらった彼女の気持ちが……」
すごく重々しい空気が漂う。
そうか……リリーがエルの話をしたのは相手を理解したかったからだったんだ。何も俺にエルについて教えたくて、悪いところだけを伝えたくて話そうとしたわけじゃない。リリーはリリーでエルと仲良くしたかったから……。
「それが追い詰められた人の考え方だからだよ」
だったら、俺は俺として話をしよう。
シオンとしてでは無く、日本で苦しみ続けた俺としての考えを……リリーに伝えるだけだ。
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