外伝 チート狩りバージンロード
見られていると感じたのは何時頃からだろうか?貴方は手に持った杯から黄金色の液体を一気に呷りながら思考を巡らした。仄かな甘さを口内に残す蜂蜜酒が喉を滑り落ちていく。
飲み干した杯がテーブルに付くか付かないかと言った所でスッと新たな杯が差し出される。今、貴方が飲んだくれているのは、聖なる都で一番の居酒屋、その本店であり、何か言わずとも客が望むだけの接客をしてくれる。
(つまり常に見られていると言う事なんだよな)
ため息と共に出てくる思考。だがそれを口に出す様な愚かな事はしない。用心深さこそが貴方をこの年齢まで生き延びさせてきたのだ。
新しい杯を手に取りついと他のテーブルに目を移す。客は大入りであるが、この店で度を越して騒ぎ立てる様な馬鹿はそうは居ない。ここはそう言う場所なのだ。
煌々と店内を照らすシャンデリアからの蝋燭の灯、美味い飯、美味い酒、行き届いたサービス、何よりここは水洗の手洗いが存在している。此処に一度通ってしまえば、二度と他の店で酒を飲もうとは思わないだろう。
(だから皆ここに来る。見られていると知らずに。いや、この街の悪党は知っているのかもしれない。異世界なんだ、そう言う謎の組織だっているのだろう。何せ彼女たちが働いている)
この店で働いている者の半分は赤銅の肌を持つ者たちだ。誰も気にしてはいないのだが、それはこの世界では大問題の筈なのだ。それを貴方だけが知っている。
貴方は転生者だ。前世では禄でもない仕事に追われ、たまの休みに飲んだくれる生活を送っていた。そんな人生であったから死因は若くしての病死である。随分と苦しんで死んだと覚えている。
それが今やチート転生者さまの身の上である。貴方は貴方を転生させた何か(酷くお役所仕事的であった)に感謝を…していなかった。
(何も持たないで生まれた方がマシだ!何がチートだ!何が最高の人生だ!気苦労の方が多いじゃないか!)
三杯目になった酒を啜りながら貴方は心中で毒ずく。貴方が記憶と力を取り戻した場所は都市の孤児院だった。それ以前の人生は正直思い出したくない。最低であったと切って捨てられる。
だが孤児院時代が幸福だあったかと言えばそうではない。確かに食うには困らなかったので、貴方の少ない前世の歴史的知識からすれば恵まれていると頭では分かっているが、アレは幸福とは言い難い。
何故なら貴方にはチート、人類最高の肉体的能力と各種状態異常無効化(病で苦しみ抜いた貴方は二度も病気で苦しむ事は避けたかったのだ)を持っていたからだ。
だから見抜けた、見抜けてしまった。
孤児院の院長は赤銅色の肌を僧衣で覆っている事。
都市貴族の輿に侍る女性が長い耳を貴方では理解できない何か(恐らく魔法なのだろう)で隠している事。
街の地下に張り巡らさせていると言う下水網に纏わる不気味な噂話の真実。
月の無い晩、街の屋根を飛び回る影の正体。
街。人類圏で最大の人口を誇る聖なる都は滅びた筈の種族が暗躍しているのだ。
(滅びたんでしょ?なんでさも当然の顔で接客してんの?何で誰も突っ込みをいれないの?)
酔いが回って来たのか、常々に思っていた疑問が貴方の頭を駆け巡る。
貴方がそう思うのも当然であった。ファンタジー世界だからそう言う事もあるかな?とこれまでは思っていたのだが、注意して見ていると滅びた種族の生き残りにしては、エルフは街にいっぱいいる。
(ゴキブリか何かかコイツら)
そう思ってしまうくらい、そこら中の狭い所や暗がりにコイツらはいる。そしてキモい。凄くキモい。
これもファンタジーだからと貴方はこれまで自分を納得させてきたのであるが
「坊や、お姉さんと良いところ行かない?お菓子もオモチャも一杯あるよ?」
などと孤児に呼びかけて、院長にボッコボコにされていた不審者。
「おや?何処に行かれるのですか?こちらに来たばかりで行き場がない?それは難儀されているのですね。教会はいつでも門を開いております。どうぞこちらに」
そう言って年増であろうと老婆であろうとどっかに連れてく似非坊主(男には絶対声を掛けない)
「お母さん何処〜!うえ〜ん」
治安が極悪な港湾地区で迷子を装い、下心を持ったバカ者を襲う逆人攫い。
どいつもコイツもエルフで、明らかに変態性を帯びている(特に最初の不審者)
そう言うのがこの街には溢れているのだが、誰もそれに気づかないのだ。否、気付けない。
見えない霧にこの街は覆われている。この世界全体がと言うべきかも知れないが。
貴方だけ、あらゆるまやかしを退ける加護を持ち、超人と言える肉体と感覚を有している貴方だけがこの異常な世界の外にいる。
だから孤児院時代も幸せでは無かったのだ。アソコは家畜を太らせて出荷する場所だと、記憶を取り戻した時に直感出来てしまったからだ。
(視察に来る教会の関係者、全員はぁはぁしてたもんな。手は出して来なかったけど)
そう思いだすと四杯目の酒は酷く苦い気がして来た。孤児院の子供たちはある程度大きくなったら、開拓団として街の外に出されると言うのだが、絶対に罠だと貴方は確信があった。
だから12の時に逃げたのだ。其れ以来、腕っぷしを生かして、諸島を行き交うガレー船の漕ぎ手兼戦闘要員としてこれまで生きて来た。化け物から海賊まであらゆる困難が襲って来たがチート能力はその全てを退けてくれた。
以来、貴方は陸に上がるのを避けて生きて来た。この街では特にだ。船乗りとして長ずるにつれ、視線は強くそしてネットリして来るのを感じて貴方は感じていた。
街に蔓延るエルフについては人に話した事は無い。時折貴方が乗る船に、何かから逃げる様に乗ろうとする人間がおり、そう言う人間は決して乗船時間に間に合わないか、出航前に消えてしまうので、そう言う事なのだろうと理解出来たからだ。
「しかし、遅いな」
五杯目の酒を手に取った時、貴方はそう呟いた。気に食わない街、キモい視線を無視してでも貴方がこの居酒屋で飲んでいるのには訳がある。
其れなりの期間、腕の良い漕ぎ手として、また、人には憚られるが何度かの海上の荒事で金を稼いだ貴方は船を買おうと考えたからだ。
目指すのは南方帝国での商いだ。何度かアソコに寄港したがアソコでは、今も時折感じる(給仕のエルフだろう)嫌な視線を感じなかったのだ。
そんな訳でこの店で取り引き相手を待っている。後ろ盾も無い、生まれさえ明らかに出来ない貴方が其れなりの船と船員を見繕うには、後ろ暗い相手と取り引きする他は無い。
向こうが売ろうと言う船だとて、真っ当な手段で手に入れた物では無いだろう。元の持ち主は角クジラの腹の中か、下水網に棲むワニの晩飯になっている筈だ。
そんな船であろうと貴方は欲しい。だって怖いんだもの。この視線の持ち主たちに襲われたら、命以外も取られそうで怖い。あとキモい。貴方は前世も今生もここ迄熱烈な視線を浴びる言われは持っていない。
「失礼、遅れました」
そろそろ六杯目、そう考えた所で取り引き相手が来た。港湾地区の暗い所で仕事をしている人物だ。
「うぷっ、飲み過ぎた…サッサとここから離れてぇ」
取り引きは纏まったが、随分と長引いた。相手が仕切りに酒を勧めて来るからだ。幾ら貴方が前世からの酒好きだと言っても限界と言う物がある。
「あっ駄目…少し…オェッ」
港へと帰る道すがら耐えられなくなった貴方はそこいらに先ほどしこたま飲んだ物を盛大にぶちまけた。海風が貴方の首筋を労る様に撫でて行く。
更にもう一つ、嫌な匂いも風は運んで来た。整然と舗装された石畳みにぶち撒けていた酔いどれだった貴方はもう居ない。
貴方はこれまで幾つもの修羅場を超えて来た。貴方が身に宿す力は並大抵の物では無い。争いとは無縁だった前世は既に記憶の彼方だ。
だから貴方は冷静に、これから起こる血みどろの事態を決然と受け止め、覚悟を決めて声を出した(吐き過ぎて少ししゃがれていたが)
「出てこい」
その声に合わせて幾つもの影が染み出して来た。影は合わせた様に襤褸を纏っている。
「おお方、あの野郎に雇われたんだろ?手付けだけ頂こうって腹か?いいぜ相手になってやる」
貴方は影に向かい嘲る様に言った。慣れたくは無かったがこの程度の事には慣れてしまった。
そしてこんな舐めた真似をする相手は後悔させて来た。貴方にはそれだけの力があるのだ。
(完全に悪党だな今の俺。主人公にやられる力自慢の中ボスくらい?あ〜あ、異世界転生ってもっと明るいもんだと思ってたんだけどな〜」
油を垂らされた鞘から墨を塗った短剣が抜かれる微かな音が貴方の耳に聞こえる。相手は手練れだ。
そんな相手を前にしても貴方は内心でボヤキを止められなかった。何故なら貴方はチート主人公で恐らくは人類最強の存在だからだ。
貴方は腰に挿していた愛用の曲刀を抜く。さあ戦いの時間だ!
でもちょっと待って欲しい。貴方気付いてる?貴方を見る影たちの目付きがおかしい事。
酔いが抜けて無いから気づかないでしょ、続々と貴方を求めてゴミパンダの群れが集結しつつある事。
何よりね、貴方トロフィーだって分かってる?貴方は主人公じゃないんだ。
貴方は景品。
貴方は獲物。
さあ狩の時間だ!狩人は聖都の嫁ぎ遅れエルフオールスターズ!
どけい雑魚ども!此奴は私のだ!いや私のだ!いや俺の!
ずっと見てたよ!立派に育ったね!強い男になれたね!だから狩るよ!もう待てない!コレがワシのバージンロードじゃ!




