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第十九話 ある皇子の告白

 私の義理の母に当たる人物は化け物だ。彼女と出会ってから随分と経つが、一向に色褪せない金の髪や輝き続ける赤銅の肌の事だけを言っているのではない。男達を次々とその体で篭絡し、自分の奴隷に変えている事でも、その奴隷から生命を絞りとり、子供をポンポンと産む事でもない。まあ、それも怖いが。


 義理の母が、お化けネズミの親戚だと言うのは、彼女を恐れる一番の理由にはならない。一番に恐ろしいのは、その精神だ。彼女は正に天真爛漫の権化、これまで伝説で聞いて来たエルフのイメージからはかけ離れた人物だ。


 エルフ。その性、傲慢にして冷酷、我ら人類を歴史の黎明も頃から奴隷として使役し、遂には我らに滅ぼされた、古き主人たち。


 義母がそのエルフだと言うのは、長い付き合いになった今でも信じる事が出来ない。傲慢?何処がだ、どの様な身分の者で有ったとしても彼女はその態度を殆ど変えない、全ての人間が自分の子供だと言わんばかりに扱う彼女に冷酷さを感じる事は不可能だろう。


 だが彼女は恐ろしいのだ。全ての人間を慈しむ様なあの瞳、その瞳を持った義母は、私に現生人類の絶滅計画を、楽し気に語ったのだ。冷酷と言うには余りにかけ離れたあの人は、その計画を、神に与えられた責務で有ると言う。


 「全ての人間さんは、私の子となるのですよ、可愛い坊や。これは愛、そう愛の行為なのです。考えて御覧なさい、全ての人間がエルフの血を引く者となり、長大な寿命と完璧な肉体を手にした世界を。」


 彼女は自分がこれからなそうとする行為を愛と言った。愛、正に彼女を体現する言葉かもしれない。彼女は愛しているのだ、人間を。愛しているから、全ての人間を見るその目は、悪戯な我が子を見る母の物なのだろう。


 しかし、それは本当に人が人に向ける愛なのだろうか?恐らく違うだろう。彼女の瞳が映す人類は、我が子と言うよりは、愛玩動物ではないだろうか?恐らくそれは正しい。


 エルフは傲慢さ故に滅びた。世間一般ではそうなってはいる。冷酷な主人は奴隷を酷使し、その屍の上に帝国を打ち立てたからこそ、勇気ある奴隷の人類に滅ぼされたと。


 真実は、少し違う。人類帝国の上層には隠し続けていなければならない真実があるのだ。それは、我ら人類が愛玩動物だったと言う事だ。


 エルフは奴隷としてさえ、人類を認識していなかった。ただ、自分たちの永遠の生を慰める存在、弱弱しく、愛護してやらねば滅びる動物として我ら人類を扱っていたのだ。


 帝国のいや、人類の指導者層の殆どは、有力なエルフ帝国の貴族の家で飼われていた愛玩動物の末裔である、であるからこそ、主人を滅ぼした今でも、その血には、主人の首輪が掛かっている。


 エルフを憎みながらも、その言葉と文化を歪に継承し、与えられた信仰を守り続ける、消そうとしても消せない、主人への愛と憎しみが我らを形作っている。


 私は、皇族の身の上であるが、帝国等と言うボロ屋は潰れてしまえば良いと考えていた。精強を誇った軍は既に無く、残された土地は帝都ただ一つ、唯、奴隷の頭で有ったと言う、過去が我らを生き残らせている。


 私は放蕩者だ。人に言われたのではない、自分でも重々承知している、第三皇子の地位に有りながら、酒に浸り、酒場と女郎屋を巡る生活を、度々行ってきた、不出来な息子だ。


 しょうがないだろう。真実を知って猶、潰れ掛けた帝国の皇族でいると言う事は、道化と同じではないか?違うな、道化より悪い。我らは愛玩動物の王を誇っているのだ、其処に道化の諧謔味など有ろうはずもない。


 だからだろう。あの日、弟が放った刺客に殺されかけた夜、美しい雌猫に求婚したのは。あの日を思い出すと笑えて来る。正に狂気の沙汰だったな。


 妻たちも言っている、本当はあの場で始末するか迷っていたと。私は幸運なのかもれない。あの日であったエルフの双子、今では愛する妻 嫉妬深いのが玉に傷だが 達は私の頓智来な求婚を受けると、忽ち、私を袋詰めにして何処かへと持ち去った。


 解放されたのは、何処ともつかない、夢の庭、妻たちは唯入り江とだけ呼称する場所だった。


 「「母さん、こいつが気に入った。婿にするが良いか?」」


 衝撃的だなあれは、殺されると思ったが求婚は成功したのだ。エルフを同時に二人、それも双子を妻にしたのは、人類で私が最初だろう。


 義母に出会ったのは、その場だ。初めて会った義母は黄金の瞳を白黒させていた。後にも先にも、絶句した義母の顔を見た事は無い。


 「おっおう、、、、良いですよ、娘たち、しかし、何処から拾って来たのですか?」


 「襲われているのを助けたら求婚された」「私達を怖がらない人間は初めてだ」


 「こいつは良い夫になる、匂いも気に入った」「酒と諦観と絶望」


 「その匂いの何処に惹かれる要素が?」

 

 「知らない。でも気に入った」「こいつが初めての夫、私たちはそう決めた」


 「そ、そうですか、貴方たちが良いのなら、それで良いでしょう」


 「そこでへたばっている貴方、貴方も不運な人間さんですね。ともあれ、貴方はエルフの婿に強制的になりました。ようこそエルフの家族へ」


 そう言って、義母は私に微笑みかけた。それから楽しかったよ、何故か人間に混じり、裏町の酒場なんぞをやっている義母と妻たちとの生活は。冷たい蛇の巣で暮らしでは、体験出来なかった家族と言う物を始めて体験出来たのだから。

 

 だからなのだろう。私は義母に自分の身分を明かした。もしかしたら、私の中に流れる愛玩動物の血が、主人への忠誠を思い出したのかもしれないが。


 そこからはトントン拍子だ。義母は己の計画を私に披露し、私へ協力を求めた。エルフがまだ生き残り続けており、彼女の産んだ子供たちは遠く異郷の地で増え続けている。何時の日か彼らは現生人類の覆滅の為、動き出す、その片棒を担げと。


 私は乗った。元より帝国に未練など無い、酔生夢死の生き方をして、何時の日か、暗殺されるだけの生活を送るよりは、可愛い妻と壮大な計画の歯車になった方が面白い。主人を無くした愛玩動物の帝国等、派手に崩壊すればいいのだと、その時の私は考えたのだ。


 私の予想を超えて義母の行動は迅速だった神速と言っても良い。数年を経たない内に帝都は、信仰に目を輝かせる住民と、狂乱する狂信者の氾濫に覆われていた。


 「見なさい婿殿。人間さんがどれ程、道を見失っていたか分かる光景ではないですか?」


 裏町の教会に炊き出しに出ていた義母はそう言って、彼女の血の混じった酒で陶酔する、貧民の姿を見ていた。その目だ、その目が私には恐ろしい。


 彼女は人間を慈しんでいるのだろう。だがその愛は、迷える羊を見る狼の目ではないだろうか?人間の愛していると、虎狼の愛しているでは意味が違う。


 帝国を人類を売った私に選択肢はない。可愛い子供も生まれた、この子達は、義母の言う所ではハーフエルフで有ると言う。永遠の生ではなく、定命の人生を歩く存在なのだそうだ。


 それでも良い、何でもハーフエルフは五千年の齢を神から与えられているそうだ。義母の言う事だ真実なのだろう。


 義母は化け物だ。彼女の血は何時か人類を飲み込むだろう。そしてその過程で数多の血が流れ、幾つもの人類の血は絶える。だが良いのだ、少なくとも私の血はこの子達と共に、人間からは永遠とも言える数千年の人生を生きる。


 私にそれを最後まで見届ける権利は無い、私は所詮、義母が良く口に出す言葉で言う所の「人間さん」でしかない。


 そう、義母は化け物だ、だが家族に対する愛情は本物だ。我が血族よ、愛玩動物の血脈よ、遂に主人と一つになった血の大河よ、願わくば、永久に有らんことを。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう独白、大好物です
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