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十章 彼女と契約


「あ」

 愛理が、思わずそう呟くと、千風は、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、

「あぁあっ! 藤堂さんっ!」

 と、大声を出し、笑顔で駆け寄ってきた。

 拓真は千風に注意する。

「おい、千風。お客さんの前だ。静かにしろ」

 が、注意された千風は、全くその注意を意に介さず、愛理に近づいて、まくしたてる。

「どうしたんですか? ここにいるってことは何か困ったことがあったんですか? それなら私が何でも引き受けますよ! さぁ何ですか? 何でお困りなんですか? 遠慮せずにどうぞお話しください!」

「えっ? あ、あの、ちょっ……」

 妙に人懐こい犬に、足元をまとわりつかれるような感覚に陥る千風の懐き具合に、愛理は困惑してしまう。

 見るに見かねた拓真が、千風に対して、

 ガンッ!

「きゃうんっ!」

 鉄拳制裁をお見舞いする。

「静かにしろって言ってんだろ! 藤堂さんも困ってんだろ! 少しは落ち着け! あと、お前は仕事から帰ってきたんだから、まずは報告だろうがっ!」

 鬼のような形相で、千風を折檻する拓真。

 おかげで、愛理は、すっかり置いてけぼりである。

「あぁ、すみませんね、藤堂さん」

 痛みで蹲る千風を無視して、拓真は愛理に話しかける。

「あ、いえ、その……いいんですか?彼女……」

 千風を心配する愛理に、拓真は、気にしないでください、と言って、書類の山の中から何かを探し始める。

 やがて、一枚の書類を取り出し、愛理の元に差し出す。

「お話は分かりました。あなたに起きた奇妙な出来事の真相解明および真相解明までの間のあなたの警護、ということで依頼内容はよろしいでしょうか?」

「えっ? あ、あの、信じてくれるんですか?」

 確証も何もない愛理の話を聞いて、簡単に依頼を引き受けてくれた拓真に、愛理は驚く。

「信じるも何も、私どもの仕事は、依頼主の悩みや厄介ごとを解消することです。たとえ、結果があなたの勘違いだったとしても、あなたが納得して、悩みを解消していただければ、私たちはそれでいいのです。もし、冷やかしだったとしても、冷やかしと判明するまでは、契約を打ち切ることもありません」

 淡々と語る拓真は、書類を指差して、会話を続ける。

「これは契約書です。もし、冷やかしだと判明すれば、証拠を突きつけて、契約を破棄することや、緊急時はうちの所員の判断を最優先してもらうことなどを、条件として明記してあります。この条件を受け入れてくださるなら、ここにフルネームでサインをお願いします」

 愛理は、契約書の条件を読む。

 拓真が説明したこと以外には、緊急時以外には、依頼主の自由な行動を保障することや、代金は成功報酬のみをいただくことなどが書かれていた。

 愛理は、一瞬考える。

 他に、こんな依頼を無償で引き受けてくれる事業はないだろう。実際に、愛理の気のせいである可能性もないことはないのだ。なのに、この《神城トラブルバスターズ》の所長は、それでもいい、と言ってくれている。

 愛理は、決心して、契約書に自分の名前を書き込んだ。

 そして、それを拓真に渡す。

「ありがとうございます、それでは、手始めに……おい、千風!」

 契約書を受け取ると、拓真は、千風に声をかける。

 当の千風は、まだ頭を擦りながら、蹲っている。

「おい! とっとと仕事の報告をしろ!」

 その千風に、怒号を飛ばす拓真。

 千風は、少し不満げだったが、

「任務は滞りなく終了しました。無事、目標を保護して、依頼主の下に送り届けました」

 と、報告して、なにやら書類を提出した。

 拓真は、書類を確認する。

「――よし。確かに、完了してるな。んじゃ、上に行って、盗聴発見器、借りて来い」

 書類を確認した後、拓真は、親指で天井を指すジェスチャーをして、千風に新たな命令をする。

「了解しました、おにいちゃ……じゃなくて、所長!」

 そう言って、ドアを開けて出て行く千風。

 どうやら、外の階段を使って、上の階に行ったらしい。

「――あいつは……いつまで経っても言い間違いやがる」

 拓真が、ぶつぶつと文句を言っている。

「と、盗聴発見器って……?」

 愛理は、気になった道具の名前を口に出した。

「あぁ、名のとおり、盗聴器を発見する機械です。上の階に住んでいる知り合いが作ったもので、最近、警察なんかでも使われて、大きな成果を挙げているものです」

 拓真が、そのような説明をしてくれた。

「それが何に必要なんですか?」

「あなたの食器を洗ったりしたのが、もし悪質なストーカーだったら、盗聴器をどこかに仕掛けている可能性がありますからね。もしかしたら、あなたの衣服なんかにも仕掛けられている可能性もあるんで、調べてみる必要があると、判断しました」

 拓真の語った、盗聴発見器とやらが必要な理由を聞いて、おぞましい悪寒がした愛理は、思わず、来ていたコートを脱ぎ去って、放り投げた。

「あくまで可能性です。仕掛けられているとは限りません」

 拓真は、そのコートを拾って、愛理の向かい側のソファーに置いた。

 やがて、千風が戻ってきた。

「借りてきました~!」

「よし、それで、藤堂さんの衣服に、盗聴器がないか、調べよう。よろしいですね? 藤堂さん?」

 拓真の確認に、頷く愛理。

 そして、改めて、その盗聴発見器とやらを見てみる。

 形状は、掃除機のような形をしていている。ただ、掃除機でいう本体の部分が、小型のラジオくらいの大きさだった。

「これで、盗聴器が発見できるんですか?」

 愛理は、少し不安になって、拓真に尋ねる。

「えぇ。警視庁のお墨付きのものです。ご安心を」

 と、拓真は、愛理の不安を和らげる発言をする。

「凄いんですね。こんな機械が作れるなんて……これを作った、上の階に住んでいる人は、ここの従業員の方なんですか?」

「いいえ、ただの友人です。ときたま、発明品を貸してもらっているんです。凄いことは凄いんですが、ちょっと、性格に問題がありまして……」

「……?」

 拓真の言ったことが気になった愛理だったが、

「では、調べさせていただきま~す。手を上げておいてくださ~い」

 と、千風が機械を持って近づいてきたので、言われたとおりに手を上げる。

「あ、あと金属は外してくださいね。金属があると、機械が故障して爆発しちゃうそうなんで」

「あ、は、い!? ほ、本当ですか!?」

 千風の一言に驚く愛理。

 すかさず、拓真が、

「いや、嘘です。嘘」

 と、訂正する。

「えぇ!? でも、この前、使い方を麻生さんに聞いたときには、そう言ってたよ?」

 今度は、千風が驚いている。

「……お前、普通に騙されてるぞ」

 拓真が、呆れたように肩を落として、千風に言う。千風は、騙された悔しさと、愛理にその嘘の説明をしてしまった恥ずかしさからか、顔を赤くしている。

「――と、まぁ、人をからかうのが趣味みたいな奴なんですよ」

 拓真が、そのように、愛理に説明する。

 なるほど、上の階に住んでいる人は、麻生という名字で、人(主に千風)をからかうのが趣味らしい。

 千風は、何とか気を取り直して、機械によるチェックを行う。

 愛理は、制服とコートをチェックしてもらったが、いずれにも反応はないようだった。

「どうやら、今着ているものには、盗聴器は仕掛けられていないようですね」

 拓真が結論付けると、愛理は安堵のため息をつく。

「――では、藤堂さん。あなたをお守りし、真相を解明する所員を選んでいただきたいのですが……」

 拓真は、もう次の作業に移っていた。なにやら、誰かの顔写真と簡単なプロフィールが書かれた何枚かの書類が、ソファーに挟まれたテーブルの上に置かれていた。

「えぇぇぇっ!?」

 突然、困惑の声をあげる千風。拓真は、その千風を睨んで、言う。

「何だ、いきなり?」

「わ、私じゃないの? その仕事……」

 どうやら、千風の中では、自分の仕事であることが決まっていたようだ。

 しかし、拓真は、

「藤堂さんに選ぶ権利がある。お前が勝手に決めることじゃない」

 と、千風の考えを一蹴する。

 しゅん、と落ち込んでしまった千風を無視して、拓真は、愛理に書類を渡す。

「どうぞ、うちの所員たちのデータです。ご自由にお選びください。何人でも構いませんよ」

 愛理は書類を受け取ったが、疑問を口にする。

「あの、今いない人たちは、仕事でいないんじゃあ……」

 他の仕事をしているのに、さらに愛理を守る仕事をさせるのか、という疑問だ。

 それに、拓真が答える。

「大丈夫です。今いない所員も、今日までの任務となっているので、九時頃には戻ってきます。あと三十分ほど待っていただくことになりますが、全員が、あなたの護衛と真相解明に専念できる状態です」

「そうですか……」

 愛理は、それを聞いて、書類に目を通そうとするが、後ろから視線を感じた。

 ちらっ、と後ろを見てみると、まるで、ペットショップで一匹だけ売れ残ってしまった犬が、客を見るような視線を愛理に送る千風がいた。

「……」

 無言で見つめ続ける千風。

「…………」

 ひたすら、無言で見つめ続ける千風。

「――邪魔なようなら、追い出しますが?」

 拓真が愛理に声をかける。

 表情は笑っているが、こめかみがピクピク動いている。相当、怒っているようだった。

「あ、いえ……」

 愛理は、そこまでしなくてもいい、と拓真に示し、目線を書類に戻す。

 どうやら、小春の言っていた通り、女性は千風しかいないらしい。

 愛理は、その千風のプロフィールを読む。

 神城千風、十七歳。愛理と同い年であるようだ。

 身長や体重も書かれていたが、別にどうでもいいことだと、愛理は読み流す。

 特技は、格闘技となっている。空手、柔道、ともに段位持ちと書かれていた。愛理は、もう一度、千風の方を見て、

(……段位持ちには、見えないなぁ)

 と、素直な感想を浮かべる。

 千風は、捨てられる直前の子犬のような目で、愛理を見つめている。

 愛理は、なんとか視線を再度、書類に戻す。

 そして、こんな記述を見つけた。

『天恵受者―天恵名《再生》』

(天恵受者…だったんだ)

 愛理は、改めて、千風という少女を見る。

「……?」

 千風は、愛理の、自身を見る目がさっきまでと違うことを感じ取ったのか、不思議そうな顔をした。

 愛理は、千風を見ながら、考える。

 この、目の前の天恵受者である少女には、この世界が、どのように見えているのだろうか?

 小春は言った。友達になることに、天恵を持っているかなど、関係ないことだ、と。

 愛理もそう思う。目の前の少女が、天恵受者であることを知ったが、はっきり言って、そんなことはどうでもいい、と思っている。

 愛理が気になったのは、天恵受者である、少女自身の考えであった。

 少女は、自分が天恵受者であることをどう思い、天恵を持たない人と天恵受者との関係について、どんな意見を持っているのか。

 愛理は、それが知りたかった。

 持つものと持たざるもの、相互が理解しあうためには、腹を割った話し合いが、必要である。

 だが、現実には、そんな話し合いは不可能に近い。天恵受者と、普通の人間の間にある溝は、どうしようもなく深い。

 だが、愛理は、この少女となら、本心での会話が出来るのではないか、と予感していた。何故、そんな風に感じたかは、分からない。ただ、少女は、愛理の友人である小春と同じように本音で接してくれそうな気がしたのだ。

 簡単に言うと、愛理は、千風と友達になりたかった。天恵受者だからという理由だけではなく、ただ、彼女のことをもっと知りたい、と思ったのだ。

「神城、拓真さん……」

 千風を見つめたまま、愛理は拓真に話しかける。

「はい? なんでしょうか?」

「私は、神城千風さんに、この件をお願いしたいです」

 愛理がそう告げると、千風は目を丸くさせて、驚いた。

 拓真は、確認を取る。

「――よろしいんですか?」

 愛理は、今度は拓真の方に向き直って、

「はい。神城千風さんを指名します」

 と、言った。

「……分かりました」

 拓真はそう言ったあと、千風に対して、こっちへ来い、というジェスチャーをする。

 本当に指名されたことに驚いていた千風だったが、拓真に呼ばれたのに気付き、従う。

 そして、拓真の横で愛理と向き合う千風。

「後の説明は彼女に任せます。分からないことなどは、遠慮なく彼女に聞いてください」

 拓真は、そう言って、千風以外の所員のプロフィールが書かれた書類を持って、奥のデスクに戻った。

 すると、千風は背筋を伸ばしてから、深々とお辞儀をしてから、

「神城千風です。ご依頼いただき、ありがとうございます! 依頼主さまの不安が解消するまで、全身全霊を以って、お仕えさせていただきます! どうぞ、よろしくお願いします!」

 と、改めて自己紹介と、意気込みを語った。

 愛理は、どう返そうか、一瞬、迷ったが、

「……藤堂愛理です。よろしく」

 と、自分も改めて、自己紹介をし、右手を相手に差し出した。

「!」

 愛理の意図が分かった千風は、笑顔を浮かべて、自分も右手を差し出す。

 そして、二人は握手を交わした。



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