007-4
二つ返事。
即断即決、こちらの意図を先取りしたかのような答えだった。
「む、無理って……まだ私たち、何も言ってませんよね?」
流石のニューヨークも予想だにしない返答に驚いたのか、そんな反応をしてしまう。見た目年頃の女の子に若干不審がられているわけだが、当の無作為は気にする様子もなかった。
「君たちの話を聞いて、大まかな流れは汲んだつもりだよ。要するに、君は遠い星から来た宇宙人で、何故かはわからないけど顔も知らぬ相手に命を突け狙われていて、遂に追いつめられるところまで追い詰められちゃったから何とかしてほしい――こんなところだろう?」
「……ああ」
気持ち悪いくらいに的を射ていた。
玄関で殺されかけた話は、無作為がラーメンを作っている間にニューヨークと二人で話していた内容であり、盗み聞きしようと思えばできるような声のボリュームではあったが、奥まった厨房で調理しながら聞き取ろうと思うとなかなか難しいように思える。つまりさわりの部分しか聞いていないはずなのだが、それでも尚、全てを汲んだ上での返答なのだろう。
一を聞いて百、いや千ぐらい知ってそうな感じだ。
こいつ、本当に精心系超能者なんじゃないのか……?
「と言うかお前。話した時点では突っ込まなかったけれど、ニューヨークが宇宙人だっていう事も、普通に受け入れちゃってるじゃないか」
そう。なんとこの男、僕がニューヨークを紹介する時に、面白半分で「この子はニューヨーク。宇宙人で魔法使いだ」って言っても「へえ。よろしく」と、さも当たり前の世に返してきたのだ。こちらとしてはギャグが滑った時の悲壮感を感じるより先に、あまりにも当たり前のような扱い過ぎて宇宙人を珍しがってる自分の方が頭がおかしいのかと、自身の正気を疑ったくらいだ。
「え? 何、嘘なの?」
「いや、嘘じゃないけど……そういう問題じゃなくて、宇宙人の存在を疑わないのかって話なんだけど」
「疑うも何も、宇宙人はいるでしょ。え、新垣くん。その年にもなって宇宙人を疑ってるの? やだなーもう」
「その年にもなってサンタさん信じてるの? みたいな口調で聞くんじゃねえ。出会ったこともない存在をどう信じるって言うんだよ」
「サンタさんも存在してるけどね。そんなこと言ったって、出会ったこともないインド人の存在を君は信じているだろう? いや、違うな。信じるか信じないかの話じゃないのか。新垣くん的にはインド人って、存在を聞くより先に見てると思うんだよね。テレビとか教科書とかで本物を見てるから、信じる信じない以前の話だと思うんだよ――で、僕からすれば、宇宙人とか魔法使いって言うのもその類だったってわけ」
「はあ……はあ? 何だお前、じゃあ宇宙人や魔法使いを、見たことがあるって言うのかよ」
「もちろん」
息をするように嘘を吐く無作為――いや、どうだろう。彼のことだから本当のことかもしれないけれど、そこを掘り下げていくと僕のちっぽけな人間性が露骨に浮き彫りになりそうなので、これ以上の詮索は控えておくとしよう。
「……じゃあ、もういいよ。ニューヨークは宇宙人で魔法使い、それを受け入れてくれてるって言うんなら、何よりだ」
「そうかい? そもそも、その耳と尻尾と服装を見れば、宇宙人を見たことがない人でもその場で信じそうなものだけどね」
「そんな単純なものでもないだろ」
とは言え実際、それで信じたのが僕と叶夢である。それを言うと馬鹿にされそうだから黙っておくけど。
「あ――あの」
と。
ニューヨークは真剣そうに、けれど仄かに明るい目をして、無作為に声をかける。
「どうして、無理なんですか? 私を助けるのは、どうして」
「だって、君を助けるって言ったのは新垣くんだろう? 僕が横槍を入れるべきじゃない。それにそんなの、新垣くんのためにならないからね」
「蓼疾さんの――ため」
ニューヨークは不安げに僕の顔を覗き込んでくる――僕はたまらず、
「いやいや、無作為。彼女の手助けを肩代わりしてもらいたいわけじゃない。ただ、その追手に対する対処みたいなのを、お前のお得意の知恵を借りに来ただけなんだ」
「それ、僕にメリットがないじゃん。新垣くんの身に何かあったら、そりゃあ僕だって全力で助けてあげるよ? でも、君が自ら首を突っ込んだって言うんなら、その限りではない。首を狩り取るのが大好きな相手に、自ら首を突っ込むだなんて、本当に君は面白いんだから――それでも君のことは助けるけれど、宇宙人ちゃんまで構ってる暇はないよ」
「……そんな、冷たい言い方を」
「第一」
僕の言葉をわざと遮って、無作為は僕ではなく――ニューヨークへ視線を送った。
「君、隠し事をしてるんじゃない?」
「え」
唐突に。
不意に、無作為はそう言った。
「隠し……事、ですか?」
「うん」
無作為は言う。
「隠しているつもりもないのかもしれないけどね。言う必要もない、直接関係あるわけじゃないから黙っておいても支障はない――って感じなのかもしれない。けど、顔に書いてある」
「顔に……」
「『私は重大な秘密を抱えています』――ってね」
ヘラヘラした口調は相変わらず。
掴みどころのない内容も変わらず――無作為はそんなことを言った。
「……なんだよ」
俯くニューヨークを見ていられなくなり、つい僕が反論してしまう。
「なんだよ、隠し事って――まさか、ニューヨークはやっぱり宇宙人じゃなかった、とかか?」
「はー。はー呆れた。新垣くんは想像を超える馬鹿だよね。大馬鹿。馬鹿者。大見得切って助けるって言っておきながら結局大人を頼って、落ち込んだ女の子を庇うためにヒーロー気取って、勘のいい主人公を真似して的外れなことを言ってさ。馬鹿者って言うより愚か者かな。宇宙人はいるんだって、さっきその話はオチが付いたじゃないか。尻尾の生えている地球人を、君は見たことがあるのかい? サイヤ人ですら宇宙人だって言うのに。そうじゃなくてさ。僕より詳しく聞いてるんだったら、大体、君の方こそおかしいって思わなかったのかよ」
「おかしいって、だから何を」
「命を」
ピシャリと。
僕の言葉をあからさまに遮って、無作為は言う。
「命を狙われるのに、理由がないわけなくない?」
僕ではなく、ニューヨークに視線を移して、無作為は言った。
「理由って――そんなの、ニューヨークも分からないんじゃないのか? だって、いきなり突然現れて、命令であなたを殺しに来ましたって言われて」
「それ」
まるで。
僕がそう言うのを待っていたかのように――狙い撃ちするかのように、シグマはそこで僕の発言を遮った。
「命令って、誰のだよ」
「…………?」
それは、あまりにも至極当然の疑問で――抱いて当然の疑念で、だからこそ、そこを指摘された僕は、口籠ってしまった。
悪手である。
お喋りな剽軽おやじの前で口籠ることは、相手にその場の空気を明け渡すのとほぼ同意犠だ。
「宇宙人ちゃんを殺すように、誰かが命令した――つまり、その人は宇宙人ちゃんを知っている。簡単なことだろ。わざとらしく傍点を振ったり二重線を引く必要もない。至極単純なことだ。命令を受けたから殺しに来たって、その殺し屋さん本人も言っていたんだろう? 随分と親切なことじゃないか。なのにそこに疑問を抱かないなんて、全くどうかしてるよね。問題文に答えが書いてあるのに答えがわからないって言っているのと同じようなものだろ。新垣くん、国語の成績良いはずだよね? だったら、登場人物の会話にはもっと注意していかないと」
面倒くさそうに。
なんでこんなことをいちいち説明しなければいけないのか――まさにそんな調子で、無作為は僕を責め立てる。僕は思わず委縮してしまって――そして、成る程確かにと、あろうことか納得してしまった。
そう言えば、追われている理由を聞いていなかった。
地球に来た理由を聞いただけであって、彼女が追手に狙われている理由を、そう言えば詳しく聞いていなかった。ある日突然現れて、ある日突然命を狙われて――そこの部分を、起承転結の起の部分なんだと思って聞いていたけれど。
もしも。
それ以前があるとすれば。
ある日突然、追手に命を狙われた――それが、承句なんだったとしたら。
そう言えば、だ。
そう言えば――コロンビーナも言っていた。
本当に。
全く何も知らない――なんてことはないでしょう。
「それとさ。もう一つあるんだけど」
と。
僕が散らばった思考を順序立てて整理しているところで、無作為が更なる追い打ちを試みた。
「……なんだよ。まだ何かあるのか?」
「まあね。気になっていること、とでも言った方が良いのかもしれないけど――宇宙人ちゃん」
「は、はい」
突然呼ばれて、ニューヨークがびくっと肩を震わせる。
「君は、こんなところで何やってるの?」
へらへらと、実に軽薄な調子の無作為に少し苛立ちを覚えそうに――なんだって?
こんなところで何やってるの、だって?
「……無作為。お前、実は僕の話を聞いていなかったのか? だからお前に協力してもらおうと」
「そうじゃなくてさ。はあ、新垣くんは全てを順序立てて説明しないと理解してもらえないのかなぁ」
ボリボリを頭を搔き毟り、無作為は気怠さを露にする。
「その追手に、場所を特定されちゃってるんでしょ? 今夜零時に、身柄を引き渡さなくちゃいけなくなったんでしょ? そこの不甲斐ない新垣くんが、自分の命と引き換えに君を明け渡す約束をしちゃったんでしょ? だったら、今すぐにでも逃げなきゃいけない状況なんじゃないの? その転移魔能とやらで、地球に来たみたいに、地球から遠く離れた場所に、逃げた方がいいんじゃないの?」
聞いてみれば、それは――それは、至極真っ当な質問だった。だから、どうして僕がそこに気が付かなかったのか、不自然すぎるほどのまともな質問。
「言っておくけど、新垣くんに戦闘力はないよ。皆無と言ってもいい。あの幼馴染ちゃんならまだ幾分か戦えるかもしれないけど、彼女だって普通の女子高生だ。戦闘慣れしている殺戮宇宙人と、どうしてそもそも戦おうとしているんだよ。君がさっさと転移魔能かなんかで、どっかに転移していなくなっちゃえば、取り敢えず君は助かるんじゃないの?」
優雅にラーメン食べてる場合じゃないでしょ。
とても冷たい台詞だったと思う――けれど、何故だか僕はニューヨークを咄嗟に擁護できなかった。
納得してしまった。
確かに、と――そう言えば、と思ってしまった。
抱くべき疑念。
何かが引っかかる。
上手く点と点が繋がらない――全てを繋げても、不完全な姿になっている。
全ての点が見えていない感じ。
隠されている点がある。
僕は。
僕は、何も反論できず――ただニューヨークを見ることしかできなかった。
「……………………」
ニューヨークは下を向き、黙り込む。夕日が差し込む後頭部と影を帯びた顔面が対照的で、まるで陰陽のようだった。
その沈黙は、肯定の合図であると捉えるには、随分わかりやすかった。
「蓼疾さん」
やがて、彼女は徐に顔を上げ、口を開く。
「蓼疾さん――ごめんなさい。私、隠していることがありました」
外で烏がけたたましく鳴いている。
不吉の前触れを知らせるかのように。
ニューヨークは、残ったスープに映る自分の顔を、遠くを見つめるように眺めながら言う。
私は。
私は。
「私は――禁忌を犯しました」
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