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魔法少女は無能に縋る  作者: ねこともさん
始ノ話 にゅーよーくエイリアン
16/29

007-2

「コロンビーナ・コスモス」



 薄汚いラーメン屋のカウンター席に腰掛けている美少女・ニューヨークは、やや神妙な顔つきでその名を口にした。



「出会った時に、そう名乗っていました。名も知らぬ相手に殺されるのは流石に可哀想だし――と。それを言うのなら、可哀想と思ってくれているのなら、私なんて見逃してくれればよかったんですけれど……」



 厨房の奥からは強烈な油の匂いが流れてくる。立ち込めている、と言い換えた方が適切かもしれない。チカチカと点滅を繰り返して寿命を知らせる二、三個の店内照明に目を曇らせながら、僕は隣に座るニューヨークからそんなことを聞いていた。


 コロンビーナ・コスモス――と、言うらしい。


 昼間の来訪者。突然の訪問者。ニューヨークを狙う暗殺者。


 ニューヨークを突け狙う――悪逆非道の追跡者。



「あの日は、本当に何でもない日だったんです――彼女は、私の前に突然現れました。突然現れて、首にナイフを宛がわれて、体の自由を奪われて、思考の余地すら奪われて。『あなたの首を狩り取りに来たわ』と、ひどく冷めきった声で、そう言われたんです」



 裏路地の更に入り組んだ先にある、店名の看板すら掲げられていないボロボロの外観をした木組みの建物。立て付けが悪く開けるのも閉めるのも一苦労な入り口と、踏むとこ歩くとこどこかしこから軋む音が聞こえるほど年季を感じさせる木造建築は、間違いなくニューヨークのような目立つ外見の美少女を連れ込んではいけない建物であり、もしここに入るところを誰かに見られていたら、事案として通報されるかもしれない――僕たちが今いる建物は、そういうところであった。


 あと、素人ですら一目でわかってしまう程に火災の危険性を孕んでおり、出来れば叶夢には近付いてすらほしくない感じだった。



「でも、今こうして生きているってことは、なんとかその場を逃れたってことなのか? それとも、実はもう死んでしまっているとか」


「あはは。ということは私、蓼疾さんから見たら、宇宙人で魔法使いで美少女で悲劇のヒロインで幽霊で、属性てんこ盛りですね」


「お前、今自分で美少女って言ったか?」


 意外とそう言う冗談も言うんだな、などと感心してしまう僕であったが、そんな僕に対して、



「おいおい新垣くん。女の子に対してそんなことは言うもんじゃないだろ。女の子としか仲良くなれない、君らしからぬ発言じゃないか」



 なんて軽口が、厨房の奥から飛んできた。


 鼻で笑ってしまいそうになるほど、軽佻で淡白な声色だった。


「誰が女の子としか仲良くなれないだ。安い大学のサークル代表みたいなキャラ付けをするんじゃねえ――無作為(むさくい)


 厨房の奥からのそのそと現れた不潔な男に、僕は乱暴な言葉を投げつける。



 無作為シグマ。



 ふざけているようにしか聞こえない名前であるが、どうにも実名らしい。染めてからだいぶ経ったのか少し褪せた金髪を、切りに行く時間がないのか金がないのかすら不明なほど不清に伸び切った長髪を、後ろでルーズに下の方で縛りまとめている、見た目が怪しすぎる年齢不詳のおっさんだ。今現在、僕も外行きの格好なので後ろで髪をまとめているが、彼の場合は僕と比べ物にならない長さになっていて、しかも手入れをしている様子も見受けられず、叶夢曰く「顔はいいけどそれを全て消し去るほどの不潔さを感じる」らしい。確かに掘りの深い顔立ちをしていて整ってはいるが、ボッサボサに伸びた武将髭やいつも同じヨレヨレのワイシャツスラックスが、一層その雰囲気を強めていると言えよう。そんなスーツ姿でありながらも、一応はスーツ姿であるくせに履いているのは下駄というところが、より一層不快な雰囲気を醸し出していると言える。


 一言で言えば、不審者そのものだった。


 ヤクザにも見えるし、マフィアにも見えるし、ホームレスにも見える――そして実際、彼はホームレスにほぼ等しい生活を送っているのだった。


「ホームレスじゃないよ。ちゃんとこの廃屋に住み着いているじゃないか」


「それを世間ではホームレスって言うんだよ」


「そうかな? じゃあそうなんだろうね。別にホームレスでも困ることはないよ。住民票が発行できないとか、身分を証明するものがないとか、そのくらいさ」


「困ることしかない」


「でもそれって、実質生死不明みたいなもんだろ? 僕としてはその方が有難いよ。調理師免許もなしにこんなところでラーメンを提供しているなんてバレた日には、流石に肝が冷えちゃうかも」


 身も蓋もない発言を繰り出しながら、「へい、お待ち」とそれっぽい台詞と共に無作為はラーメンを運んできた。


「鉄とラーメンは熱いうちに、ってね」


「何言ってんだお前」


 僕とニューヨークの前に、それぞれラーメンが提供された。ラーメン好きの僕から言わせてもらえば、彼が作ったラーメンは、中々美味しいという感想を抱いている。油マシマシ太麺固め、チャーシューが五枚乗って一杯千円、味は少し濃い目、所謂家系に少し寄せてあるようなそうでないような、そんな感じの、つまり普通のラーメン。ここに拘って粘着する必要も取り立ててないのだが、無作為の店(店と呼んでいいかも微妙なラインだが)ということで、最近はラーメンと言えばここに足を運んでしまっているのであった。


 家からそう遠くないというのも利点である。


 普通に美味しいし、便利な店だ。いや、店かどうかはだから怪しいけど。


「お昼に食べたのとは大違いですね……これも三分でできちゃうんですか?」


 ガレギオンにはラーメンという食文化がそもそもないのだろうか、山のように盛られた萌やしを前に目を丸くして驚いていた。


「そそ。これもお湯を入れて三分でできちゃうんだ。後でやってみるかい?」


「適当なことばかり言うな……って言うかニューヨーク。ぶっちゃけた話、食べれるのか?」


「? どうしてですか? 私、好き嫌いはありませんが」



「いやそうじゃなくて。お前、あの後二個もカップ麺食べてたじゃないか」



 そう。


 馬鹿なんじゃないかとも思えるし、要求された時は実際に馬鹿なんじゃないのかとつい言ってしまったけれど、僕の指の再生を見た後に、ニューヨークはぐ~っとお腹からそんな切ない音を響かせたのだった。つい数分前に、見ていて胸やけがする量の焼き飯を食べたばかりだというのに、である。消化音か何かかと思って問うてみれば「えへへ……お腹がすいちゃいまして」と言われ、ずっこけながら家を漁って出てきたカップ麺を取り敢えず二つ、提供したのだった。


 僕の指を見ておなかを空かせたのかと思った。


 生えてくるとは言っても食材提供したくはない……しかし、口では迷惑をかけられないとか言っておいて、しっかり食べ物の要求はしてくる子だった。いやまあ、食べ物くらいならいくらでも上げるけれど。



 けれど、その上で更にこれを完食するなんて、流石に無茶が過ぎるんじゃないだろうか……夕飯時ということもあり、決して大食いではない僕であってもこのくらいの量なら普通に完食できるが、ニューヨークの外見はこんな、油マシマシとは極めて縁遠いスタイルである。店の外観がどうとか言う話ではなく、そもそもラーメン屋のカウンター席に座るような見た目をしていないのだ。


「大丈夫ですよ。私、いっぱい食べるの得意なんです」


「得意ね……まあ、無理に完食しなくていいよ。きつかったら残していいだろうし」


「いえ! 食べ物を残すなんてあり得ません! ましてや、ご馳走になった物を残すなんて絶対にしないんですから!」


「そ、そう……」


 このラーメン、二杯とも僕持ち。


 男子高校生の財布は常に寂しいけれど、ニューヨークが無一文なのだから仕方がない。


「お二人はお知り合いなんですから、友達価格みたいなのにはならないんですか?」


「宇宙にも友達価格って概念があることに驚きだよ……いや、そういうのはないよ。そういうとこは、きっちりしないと」


「僕は別に、半額でもいいって言ってるんだけどねえ」


「半額とは言ってねえだろ。九百円って聞いたぞ」


「そうだっけ? けどまあ、それも断ったのは君じゃあないか」


「そりゃあ、その辺はきっちりしておきたいだろ……こんなんでも、感謝はしてるんだから」


「そう? 君がそう言うんなら、僕は別に構わないけど」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる無作為を、僕は適当に無視して割り箸を勢いよく割る。



 無作為シグマ。



 こんな見た目をしているが、こんな風貌をしているが、こんななりをしているが――こいつは、僕の命の恩人なのだ。


 命の恩人――まさしく、僕の命そのものを掌握している人だった。


 着せられる恩さえなければ、こんな胡散臭い人間と関わることなどお金を払ってでも遠慮しているだろうが、少なからず命を助けられている以上、僕がそこに恩を感じるのは当然であると言えよう。彼は別に、僕の命を助けたことについては大したことと思っていないようで、恩着せがましい態度をとったり見返りを求めてきたり、そういう事はまるでないのだけれど――だから、僕が勝手に恩を感じているだけともとれるけれど、それでも救われた物が命である以上、足元を掬われた僕が命を救われている以上、僕は生涯、彼に感謝し続けて生きていくことになるだろう。


 ここにラーメンを食べに来ているのも、友達価格を受け入れないのも、根底にはそういう背景があるからである。お礼にもならないし恩返しというわけでもないけれど、そうは言っても僕からの施しを一切受けようとしないこの浮浪者の、「お礼とかいいから、今度僕のラーメンを食べに来てよ」という言葉を律儀にとらえ、ある種の償い的な意味でも、僕はこうして週一くらいの頻度で足しげく通っているのだった。


 おかげで血糖値がみるみる上がる上がる。


 まあ、どうせ体に影響なんてないけれど。


最後までお読みいただき、心から感謝いたします。

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