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魔法少女は無能に縋る  作者: ねこともさん
始ノ話 にゅーよーくエイリアン
14/29

006-3

「…………時間を、くれないか」


 切れ込みの入った首に響く少しの痛みも気にせず、僕は震える声でそう告げる。


「あの子はお前に渡す。それはわかった。けれど、別れの時間くらいは貰えないだろうか――あの子に、少し情が移っているんだ」


 交渉を持ち掛ける。


 とても高尚な手段だとは到底思えない。言っていることは「彼女はどうなってもいいんで僕の命は助けてください」っていうのとさほど変わらないような内容だし、そんなことを言ってしまっている自分にも、そんなことを言わざるを得ない状況を作り出した自分にも、ありとあらゆる怒りがこみあげてくる。


「……………………」


 果たして、彼女にも慈悲はあったのか、僕の首に密着していたボウイナイフを離し、そのまま右腕をゆっくり下ろして――振った。


 腕を――軽く振った。


「……………………」


 腕というより手首か。手首をくいっと、内側から外側にかけてスイングするかのように振った。掃ったと、そう表現してもいいような、それは、軽い所作だった。


 早すぎて見えない、とかではない。


 本当に、振っただけ。


 ぽたっ、と、足元に何か落ちた音がした。


「――」


 見れば。



 指が二本、落ちていた。



「――!!」


 それを見た瞬間、それが誰のものであるかを即座に理解して――左手を上げてそこに薬指と小指がないのを確認するのと、電気でも流されたかのような鋭い痛みが左手に広がって来るのは、ほぼ同時だったと思う。


「……つっ!」


 思わず見とれてしまうほど綺麗な切断面を右手で押さえながら、なんとか声を我慢する。本当はしゃがみ込んで、何ならのたうち回りたいくらいの痛みを、歯を食いしばって必死にこらえる。彼女はそんな僕を一瞥し、僕の代わりにしゃがみこんだかと思いきや、それを――切り落とされた二本の指を、芋虫でも摘まみ上げるかのように拾った。


「声を上げないのね。見上げたものだわ」


 血塗れの指を少し眺めて、何故かそれを胸ポケットにしまい込む。集めているのは首じゃなかったのか――そんな軽口を叩けるほどの余裕は、当然ながら今の僕にはなかった。


「いいわ。坊やの男らしさに免じて、時間をあげましょう。別れの挨拶くらいはしておきたいでしょうし、ね」


 そう言って殺し屋はくるりと振り返り、


「この近くに、広めの公園があるでしょう? 今夜零時に、そこに彼女を連れてきなさいな。彼女一人でもいいし、同席したいって言うのなら坊やもいらっしゃい――約束を破ったら」


 そこで、ナイフを真っ直ぐ突きつけて――ポイント部分を僕の鼻先に当て、


「あなたの首も頂いちゃうから」


 そう言い残してから、かつ、かつ、と、足音を残して去って行ったのだった。



「……鎌鼬みてぇな奴だな」


 疾風の如く音もなく現れ、人を斬り付け、静かに去っていく。


 まさに妖怪のような存在――だとすればこの失われた指も、古い暦を黒焼きにしてから膏と混ぜて、それを湿布に塗布して傷口に貼れば生えてくるかもしれないが、しかしそんな七面倒くさいこと、僕に限ってはする必要はない。



「蓼疾さん」



 と。


 その鎌鼬が気が付けば影も形もなくなったところで、リビングから出てきたらしいニューヨークと叶夢にそんな風に声をかけられた。


「随分遅いじゃない。荷物受け取るのにどんだけ時間かかってんのよ」


「ああ、いや……」


「……え? え?」


 そこでニューヨークは、僕が左手を庇っていることに気が付いた。


 気が付いてしまった。



 その庇っている左手に、あるはずの指が二本、ないことに――気が付いてしまった。



「だ――大丈夫ですか!? それ……指、指が!」


「お……落ち着けニューヨーク。大丈夫だ、僕は何とも」


「何ともないわけないじゃないですか! 指が――指がないんですよ!」


 確かに、傍目から見れば納得のいく取り乱しようであった――僕と叶夢がやけに冷静なのが、だから、寧ろおかしいわけで。


 いや。


 叶夢は、冷静を装っているだけだろうが――うん、多分、後でこってり絞られるだろうな。


「ま、まさか、コロンビーナですか? あの人が来たんですか? い、いえ、今はそれより指です。待っててくださいね、蓼疾さん。す、すぐに、今の私にも使える回復魔能を探しますので」


「いや、本当に大丈夫だから……」


「大丈夫なわけがありますか! 指の二本くらい、安いモンとでも言うおつもりですか!?」


 そんなどこぞの海賊みたいな台詞が言えるくらいの器量があればなあ、と不意に思ってしまう。


「……ニューヨーク」


 僕は、慌てふためく彼女の肩を右手で勢いよく掴んだ。


「本当に大丈夫なんだ。取り敢えず落ち着いてくれ」


「で、ですから、落ち着いてなんかいられませんよ。私のせいで、蓼疾さんの指が――」


「大丈夫だ」


 大丈夫。


 大丈夫――そう。


 どこぞ海賊なんかでは、それこそないけれど。


 これくらいなら(、、、、、、、)僕は大丈夫(、、、、、)


 指の二本くらいなら――造作もないんだ。


「いや、いやいや蓼疾さん。指がなくなっちゃったんですよ? そんな、大丈夫なわけないじゃないですか。まるですぐ生えてくるみたいな言い方を――」


 そこまで言って。


 ニューヨークは、僕の左手を見て――固まった。


 絶句した。


「……え?」


 辛うじて、そんな、嗚咽にも似た、たった一言を吐き出すくらいだった。


 僕の左手を見て。


 僕の左手指を見て。


 凝視して。



「蓼疾さん、それって――それって、どう言う」



 どう言う事なんですか。


 そんなことを問われても、そんなことを問われるまでもない。


 僕の五指は、そこにあった。


 最初からそこにあったかのように。


 切り落とされてなど、いなかったように。



 何事もなかったかのように――再生していたのだ。


最後までお読みいただき、心から感謝いたします。

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