006-1
瞬間。
首筋に、ひんやりと冷たい何かが当てられた。
当てられた――否、宛がわれたと言った方が正しいか。
それは、ひどく冷たい物だった。
ひんやりとしていて、硬くて、冷たくて、鋭くて。
「こんにちは」
首筋のそれが、漆の様に黒光りした刃物であると気付いたのは、女性が声をかけてくるタイミングとほぼ同時だった。
ぴったりと。
パズルのピースでもはめるかのように、ぴったりと隙間なく、首筋とナイフが密着している。後ろに戻ることも前に進むことも――当然、声を上げることも、その一切を封じられている。
瞬く間に――この状況。
「あなた、この家の住人かしら?」
その女性は、柔らかい物腰で――そして、ひどく冷たい声でそう尋ねる。
冷徹で冷酷。
寒気がするような声色だった。
「……………………」
来客対応に出たのが僕で、本当に良かったと思ってしまう。
いや、一番いいのは居留守を使う事だったかもしれないけれど、しかしそれも今となっては正しい選択だったとは言い難い。人様の玄関先で遠慮なく刃物を突き出せるような人間だ、居留守と分かれば無許可で家内に上がり込んできてもおかしくはないだろう。
叶夢に変わって僕が出たことは英断であったと、自分を褒め称えてやりたかった。
「……な」
どうやら日本語は通じるらしい――僕は命懸けで、こちらに言葉を発する権利があるのか確認してみる。幸い、声を発することは許されているらしい。僕は生殺与奪を握られている状況を理解しつつも、
「何か……用ですか?」
と、そう聞き返した。
「質問に質問で返すなんて――マナーがなっていないのね」
「――!」
しまった、選択を間違えた。
殺される――そう覚悟したのだが、しかし早々に殺されるようなことはなかった。
「でもまあ、要件も言わずに訪ねたのは私だものね。ええ、坊やに落ち度はないわ」
意外に物分かりが良いのだろうか――ならばついでに、このナイフも下げてもらえると話しやすいのだけれど。
その女性は「でもね」と続けた。
「坊やに用があるわけじゃないのよ――亜麻色の髪と碧眼のガレギオン人、この家にいるわよね?」
「……………………」
聞かずとも。
聞くまでもなく、何の用かなんて、実際のところ想像はついていた――彼女のその容姿、大人の女性としては平均的くらいの身長に黒髪のボブカット、声色と同じくらい鋭く冷ややかな目元、一見して大人の女性という第一印象を受ける容姿をしているものの、大人の女性と言う割には服装がなんとも奇抜であった。その服は何故だか地球で言うところの制服に似ていて、というかまんま制服みたいなデザインだった。珍しい黒いワイシャツに赤色のプリーツスカート、首周りには濃い紅色のネクタイまでしてある――ただ、そこにアクセントと言うべきか蛇足と言うべきか、更に首周りには紫色のファーが巻き付けられており、おまけにどうしてだか、ワイシャツのボタンが全て空いているのだった。
前面全開。
ノーブラだった。
激しく動き回れば、と言うか強風が吹けば丸見えになってしまいそうな無防備な胸元に、こんな状況でさえなければ僕は釘付けになっていたであろう――しかし、今の僕が釘付けになっているのは、そんな劣情的な胸元では決してなかった。
角。
手羽先のような形状をした、くの字に折れ曲がった大きな角が、頭部、両目の上、額から二本、生えていたのだ。
綺麗なつくりをした顔の上に、場違いなほど武骨な鋭角。
無骨――まさに骨が変形して突き出たような色と質感だった。
異形という他ない、異質な容姿。
そして、ガレギオンという言葉の認知。
人間ではない。
いや、人間ではあるのだろう――だから訂正する。
地球人ではない。
つまり――ニューヨークと同じ、宇宙人だ。
最後までお読みいただき、心から感謝いたします。
感想、レビュー、ブクマ、評価お待ちしております。