005-6
一瞬の躊躇いもなかったと思う。
ニューヨークは、目を見開いていた。
「僕が死ぬことで、君が殺されずに済むのなら、僕は死ねる――そんなことで、君が追われる立場から解放されるというのなら、僕は喜んで死ねるさ」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」
叶夢は対して、とても不愉快そうな口調で僕にそう苦言を呈す。
まあ、聞いていて気持ちのいいものではないだろう。
「あんたを死なせないためにあたしがいんのよ。あたしの前で、そう易々と死ねると思わないことね」
「…………」
叶夢にこんなことを言わせてしまっている自分が不甲斐ない――一方で、ニューヨークはただ、こちらを真っ直ぐ見つめている。
「蓼疾さん――どうして」
「え?」
「どうして、そんなことが言えてしまうんですか? 死ぬって、死ねるって、死んだら終わりなんですよ? 全部、全部終わりなんです。命は一つしかない、命は誰かのためにあるものじゃないでしょう――それなのに、会ったばかりの私に対して、どうしてそんなことが……」
「どうしてって言われても……」
やや回答に困る質問ではあったが、嘘や屁理屈を並べるような場面でもないだろう。
「僕がそうしたいって思っただけだ」
僕は、思っていることを、そのまま回答として提出することにした。
「君が困っているように見えたから、放ってはおけないって、そう思ったんだ――同情とか哀憐とか、そう言うのでは決してなくって、ただ、純粋に」
僕の悪い癖とも言えよう。
或いは、一種の病気かもしれない。
「君を助けたいって――そう思ったんだ」
無能のくせに。
無力のくせに。
無謀にも、僕は、彼女の力になりたいと思った。
理由なんて、そんなものはない。
有難迷惑上等――僕が、そうしたいと思っただけなのだ。
「……り、蓼疾さん」
ニューヨークは、かなり困ったような、悩むような様子で、うう、と、何か考えているようだった――こんなことを言っておいてなんだが、僕は決して、彼女を困らせようと思って、手を貸そうとしたわけではない。本当に、貸し借りなしの、純粋な気持ちで、彼女の力になれればと思った次第である。そして同時に、それは押しつけがましい、ただのこちらの自己満足の自己犠牲であることは重々承知しているつもりだ。なので、それでも彼女が僕の申し出を断ると、僕に頼らずとも何とかするというのなら、もちろん気乗りはしないけれど、そこはやはり彼女の意思を第一に尊重して、僕は大人しく手を引っ込めようと、せめて姿が見えなくなるまでは手でも振って送り出そうと、そんなことを考えていると――。
唐突に。
ピンポーン、と――チャイムが鳴った。
「……………………」
無論、新垣家のチャイムに違いないのだが、何の前触れもなく、あまりにも唐突に鳴り響いたせいで、一瞬、本気で驚いてしまった。
チャイム音に本気で驚く男子高校生。
自宅のはずなんだけどなあ。
「あたしが出るわ」
「なんでだよ。いや本当になんでサラッと出ようとしてるんだお前は。ここの家主は僕だ」
「何よ。あたしに見られて困る物でも買ったわけ?」
「今更お前に見られて困る物なんてねえよ……悪いニューヨーク、ちょっと待っててくれ」
「は、はあ」
そう一声かけて、僕は来客対応をするためにリビングを後にする――が、実際問題、来客に心当たりは一切ない。叶夢はああ言っていたけれど、僕はここ数日、通販を利用した覚えはない。何かの懸賞に当選した覚えもないし、親戚からお歳暮が送られてくるという連絡もない。かと言って誰かが訪問するという報せも受けていないし、正真正銘、誰がうちに尋ねてきたのかは不明であった。
まさか、アポなしであいつが来るわけもあるまいし……いや、あいつだったら寧ろ、チャイムなど鳴らさずに入ってきそうなものだな――なんて、そんなこの場にいない恩人のことを適当に考えながら、はいはいと慌てている風を装って鍵を回し、玄関の扉を開ける。
「あら」
果たして。
扉の前に――見知らぬ女性が立っていた。
見知らぬ女性が佇んでいた。
女性には――角が生えていた。
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