底辺職『召喚士』が史上最強のSランクになるまで ~発見困難な『召喚スポット』を世界で唯一サーチできるようになったので、思う存分召喚獣や召喚武装と契約しまくって無双します~
「素材の換金をお願いします」
俺が言うと、冒険者ギルドの受付嬢は営業スマイルを浮かべた。
「かしこまりました。これは『ゴブリンの魔石』ですね。一個だけですか?」
「……はい。それだけです」
「かしこまりました。それではこちらが買い取り金の五百ユールです」
ギルドの受付嬢から、ゴブリンの魔石を売った金を受け取る。
すると建物のあちこちから馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。
「……おい、聞いたかよ。ロイのやつ、『ゴブリンの魔石』一個だとよ!」
「駆け出しでも十個は持ってくるぜ? 冒険者の面汚しもいいとこだ」
「言うなよ、あいつは『召喚士』なんだから。あれでも一生懸命頑張ってんだよ」
他の冒険者たちが俺を見て笑っていた。
思わずかっと頭に血が上りかけるが――仕方ないか、と冷静になる。
ゴブリンといえばこのあたりで出る最弱の魔物だ。はぎ取れる素材も質が悪く、普通の冒険者なら相手にもしない。
だが、俺にはそのくらいしか倒せないのだ。
なぜなら冒険者としての俺の職業は底辺と呼ばれるものだから。
(職業が『召喚士』じゃなかったらなあ……)
俺は内心で溜め息を吐きながら、冒険者ギルドを出た。
▽
冒険者になると『職業』を獲得することができる。
剣士、魔術師、盗賊……職業に色々と種類はあるが、中でも俺のような召喚士は最弱とされている。
理由は単純。
ほとんどの召喚士が何も召喚できないから。
……というと語弊があるが、だいたい合ってる。
というのも、召喚対象を確保するのがとんでもなく難しいのだ。召喚士の職業を得ても、召喚契約を結べなければ動物一匹呼び出せない。
具体的に俺のステータスがどうなっているかというと、
――――――――――
ロイ(召喚士)
▷魔術:【召喚】【送還】
▷スキル:【フィードバック】
▷召喚獣:なし
▷召喚武装:なし
――――――――――
……こんな感じである。
召喚対象ゼロ。召喚士は素のステータスが全職業の中で最も低いので、ほぼ一般人と変わらない。
なぜこんなことになっているのか?
これには召喚士という職業の仕様が関わっている。
召喚士が召喚契約を結ぶには、ある場所に行かなくてはならない。
それが『召喚スポット』だ。
この世界と異界をつなぐ場所であり、そこに直接訪れて召喚対象と契約する。それを繰り返して召喚士は強くなっていくわけだ。
だが――この『召喚スポット』はめちゃくちゃ見つけにくい。
かつて召喚士になったばかりの頃の俺にギルドの職員はこう説明した。
『召喚スポットは、なんかこう……ちょっと違うんですよ。一見すると普通の景色に見えるんですけど、じっと見てるとちょっと……景色が揺れるというか』
要するに、『召喚スポット』というのは普通の風景と区別がつかないということだ。
じっくり見れば見抜けるが、何の変哲もない場所を凝視する人間はいない。
おまけにどんな魔道具を用いても探知不可。
『召喚スポット』を見つけるのはそれはもう大変なのだ。
そして厄介なことに、『召喚スポット』は誰かが一度契約してしまうと消滅する。
召喚契約できるのは、最初にそのスポットを訪れた一人だけ。
後から行ってもスポットは消滅しており、召喚対象を見ることすらできない。
召喚契約は早い者勝ち。
ゆえに、他の召喚士はすべて召喚対象争奪の敵同士。
ただでさえ他の職業の連中からは馬鹿にされているのに、同職業でも手を取り合えないというのはシビア過ぎないか。
そんな事情があって、実際に召喚契約をしている召喚士は全体の二割以下。
召喚士が底辺職と呼ばれているのにはそういう事情があるのだった。
▽
「……ん?」
冒険者ギルドでゴブリンの魔石を換金した帰り道。
宿に戻るため路地裏を歩いていると、俺は前方に異様なものを発見した。
――なんか、人が地面に倒れている。
「お、おい。大丈夫か?」
駆け寄って声をかける。こんな場所で行き倒れているなんてただごとじゃない。
「うう……」
俺の声に反応したのか、倒れていた人物が顔を上げた。
それは珍しい白い髪の女の子だった。
それもかなりの美少女だ。大きな目は綺麗な青色で、目鼻立ちははっきりと整っている。
胴が見える短い上衣に、丈の短いパンツを合わせた露出の多い服装。そのくせなぜか首元にはマフラーを巻いている。
年は十四か十五くらいだろうか。
そんな美少女のお腹あたりから、きゅるるるるー、と悲しい音が鳴った。
「……お腹減った。ご飯奢ってぇ……」
「……」
どうやら空腹で倒れていたらしい。
「お兄さん頼むよー……このままじゃ飢え死にしそう……」
正直なところ放置したかったが、このまま放り捨てると真面目に人さらいに連れていかれそうだ。
仕方ない、このまま放っておくこともできないし……
「……高いのは駄目だぞ」
「えっ、いいの!」
俺が言うと、白い髪の少女は目を輝かせた。
そんなわけで、俺は行き倒れ少女に食べ物を与えるべく市場に向かうのだった。
▽
「あー、お腹いっぱい」
「それは良かったな」
白髪の少女は俺が買い与えたパンを食べ終えて満足そうに言った。
ちなみに市場に来るまでに自己紹介はすでに終わっている。
白髪の少女――リリーは、ぺこりと頭を下げてきた。
「助かったよ。お兄さんありがとう」
「どういたしまして。それより、何であんなところで行き倒れてたんだ?」
俺が尋ねるとリリーは少し考えてこう答えた。
「んー、調べものに夢中になっちゃって」
「調べもの?」
「まあね! 何しろ私情報屋だから。色々あるのさ」
「情報屋ねえ……」
「わーすごい胡散臭そうな顔してる」
不本意そうな顔をするリリー。いや、そりゃそんな顔にもなるだろう。
リリーはどう見ても年下だし、背伸びをしている子供を見ているような気分だ。
「あんな路地裏に何か調べるようなものがあったのか?」
「それは言えないね! 私から情報を買いたいならお代をいただかないと」
さっきお前が食った丸パンは誰が買ったと思っているんだ。
まあ、無理に知りたいわけでもないから別にいいんだが。
「そういえばお兄さんも冒険者なの?」
「そうだな。『も』ってことはリリーもそうなのか?」
「うん、盗賊」
盗賊は偵察・諜報に秀でた職業だ。職業補正によって敏捷性、器用さなどの能力が上昇する。
よく見れば服装も身軽な感じでそれっぽい。
まあ、情報屋を名乗るなら一番向いた職業ではあるだろう。
「お兄さんは?」
「召喚士」
「……ちなみに召喚契約の数は?」
「……ゼロだ」
「あー……大変だね、色々と」
憐れむような視線を向けられた。
召喚士の仕様は有名なのでこの反応も妥当といえるだろう。
「失礼を承知で聞くんだけど、お兄さんは何で冒険者なんてやってるの?」
「えらく直球で聞くな」
「だって召喚士ってありえないくらい不遇だもん。絶対もっと楽な仕事あると思うんだよね。農家とか職人とか」
「……」
「何か冒険者を続ける理由でもあるの?」
リリーの疑問はもっともだ。
召喚士なんて不遇職なのに危険な冒険者業を続けるなんてはっきり言って無謀である。
だが、俺には目的がある。
「俺はSランク冒険者を目指してるからな」
「…………えっ」
俺の言葉にリリーはぽかんと口を開いた。
「Sランクって、あのSランク?」
「他にないだろう」
「正気?」
「正気だ」
リリーがこんな反応をするのには理由がある。
まず、Sランク冒険者と言うのは滅多になれるものじゃない。現在では確か片手で数えられるくらいしかいなかったはずだ。
加えて。
冒険者ギルドの発足以来、召喚士でSランクまで上り詰めた人間は一人もいない。
「すごい大口叩くねお兄さん……召喚士でSランクとか」
「無謀なのは自分もわかってる。だが、これは譲れないんだ」
「何でSランクに? 名誉とか?」
「いや違う。Sランク冒険者には世界最高の斥候がいると聞いて、俺はどうしてもその人物に調査を依頼したいんだ」
Sランク冒険者の一人には凄腕の密偵がいるらしい。
その人物は貴族や王族といった権力者から膨大な依頼を受けているため、ただの一般人からの依頼を受け付けている暇がない。
だが、同じSランク冒険者ならその機会があるかもしれない。
「その人に会って、何を依頼したいの?」
「――俺の育ての親を殺した仇の調査だ」
俺の返答にリリーが息を呑んだ。
俺はもと孤児だ。ある人物によって拾われ、育てられた。
だが、その人物は何者かによって殺された。
俺は俺を育ててくれた人間の仇を討ちたい。冒険者になったのは、そのために情報を集めたかったからだ。
「名誉も金もどうでもいい。俺は育ての親の――爺さんの仇の情報を得るために、Sランクになって『世界一の斥候』に会う」
それが俺の目的。
不遇職だと馬鹿にされても冒険者を続ける理由である。
「…………ふぅ~~~~ん」
俺の宣言にリリーはすっと目を細めた。
まるで俺の真意を確かめるような瞳。
数秒そうしてから、リリーはにやりと笑った。
「お兄さん、変わってるね」
「無謀なのは自覚してる」
「いや、いいんじゃないかな。うん。そういうのって格好いいと思うよ」
うんうんと頷き、リリーは笑みを浮かべたままこんなことを言ってきた。
「まだ私パンのお礼してなかったよね」
「? ああ、気にしなくていいぞ。俺が勝手にやったことだし」
「そういうわけにもいかないよ。だからとっておきの情報をあげる」
「とっておきの情報?」
「耳貸して」
と、リリーはその小さな唇を俺の耳元に寄せてくる。
近くで揺れるさらさらの髪からいい匂いがして緊張する。なんで女ってこんなに良い匂いがするんだろうか。
しかし次の瞬間、まったく別の理由で心臓が跳ねた。
リリーが言ったのは以下の言葉だった。
「――この近くに、まだ誰も見つけてない召喚スポットがあるよ」
▽
というわけで。
俺はリリーに連れられて街の東に位置する森へとやってきた。
「ここでーす」
「ほ、本当にあっただと……」
森の奥にある洞窟の中。
そこには確かにギルド職員から聞いたような、『揺れる景色』があった。
ぱっと見はただの洞窟の風景。
しかしよくよく目を凝らして見ると、たまにもやがかかったように景色がブレるのだ。
間違いない。
正真正銘、本物の召喚スポットだ。
「……よく見つけたな、こんなの」
洞窟の中ということもあって大変見づらい。
よっぽど目がよくなければあんなもの見つけられないだろう。
「ただの偶然だよ。情報集めの途中でたまたま見つけたの」
「……」
「なに? 私の顔じっと見て」
「いや、情報屋って本当だったのかと思ってな」
「信じてなかったの!?」
心外そうな顔をするリリー。いや、いきなりそんなことを言われて信じろというほうが無理だと思う。
リリーが不満そうなにこっちを見ているがそれより召喚スポットだ。
本当に見つかるとは思わなかった。
これで『名ばかり召喚士』を卒業できる!
召喚スポットから目を離せずにいる俺に、リリーは溜め息を吐いた。
「っていうか、まだ喜ぶには早いんじゃない? 契約には『試練』のクリアが必要って聞いてるけど」
「……わかってる」
リリーの言う通り、召喚獣や召喚武装と契約するには、彼らの課してくる『試練』を達成させる必要がある。
試練の内容はさまざまだ。
その召喚獣自身を打ち負かすことだったり。
あるいは召喚士の知恵を試す謎かけだったり。
召喚スポットというのは、そういった試練を受けるための場でもあるのだ。
「まあ、何とかするさ。ようやく見つけた召喚スポットだ。絶対に契約してみせる」
「おお燃えてるねお兄さん。私は用があるからもう行くけど、頑張ってね」
「ああ。ありがとう」
俺の言葉にひらひら手を振ってリリーは洞窟を出て行った。
一人残された俺は召喚スポットに向き直る。
「さあ――やるぞ」
ギルドで聞いた試練を受ける手順は実に簡単だ。
目の前の空間の歪みに触れ、呪文を口にする。
「【我は汝との契約を望む】」
▽
目の前には青い真四角な通路が広がっていた。
壁や床には植物の葉脈のように発光する線がいくつも引かれている。
生物的な気配はなく、空気がひんやりとしている気がする。
「ここが『試練の間』か……」
周囲の景色が一気に変わった。話には聞いていたとはいえ、じかに体験してみるとなかなか衝撃的だ。
試練の間というのはその名の通り、契約の試練を行うための場所である。
契約の試練は現実ではなく、スポットの作り出す精神世界で行われる。だから挑戦者は精神体となってこの場に入り試練を受けることになる。
(精神体って言うからどんなものかと思っていたが……普通の体と大差ないな)
手を開閉したり、その場で軽く跳ねたりして体の調子を確かめる。
体感としては通常の肉体と変わらないようだ。
そんな感じで精神体の動作確認をしていると――脳内に声が響いた。
『試練に挑みし者よ。我が柄に手をかけてみよ』
反射的に声のしたほうを見やる。
声は青い通路の奥からだ。そこには石でできた台座があり、上部に一本の剣が突き立っていた。
この距離からではそれがどんな意匠の剣なのかはわからない。ただ、少なくとも大剣や短剣ではなく普通の片手剣のようだ。
召喚士が契約できるものは二種類ある。
召喚獣と、召喚武装。
おそらくあの剣はこのスポットに宿る召喚武装なのだろう。
「『我が柄に手をかけてみよ』、ってことはあれに触ればいいわけか」
俺は遠くに見える剣が突き立つ台座を眺めた。
通路の長さは目算百М程度。……ふむ。
「……簡単すぎじゃないか?」
あまりに簡単な試練の内容に拍子抜けしてしまう。
そういえば、召喚獣や召喚武装の強さによって試練の難易度が変わると聞いたことがある。契約対象の性能がいいほど試練も難しくなるんだとか。
となるとあの剣はたいした性能じゃないのかもしれないな。
正直がっかりだが……まあ、試練が難しすぎて契約までたどり着けない、なんてパターンよりはマシかもしれない。
「さっさと終わらせよう」
こんな簡単な試練に時間をかけるなんて馬鹿馬鹿しい。俺は剣の突き立つ台座に向かって無造作に足を踏み出して――
直後、ざんっっ、と真横から飛び出してきた刃物に腹を貫かれた。
「……は?」
呆けたような声が出た。
痛い。灼けるように。
視線を横にずらすと、タイル状の壁の一部が扉のように開き、そこから幅広の大剣が俺に向かって突き出されていた。
あまりの激痛に崩れ落ちる。俺の腹が触れた地面が白く光った。
それに呼応するように今度は天井のタイルが開き巨大な鋼鉄の塊が現れた。超重量を誇るであろうそれは真下に突っ伏す俺目がけて降ってきて。
「ちょ、待っ――」
ぐちゃり、と呆気なく俺の体を叩き潰した。
▽
「――ッ、はあ、はあっ……」
と、俺は召喚スポットの前で目を覚ました。
慌てて腹を確認するが、剣で突かれた傷はない。全身もひしゃげていない。
なんだ今の! 腹刺されて全身を叩き潰されたぞ!?
試練の間は召喚スポットが作り出す精神世界なので、そこで怪我をしようが死のうが現実の体には何の影響もない。そう頭ではわかっていても恐怖は簡単には消えない。
しばらく肩で息をし、俺は吐き捨てた。
「そういう試練か……!」
壁から出現した刃。
頭上から降ってきた鉄塊。
今回の試練の間――つまりあの通路には、ああいったトラップが大量に仕掛けられているのだろう。
そのトラップを潜り抜けて剣の台座にたどり着くのが試練というわけだ。
しかもさっきの失敗から察するに、トラップはどれも即死級。全然簡単じゃない。
しばらくその場で深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻す。
「……よし」
正直まだ恐怖心はあるが、一度の失敗で諦めるなんて選択肢はない。
俺は召喚スポットに再び手を伸ばした。
「【我は汝との契約を望む】」
とりあえず情報収集から始めるとしよう。
▽
青い通路に戻った俺は、一つの確認をした。
「確かこのあたりだったな」
と、さっきの自分の道筋をたどるようにそうっと足を踏み出して――引っ込める。
すると踏んだあたりが白く光り、
ジャキンッ
と、俺がさっきまでいた場所の真横から幅広の剣が突き出してきた。
ちょうど俺のわき腹くらいの高さに。
幅広の剣は空を突くと、今度はするすると壁の中に引っ込んでいく。
同時に白く光っていた地面も元の青色に戻った。……ほうほう。
次に俺はそのあたりの地面を避けて、さっきの挑戦で俺が倒れあたりを足のつま先でつついてみた。もちろん足はすぐに引っ込める。
するとやはり俺が触れた場所が白く光り、天井が開いて鋼鉄の塊が落下してきた。
轟音を立てて地面に着弾した鋼鉄の塊に、俺は頬を引きつらせた。
さっき俺はこれに押し潰されたのか。容赦なさすぎるだろ。
(……さて)
俺は初期位置に戻って頭を整理する。
横から出てくる幅広の剣。
天井から降ってくる鋼鉄の塊。
俺がさっき回避した二つのトラップは、どちらも初回に俺が引っかかったのとまったく同じ位置から、同じ種類のものが作動した。
そのことから推測するに、おそらく『トラップの位置は変わらない』。
作動スイッチの場所をきちんと覚えておけば引っかからずに済むだろう。
(……なら、クリアするのは不可能じゃない)
トラップの位置は変わらない。
ならばあえてトラップに引っかかりまくって位置を暴いてしまえば、安全なルートを割り出すことも可能だろう。
もちろんトラップにかかれば死ぬかもしれない。だが、試練の間ではどんなに精神体が負傷しても、現実の肉体は傷つかない。必要なだけ『死に戻り』すればいいだけだ。
簡単なことだ。
やり方さえわかってしまえば子供だってクリア可能だ。
問題は――
(何回かかるんだよ……ッ!?)
最初俺が死んだのはスタート地点からおよそ二Мの場所。剣のある台座までは百М。そこに行くまでいくつのトラップが仕掛けられているのかは考えたくもない。
トラップの位置をすべて割り出すまでに俺は何度死ぬんだろう。
十回? 二十回? もっと多い?
……いや、弱気になるな。やり方はわかっているんだから、あとは根性の勝負だ。
ここで逃げたらまた『名ばかり召喚士』に戻ることになるぞ。
そんなのはご免だ。絶対に認められない。
Sランク冒険者になると決めたのに、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺は極悪トラップの待ち受ける通路目がけて再度特攻した。
▽
三百回。
俺が契約の試練に挑んで失敗した回数である。
洒落にならない。進めば進むほどトラップの威力が上がっていく。誰が作ったんだこれ。
現在、召喚スポットへの挑戦を始めてまる二日が経過している。
召喚スポットは時間経過で消失すると聞いたことがある。
せっかく見つけたスポットが消えたら後悔してもしきれないので、街まで戻ってもいられない。よって当然絶食かつ絶水状態。いい加減現実の肉体も死にそうだ。
――だが。
(二歩前に進む。次は右に一歩ずれて三歩進む。二秒待って姿勢を低くする!)
屈んだ俺の頭の上すれすれをビュオン! と刃がかすめていく。
俺はそれを淡々と回避するとさらに進んでいく。
(壁を蹴って跳んで斜め前方へ。ギロチンが落ちてくるからそれを待って五歩前進)
目の前に落ちてきた超威力の斬撃をやり過ごしその横を通り抜ける。
死にまくった甲斐があって、俺はおそらくすべてのトラップを把握することができた。
挑戦は今回で最後だ。
トラップを暗記し終えた今となっては単なる作業である。
百Мの通路をほぼ踏破し、やがて俺は台座の目の前までやってきた。
『――ォオオオオオオオオオオオオッッ!!』
俺が台座を登ろうとしたところで少し先の地面から青い粒子が湧き上がる――番人であるゴーレムの出現だ。
こいつが最後のトラップである。ゴーレムは体高三Мを越える巨体であり、得意技は人間を一撃で蒸発させる熱線。
俺はすでにこいつに二十回以上殺されている。
『ォオオオオオオオッ!』
ゴーレムは俺を排除しようと襲ってくる。
こいつに戦いを挑んでも勝てないのはもうわかっている。だから俺はゴーレムから逃げ回り、ある地点に誘導した。
そして、ゴーレムが望み通りの位置に来たところでわざと『覚えた』壁の一角を掌で叩く。それはトラップの起動スイッチだ。
瞬間、ゴーレムの足元の地面が消失した。
『――――!?』
突如現れた落とし穴にゴーレムが落下していく。
あの落とし穴の底には溶解液が溜まっていて、人間が落ちると骨も残さず溶かされる(※体験済み)。ゴーレムがどうなるかはわからないが少なくとも上がってこられるような深さではない。
障害は消えた。
「……ようやくここまで来たぞ」
俺はゴーレムのいなくなった台座へふらふら上り、そこに突き立つ剣の柄に手をかけた。
引き抜いてみると、それは美しい青い刀身の長剣だった。
不思議な色合いの剣だ。神秘的な感じがする。
召喚武装には特殊能力を持つものもあるという。もしかしたらこの剣もそうなのかもしれない。
『――よくぞ試練を突破した。汝を我の主と認める』
脳内にまた声が響く。
『我は『導ノ剣』。汝の呼び声あらば力を貸そう』
しるべのつるぎ。
どうやらそれがこの剣の名前らしい。
直後、二日間にわたって俺を苦しめた通路が光に包まれた。俺が思わず目を閉じ、そして再び開けると――そこは現実世界の洞窟の中だった。
どうやら試練の間から現実に戻ってきたようだ。
すると目の前で召喚スポットが崩れ光の粒子になって消えていく。
なるほど。クリアされた召喚スポットはこうなるわけか。
ともかく。
「やっと終わった……!」
こうして俺は初の召喚契約を終えることができたのだった。
▽
さて、まずは本当に契約できているかの確認だ。
試練の間で手に入れた青色の長剣は俺の手からは消えている。
召喚獣や召喚武装は【召喚】魔法で呼び出さないと現れない。呼び出すまでは専用の異空間に隔離されているのだ。
「【ステータス】」
呪文を唱え、自分のステータスを確認する。
――――――――――
ロイ(召喚士)
▷魔法:【召喚】【送還】
▷スキル:【フィードバック】
▷召喚獣
▷召喚武装
導ノ剣:あらゆるものへの道筋を示す。
――――――――――
【召喚】は契約した召喚獣や召喚武装を呼び出す魔法。
【送還】は召喚したものを専用の異空間に『格納』する魔法。
【フィードバック】は召喚獣の特殊能力やステータスの一部を自分に与えるスキル。
この三つは召喚士なら誰でも持っている初期技能である。
重要なのはそっちではなく召喚武装の欄――つまりたった今手に入れた『導ノ剣』のほうだ。よし、ちゃんと契約できてるな。
続いて俺は召喚武装『導ノ剣』の能力を確認するが、
「あらゆるものへの道筋を示す……?」
よくわからない。
とりあえず出してみよう。
「【召喚:『導ノ剣』!】」
すると俺の手元に青い刀身をした長剣が出現した。
持ってみると意外と軽い。とはいえ切れ味はいかにも鋭そうだ。試しに振ってみると、驚くほどに手に馴染む。
剣を振ると青い光が軌跡を残すのが実に格好いい。
これが俺の武器。
初めて手に入れた召喚武装!
ちょっと感動してしまった。
剣士や戦士の連中が新しい装備を手に入れたあとは嬉しそうにしていたが、あれはこういう心境だったんだなあ。納得だ。
『――嬉しそうだな、汝よ』
「うおっ!?」
いきなり声が聞こえてぎょっとする。
誰かに見られていたのか、と周囲を見回すが洞窟内に俺以外の人影はない。
何だ今の?
『どこを見ているの。手元だ、手元』
「手元……まさか『導ノ剣』?」
『いかにも』
手に持った『導ノ剣』の刀身に走る光の線が明滅する。肯定の意思表示だろうか。
「……喋れるのか。剣なのに」
『何を今さら。試練の時も喋っていただろう』
言われてみれば、試練の間に来たときや試練をクリアしたときに脳内に声が響いたような気がする。誰が喋っているのかと思っていたが、声の主がまさか剣とは。
「変わった剣だな」
『ふっ。そう褒めるな』
さすが召喚武装。普通の剣とは一味違うようだ。
なんて感心していると。
ぐぎゅるるるるるる
と、腹から盛大な音が鳴った。
……そういえば試練に必死でここまる二日間何も食べていなかった。
『腹が減っているのか?』
「ああ……」
どうして今まで忘れていたのかと思うほど強烈な空腹だ。今すぐ何か食べないと倒れそうな気すらする。
「近くに食べられる木の実や果物でもあればいいのになあ」
俺が思わずぼやくと――
『それが汝の望みか。いいだろう。我が食い物のある場所まで案内してやる』
そんな声と同時、『導ノ剣』が発光した。
それに共鳴するように俺の足元から円状の青い光が出現する。
青の光は何本かの線となり、俺の足元から伸びていく。
『さあ、道筋は示した。これを追うがいい』
「追えって……この青い光をか?」
『うむ。その先に汝の望むものがある』
俺は呆気に取られていたが、ふと思い至る。
ステータスボードで見た『導ノ剣』の能力は『あらゆるものへの道筋を示す』こと。
ということは、この光る線をなぞっていけば俺が求める食料にたどり着く……のか?
「……少し歩いて何もなかったら引き返すぞ」
『問題ない。すぐ近くだ』
俺は半信半疑で延々伸びて行く青い光の線を追ってみることにした。
数分後、俺は野生の桃が成る木の前に立っていた。
「…………、」
光る線はその桃の木の根元で途切れており、俺がそこまでたどり着くと消滅した。まるで俺を桃の木まで案内するためだけに存在していたかのように。
俺は手に持った『導ノ剣』を見ながら言った。
「便利だな、お前」
『凄いだろう? もっと褒めていいぞ』
得意げな声で『導ノ剣』がそんなことを言う。
どうやら『導ノ剣』の能力は俺が求めるものへの道案内をするというものらしい。
戦闘で使えるかは怪しいが、まあ気にしないでおこう。これはこれで凄い気もするし。
俺は剣を木に立てかけ、桃をひとつもいで口に運ぶ。
「あー……美味い」
二日間何も食っていなかったからというのもあるだろうが、とんでもなく美味く感じる。俺は夢中でふわふわの果肉に齧りつく。
『そんなに美味いのか?』
「ああ。甘くてみずみずしい。いくつでも食べられそうだ」
『ほう。そんなにか』
「そんなにだ。最高だぞ。今まで食べた桃の中で一番美味い」
『そう言われると我も食ってみたくなるな』
俺は苦笑した。
「好きにしろよ。まあ、できるならだけど」
いくら喋ることができるといっても、実際に口があるわけじゃない。さすがにこれは冗談だろう。
と、思っていたのだが――
『ではそうするか』
「は?」
俺が訊き返すと、返事のかわりに『導ノ剣』は強く青い光を放った。俺は目を見張る。強く発光しながら、『導ノ剣』が徐々に人間の姿に変わり始めたからだ。
数秒後、そこにいたのは人間の少女だった。
少女というか幼女だった。
見たところ年齢は十歳くらいだろうか。髪は『導ノ剣』を彷彿させる濃い青色。目鼻立ちは思わず見入ってしまうほどに整っていて、どこか気の強そうな雰囲気を発している。
青髪の幼女は得意げにふんぞり返る。
「と、まあこんなところだ。我くらいになると人間の姿になるなど造作もない。この姿であれば飲み食いもできるぞ」
「……」
色々言いたいことはある。
何で剣が人間になるんだとか、ステータスボードにそんなこと書いてなかったとか。
だが、まずはここに言及する必要があるだろう。
「……お前、服は……?」
目の前の幼女は素っ裸だった。
全裸で堂々と胸を張っているものだからもうすべて丸見えだ。
何だこれ。どういう状況なんだ。
どうして俺は全裸の幼女の前で桃を食っているんだ。
「? 別にいらんだろう。我はこのままでも十分美しいぞ」
「そういう問題じゃない」
とりあえず少しは隠せ。
▽
「おおおっ、美味いなこの桃という食い物は! 汝が絶賛するわけだ」
「そうか。よかったな。それより言いたいことがある」
「なんだ? 汝の求めに応じてこの野暮ったい服まで着てやったというのに」
振り向きながらそんなことを言ってくる青髪幼女は、さっきまでとは異なりぶかぶかの外套を羽織っている。俺が着ていたものを貸したからだ。
大人しく着てくれたのは確かにありがたいんだが、それはそれとして。
「何でお前は俺の膝に乗ってるんだ……」
現在の態勢は、あぐらをかいた俺を椅子代わりに青髪幼女、つまりは人化『導ノ剣』が座っているというものだ。
外套は貸したが依然として『導ノ剣』のその下は素っ裸である以上、こう、この姿勢は色々駄目な気がする。
「では我に地面にそのまま座れというのか? いくら汝の頼みといってもそれは聞けんな。我の美しい体に土がついてしまうだろう」
大真面目な顔で何言ってんだこいつ。
どうやら俺の膝からどく気はなさそうだ。いや、軽いから別にいいんだけどな。
さすがにこんな子供に密着されたくらいでどうこうするほど危険な思想は持ってないし。
「改めて聞くけど、お前は本当に『導ノ剣』なのか?」
俺が尋ねると、膝上に乗る青髪幼女は大仰に頷いた。
「いかにも。我こそ鍛冶神メルギスが十七番目に創りし星読みの神器――すなわち『導ノ剣』だ」
「……すまん、何だって?」
「? 鍛冶神メルギスが十七番目に創りし星読みの神器、『導ノ剣』だ」
「何語だ?」
「汝に通じる言語のはずなのだが」
残念ながら言葉の意味が俺にはまったく理解できない。
「その鍛冶神だの神器だのって何のことなんだ?」
「そのままの意味だ。鍛冶神メルギスは我を創った偉大な神で、神の手で生み出された我は神器と呼ばれる特別な武具だ」
何をあたりまえのことを、という顔で言ってくる『導ノ剣』。
「じゃあ、お前は誰かに作られたっていうのか? 召喚武装が? そんな話聞いたことないぞ」
「いや、むしろ誰かが作らねば剣などできんだろう」
「……む」
何やら正論を言われている気がする。
しかし思えば召喚獣や召喚武装の出自なんて気にしたこともなかった。
召喚スポットから現れ、試練をクリアすれば契約できる。
けれど、そんな召喚対象たちはどこから来たのか、そもそもどうして召喚スポットなどというものが存在するのか――そのあたりの根本的なことはまったく知らない。
召喚獣や召喚武装はこの世界の生物・物質ではない、という説がある。
召喚獣は単なる動物や魔物とは違う種類のものばかりだし、召喚武装には現代技術では再現不可能なものもあるからだそうだ。
「お前が人間になれるのも、その、鍛冶神メルギスってのに造られたからなのか?」
「それは別だな。我だけでなく、一定の神気を持てば自我が生まれる。我に近い神格を持つ者であれば姿を汝ら人間に合わせることも可能だろう」
「わかりやすく言ってくれ」
「めっちゃ強い神獣や神器なら人間に化けられるぞ」
そんなにシンプルに言えるなら最初からそう説明してほしい。
「とはいえ神器に限れば我くらいのものだろう。我はあのメルギスをして最高傑作と言われた最上位の神器だからな」
何やら自慢げな様子だが、あのメルギスとか言われても実感がわかない。
しかしどうやらこの幼女は特別な存在らしい、というのはわかった。
少なくとも喋ったり人間になったりする召喚武装なんて聞いたことがない。
「我が主よ。ところでずっと気になっていた」
そんなことを考えていたら、袖をくいくい引いて『導ノ剣』が言ってきた。
心なしか不満そうな顔をしている気がする。
「ん? 何だ『導ノ剣』」
「それだ。いちいちそんな堅苦しい呼ばれ方をするとむずがゆい。せっかくこの姿なのだし、もっと生き物らしい名前で呼んでくれんか」
まあ、確かに『導ノ剣』というのは名前っぽくはないよなあ。
つけてくれ、というなら考えてはみるが――
「何でもいいのか?」
「何でもは駄目だ。我にふさわしく、美しく気高く格好いい感じのがいい」
「お前意外と面倒くさいな」
俺はあんまりネーミングセンスに自信ないぞ。
「じゃあ『シル』でどうだ。呼びやすいし」
言うまでもなく『導ノ剣』の最初の二文字である。
美しく気高く格好いいのかは知らない。
「いいではないか! ではこれからは我のことはシルと呼ぶがいい!」
いいのかこんな適当につけた名前で。
「まあ、お前がいいならいいか。俺のことはロイでいいぞ」
「わかった。それでロイ、これからどうする?」
膝の上に座ったまま『導ノ剣』改めシルが尋ねてくる。
俺は即答した。
「寝る。見張りは任せた」
まる二日一睡もしていなかったのでそろそろ限界だ。不思議なもので、今まで何も感じなかったのに腹が膨れた途端いきなり眠気がやってきた。
俺はシルの返事を待たずにごろんとその場に寝転がる。
するとシルは何を思ったか、勝手に俺の荷物を漁って大きめのタオルを取り出し俺の隣に敷いた。そしてそのスペースに寝転ぶ。
ちょうど俺の隣で横になっている状態だ。
しかも長い青髪が俺の腕にかかるくらいの至近距離。
「……いや、シル。見張りは」
「断る。話し相手もなしにだらだら座っていられるか。我も一緒に寝る」
けっこうワガママだなこの剣。
「魔物に襲われたらどうするんだよ」
「心配せずとも近くに魔物はいない。我にはわかる」
「だいたいなんでこんなに近いんだ」
「ロイは神気が濃いから、ひっついていると心地いいのだ。それに汝も我みたいな美しい娘に添い寝されて嬉しいだろう? 相互利益というやつだ」
「何を言ってるんだお前は……」
色々突っ込みどころはあったが、結局疲労が勝って俺は眠りに落ちた。
▽
この時の俺は気付いていなかった。
シル、つまり『導ノ剣』の『あらゆるものへの道筋を示す』という規格外のサーチ能力の持つ意味に。
シルはどんなものでも探し当てられる。
それがたとえ発見困難とされている召喚スポットでも。
つまり。
――俺はあれだけ入手が難しいとされていた召喚獣や召喚武装を、好きなだけ手に入れられるようになったのだ。
その凄まじさを俺が理解するのは、もう少し先のことである。
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