告白準備
晴希は一度、バシッと両手で頬を叩いて気合を入れた。
「よしっ」
覚悟は決めた。後は、想いを伝えるだけ。
晴希はリズムよく三回病室のドアをノックする。
「はい! どうぞ」
いつも通りの聞き慣れたよく通る芯のある声が中から聞こえてきた。
逸る鼓動を抑えながら、スライド式の扉に手を掛け、勢いよく開ける。
すると、病室の窓から差し込む眩しい朝日に目がくらみ、思わず目を細める。
目が慣れてくるとともに、ゆっくりと彼女のシルエットが浮かび上がる。
「えっ! ハル⁉ なんで⁉」
すると、もうとっくに起床し、寝台で上体を起こして読書していたヒカリが驚いた表情でこちらを見ていた。
晴希は「まあな」と質問の答えをはぐらかし、病室へ足を踏み入れる。そしていつもの定位置である寝台の隣にある椅子に腰かけた。
「どうしてここに⁉ 今日って決勝でしょ⁉」
「ああ、そうだよ。でもその前にお前に会っておきたくてさ」
落ち着かない様子のヒカリに晴希は恥じらいや緊張を置き去りにした自分にとって普段絶対使うことのない最大限の攻め言葉でもって応じる。
「え、ええ⁉ ほんと、どうしたの急に? ……熱でもある?」
ヒカリはいつもの晴希らしくない発言にすぐに気付いたようで困惑しながらも少し頬を赤らめ、本当に心配だったのか額を出して、それを晴希の額に合わせて熱を測ろうとする。
「べ、別にねぇよ!」
どんどん近づいてくるヒカリの、想い人の顔に晴希は羞恥に耐えかね、腕でそれを阻んだ。
自分の中で攻めたつもりが、見事にやり返されてしまった。今、確実にヒカリより顔が真っ赤な自信がある。
それを見て、ヒカリは安心したのか、
「うん。良かった。いつものハルだ」
と言ってパッと明るい笑顔を咲かせた。
その屈託のない笑顔を前に晴希はなすすべもなく見惚れてしまい、やっぱり敵わないなと少し苦笑する。
その後、ヒカリに時間の心配をされたが、三十分早めに出てきたことを伝えると、少し落ち着いたようだった。
「まったく、急に来て何かと思ったら、会っておきたい、なんて緊張でおかしくなっちゃったのかと思ったよー」
「まあ、決勝だし少しは緊張してるけどな。けど大丈夫…………この心地いい緊張感が逆に丁度良いくらいだ」
そう言って晴希は自身の鼓動を確かめるように右手を胸に当てる。
「がんばってね。去年はダメだったけど、今年こそは優勝するのよ。なんてったってあたしの家の道場で練習してるんだから」
ヒカリは片目を瞑って誇らしげに胸を張り、晴希にエールを送る。
そう。ヒカリの家は月城道場という剣道教室を営んでおり、ヒカリと晴希は幼い頃から道場の師範であるヒカリの父親から剣術をこれでもかというほどに叩きこまれてきた。
いつも試合が近づいてくると、部活動での練習に加えて道場でも練習したりなどお世話になっていた。その成果もあってか、晴希は中学二年生ながらも中学生剣道で全国一も狙える実力者にまで登り詰めていた。
「ああ、先生には世話になったし、今年こそは優勝しないとな。ていうか、去年はダメだったってなんだよ。一応去年だってベスト8には残ってんだからな」
「ベスト8? そんなの当たり前でしょ? あたしが現役の頃は優勝しか経験したことないんですけどー」
晴希がヒカリに指摘すると、ヒカリは手をひらひらと振るいながら、挑発気味に言葉を返す。
「ぐ……」
冗談みたいな話だが事実である。ヒカリは体調を崩して入院する以前は凄腕の女剣士で出場した大会はすべてひとつ残らず優勝しているのだ。剣道界で月城ヒカリという名を知らない者はおらず、最早伝説となっているほどだ。道場にはかつてヒカリが手にしたトロフィーや盾がたくさん飾られている。
実際、晴希はただの一度もヒカリに勝ったことがない。
もし彼女が病弱ではなく、今も現役で剣道を続けていたら、想像することもおぞましいほどのバケモノに成長を遂げていたことだろう。
「あーはいはい。そうですね。すごいなー、ヒカリは」
悔しいが何も言い返せない晴希は適当に話を流し、せめてもの抵抗として雑に返事する。
「こら、テキトーに返事するな!」
ヒカリはムスッとした表情を浮かべて晴希に軽くデコピンをくらわせた。
それに晴希は「いてっ」と思わず、声を漏らしてしまい、それがおかしかったのかヒカリは噴き出してクスクスと笑い出した。それを見て晴希もつられて笑い出す。
そんな調子で話していると、いつの間にか時間が過ぎ去り、もう出発しなければならない時間が近づいてきていた。
彼女と話していると、時間を忘れて話にふけってしまい、いつもあっという間に時間が過ぎ去っていく。
そして、晴希は改めて実感する。
(やっぱり、おれ、ヒカリが好きだ)
想いを伝えなければ。でも、どうやって切り出せばいい。
こうして迷っている間にも時間は刻一刻と無慈悲に消化されていく。
そうこうしているうちに持たせておいた三十分の猶予も通り越し、本格的に集合時刻に間に合わなくなるところまできていた。