いつからだろうか。
十束晴希は病室にいた。
少しばかりか細身な体格に何の癖もないサラサラの黒髪、しかし細身ながらもひ弱な印象は鍛えられた体幹によってあまり感じられない健康的な少年だ。
晴希は学校の教室の半分くらいの広さはあるこの個室の病室の椅子に学生服のままで腰かけていた。開けた窓からは夕日の暖かみと日が落ちつつある夏の夕方の適度に涼しい風が入り混じり、体の疲れとも相まって何とも眠気を誘う。
八月下旬の真夏にも関わらず、今日はやけに涼しく過ごしやすかった。
「おおっとっと……あぶねぇ」
晴希は椅子から転げ落ちそうになりながら、本日何度目かも分からない睡魔との戦いに一旦終止符を打ち、寝台の隣に置いてある花瓶を手に取り、中の水を室内にある簡易的な洗面台で新しいものへと慣れた手つきで取り換える。何度行ったかも分からないこのルーチンワークは、この病室に入院中の同い年である幼馴染のお見舞いに来たら必ず行うことにしている。
新しい水に入れ替えた花瓶に丁寧に見栄えよく花を添えたところで、晴希はその病室の寝台で静かに眠る同い年の幼馴染、月城ヒカリに視線を移す。
背中まで流れる美しく透き通った銀色の髪に、雪を連想させるほどに白い肌をした線の細い少女がそこで目を閉じて眠っていた。その姿はどことなく儚く、そしてか弱くて、今にも消えてしまいそうな印象を与える。それは、彼女に繋がれた点滴や心電図の影響もあるのかもしれない。
晴希は感傷に浸りそうになるのを頭を軽く振って取っ払い、床に置いてある自身のエナメル素材のスポーツバッグからミイラのようにタオルをぐるぐるに巻き付けた物体を取り出す。そして慎重に巻き付けたタオルを剥がしていくと、中から顔を出したのは先程貰ったばかりの金色に輝く優勝トロフィーだ。
それを晴希は寝台で静かに眠る少女に自慢げに見せるようにして優しく語りかけた。
「ヒカリ。優勝したぜ、おれ」
返事はない。それでも晴希はそのまま表情に笑みを浮かべて語り掛ける。
「高校一年で全国優勝なんてすごいってみんな驚いてるよ。巷じゃあおれ天才剣士なんて呼ばれてるんだぜ。すげぇだろ?」
しかし、返事はない。
わかっている。わかっていて、なお語り掛ける。
「これでやっと胸張って先生に顔向けできるよ。今ならおれ、お前より強いかもな」
晴希の少しおどけた声も空気に溶け、瞳を閉じたままの彼女には届かず、沈黙となって返ってくる。
少し俯きながらも、晴希は自慢げに掲げていた優勝トロフィーを降ろし、眠っている彼女に見えるようにして花瓶の隣の空いたスペースに置いた。
耳を澄ますと、線の細い彼女、ヒカリから小さくか細い寝息が聞こえてくる。
それは、今にも途切れてしまうのではないかと思わせるほどだ。
「…………いつ起きんだよ……ヒカリ……」
ついつい口からこぼれていた。
また、考えてしまっていた。
ここに来るといつもそうだ。理性で考えるなと抑えていても、どうしても考えてしまう。何度繰り返したかわからない。無意味だとわかっている。でも、一度考えだしたら止められない。今でも鮮明に蘇るあの日のことを。
そう。幼馴染である月城ヒカリが覚めない眠りについたあの日のことを。
いつからだろうか。
彼女からの返事がなくなったのは。
いつからだろうか。
彼女から無邪気な笑顔が失われたのは。
いつからだろうか。
彼女が抜け殻のようになってしまったのは。
「……あれからもう二年か」
晴希は遠い目をしながら意識を過去へと飛ばす。
(あの日も、真夏なのにやけに涼しかったっけ――――――――――――)