初めての!
「一級樽を三樽払おうじゃないか」
ライオン男の声は得意げで、喜ばれるに決まってる、みたいな決めつけ感が満々だった。
「どこへ届ければいい?
それとも、今ここで渡すか」
何でもう買い取った気になってんだ。
ティラノは何も言ってねえだろ。
あ、待てよ。
断ってもいねえって事だよな、これ。
一級樽ってのがどういうものか分かんないが、あいつの態度からして、価値はそこそこ高いんだろう。
ティラノがその気になったら、俺はこのうざいライオンの所有品にされるのかも。
頼むぞ。
びしっと言ってやってくれ。
「断る」
よっしゃあ!
びしっと言ってくれた、断るって。
ライオン男は、めっちゃびっくりしたみたいで、鼻息が荒くなった。
「何で断るんだこんないい話があるものか一級樽だぞ。
三樽じゃ足りんのかそうかそうなんだな。
ならもう一樽追加だ」
「断る」
「よしそれなら仮人の交換もつけようじゃないか。
俺の仮人のうち優秀な奴もつけてやろうそれならいいだろう?」
「断る」
会話、スーパー噛み合ってねえ……。
ライオン男は、熱中すると早口で一息に喋り倒す癖でもあるのか、とにかくペラペラ言い立てる。
ティラノなんか、断るしか言ってねえぞ。
ライオン男の暴走はとめどもなかった。
指をたてて、ちょいちょいと呼びよせる仕草をした。
これはあれか、主人が召使を呼ぶ時の決まり事なのか。
プチ召喚とでも言ったところか。
誰もいなかったのに、あいつの右真横に大きな影が出来たっていうか、降って来た。
え? 降って来た?
頭上にいたのか!?
鳥じゃん!
ばさばさと派手な音を立てて、オウムとワシが合体したみたいな、でかい図体の鳥が降りてきた。
仮人って、人じゃねえのかよ、おい!
「これならどうだいい出来だろう」
「ふむ」
ティラノは少し興味を覚えたらしい。
そっけない断りを止めて、ライオン男に寄り添っている珍獣系の鳥を眺めた。
ちょっと待て、まさか取引に応じるつもりじゃないだろうな。
こいつに引き渡されたら、俺はどうなるか。
召喚円陣に閉じ込められた生身の体も、下手したら諦めるはめになりかねない。
もちろん、元の世界には帰れないぞ、ガチで。
断固拒否だ、拒否!!
未来の義弟なんだろ、おまえ。
頼むから断ってくれええええええ!
超どきどしていたら、ティラノは、鳥をじっくり見た後、首をぐるっと回した。
その動作はどういう意味だよ。
「上出来は認める。
だが答えは同じだ、売れんな」
断りだったんかい!
まあ、異世界だからな、リアクションが違うのも仕方ないか。
ところで、せっかく知識を整理したけど、もうちょっと使い勝手よくしたい。
こんな時、いちいち調べるの面倒だし、時間が無い時もあるだろうし。
話は終わったと思って、別の事を考え始めた。
ぼーっとしてかもしれない。
急に感覚がおかしくなった。
浮いた感と、肩の辺りの違和感。
違和感っつーか……浮いてる!?
このでかい鳥が、俺の両肩に爪を食い込ませてるんだ。
でもって羽ばたいてるッ。
こいつ、俺を空まで運ぶ積もりかよ!
「ど、泥棒ーっ!
俺ドロボーッ」
大声で叫んだけど、遅かった。
オウムとワシのミックス鳥め、一気に飛びやがった。
ぐんぐんスピードが乗って、あっというまに上空何千メートルだ?
下を見ても、景色がよく分からない。
まるで航空写真だぞ。
白い舗装がぼんやり見えるだけ。
ティラノもパムも、どこにいるんだか。
まさか、こんな荒技に出るとは思わなかった。
どうする俺。
どうすりゃいいんだ。
オウムワシは、ある程度まで垂直に飛んでから、態勢を整えた。
俺は、水平飛行の姿勢になった鳥にがっちり肩を掴まれて、ぶら下がる格好だ。
もし落とされたら、一体どうなるんだろ。
仮人の耐久性は不明、命懸けで実験する気には、ちょっとなれそうもないぞ。
向う見ずに暴れたらやばいのは、さすがに分かる。
仕方ない、ここは大人しくぶら下がって様子を伺うか。
「そうそう、静かにしときなよ」
誰かの声がした。
はっきり聞こえたから、喋った奴が近くにいるんだ。
探すまでも無かった。
顔を上げたら、男とばっちり目が合ったんだ。
俺と同年代っぽい、茶色い髪と青い目の男だった。
初めて見た、ティラノの逆バージョン。
体は人間で、太股から下は鳥、それも猛禽類の。背中にも翼がある。
「おまえ、この世界の者じゃないな?
召喚を受けた異世界の男だろう」
「それがどうしたよ」
とりあえず会話は出来るらしい。
「降ろせよ、普通に」
「まっぴらごめんだね」
ニヤニヤしながら、鳥野郎は俺の要求をはねつけた。
「俺に命令出来るのは、マスターだけだ」
うわ、パムの同類だった。
こいつ、たった今トレードされそうになってたのに、まだあのライオン男に忠実なのか。
だったら、平和的解決は期待するだけ無駄だろうな。
落ちたらどうなるんだとか、あれこれ考えてる暇はないかもしれない。
よく考えたら、鳥野郎が俺をぶら下げたまま、いつまでも空中で待機してるなんて保証は無いんだよな。
こうしてる間にも、急にどこかへ飛んで行っちまうかもしれない。
冗談じゃないぞ。
ティラノと引き離される方が、今の俺にとっちゃダメージでかいんだ。
落っことされるのを覚悟してでも、抵抗してみるか。
「じゃあもう頼まねえよ、自分で何とかする」
自作好きの基本は、自助努力だ。
原点に戻って頭の中の基礎知識を探してみる。
来い、閃き!
……えーと。
いろいろ閃いた事は閃いたんだが。
どれもこれも、能力不足の但し書きがついちゃってる。
だめじゃん。
何だこれ。
いちいち調べろってかよ、そんな時間は無いっつうの。
もう、イチかバチかで、めちゃくちゃに暴れるか。
だいぶヤケ気味に考えた時だった。
雷の爆音が轟いた。
鳥野郎の左側、翼の一部に稲妻が突き刺さってる。
えええ!?
「それはマスターの所有品だ、返して貰う」
パムの声だ。
右を向いてみた。
うは、ワシみたいな大きい翼を広げ、宙に浮かんだ委員長風美女がいるぞ。
腕を組んで、やや見下した感じの姿勢をとってる。
知性派っぽい見た目なのに、根はやっぱSキャラか。
こんな時になんだが、めっちゃ似合ってるな、偉そうな態度。
鳥野郎も同じ方向を見た。
何か、すっげぇ人を小ばかにしたような笑い声が漏れてくる。
こっちもSキャラかよ。
「俺如きが、マスターの命令も無しに勝手な事は出来ないねえ」
「貴様の判断など聞いていない。
さっさと返せ」
「どういう根拠で返せと言っている?
この仮人、まだ誓いを奉納していないようだぞ。
おまえさんのマスターの所有品だと主張するには、根拠が足りないんじゃないか」
「仮人の胸を確認した上で言うがいい。
証は既に受容されている」
俺をそっちのけで、言い合いが始まった。
今のうちに、話題になっている『誓いの奉納』っていうのを調べるか。
閃きのおかげでざっくりと理解した。
シンプルにまとめると、住民登録みたいなものか。
でもって、まだ住民じゃない俺の所有権をめぐって、パムとこの鳥野郎が口論中なわけだ。
俺の人権がっつり無視しやがって。
実は、俺にも『ある権利』は主張出来ない事もないんだが、理由有りであんまりやりたくない。
再びどうする俺。
何て考え込んでる暇は、スーパー無かった。
パムのティアラが水色に輝いて、体の回りにめっちゃ大量の電光が!
実力行使の構えだよ、完全に。
鳥野郎も受けて立つ気満々で、翼を広げた。
羽根が反り立っている。
パムが電撃の態勢なら、こいつは羽根飛ばして迎撃する積もりか!?
どういう積もりだったとしても、とばっちりはバリバリ受けるよな。
何せパムだ。
俺ドロボーを阻止しろってのがティラノの命令だろうが、あいつの事だ、俺の安全は気にしてないに違いない。
不安でいっぱいな俺を全無視して、パムは電光乱れ撃ち!
ほらやっぱり!
鳥野郎も、すかさず羽根をマシンガンみたいに飛ばしまくる。
でも。
何かおかしい。
電光と羽根が衝突するのかと思ったら、全然違う。
羽根はパムに当たったり、弾かれたり、通り過ぎたり。
一方、電光の方はちっとも鳥野郎に届かない。
いやそうじゃない!
パムのやつ、初めから俺を狙ってる!
電光が全部こっちに来てんじゃんっ。
まさか、持ってかれるくらいならぶっ壊してしまえとか!?
パムならやりかねないぞ。
さすがにびびって、固まった。
が。
特に何も起きなかった。
正確には、俺本体に影響は無かった。
胸のルビーに、電光が全部吸い込まれた。
うお!?
何だこれ!?
紫色に変わった、と思う暇もなくて、めっちゃ眩しい光が胸の中央で弾けた。
この時、俺は見た。
紫の光が稲光に変わったと同時に、頭上めがけて突き上がったのを。
足元から空へ駆け上がった稲妻は、鳥野郎の顎に突き刺さり、突き抜けて、上空へと消えて行った。
ぶすぶす燻る音と、肉が焼ける妙に香ばしい匂い、髪の毛が燃えた時みたいな変な臭いがする。
でも、こいつは意識を保っていた。
さっきまでのヘラヘラした態度は吹っ飛んで、殺意剥き出しの眼で俺を睨み下ろしている。
「貴様ァっ」
「は!?」
お、俺っ!?
俺の責任かよ、今のっ。
「殺してやる」
「ちょ、待ておい!」
マスターの命令はどうなったんだ!?
いや、抗議しても意味は無いだろうな。
鳥野郎はすっかり逆上していて、両方の翼を豪快に広げ切った。
殺意が形になってる。
もう、鳥の羽じゃない、どう見ても鋭利なやつ。槍の先とか、漫画でしか見た事ないクナイとか、そんな感じの。
まとめて俺に浴びせる気かよ。
マスターの命令はすぱっと無視か。
おいパム、これどうするんだよ!
「もう一撃だ、まだ尽きていない」
めっちゃ物騒なアドバイスが聞こえた。
マジか、俺が自分で迎え撃つのか。
鳥野郎はだいぶダメージ食らったらしい。
頭がくらくら動いている。
脳震盪でも起こしたっぽい。
俺を眼で見る事は出来ているんだろうが、焦点が定まり切っていない感じだ。
でもやる気満々だな。
ええい、躊躇ってたらこっちが死ぬ。
仕方ない、もういっちょ!
どういう仕組みかはわからないが、紫の電撃が胸のルビーから放たれた。
さっきより光の幅は狭いが、無駄な放電は起きていない。
まるでレーザービームみたく、一直線に。
鳥野郎の額に命中した。
肩から掴まれている感じが無くなった。
これはつまり、あれだ。
この鳥野郎。
俺を放り出しやがった!!




