移動先にいた連中
ピアノ線だぞ、目の前の道は。
今いる場所は、崖のようになっていて、見た感じ二十メートルは向こう側と距離がある。
ピアノ線が一本、橋の代わりみたいに渡してあるだけだ。
高さも、めっちゃある。
俺ん家もマンションで、六階だけどさ。たぶんもっと高い。
これ、ビルで言えば三十階とか、そのくらいは軽くいきそう。
しかも!
地上から遥か下には「何かある」んだよな。
生き物なのか、違うのか、覗き込んだだけじゃはっきりしないけど。
何か、うねってるのは確認出来る。
崖の側面と、関係あるんだろうか?
俺が知ってる物体の中で、一番近いのは、接着剤だな。
透明なボンドが側面から湧き出ていて、崖の下へ伝い流れてる。
延々と。あちこちから。
で。
底では「何か」が、どぷんどぷんとうねっているんだ。
落ちたら、高さや助けに関係無く、二度と上がって来れそうにないぞ。
俺の予想は、溶けるか、透明ボンド塗れになって固まる。
よーし、無理!
異世界住人の二人は、とっくに向こう側へ渡ってしまってる。
パムが、躊躇っている俺に気づいたらしい。
こちらを振り向いて、ティラノに何か言ってる様子が見える。
両方、足を止めた。
五メートル以上離れちゃったからなー。
指示が欲しくても、声なんか聞こえないだろうし。
どうしようか。悩んでいたら、閃いた。
パムがくれたこの異世界の基礎知識だ。
渡り方のコツが思い浮かんだんだ。
ついでに、この透明ボンドっぽい液体の情報が、例によって頭の中で閃いた。
いろいろと分かってきたが、考えるよりも、さっさとピアノ線を渡るのが先決だ。
何せパム情報によれば、このまま黙って突っ立ってたら、やばい事になる。
生々しい想像図が頭をよぎった。
もうぐずぐずしてられない。
パム情報を信じて、足を踏み出してみる。
ピアノ線っていうのは遠目に見た印象で、実際は金属らしい。
すんごい細かい造りのチェーンネックレスって言った方が合ってるな。
激しく揺れるかと思ったが、全然そんな事は無かった。
おっ、思ったより普通に歩けるぞ。
ぐらぐらしたり、滑ったりもしないし、足元さえ見なければ落ち着いていられる。
魔法の力で支えられているんだろう。
落ちないと信じて、普通の道を歩いているイメージを持つ事がコツなんだ。
さっき元の世界で家族と会話した、あの時と同じように、なるべく具体的にいつも通り振舞う。
そう心掛けてさえいれば、転落は避けられるみたいだ。
「ほう、なかなか堂に入ったものだ。
その調子で進め」
ティラノに頭の中で褒められた。
へへん、アニオタの想像力を舐めてもらっちゃ困る。
アニメ好きにとっちゃ、あれこれ想像する、想像世界で遊ぶなんざ、言ってみればお家芸ってなもんで。
ただ、集中力が切れたら、話は別かもしれねーや。
ちゃちゃっと渡るに限る。
俺の視界に、きらきらした細かい砂状のものが漂い始めた。
こいつ。
こいつがヤバい原因で、同時にこの異世界の必需品でもある。
「魔力源泉」
だ。
この世界は、魔法はポーマを体に取り込む事で使えるようになる。
飲んだり食べたり、匂いを嗅いだり。
ただし、加工後にだ。
原料は濃度が高過ぎて、魔力どうこう以前に体が持たない。予想通り、溶ける。
でもって、これは揮発もする。
源泉が湧いている周辺には、気化したポーマが漂っているんだ。
つまり、ここに長く居ちゃヤバい。
空中に融け込んだポーマに触れ続けたら、そのうち体が無くなっちまう。
もちろん、落ちたら最悪だ。
あっという間に、源泉と一体化コース。
便利なもの程、扱いが難しいっていうのは、どこの世界でも同じなんだな。
魔法の仕組みがこんなのだとはね。
思ってたのとだいぶ違う。
とか何とかやってるうちに、俺は細い橋もどきを渡り終えた。
パムが金属鎖に向けて手をかざした。
おおぅ、自動で巻き取られていく。
あれ?
って事は、そのチェーン状の橋は、最初からここにあったんじゃなくて、パムが架けたのか?
「魔力源泉がある場所には、何も置けない。
詳しく知りたいなら、私が伝達した知識を探ってみるがいい。
その為の伝達ではないか、いちいち訊くな」
怒られた。
いや、訊いた積もりは無かったんだよ。
さっきティラノに頭をぐりぐりされてから、何となくだけど、考えの漏れ具合が変わったような気がする。
何でもかんでもダダ洩れから、ちょっとだけ、俺の意思のコントロールが効くようになった感じ。
でも、質問した積もりじゃないのに、パムに伝わってるんだから、完全とは言えないな。
もうちょい、何とかならないもんかね。
「承知した」
急にティラノが割り込んできた。
だいぶ見慣れたけど、やっぱいきなり視界にずいっと来られるのは心臓に悪い。
で、どうするんだ?
ポカンとしてたら、張り倒された!
痛くは無かったけどさ、上体がぐらついたぞ、おいっ!!
「何をしやがるっ」
つい大声を出しちゃった。
ティラノは体を小刻みに前後させる、独特のスタイルで笑っている(推定)。
「めでたく解決だな」
「マスターのお情けで、口を使えるようにして頂いた。
ありがたく感謝申し上げるがいい」
殴られて感謝するって、どこの変態だ。
言ってる事は分かるけど、嬉しくないぞ。
ティラノは意味不明に殴ったんじゃない、のっぺらぼうな仮人の顔に、口を作ったんだ。
あの凶悪サイズな爪で、やっつけ仕事ぎみに真横に引っ掻いて。
ついでに、パム情報をいろいろ補足してくれたっぽい。
接触で、伝達するって例のやり方だな。
触るっつーか、張り倒されたけど。
こいつの大雑把は、生身だったら洒落にならない。
おっ。
ティラノの悪口には過剰反応するパムが、何も言わないな。
ダダ漏れ修正もうまくいったみたいだ。
こっちも嫌だが、向こうだって、別に聞きたくもない俺の独り言が頭の中に無断侵入してくるのは、そりゃ嫌だよな。
お互いの為に良かった。
あの一瞬で、いろいろ出来るんだから、魔法の実力はかなりのものなんだろう。
パムにマスターとか呼ばれて、めっちゃ尊敬されているだけの事はある。
何となく感心していたら、パムが哀れむような目で俺を見ているのに気づいた。
「全く、礼をわきまえない男だな。
おまえも、私同様、マスターの所有品だ。
少しは心掛けを改めんか」
……え?
今、何て言った?
所有品だと!?
「俺が!?」
「致し方ないだろう。
それとも、消滅が望みか?」
ティラノはめんどくさそうに訊いてきた。
所有か消滅かの二択!?
何だその鬼設定っ!
とりあえず、消えるのはごめんだ。
俺は全力で首を横に振った。
「なら、諦めるんだな。
詳細は自分で調べろ」
続きはWEBで!
みたいなノリで、ヒトの人生を左右すんなよ。
だいたい俺がいつ、召喚されたいだの所有されたいだの、頼んだっつーの。
「ここは用済みだ、移動する」
「かしこまりました」
抗議する前に、連中はそそくさと新しい作業を始めやがった。
ちくしょー、こういう時は、ダダ漏れもそれなりに便利だったと思っちゃうぜ。
パムが何かした。
具体的にはよく判らない。手がちょっと動いたってだけ。
すると、あの子の足元を中心に、黒い渦が出現した。
あっというまに竜巻状まで成長して、ティラノを飲み込んだ。
いや違うな、ヤツが自分から進んで竜巻に腕を伸ばした。
一瞬で、渦の中に姿が消えた。
あー。
これはアレだな。
「俺も、だよな?」
「当たり前だ、早く行け」
パムに突き飛ばされた。ドSっぷり絶賛発動中だ。
体が泳ぐ暇も無い、渦の中へ、かなりかっこ悪く転がり込む。
激しく渦を巻いているのは外側だけで、中は穏やかなもんだった。
正確に言えば、上昇気流みたいな風が吹いていて、俺の体は持ち上げられていく。
トランポリンのような、不安定な足元だったけども、それは風に乗る寸前だけの事で、いざ上昇が始まったら、特に不快な感覚は無かった。
目に見えないエレベーターに乗っている感じだ。
上を見上げていると、光が差し込んでいるのが判った。
どこを目指しているのか、パム情報で調べたかったんだが。
……あれ?
全然ちっともさっぱり閃かない。
この中だからか、それとも違う理由のせいなのか、見当がつかない。
渦巻エレベーターから降りないと、どうしようもない感じだ。
またさっきみたいな、魔力源泉がどばどば湧いているだけの、めっちゃ殺風景な荒野に飛び出すんじゃないだろうなぁ。
召喚円陣とかいう魔法陣形が描かれた床のある、妙な空間から一歩出てみれば、いきなり絶壁だった。
しかも、岩壁からは魔力源泉がひっきりなしに滲み出て、滝みたいになっていたし、底はプール状態、落ちても黙っていても、もれなく源泉の一部になっちまう。
そんなとこ、何度も気軽に足を踏み入れたいとは思わないぞ。
光がどんどん近づいてくる。
この異世界は、場所を移動するたびにフラッシュ級の眩しい光に照らされるんだろうか。
やがて、光を潜り抜けて、動きも止まった。
目の前にはティラノがいる。
めっちゃ近っ! でもって怖っ!
「早くそこをどけ。
誰が来るかわからんぞ」
また訳の分からねー事を言いやがるな。
俺の次に来るのはパムじゃん。
そう思ったけど、言葉には出来なかった。
俺が立っていた場所は、菱型の黒い石(にしか見えない)が埋まっていた。
どいた途端、石の中央に黒い渦巻きの柱が出来て、すぐ消えた。
人が居る。
この世界で初めて見る、別の人間……だけど。
いやまあ、人には違いないんだけども。半分だけな。
今度はライオン男かいっ!
ティラノと同じタイプって言うか。
下半身は人間で、上半身が違う。マントで覆っているから、体格しか判んねえけど、肩のあたりが盛り上がってて、絶対にマッチョ系だろ。
顔だけがリアルなライオンなんだよな。
何これ。
もしかして、顔面だけ人間離れするのは、こっちじゃ流行のおしゃれなのか?
俺にもティラノにも無関心な体で、石から離れていくライオン男を見送りつつ、我ながら意味不明な事を考えちゃったんだけど、そういう印象を受けたんだよ。
だってさ、周囲が。
周りを見渡してみて、血の気が引いた。
さっきとは比べ物にならないくらい人込みで、居合わせる連中が、誰も彼もそんな感じなんだよ。
ライオンだのオオカミだの、インコみたいなやつもいる。
おもしろ動物園か、ここは!
たまに全身人間らしいやつもいるけど、同じ方向に向かって歩いている大半が、俺の知っている「人間」とは違う外見だった。
みんな、どこへ向かっているんだ。
何か、嫌な予感がする。
まさか、俺はこいつらと……。




