とにかく何とかしなきゃ、場所移動しなきゃ
陽音は右の手の平を、俺の額に押し当てた。
超怒ってる顔して、俺を見ながら、熱を測ってるみたいな。
体温か!
そう言えば、体温までは意識してなかった。
感触はごまかせても、人間らしい体の温かみ、これが感じられなかったら、アウトじゃねーか。
どーしよ。
もう触られた後だ、今更の小細工は逆効果か?
それとも、今更でも意識した方がいいのか?
迷っていたら、陽音のやつ、急に飛びすさった。
「お兄ちゃん、何で!?
何で、そんな普通にしてられるのっ!?」
げ。アウトか。
自分じゃ分からないけど、きっと体温が無いとか、そんな感じなんだろう。
アニメ趣味バリバリの俺と違って、全国常連レベルの合唱部で、ゲームにも興味無い妹に、異世界だの魔法だの、委員長風な召使だの、果てはティラノザウルス面なゴツい男だの。
説明出来るかあ? これを?
納得させられるか?
そんな鬼モードが攻略可能なら、俺の将来は敏腕ビジネスマン待った無しだよ。
どう切り出そうか、頭をひねり始めた時だった。
妹は
「熱だけじゃないじゃん、何なのその赤い斑点!
お兄ちゃん、まさか麻疹っ!?」
予想とまるっきり違う反応をした。
熱? 赤い斑点?
え、俺どうなってんの?
「はる、そこの鏡とってくれ」
俺は、壁際に本棚と並んでいるハイチェストを、分身を使って見ながら言った。
あんまり広い部屋じゃねーからさ、本来は洋服入れるタンスなんだけども、引き出しを一つ引っこ抜いてミニ改造してある。
これといった特技は無い俺の、数少ないワザなんだ、改造は。
自慢こいてる場合じゃない。
とにかく、改造チェストに取り付けたスライド式の物置台に乗せてある鏡が見たい。
陽音は、恐る恐るといった手つきで、それを渡してきた。
何だよそのへっぴり腰は。失礼な距離とってるぞ、おまえ。
でも、鏡を覗いて理解した。
妹じゃなくても逃げ腰になるわ、こりゃ。
……なんじゃこりゃあああああああ!
物凄い真っ赤、誰が見ても絶賛放熱中だ。
高熱出してるってどころじゃない。マジで放熱してるって感じ。
体温が無いんじゃない、高過ぎるんだ。
その上、赤い斑点が確かに顔にも! 手にも!
バイオテロか!
さすがに、本体の方の俺も我慢出来なくて、ティラノへ顔を向けた。のっぺらぼうだけど。
どういう事だ、聞いてねえぞ。妹がドン引きしてるじゃねえかよ。
せっかくリビングに戻った両親が、また部屋に踏み込んで来るじゃん。
恐竜野郎、腕を組んで考え込み
「素地があるだけでは、やはりすぐ限界が来るか。
止むを得ん。
パム、少し手を貸してやれ」
「かしこまりました」
ちらっとこっちを見て、ふふん、みたいな謎の勝ち誇った笑みを浮かべると、パムは俺の頭の側にしゃがみ込んだ。
手を伸ばして、つむじの辺りに人差し指を軽く乗せる。
う。
頭全体が白く光りだした。
体にも、光は伝わって行く。
俺にしか見えていない、光り輝く宙ぶらりんの俺。
何ちゅうシュールな光景だ。
たぶん、魔法の力を持った光なんだろう。
俺のつま先から、ぽたぽた雫が落ちて、分身に数滴かかった。
とろっとした液体、まるでサラダ油みたいなそれは、あっというまに膜のようになって、全体を覆った。
おおお。
赤い斑点が消えたぞ。すううって。
顔色も普通になったぞ。
凄ぇ。
凄ぇけど、めっちゃ不自然……。
そりゃもう、陽音の驚きようったら無い。
これでもかってくらい目を見開いて、俺の顔面色彩マジックショーを凝視していた。
ほとんど理科の実験状態だよな。
斑点が出たり消えたり、顔色も赤くなったり白くなったり。
なのに、パムは得意そうな顔をしてやがる。
やっぱり、この谷間娘は、主人の命令さえ実行出来ればいいんだろう。
何の為の命令かはすっぽり抜けてるんだ。
俺を助ける為だろーが、窮地に陥れてどうするばかたれ。
どうやって、陽音を納得させりゃいいんだか。
「あー、陽音。
まあ、落ち着け」
「いまの、何だったの……」
陽音はびびってるらしい。
いつもより声がトーンダウンしているし、顔なんかもう、泣きそうだ。
うん、兄ちゃんも泣きたい。
泣いたところで、どうにかなるわけじゃない。
頑張れ俺。
「俺もよく判んねえな。
あれじゃねえか? あの、ほら。えーと、蕁麻疹とか」
「蕁麻疹!?」
「そ。
緊急性蕁麻疹、的な?」
「聞いた事ないわよ、そんなの。
ねえ、お兄ちゃん。
隠し事、あるよね?」
陽音は俺から目をそらさない。
真っすぐ、視線を合わせてくる。
表情も、さっきまで泣きそうだったのに、今は眉をきゅっと寄せて、怒ったような何かを探ってるような。
しくじった。
疑惑をそらす積もりが、そそっちゃったよ。
こういう時の妹は、俺どころか誰にもごまかされたりしないんだ。
どんどん事態が悪化して行ってる気が、気が気が。
ただ、これは判る。
正直に事情を白状したって、状況は好転しない。
もう、どんなに疑われようが騒がれようが、とにかく突っぱねる!
「別に何も隠してねえよ。
とにかくさ、大丈夫だから」
我ながら、まるっきり説得力が無い感びしばし。
でも、他の言い方が思いつかなかった。
自分でもそう思うんだ、そりゃ陽音が引き下がるわけは無いよな。
「……明日、病院に行った方がいいと思います」
「何で敬語!?」
騒がれなかったのは、逆にやばい。
ごまかしようも突っぱねようも無いんだ、会話の打ち切りってやつ。
陽音は、後ろ手でそぉーっと部屋のドアを開けると、すすすって身のこなしで、こっちを向いたまま出て行った。
止める暇は無かった。
あー、参ったな。
たぶん、妹の事だから、速攻で母さんに相談するだろう。
ついさっき首吊り誤報(誤報じゃないんだけどさ)があったし、母さんもいきなり部屋には来ないとは思う、とはいえ時間を稼げたとして、夜のうちだけだ。
朝には、様子を見に来られるぞ、きっと。
何なら、家族揃ってパート2くらいの勢いで。
それまでに何とか。
すっきり解決までは期待しないけど。せめて普通っぽく見えるくらいには、何とか。
おいパム、ティラノ。
これ、どーしてくれるんだ。
いやはっきり要求するぞ、どーにかしろ、責任とれ。
ティラノが、また体を前後に揺すった。
「まあ、こんなものだろう。
初めてにしては、むしろ上出来だ」
どうにでもなるんじゃなかったんかい!
どうにでもなるどころか、どうにもならない詰み状態としか思えねーぞ。
パムが冷たい視線を送って来た。
「お前がもっと余裕を持って、私からの伝達を吟味、然るべき手を打てば回避出来た事態だ。
己れの不手際を棚上げして、マスターに責めを負わせようとは、不届き千万」
とことん話が通じないやっちゃな、この谷間メロンは。
どんだけティラノ至上主義だよ。
きっと、パムは俺の天敵なんだ。
気が合わないったら合わない。
「上等だ、この不届き者」
向こうも同意見っぽい。
喧嘩になりそうな雰囲気になった、ティラノはすぐ察知したみたいだ。
召使を見て
「やめろ、と先程も言ったぞ。
同じ事を二度言わせるな」
かなり強めの調子でやりこめた。パムは恐縮した。
大慌てで、ぺこぺこ謝って姿勢を正した。
俺までつられて、しゃきっと背を伸ばしちゃったじゃん。
とりあえず、威厳は凄いもんだな。
「事情は承知した。
あの娘の不興を買うのは、俺としても避けたいところだ。
本格的に手を打とう。
ともあれ、触らせたのは手柄だった」
手柄?
触らせる事に、何か意味あるのか。
俺にとっちゃ、発熱を疑われて、額を触られて確かめられた以外に、特別な意味は無い。
つーか、あれでややこしくなった感じするんだけど。
二人とも、俺の疑問には答えてくれなかった。
いちいち気にするのも面倒だし、ここはスルーだスルー。
正直、あんまり時間は無いぞ。
陽音はきっと、俺が謎の病気にかかったとか思ってるだろう。
夜はいいとしても、朝になったら病院行けとか何とか、母さん引き連れて騒ぐに決まってるんだ。
それまでに、どういう対策を立てるんだ。
今のやり取りを、妹が都合よく忘れてくれりゃいいんだが、たぶん無理だろうな。
「やって出来ない事は無いがな」
ティラノが言う。
え? 出来んのかよ?
期待したら、パムが鼻で笑って
「その代わり、おまえに関する全ての記憶も失う事になる。
家族から、おまえは居なかった事にされる」
待った待った待ったーっ!
ダメだばかたれ。そんなのオッケー出来るか。
「なら、諦めてついて来い」
ティラノは命令しながら、俺に背を向けて歩き始めた。
こいつ、下半身はマッチョ系の人間だもんな。歩くのがめっちゃ速い。
パムも後に続いていく。
二人とも、俺が付いてくると信じて疑ってないのか、後ろを確認しようともしない。
あー、もう。
行くよ、行きゃいいんだろ。
ぎくしゃくした変な振動が伝わって来る。
歩いている積もりだし、実際ちゃんと前に進んでるんだけども、妙な感じだ。
もし客観的に見れたとしたら、ロボットがぎこちなく歩行しているような印象になるんじゃないか。
こいつらが目指しているのは、前方にある間仕切りだ。
見た感じ、黒いカーテンってところ。
このよく判らん空間から出るんだろう。
どこに行くのか、聞いてもまぁ無駄だよな。
ティラノが近づいた時、カーテンが勝手に左右に開いた。
外から物凄い光が入って来る。
うわ、目が眩む。
何かもう、フラッシュ並みにキツい。
異世界の外か。
こんな状況で言うのも何だが、ちょっと興味がある。
どんな感じなんだ。
やっぱヨーロッパ風の街並みか?
漫画やアニメが出所のイメージを頭に描きながら、一歩出た。
……はあ?
何だここ?
「落ちるなよ」
ティラノに注意された。あいつはこっちを見ていない。
えーと。
いやその。まあ、確かに。
落ちるのは嫌だな、こんなとこ。
ティラノもパムも、そりゃ住人だからなんだろうけども、有り得ないくらいとっても普通、ふっつーに歩いていく。
あいつらには、この光景がどんな風に見えてるんだよ。
俺、どうしてもこれ以上は足を出す気にはなれない。
外からの刺激には何も感じない。
風が吹いているっぽいが、寒くも暑くもないし、匂いもしない。
ていうか今の俺には判らない。
でもな。
視界はちゃんと働いているんだ。
歩けるか、こんなとこ!!




