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いろんな意味で、異世界生活は楽じゃない

「体力測定するぞー」


 えっ!?

 さっきも聞いたぞ、体育担当の面倒くさいこの宣言。


 つーか、グラウンドにいるのはさっきと同じだが、男子と女子に分かれた直後、女の子達が野球部向けのバックネットがある方向へ歩いていくのが見える。

 で、俺ら男子は、陸上トラックがある校舎の正面に一固まりになってて。


「タイム勝負するべー」

「一番遅いやつがジュースおごりな」


 ええっ!?

 森野がしょーもない事を言い出した、これもさっき聞いた。


 時間が戻ってる。

 両膝を見た。


 レナが作ってくれたいんちき擦り傷が無い。

 五十メートル走のタイム計測直前に、戻ってるんだ。


 優也は!?

 俺は、横のひょろ高い男を思い切り振り返った。


「何だよ、急に。

 びっくりするだろ」


 きょとんとした顔が、俺よりちょっとだけ高い位置にあった。

 良かった。

 あの不審モードも無かった事になってる。


「あのさ、ユーヤ。

 俺は、ほんとはめっちゃ足が速くて、五十メートルを一秒で走れる。

 とか言ったら、どう思う?」

「ばかだと思う」


 スーパーあきれた顔で、即答。

 良かったぁぁぁ!


「諏訪ぁ。

 何言ってんの。鈍足のくせして」


 体力自慢の森野が、ばかにしきったような口調でからかってきた。

 さっきなら、かちんと来ただろうが、今の俺はむしろほっとしている。


 どうやったかは判らないが、とにかくティラノは何とかしてくれたんだ。

 ……後が怖いけどさ。


 何度も頼める事じゃないっていうか、頼む度に神殿で誓いを奉納させられたら、さすがに身が持たねー。

 今度は慎重に。


 ジュースをおごるとか何とか、さっきと同じやりとりが始まった。

 この場に居て、あいつらのペースに巻き込まれたら、また同じ失敗の繰り返しだ。


 学んだ俺は、優也を引っ張って、聞こえないふりしつつ計測を待っている連中の後ろに並んだ。

 相手にしないのが、一番いい方法だったんだ。


 森野達は、俺らを巻き込みたかったんだろうが、知らんぷりして列に紛れ込んだ俺と優也に、しつこくはして来なかった。


 俺の番が来た。

 俺と優也、残りは二人。


 よし、レナには頼らないぞ。

 スタートの号令で、俺と三人の組は、一斉に走り始めた。


 うん、今度は順調だ。

 周囲も別に驚いた様子は無いし、横には優也がいるし。


 ゴールインして、タイムは九秒ちょい。

 よぉぉっし、妥当だ。


 平凡よりやや下の記録で、内心ガッツポーズする俺。

 さっきの失敗は、俺だけの記憶になっている。


 つくづくと、あの超常パワーは異世界でしか使い道がないんだと思った。

 この元の世界では、悪目立ちしないに限る。


 もしあのままいってたら、俺はほんとに生きていけなくなったかもしれないんだ。

 そうと判ったからには、体育の時間は要注意だな。

 くれぐれも、便利だからってレナに頼りすぎないようにしなきゃな。



 無かった事になった時間で、唯一惜しいと思ったのは、松沢さんとの会話も消えちゃった点だなぁ。

 あれだけは勿体ない気がして、しょうがない。


 でもなー。

 話しかける機会が無いんだよなー。


 体育が終わって更衣室へ引き上げる時、玄関で松沢さんを見かけた。

 女の子が四人でグループ作っている。


 その中の一人だ。

 みんな大人しそう。

 んー。

 やっぱ松沢さんが一番可愛い。


「お前、松沢さんが好みか」


 優也にぼそっと訊かれた。

 わっ、見られてた!

 でもまあいいか、こいつだし。


「可愛くね?」

「俺はあんまり判らん」


 地味系の子には興味がないのか、こいつ。地味系のくせして。

 俺の勘によれば、こいつは陽音に気があるもんな。


 親友と、女の子の好みが被るのはいただけない。

 えぐい状況にはなりにくいらしいので、まずは良しとする。


 ただ問題は、陽音に気があるって事をだな。

 本人より誰より、ティラノにばれてはとってもまずい。


 俺の様子を見ていたっぽいからなー、もしかしたらばれてるかもしれないが。

 ある意味で、本人に隠すよりも難しい。


 とか何とか考えてたら、その陽音と廊下で行き会った。

 双子は、クラスを離されるのが決まりらしくて、俺はB、陽音はGと、けっこう距離がある。

 Gクラスは、教室移動中みたいだ。


「体育だったの?」


 陽音は普通に話しかけてきた。

 あ、優也が微妙に反応しているぞ。

 そわそわして、あっち見たりこっち見たり、急に視線が泳ぎ始めた。


「はるは、次は何だ?

 理科っぽいな」

「そうだよ。

 生物室行くの。じゃーねー」


 手をひらひらさせて、先に行った友達を追いかけていく。

 その後姿をじっと見ていた優也が、軽く息をついた。


 あれ、こいつもしかして、けっこうガチで陽音に気があるんじゃね?

 本人には自覚は無いけども、命賭けになりかねないぞこりゃ。


「ユーヤ。

 命を大事にな」

「は?」


 何を言ってるんだって顔されたが、俺は言わずにいられなかった。

 いやほんと。マジでマジで。



 次の授業は、大っ嫌いな数学だ。

 体育の直後で疲れてるし、眠くなりそう。


 教科書を用意しながら、俺は異世界に意識を飛ばそうかと考えた。

 ティラノが何を誓わせるか、正直言って気になる。


 代償が発生しているけど、助けてくれたのは確かだしな。

 礼を言うのが遅くなったら、異世界ルールに引っかかるかもしれないと思うと、割かしやばい気がする。


(レナ。

 俺の意識を、こっちの世界に残しながら、異世界に切り替えてくれ)

(かしこまりました)


 やっぱ何事も細かい指示が大事だ。

 俺の勝手な思い込みで、雑に指示したらどうなるか、さっきで懲りた。


 目を開けたら、そこは異世界。

 あの超豪華ホテルの客室みたいな、狭くてごちゃごちゃした教室とは大違いの空間だった。


 俺はばかでかいベッドに寝ていたようだ。

 レナは指示に従って、俺の意識を元の世界に戻してくれたんだが、こっちには残さなかったんだろう。


 ベッドサイドを見ると、着替えが用意してあった。

 こっちの世界風って感じ。


 麻っぽい素材の、足首までたっぷり覆う、何かワンピースみたいなやつ。

 薄いベージュ色してるだけで何の模様も無い、めっちゃ地味な服だ。


 ズボンは革製だな、ぴっちりしている。

 でもって、靴は……サンダル。


 木じゃないな、見た目は石だけど、触るとふわふわしててビーチサンダル系だ。

 これがこっちの世界の標準ファッションらしい。

 お洒落にうるさい陽音なら、俺が着た姿を見ただけで


「何なのよ、そのださい恰好!」


 軽くキレるに違いない。

 もちろん、自分が着るなんて絶対拒否だろうな。


 俺は別にそこまで洒落っ気は無いんで、気にしない。

 ちくちくする。


 でも、肌に感覚がある証拠だ。

 生きてる実感が沸いて、この痛痒い感じも嬉しい。


 最後に黒いベルトを腰に巻き、締めて完了だ。

 えーと、ティラノはどこに居るんだろう。


「誰か居る?」


 ベッドのへりに座って人を呼んでみた。

 すぐにドアがノックされた。


 人の手じゃない、ドアノッカーでかんかん叩いたような、甲高い金属音だ。

 そして、赤い髪のスレンダーな長身美人が入って来た。

 キイだな。


「お呼びでございますか、フミト様」

「マスターに会いたいんだけど」

「かしこまりました」


 キイは一礼して、壁の黒い板に近寄って行った。

 昨日の夜、寝る前に発見したやつじゃないか?


 確か、ルームサービスみたいな、飲み物とか食べ物とかを注文する専用じゃなかったっけか。

 何をする気か、黙って見ていたら、キイは板に指を触れた。


 ぱっと明るくなって、色が変わった。

 赤になったぞ!?


「え? それどういう仕組み」


「連絡板でございます。

 触れる事で色が変わり、役割も変わります。

 赤はマスターへのお呼びかけに用います」


 へー。

 見てたら、さっきより赤みが強くなった。


「マスターが、居間へお呼出しをなさっておられます。

 どうぞ、こちらに」


「へー、真っ赤になったら居間へ来いって意味なんだ」


「左様でございます。

 マスターが御多忙でお目にかかれない時は、黒に戻りますので、ご連絡をお待ちください」


 キイの説明から、普段は黒が標準らしいって見当がついた。

 これはこれで便利グッズだな。


 他の役割は後で訊こう。

 ティラノは面会オーケーらしいから、今すぐ行った方がいいよな。


 とことこ歩いて、昨日も行った居間へ。

 この部屋はポーマが強いんだ、今の俺なら判る。


 ティラノは、いつもこの部屋に居るわけじゃないんだろうが、俺を呼び出す時はここって決めてるっぽい。


 ポーマを体内に取り込む充電タイムってとこかね。

 元の世界では、とっても退屈に数学の授業が進んでいる。


 俺は最低限の意識だけを残していて、黒板をぼけーっと眺めているところだ。

 今のところ、あてられそうな気配は無い。


 こっちに集中出来ると安心して、居間に入った。

 今日はキイも一緒に来ている。

 応接セットにティラノはいなかった。

 あれ、どこだ。


「マスターはこちらにいらっしゃいます」


 キイに先導されて、居間の奥までまっすぐ進む。

 突き当りの壁で立ち止まったら、光の輪が浮かび上がった。


「どうぞ、お進みください」


 案内はここまでらしい。

 念のため、手をクロスさせて一礼、光の中に一歩。

 見た感じは書斎ってところだな。


 どうやら異世界の基本らしい、でかい机に椅子、どっちも石っぽい。

 机なんかもう、うちの食卓テーブルみたいだ。六人くらい席につけそうな。


 書き物でもしてたんだろうか、机の上にはうっすら光る紙と、用途がよく判らない丸い置物。

 机の周囲は圧巻だ。


 本棚、それもスーパー大量の蔵書がある。

 どれもこれも、百科事典レベルの分厚さで、背表紙は革だ。


 異世界に木は無いっぽいから、本も机の書類も、もしかして羊皮紙みたいなやつなんだろうか。

 うすく光っているのが気になるけどさ。


 ばかでかい執務机から少し離れて、入り口(っていうか、今は無くなった)にあたる壁付近には、やや小さめの丸テーブルと椅子がニ脚ある。

 ティラノは素顔の状態で、机に向かっていた。


 俺が来たのを見て机から離れ、そっちの椅子に座れと指で示して来た。

 座る前に言う事がある。


「えーと、マスター。

 さっきはどうもありがとうございました」


 我ながらぎこちなく、礼を述べた。

 ティラノは意外そうな顔をして


「ほう、言われる前に挨拶したのか。

 少しは進歩したな」


 軽く笑った。

 やっぱり、挨拶を省略するのはこの世界のルールに違反するんだ。


 上位者には絶対服従と、礼儀だたしく。

 それがこの世界の基本なんだろう。

 ティラノが座るのを待ってから、俺も椅子に腰かけた。


「いい傾向だ、この世界に馴染んできたようだな」

「命に関わるっぽいんで、急いで覚えなきゃと思って」


「その通りだ。

 お前の世界はどうだか知らんが、この世界は何事も上位者の意向が優先で、礼儀を欠かさない事。

 長生きの秘訣だ」


 おっかねー事を言うなぁ。


「で、俺に用件は何だ。

 礼を言うためだけに来たのか?

 殊勝な心掛けだ」


「いやあの、誓いの事なんだけど。

 何を誓えばいいのかなって思って」


 礼儀も大事だが、誓いの内容はもっと大事だ。

 どうか、無茶ぶりだけはやめて欲しい。

 ティラノは頬杖をついて


「俺から、誓いの内容を指定する事は出来ない」


 ラッキーな事を言い出した。

 良かった、自主性に任されるんだ。

 少なくとも、永住の強要はされないと確定したみたいで、俺はほんとにほっとした。


「誓いを奉納するのは明日だ。

 それまでに考えておけ」


「何でもいいのか?」


「構わんよ。

 実行可能で、世界の役に立つ。


 この二つを守った内容なら、後は自分で考え、自分の意志で奉納してよい。

 自分の力が足りない誓いを述べても、神殿は拒否するだろう」


「拒否されるとどうなるんだ」


 俺の問いに、ティラノはにやっと笑って


「死ぬ」

「マジか。

 それ、どのタイミングで判るんだ?」


「死んだら判る。

 言い方を換えれば、事前には判らんよ。

 奉納した瞬間に、生死が決まる」


 信じられねー事を、しれっと言いやがったあああああ!

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