表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/25

教訓は高いものについたっぽい

 五十メートル走のタイム計測は、四人一列で一組、一応は背の順って事になっている。

 まー、誰も聞いちゃいないが。


 俺は売られた喧嘩をめっちゃ買ってしまって、森野と他の二人の組に並んだ。

 走り終わったやつが、先生の手伝いでストップウォッチを持ち、ゴール前に立っている。

 グラウンドにある陸上用の直線コースに、俺たちは整列した。


「お前、ほんとにやんの?」


 よっぽど信じられないらしい、森野は自分で言ったくせにしつこく訊いてきた。


「負けたら俺らに毎日ジュースおごりだぞ、一学期の間ずっと」

「何で期間延長してんだよ」


 いつのまに一学期中って話になった。

 この野郎、完っ全に俺を舐めてる。

 パワー全開にする必要はないだろうが、レナに


「少しだけでいい、力の抑制を外してくれ」


 指示した。

 かしこまりました、とあっさり承知された時、なんていうか。

 体の奥から、熱が高まって来たような気がした。


 力がみなぎって来る。

 封印を解くって、こんな感じか。


 体が熱くなってきて、少し呼吸が苦しい。

 パワーを放出したい欲求が膨れ上がって来るような。


「用意」


 合図担当を引き受けたやつが、声をかけてきた。

 四人ともクラウンチングスタイルになる。


 うわ、うずうずする。

 俺はじりじり足摺りしていた。


 速く走りたくて仕方がないんだ。

 さっさと号令かけてくれ!


「スタート!」


 前につんのめる勢いで、俺は思い切りダッシュをかました。

 なんか、騒がしい。


 周囲が驚いているんだろうか、どよめいているのが耳に入って来た。

 いや、俺も驚いてるんだが。


 何だこのスピード!

 足が軽いっ!


 自分の足の動きじゃない、ぐんぐんゴールが近づいてくる。

 じゃなくて、俺が向かっているんだ。


 一直線に、ゴールラインを駆け抜けて、しかもまだ止まらない。

 ちょっと待て!

 レナ、止めてくれ!

 弾みがつきすぎだ、自分でも止められねーっ!!!



 勢いあまって、女子のグループ至近まで来ちゃったよ。

 男子とは離れて、遠投やってるらしい。


 つまり、陸上のトラックから三百メートルくらい離れた、野球用になっているバックネット設置スペースまで来たんだ。


 やらかしたぁ!

 どう考えても、人間技じゃない。


 約十二~三秒秒で、三百メートルを一気に駆け抜けはさすがに無い。

 レナが足を止めてくれたけど、これがまた思いっきり急停止だったもんで、顔面からずざーっ。


 プロ野球選手レベルの壮絶なヘッドスライディングまでやってしまった。

 女子がキャーキャー言ってる。


 もちろん、凄いって意味じゃなくて。

 変態野郎現わる、くらいのノリだ。

 そういう声援じゃない感もりもりの「きゃーきゃー」は要らんかった。


 体のダメージは、レナのお陰か違うのか判らんが、とりあえずは無いっぽい。

 痛みも無くて、すぐ起き上がれた。

 体を起こした拍子に、女の子のナマ足が視界に入った。


「諏訪くん?」


 心配そうな声が降って来る。

 顔を上げたら、ショートヘアのスリムな子、ええと。


 松沢さんか。

 普段はほとんど話さない子が、俺を覗き込んでいた。


「大丈夫?

 かなり派手に転んだけど」

「え、ああ」


 立とうとして思い当たった。

 こんだけ勢いよく顔面スライディングかまして、かすり傷一つ無いのは、いくら何でもおかしい。

 腕立て伏せの出来損ないみたいな恰好のまま、俺は


(レナ。

 鼻血出せる?

 それと、出来れば膝に擦り傷作って欲しい)


 状況のごまかしに全力を挙げた。

 走っちゃったものはもう仕方がないが、せめて、転んだ形跡くらいはそれっぽく見せかけなきゃ。


(フミト様がイメージしてくだされば、お体にその様子を映像として反映させる事は出来ます)


 返事が来たので、急いで鼻血だらだらの、両膝に擦り傷がある姿を精密に想像した。

 おっ、鼻に違和感がある。


 立ち上がって両膝を見ると、うん。

 なかなかいい感じの擦り傷が出来ていた。


 いい感じの違和感とか擦り傷とか、どういう事だよ、我ながら。

 心の中でセルフツッコミしつつ、傷の周りの砂埃を手で払ってみる。


「だめだよ、手で触ったら」


 おおう!

 手を掴まれたーっ!

 女子にーっ!


 ショートヘアの大人しめなかわいい子にーっ!

 つい浮かれちゃったけども、松沢さんは真面目に怪我の心配をしているようで、やっと追い付いてきた先生に


「保健室行った方がいいと思います。

 諏訪君、かなり怪我してます」


 一所懸命に訴えてくれた。

 騙してる気がして、とっても心が痛い。

 松沢さんの親切が嬉しいような、困るような。


「大丈夫じゃないな、これは。

 誰か付き添って、保健室へ」


「後藤ついてってやれよ。

 お前、諏訪と仲いいじゃん」


 誰かが言い、それを合図にしたように、のっそりとした動作で優也が手を差し伸べてくれた。


「歩けるのか」

「ああ、大丈夫」


 うーん、何か優也が目を合わせてくれない気がするんだが。

 心なしか、口調も冷たい気がするんだが。


 俺としちゃ一人で行きたいところだけども、怪我の見た感じがリアルすぎて、付き添い無しでも行けるとは言いにくい。

 とってもぎくしゃくしながら、俺は優也に連れられて、グラウンドから離れた。



 痛い。

 沈黙が痛い。


 廊下を歩いて保健室に向かう間、優也は一言も話さなかった。

 俺もうっかり口を開けない。


 そりゃ雰囲気もおかしくなるよな。

 きっと、信じられないタイムが出たんだと思う。


 俺が考えていた「少しだけ」と、レナの「少しだけ」が、だいぶズレていたせいだ。

 明らかに、俺の予想を上回る力の解放だった。


 でもレナのせいじゃない。

 油断して大雑把な指示をしてしまった、俺の責任なんだ。


 せっかく力の抑制が出来ていたのに。

 余計なところで、やらなくてもいい事をやらかした。


 これ、どう説明しよう。

 校舎の一階にある保健室に近づいて来た時、優也が


「お前さ」


 いきなり話しかけてきた。

 めっちゃ、声が低い。

 テンションも低い。


「いつから超人になった」

「え、ああ、いや」


 まあ、訊かれるに決まっているよな。

 超人っていうのが、ちょっと引っかかる。

 どんなタイム出たんだ。


「俺、そんなにスピード出てたのか?」

「普通じゃない」


 ぼそっとした返答だ。

 ううう。


 やばいやばいやばい。

 思ってた以上に、周囲には衝撃だったらしい。

 まさか五十メートル一秒とか、そんなんじゃないんだろうな。


「バイク並みだったぞ」

「えー」


 とってもわざとらしく、俺は驚いたふりをした。


「そんな事は無いだろ。

 間違いだよ、見間違い」


「ストップウォッチ見ればはっきりする。

 俺は、お前が女子の計測スペースまで突っ走った時点で、先生が驚いてたのを見た。

 周囲も騒いでたし、有り得ない記録が出たのは間違いないだろ」


「いや、それ、あのう」


 どどどど、どうしよう。

 記憶だけなら勘違いでごり押し出来ない事もないが、記録は。

 数字はごまかせないぞ。


 タイム計測係か先生だったのが、またまためんどくさい。

 生徒同士なら遠慮ってもんもあるが、相手が教師なら、そんなもの期待するだけ無駄だ。

 これはスーパーやばいんじゃないか。


「いろいろと、信じられない」


 優也はまたぼそっと言った。

 ……そうだよな。


 記録がどうのって問題以前に、こいつからすれば、運動ダメ仲間のオタク友達と信じてた男が、実は有り得ない運動能力を持っていたなんて。


 それをずっと隠されてたと思ったらさ、やっぱやり切れない気持ちになるよな。

 ぼう然としている幼馴染の横顔が視界に入った時、俺は短気を起こした事を反省した。

 仕方ない、こうなったら。

 俺達は保健室に入った。



(パム。

 頼むよ、返事してくれ)


 保険医の先生に傷口消毒して貰いながら、俺は心で呼びかけていた。

 いきなりティラノに泣きつくのは、さすがに気が引けたんで、まずはパムに相談だ。

 少しの間をおいて、パムの顔が頭に浮かんだ。


(何をやっているのだ、貴様)


 あ、のっけからお怒りモードだ。

 こっちの様子を見ていたんだろうな。


 怒られるけども、まぁ話は早い。

 この際はそれでいい事にする。


(ごめん、とにかく何か対策が欲しいんだ。

 助けてくれ)

(助けるも何も、私は手を出せない。

 マスターにおすがりする他は無かろう)


 あああ、きっぱり断られた。

 まー、何となくわかっちゃいたけどさ。


 やっぱティラノに頼むしかないか。

 助けてくれるのか、めっちゃ怪しいけども。


(ティラノに相談してみる)

(その手間は不要だ)


 あっ!

 今度は恐竜の顔がどアップになった。

 そりゃまあそうか、パムがこっちの事を判っているんなら、ティラノにだってすぐ伝わるわな。


(短絡的な行動をとるのは、あまり感心せんな)

(ごめん。

 頭に来すぎて、思わず、あのう)


(まあいい)


 あれっ!?

 意外と物分かりがよさげ。


(事情は承知している。

 男として、売られた喧嘩を買う心意気は評価しない事もない。


 案外と勝気なのだな、お前は。

 良い面を見られた。今後に活かそう)


(もしかして、何とかなるっぽい感じ?)


(上位者をただ働きさせる積もりか。

 この世界のルールに反するぞ)


 ええええっ。

 ルールに反するって、それは要するに消滅コースかよ。


 そう考えたら、ティラノは重々しく頷いた。

 じゃ何か。


 このピンチを切り抜けるのと引き換えに、俺は恐竜男に代金を支払わなきゃいけないっていうのか。

 俺、そんな持ち合わせは無いぞ。


 そもそも異世界の通貨って何だよ。

 魔力源泉か? 一級樽みたいな。

 慌てていたら、恐竜バージョン特有の、上下に体を揺する仕草が頭の中に見えた。


(お前が一級樽を持っているわけが無い事くらい、自明だ。

 そうではない。

 神殿に誓いを奉納するのだ。追加で)


 げげげげっ!!

 絶対に破れないっていう、あの超束縛系の誓いをか。


 それが代金なのか、マジかよ。

 金を払うよりよっぽどしんどいわっ。


(嫌なら嫌でも構わん。

 困るのは俺ではないからな)


 とてもあっさり突き放しモードに入られて、俺は焦った。

 助けて貰ったら、何を誓わされるか判ったもんじゃないが、かと言って、俺が一人で何とか出来る範囲はとっくに超えている。


 ああああ、まさか異世界に永住じゃないだろうな。

 だとしたら、一生の不覚レベルで大失敗だった。


 でも。

 めっちゃ落ち込んでいるっていうか、不審そうな顔で俺をじっと見ている優也に気づいた時


(この場を何とか出来たら、神殿で誓うよ)


 俺は心を決めた。

 自分の失敗なんだ、責任は自分でとらなきゃいけない。どんな要求をされたとしてもだ。


 何より、これがきっかけで、幼稚園時代からの付き合いだった親友と仲が悪くなるのは嫌だ。

 ティラノは満足したらしい。


(承知した。

 パム、力を貸せ)


 こうなりゃ、運を天に任せる。何とかしてくれ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ