特訓!!
俺の手が掴んでいるもの。
ごっつい盾の取っ手だ。
かがんでる俺を完全に覆う、たぶん一メートル三十センチくらいはある、厚さも軽く一センチは越えているだろう。
重武装の騎士が持っているような、長方形の盾を、俺は想像力で実体化させたんだ。
無駄にディティールが凝ってるけど。
えっらい金ぴかで、成金趣味みたいだけども。
「よくそんな盾を思いついたな。
本当のところは、慣れているのか?」
ティラノも意外だったらしい。
まあ、そうだよな。
魔法とかそういうのはからっきし知識ゼロのくせして、やたらごつい上に色は黄金、縁取りもつる草っぽいデザインが採用されていて、表面もきっと趣向を凝らしたものになってるだろう。
そんなものをひょいと出せるなんて、自分でもアンバランスだと思うくらいだ。
アニオタ云々は説明しても、ティラノには意味不明だろうから、ちょっと考えて
「そういう本がいっぱいあるんだよ、俺の世界には」
無難な感じで返事した。
笑い声が聞こえた。
素顔ティラノだろうな。
「では、あの本はおまえの所有物だったのか。
ハルネの物ではなく」
「は?」
何言ってるんだか、よく判らなかった。
こんな会話してる最中でも、恐竜顔バージョンのティラノは余裕で力を入れて来やがる。
こいつの攻撃を押し返す事に集中しなきゃ、そのうち防御しきれなくなりそう。
でも、だ。
本っていうのが気にかかる。
俺がこの異世界に首だけこんにちはする直前、陽音と喧嘩していた。
貸してやった本に折り目がついてたからなんだけども、妹は
「知らないってば。
ページ折ったりなんかしないよ」
「俺が折るか!
おまえに貸したんだぞ、買ったばかりの本!」
「だからって、なんで疑うのよ。
私、借りた物を適当に扱ったりなんかしないわよっ」
自分じゃないと主張していたんだ。
俺も、買いたての新刊本に折り目付けるなんて、悪魔の所業をやらかした覚えは無くて、それで言い争いになったんだよな。
……すると何か?
あれはもしかして!?
「おまえの仕業かよ、ページ折りやがったのはっ」
「召喚円陣を発動させるのに、中継点が必要だったのでな。
円陣を通さず、意志ある者に接触は出来ない。
あの方法しか手が無かったのだ」
「おまえの勘違いが原因かよっ」
やっぱりか!!
詳しいやり方はともかくとして、貸した俺の本を、陽音の物だと思い込んだ結果、目印みたいなのをつけたんだな。
人の新刊本を傷物にした挙句、持ち主(の首だけ)を異世界へ誘拐しやがるとは。
とんでもねー野郎だ。
思わず脱力っていうか。気持ちが揺らいだ。
その途端。
盾が強度を失ったように、ひび割れを始めた。
ばきばきと、恐竜ティラノの剣を受け止めている位置から、下に向かって亀裂が走っていく。
うわ、やばいっ。
いったんクラックが入ったら、どう補強してもその部分は強度が戻らない。
ハンクラーとして、何度かそういう経験を積んだ、その知識が俺に
「盾を放棄しろ、新しく作り直せ」
と教えてくれた。
ちらっと背後を見てみる。
ほんの少しだけども、隙間があった。
俺は盾の取っ手をを放し、ティラノに向けて内側から蹴り飛ばした。
そこそこ重量がある、四角い物体が自分に向かって倒れ込んできたから、さすがにあいつも無駄口を叩く暇は無かったんだろう。
対処している、その隙を狙って、俺は目をつけておいた隙間に潜り込んだ。
マッチョ体形のあいつは、追っては来れないだろう。
岩壁がとりあえずの盾代わりになる。
時間を稼いでいるうちに、何とか次の手を考えなきゃな。
……とか、のんびりやってられる状況じゃなかったあああああああ!
雷が落ちたみたいな爆音がして、目前の岩が木っ端微塵に吹っ飛んだ。
前にも嗅いだ覚えがある、火薬が燃えるような焦げ臭さが、鼻先を漂った。
みたいな、じゃない。
ティラノの野郎、雷を落としやがったんだ。
魔法で、物凄いピンポイントで。
俺の目の前の岩壁だけが、がらがら崩れ落ち、あっというまに瓦礫の山が出来た。
こいつ、信じられない実力の持ち主だ。
見ていて判った。
雷の魔法を使った直後に、こいつは自分が放った電光を回収したんだ。
落雷には放電がつきものだ。
でも、エネルギーのロスは少しも無かった。
こんな至近にいたのに、感電しなかったのは、俺が防御したからじゃない。
どこへ行くか判らない電気を、ティラノは全て自分に戻るよう、誘導したんだ。
電流が地面を通って、あいつの足元に集まって行ったから。
たぶん、デモンストレーションだろう。
魔法は制御できるってところを、俺に見せているんだ。
でもな。
手本を示されたからって、すぐ出来るようになるとは限らないっつーの!
どうしたもんだか。
ティラノ先生の熱血魔法特訓は続いた。
逃げづらい場所で、盛んに電撃を仕掛けてきているのは、たぶん結界の張り方を「体で」覚えさせる目的があるからだろう。
それは何となく予想がつくんだけども。
「まだ終わらんぞ?」
めっちゃ余裕で、逃げ惑う俺を追い立てる恐竜野郎に、気持ちよい感想なんか持てるか!
一気に五~六ケ所、落雷のシャワーが降り注いできて、焦った俺が、そこしか逃げ場がない、つまり罠だと誰にでもピンとくる狭い岩場の陰に飛び込む。
すると、恐竜ティラノは、ばかでっかい剣を水平に一薙ぎ、岩をすっぱーんと真横に斬り飛ばしやがる。
首まで軽く吹っ飛ばしそうなくらい、ぎりぎりを攻めてきやがるからな、こいつ。
あちこちの岩の隙間に滑り込みながら、何回も盾を出現させ、その度に防いでいる。
初めの二~三回は、正直なところ失敗して、盾で弾いたものの、強度が足りなくて岩もろともぶった切られたり、電撃を防げなくて感電しまくったり。
想像力を駆使して盾を作り出すのも、無限に出来る技じゃないと判って来た。
うすうす察してはいたけども、やっぱり回数を重ねると、盾のクォリティも下がってくるようだ。
最初は細部のデザインにも凝る余裕があったし、重量も強度もこだわれた。
でも、だんだんしょぼくなってきてる。明らかに。
さっき想像で出現させたのなんか、ひどい出来損ないの円盾だ。
手首に革帯を巻いて固定しているんだけど、なんかもう、革って言うより包帯だよこれ。
盾も木だ、表は何とか革張りっぽいけど、なんちゃって系の偽物みたいな、見るからに頼りない感じ。
うー、想像力も底を尽きかけてんのか。
今のとこの救いは、ポーマがあんまり減っていないってところだな。
けっこう派手な立ちまわりやってるはずなのに、胸にがっちりはまりこんだルビーは、まだまだ明るく光っている。
正直なところ、ポーマを使い切ったらどうしようって気持ちがあって、踏ん切りがつかなかったんだけども。
この際は、思い切って、反撃を試してみてもいいのかもしれない。
考えていたら。
超ど目の前に、物凄い細い雷が落ちた。
音もしなかった。
わずかに電光が空中に迸って、まるで毛細血管みたいだった。
が、それだけで終わるものじゃなかった。
雷は、地面に落ちてからが攻撃の本番だったんだ。
岩場の四方八方へ、蜘蛛の巣状の青い光が伸びていき、岩の中を伝って上へと向かう。
そして!
俺の頭上を少し超えたあたりに到達した時、一斉に岩を内側からぶち破って、降り注いできたんだ!
鞭のようにしなって、俺の全身をからめとる稲妻!
両手両足、胴体、首に至るまで。
ばりばりと音を立てながら、雷光が俺を縛り上げていく!
必死に体をよじり、踏ん張りながら腕を振り上げてみたけども、ダメだ。
感電はしなかったが、手応えも無いんだ。
鞭みたいな光を引っ張ろうとしても、手で掴む事は出来ない。
そのくせ、ゆっくりとだが、体が縛られていく感覚が広がってきた。
それだけじゃない!
目の前に、立体化した稲妻が落ちてきたぁ!!
無理やり頭上を仰いで、俺は息をのんだ。
「なんだありゃあ!!!!」
まさかティラノのやつ、これをお見舞いする積もりか!?
立体稲妻の巨大バージョンだ、どう見ても、男の二人分くらいはある大きさ。
透明プラスティックとかメラミンとかで出来ている、オブジェのような見た目だ。
その中に、雷エネルギーが凝縮されて閉じ込められている感じ。
稲妻型の透明オブジェに、雷が封入されていて、行き場を求めて荒れ狂っているような。
あれを、俺の頭上に落とすってのかよ、ティラノ!
「むろん。
おまえのボディは木だ、熱に弱い。
さぞ盛大に燃えるだろうな」
「ふざけんな!
俺は蝋燭じゃねえっ」
「ふざけてはおらん。
燃えるのが嫌なら、何とかしてみろ。
自力でな」
スーパー冷酷な恐竜男の宣告だった。
スパルタ教育にも程ってもんが!!!
いやいやいや。
抗議は意味が無い。
もういい加減に判ってるはずだぞ、俺。
何とかして切り抜ける。
ティラノは、問答無用で俺を殺す積もりじゃないはずだ。
もしその気なら、とっくに攻撃している。
一応だけども、時間の猶予はくれてるんだ。
俺を縛り付けている縄状態の稲妻。
これを何とか使えないか。
レナばっかりあてにしてたけど、召使ちゃんを貰う前は、パムから伝達された基礎知識を使いこなしてはいたんだ。
何らかの対策は無いか。
俺は、必死に頭の中の知識を探った。
レナを使えないっていうだけで、知識そのものは使っちゃダメって事じゃないだろう。
かつてない高速で、基礎知識が検索されていく。
何だか、効率的な使い方が判って来たぞ。
ティラノが俺を凝視している、その視線を意識しつつ、とにかく反撃というか、せめてこの状況を改善する方法を。
俺は探した。
……やれば出来るもんだな。
そうか、この手があったか。
ついでに、俺が抱えているいろんな問題を、一気に解決するとっかかりにもなる。
探し当てたぞ。
素顔ティラノの、低く抑えた笑い声が、どこからともなく聞こえてきた。
あ、そうか。
俺が気づいた事は、やつにも伝わるんだ。
ちょっとびびったけども、まあいいさと思い直した。
情報ダダ洩れは、最初からの事だった。
一時は修正されとはいえ、考えてみれば、ここはティラノが支配する空間だ。
こいつの都合次第で、どうにでもなったとしても別におかしくない。
見せてやるよ、ティラノ。
俺に教えるって言ってた「結界の張り方」について。
そう思ってたら
「では、見せて貰おうか」
宣言がされて、真上から透明オブジェが降って来た!
しかも途中で割れて、ガラスみたいな破片と、何百もの稲妻が!!