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俺vsティラノ、ガチでっ!

 ティラノは動じた様子も無かった。


「落ち着け。

 会話に熱中するのを勧めないと言っているのだ。


 もう、始まっている。

 座れ」


「は?」


「そうだな。

 まずは感覚が戻ってきている事を実感してみろ」


 感覚が戻ってる?

 ……あ!


 そう言えば、椅子に座った時、ふんわり感があった!

 このボディで、そんな感覚は今まで無かったのに。


 手で椅子のあちこちを叩いてみながら、匂いを嗅いでみる。

 おっ!?


 何だろう、知ってる匂いがするぞ。

 ラベンダーみたいな。


 でもって、手が!

 手が、元通りになってる!?

 椅子の見た目からは想像がつかないふんわり感も、触れば判る。


「ほう、やはり素地が高いな。

 もうそこまで行ったか」


 ティラノの声が、面白がっているような、感心しているような、とにかく無感動なものじゃなくなった。


「俺、元の姿になれるのか?」


 ちょっと、いや実はかなり期待して、訊いてみた。

 ティラノは大きく頷いた。


「幾つかの条件付きだがな。

 まずはその椅子にしっかり腰掛けろ。


 喋るな。

 気が散るぞ」


 命令がぽんぽん来る。

 椅子に深く腰掛けた俺は、ほとんど自動で意味を理解していた。


 この椅子から、ポーマを取り込んでるんだ。

 神殿で風呂に浸かった時と同じ、何かが染み込んでくる感覚がある。

 そうか、全身をポーマに接触させる事で、ティラノは


「分けてやる」


 を実行してるんだ。

 どのくらいか、はっきりはしないけど、ある程度の時間が経ったようだ。


「そろそろ、良かろう。

 回りくどいやり方だと、不満だろうがな。

 これでも配慮している積もりだぞ、義兄どの」


 こいつなりにからかってるらしい。

 いや、判る。


 神殿のポーマ風呂はやばかった。

 取り込みが速すぎて、意識が飛びかけたもん。


 パムが助けてくれなかったら、一体化コースだった。

 ゆっくり取り込めるように、なるほど配慮してくれてるんだ。


 俺の手は、完全に元の姿を取り戻していた。

 指も普通に動く。


 ついでに顔を撫で回してみた。

 ちゃんと、肌の感覚がある。体温もだ。

 ああ、これまで気にもしなかった「普通」が、今はとってもありがたいものだと思う。


「喜んでいるところ、水を差すようで気が引けるがな。

 その姿は、条件付きで維持が可能なものだ。

 おまえ自身は、あくまで召喚円陣に封印されている」


「判ってる。

 で、その条件って何だ」


「幾つかあるが、一番大事なのは、俺の屋敷に居る限りという事だ。

 屋敷の中であれば、絶えず俺の専用ポーマに満たされている。

 だが、外に出た場合は、その限りではないのだ」


「神殿じゃ無理だって言ってたの、それか?」


「そうだ。

 あの場では、公用ポーマ以外は使用不可だ。

 持ち込む事すら出来ん。


 神殿に攻撃されただろう?

 浄化作用というのだが」


 ああ、あれか。

 未精製だからっていうより、そもそも公用しかダメって場所だったんだな。


「神殿を訪れる際には、公用ポーマの中でも特に神聖な、清めのポーマを浴びる。

 通常は、柄杓に三回も浴びれば、浄化としては十分なのだがな。


 おまえは、どうやらあの程度の清めでは浄化しきれない、信じ難い大量の未精製ポーマを取り込む事が出来たようだ。

 それも含めて、素地が高いと評価している」


 うーん、あんまり素直に喜べないような。

 俺の微妙な表情を読み取ったらしく、ティラノは体を前後に揺すった。


「自覚が無いようだな。

 自分で試してみるのが一番か」


 こいつがそう言ったのと、視界が暗転したのが、ほぼ重なった。



 あれ?

 どこだここは。


 さっきまで、ティラノの居間にいたはずなんだけど。

 何で俺、こんな岩場にいるんだ?


 周囲はごつごつと切り立った岩だらけで、ろくに平らな足場が無い。

 今いる、たぶん直径で二メートルくらいな楕円状の地面以外は、ほぼでこぼこだ。


 背後なんか、完全に壁状態。

 しかも、板みたいに表面が均一ならまだいいが、ところどころ凶悪に飛び出してるごつい塊とか、牙かよって言いたい、とがった出っ張りとか。


 激突したら、串刺しになっちまう。

 天気もおかしい。


 曇ってるなんてレベルじゃない。

 風だけは穏やかだけども、どこから沸いてきたのか、空は視界の限りが雷雲だ。

 いつ雨だの雷だの降ってくるか。


 きょろきょろしてたら、目の前に知らない男がいた。

 うぉいっ!

 びっくりさせんなよ、つーか誰だ!?


 背が高い。

 青っぽい銀髪で、腰くらいまでありそうだ。


 額に略冠つけてる。

 皮革の鎧と、同じ素材らしいパンツ、長ブーツ。左の腰には鞘に納まった細身の剣。


 分かりやすい剣士スタイルの男だ。

 イケメンじゃん。


「マスターの素顔くらいは見知っておけ、フミト」


 この声!


「おまえが言うところのティラノこと、カエル・クロスラーク」


 やっぱりな。

 恐竜顔は本物じゃなかった、素顔は別にあったんだ。

 それもめっちゃイケメンのが。腹立つ。


「それが本名かよ。

 さっき、神殿で名乗ってたの聞いたぞ」


「この際は、ティラノに改名するのも悪くない」


 恐竜男、じゃない。

 マスター野郎は笑っている。


 俺はちっとも笑えねー!!

 スーパー嫌な予感がしまくってる。


 この流れといい、雰囲気といい、バトル展開以外に何がある。

 違ってたら、逆立ちして飯食ってもいいくらいだ。


「察しがいいな」


 ティラノもこっちの考えを読んだのか、笑いながら、右手を挙げた。

 何かの合図っぽい。


「結界の張り方を教えてやる。

 自分で体得して貰うがな」

「何でだよ!」


 ちゃちゃっと伝達とか、してくれりゃいいじゃんかよ!

 俺に戦えってのか!?

 そこの恐竜男パート2と!?



 とっても控え目に推測しても、俺の身長以上はある、巨大な両手持ちの剣を頭上に構えてるのは、もう見慣れちゃった元祖ティラノだ。


 ごっつく盛り上がった両肩とか、パンパンになってて固そうな太ももとか。

 あの指みたいなサイズの牙もちゃんとある。


 その、見るからにおっかない筋肉ムキムキの恐竜男が、素顔ティラノよりニ、三歩くらい前に出て、ゴーサイン即アタックな態勢になってやがる。


「仮人同士だ、遠慮無く戦え」

「じょ、冗談だよな」

「本気だ」


 素顔ティラノが消えた!

 元祖が飛びかかってきたぁ!


 ほぼ同時だった。

 格好に構ってられるか、逃げなきゃ。

 ほとんどすっころぶ勢いで、真横へダイブ!


「痛ぇぇっ」


 そうだった、感覚が戻ってたんだった。

 咄嗟に左へ逃げたというか、ほぼ横転したんだけども、腕や顔の左を擦りむいた。


 思わず手の甲で拭ったら、頬から血が出ていた。

 生身と同じ、赤い色をしてるけど、ほんのり光っている。


 腿や肩もずきずき痛んだ。

 打ち身もやらかしたな、こりゃ。


 すぐ動けなかった。

 恐竜顔バージョンのティラノは、様子見してるのか、でかい剣を構えたまま、俺を無表情に見下ろしてる。


 やばい。

 身動き取れないぞ。


 痛いだけじゃなくて、足場が悪すぎる。

 体を起こしたら、ソッコーで斬りかかられるだろう。


 でも、寝そべってたって同じ事だ。

 詰んだ!?



「自分で試してみる」


 だの


「自分で体得」


 だの、あれこれどうのこうのって、あいつ言ってたよな?

 まさか、殺しゃしないよな!?


 そう思いたいのはやまやまなんだけども。

 ティラノと目が合った時、俺は


「そんな甘いやつじゃない」


 と、思い直した。


 こいつの目。

 確実に急所を狙って、一撃で仕留める。


 戦いに慣れ切った男の目だぞ。

 いくら文系(インドア)でも、俺だって男だ。


 殺気は感じ取れる。

 動かないのは、俺の出方を伺うっていうか、半分以上はハンディキャップの積もりなのかもしれない。

 どうする!?



 ぞっとする殺気を浴びた時、体が反射的に動いた。

 思わず、倒れ込んだまま左に這いずった。


 すぐ、行き止まりに突き当たる。

 しまった、岩!


 この足場が悪い、狭すぎるスペースは、周囲を切り立った岩壁で囲まれてるんだった。

 ちくしょうっ、行き場が無い。


 気持ちは焦るんだけども、寝転がってたんじゃ、逃げるのも一苦労だとは、何とか思い至った。

 せめて上体だけでも起こさなきゃ。


 岩に縋りつくような、はっきり言えば相当かっこ悪い姿になったが、とにかく寝そべり上体は回避した。

 でも、それだけだった。


 反撃の態勢にはなれてない。

 ティラノは、ぐっと足を踏み込んだ。


 振りかぶっていたでかい剣を、さらに後ろへ引いて、勢いを溜めている。

 あんまりなタイミングだ、こいつ、俺が姿勢を変えるのを狙ってたとしか思えない。


 絶対、頭に向かって振り下ろす気だ!

 縦真っ二つにされる!


 冗談じゃねえ、スイカ割りにされてたまるかっ。

 レナ、手を貸してくれっ。


 きっと無理だと判っちゃいたが、一か八かの可能性に賭けて、サポートを求めてみる。

 が。


 やっぱダメだ、レナは沈黙している。

 返事も無い、姿も見せない。


 ただ。

 一つだけ!

 ピンチを切り抜ける方法、こいつが閃いた!


 砂利を踏む音がした。

 ティラノが、踏み込んだ足に力を入れたようだ。


 腰が据わっている。

 やる気だ!


 俺の予想は、次の瞬間には、残念な正解になった。

 刀身が降り落ちて来る。


 俺の頭上へ、全力を込めて、大剣の一撃を浴びせる積もりだ。

 躊躇いなんか、これっぽっちも感じさせない思い切りの良さだった。


 風を切る音が響く。

 ヤツの剣は、切っ先からポーマが溢れ出ていて、刀身がゆらゆら赤く光る陽炎に包まれているようだ。

 来るっ!!


 咄嗟に、俺は右手を挙げた。

 見た感じは、手のひらで、猛烈に襲ってくる大剣を受け止めようとしている。


 そう見えるだろう。

 でもな。


「ほう、気づいたか」


 ティラノの声がした。

 笑っている感じがするから、しゃべったのは、目の前の恐竜バージョンじゃないな。

 どこかで見てるんだろう、素顔バージョンの肉声に違いない。


「なかなかだ」

「ありがとよ」


 もうちょっと気が利いたセリフ言いたかったんだけどな。

 ついでに、せっかくなら恰好もつけたかった。


 まあ、仕方ない。

「閃き」が救ってくれた。


 今はそれだけで十分だ。

 目の前には、剣の柄を両手で握りしめ、指の先まで白くして、全力を込めている恐竜男がいる。


 もちろん、俺も、力はともかく気は抜けない。

 ちょっとでもバランスが変わったら、この状況は、またティラノ優勢に傾くだろう。



 ……つーか、ほんとにアニオタで良かったぁぁぁ!

 とりあえず!

 とりあえずではあるんだが、とにかく、俺は死んでないっ!

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