二人っきりで
自分の状態におろおろしちゃったけど、よく考えたら、別にティラノと同じ事やらなくてもいいんだよなって気づいた。
ていうか。
こんな時こそ接触の魔法なんじゃね?
ティラノも、侍女を貸してくれるって言ってるんだし、このくらいなら大丈夫だろう。
そこまで思いついたのは良かったが、次なる大問題にも気付いちゃった俺。
どこにどう触りゃいいんだぁぁぁぁ!?
相手も男なら、遠慮もくそもないんだけども、何せ女の子だ。
パムの谷間むぎゅーん攻撃を思い出しつつ、俺は必死になって考えた。
接触の範囲が広い程、情報の伝達は速度も制度も上がる。
って事は、ポーマの影響力も範囲に比例するって考えるべきだよな? な?
そんなら、理屈の上では、女の子に抱き着くのが最善っていう。
俺の世界的には最悪の選択になっちまう!
あああああ、どうしたらいいんだ俺ーーーーー!
すっかりフリーズした俺に、パムはかなり苛ついたらしく
「おまえは一体、何をしている。
マスターをいつまでも玄関でお待たせするなど、無礼千万どころではないぞ」
電撃を浴びせてきかねない見幕で詰め寄って来た。
「いやその、この子達のどこを触ればいいのかなって」
しどろもどろになって答える。
パムは思いっきり眉を寄せた。
怖ぇぇぇ。
確かに、我ながら問題発言だったとは思う。
まるっきり変態宣言じゃんか、と言ってから後悔した。
でも、違うんだあ!
俺なりに真面目に考えてるんだあ!
ちょっとの間を開けてから、パムはふーっと息をついて
「どこを触るも何も。
手の甲あたりにでも触ればよかろうに」
とっても冷静な意見をくれた。
……うん、そうだな。
パムは俺の苦悩の意味を察しているらしい。
察したうえで
「ばかか、こいつは」
と、身もふたもない感想を持ったんだろうと思う。
だって俺も同感だもんな。
スミもキイも、別に俺が貰ったわけじゃない。
軽い接触で、俺と言葉以外でも意思疎通ができる程度になっていればいいんだからさ。
冷静になったら……恥ずかしー。
ついつい舞い上がっちゃった。
非モテ男の悲しさだなー。
我ながらアホらしいどたばたを経て、スミとキイの手の甲に軽くタッチ、何とか目的を達成した。
ティラノは辛抱強く待ってくれていた。
今の一幕に何もコメントしない。
「もういいか。
用意がいいなら、居間に来い」
それだけ指示して、屋敷の奥へと歩いて行った。
パムが、心から安心したといった様子になった。
「運がよいな、貴様」
「え? 俺?」
「当たり前だ、マスターの御前で失態を犯した者は、お前以外に誰がいる」
「失態って言われても」
俺が、そっちから見て「異世界の人間」だって、忘れてないか?
こっちにすりゃ、勝手が判らない世界なんだ。
そんないきなり馴染めるか。
ここまでついて来れただけでも、俺的には上出来だと思ってるくらいだぞ。
とか何とか、文句を言ってやりたい気分は山盛りあるんだけども、パム相手に言い争ってもなあ。
正直、三十人はいる女の子達の目の前で、口喧嘩もかっこ悪ぃ。
黙った俺をどう見たのか、パムは少し考えるような顔になった。
でもそれは、ほんの少しの事で、すぐ強気な表情を取り戻した。
「マスターをお待たせしてはならない。
行け」
スミとキイに、視線がいった。
二人とも、パムに会釈してから、俺に向き直る。
「ご案内致します、フミト様」
二人揃って同じ事を言う。
すげーシンクロっぷり。
俺達が動き始めると、残りのメイドちゃんが一斉に姿勢を正して頭を下げた。
こっちもすげーや。
毎日練習してると言われたら、信じるレベル。
スミに先導されて、めっちゃ広い廊下を直進する。
これ廊下って呼んでいいのか?
うちのクラス、四十一人が全員で横一列に並んでも、まだ両端に余裕がありそうな幅だぞ。
外観は豪勢だったけど、玄関や廊下だけでもこんなに広い内部だったとは、ちょっと思いつかなかった。
ティラノの居間ってどこなんだ。
まさか、到着までに廊下で一泊しなきゃいけないとか、そんなんじゃないだろうな?
「あのさ、スミ。
ティ、じゃなかったマスターの居間まで、歩かなきゃダメなのか?
魔法で移動とかは?」
どんだけ歩かされるのか不安になって、聞いてみた。
ダメもとで。
スミはちょっと振り返り、申し訳無さそうな顔で首を振った。
「当屋敷は、倹約方針でございます」
「は?」
いや、ダメもとではあったよ。
魔法の移動がオッケーなら、歩かされるわけはないからさ。
ダメは想定してたけども、理由が
「倹約方針」
って。
家計簿か!
俺はてっきり、結界が貼ってあるからみたいな、屋敷の防衛的な理由かと思ったのに。
なかなか馴染めねえなあ。
戸惑ってばっかりだ。
まぁ、どんな理由だろうと、歩かなきゃいけないっていうなら仕方が無い。
直進たっぷり二百メートルってところか。
二回くらい信号待ちさせられそうな距離を歩き、左だ右だと曲がりくねって、ようやく。
巨大な両開きのドア前にたどり着いた。
高さが三メートルくらいあるぞ、これ。
俺の驚きには何の反応もしないで、スミが手の甲を、中央に浮かんでいる紋章と重ねるようにしてかざす。
ドアは、内側に向かってゆっくり開いた。
居間っていうか、ほとんどホテルのロビーだな。
入室してすぐ、応接セットがあった。
テーブルは判るとして、椅子まで石で出来てるみたいだな。
座りにくそう。
でもって、とにかくいろいろでかいんだ。
ティラノと対面に座ったら、お互い怒鳴り合わないと声が聞こえないんじゃないかってくらい、椅子の間にあるテーブルがでかい。
椅子も、形は俺の世界でもよくあるタイプの一人掛けなんだけども、二人は余裕で腰掛けられるな。
だいたいこの世界は、白か黒かのはっきりした色しか無かった。
でも、居間は結構カラフルだった。
床も壁も白いんだけど、よく判んない柄のタペストリーとか、読めない文字が彫られたプレート風の、見ようによっちゃ賞状にも見えるものとか。
テーブルにも、いろんな色が混じったクロスがかけられてるし、脚の下には毛皮風なアクセントラグも敷いてある。
ティラノの背後には、飾り彫りが入った石造りの棚があった。中身は見えないな。
ただ、木製の品物だけは無い。
「木のボディは珍しい」
とか、ブレナンってライオン男に言われたように、この世界では木製の品って貴重なのかもしれない。
ティラノは、俺を見ると、指ちょいちょいした。
頭の中には、次にするべき動作の画像が浮かんでいる。
会釈、でもって椅子に腰かけ。
おっ!?
石造りだから固くて冷たいとばっかり思ってたら、座り心地はふんわり。
何なら、ほんのり温かい。
これ、もしかしたら石に見えるだけなのか?
ポーマで出来てるのかもしれないな。
「さて。
俺がしてやれる事といえば、ポーマを分け与えてやる事くらいだ。
後は自分で何とかしろ」
「ああ、それでいいよ」
ティラノとは普通に会話が成立した。
距離は気にする必要は無かったみたいだな。
少なくともこの屋敷っていうか、宮殿っていうか、の中では。
そっちよりも「ポーマを分け与える」方が、よっぽど気になる。
だったらもう、俺のやるべき事は一つだ。
「あのさ、ティラノ。
今まで見て、体験もして、ある程度は理解出来てると思うんだけど。
ポーマって、専用とそうじゃない用の二種類があるって事でいいか?」
これまでのおさらいがてら、確認する。
気になる事をうやむやにして、ただ言いなりにはならないぞ。
それしか方法が無いと判ってても、やっぱ納得って大事だと思うんだよな。
ここにパムはいない。
俺とティラノの、ガチ二人きりだ。
もしかしたら、こいつも敢えて誰も同席させないのかもしれないし。
訊きたい事をしっかり訊いてやろう。
ティラノは頷いた。
「簡単に言えばそうだ。
公用と専用に分かれる」
「やっぱ専用の方が威力が強いんだよな?」
「そうとも言い切れん。
用途次第、素地次第と言っておこう」
「その、素地ってのがイマイチ判んねーんだけど」
ティラノはあれこれと説明を始めた。
んー。
俺達の世界流に言えば、才能に近いもののようだな。
ポーマを受け入れる能力ってものがあるらしい。
「生まれつき、高い素地を持つ者もいれば、鍛錬で高める者もいる。
おまえの場合は、どちらかと言えば後者だな」
「え?」
鍛錬で高めた覚えは無いぞ、全然さっぱりちっとも断じて無い。
ポーマなんて、こっちに来て初めて知ったんだからさ。
ティラノは体を前後に揺すった。
「おまえの覚えはこの際どうでもいい。
ポーマを受け入れる素地が高い、今はそこが一番重要だ」
「まあ、そりゃそうだな」
同意しつつ、俺はちょっと考えた。
この世界の魔法は、ポーマだけじゃなくて、想像力も結構大事だ。
って事は、アニオタ特有の妄想、違った想像力が、こいつの言う素地を鍛錬で高めるってやつに通じているのかもしれないな。
だとしたら、俺、アニオタで良かったぁ。
「今だから言うが、おまえの胸に授けた俺の牙。
もし受け入れる素地が高くなかったら、おまえを殺していただろう。
何せ、素地に合わないポーマは猛毒だ」
けろっと何を言ってくれてんだこの野郎!
恐竜顔からは、表情の動きが判らない。
すましてとんでもねー事言いやがるな、このティラノサウルスは。
無断で人体実験かましやがって。
ほんとにアニオタで良かった。
世の中、何が幸いするか判らないもんだ。これで命拾いするとは思わなかった。
「そう怒るな。
他に手が無かった。
あのまま放っておけば、いずれは空中に溶け込んだポーマを浴び続けて消滅だったんだぞ」
誰のせいだ、誰の!
「今は、俺の授けた牙を媒介にして、結界を張ってある。
当分は問題ない」
「……当分?」
なんか、聞き捨てならない事を言い出したぞ。
「まさか、結界はそのうち効果が無くなるとか、そういう方向?」
「そういう方向だな」
「ちょっと待て。
それ、いつまで有効なんだ?」
「さあな。
具体的に何日間とは言えん。
俺にも判らんのだ。
結界の効果が無くなる前には、警告が来るようにはしたがな」
おおおおおいっ!!
冗談じゃないぞっ。
いろいろ手を打って、明日からの学校生活に平和を取り戻したとしても、本体が消えましたなんてシャレにならない。
こんなとこでのんびりおしゃべりしてる場合か!?
「お勧めは出来ないな」
「だったら早く!」
俺は叫びながら腰を浮かしていた。