恐竜男の宮殿
街、ねえ。
これを街と言っていいのか、めっちゃ疑問なんだけども。
例の竜巻エレベーターを降りた俺の目の前に、まずはどーんと石造りの門が現れた。
手の甲に刻印されたやつと同じ、つる草っていうか、やたら幾何学模様っぽいややこしい図柄と、交差する剣、たぶんティラノの紋章なんだろう。それが扉の中央にでかく描かれてて、まあそこまではいい。
領主らしい恐竜男が手をかざすと、自動ドアみたいにすんなり開いた、これも不思議じゃなかった。
びっくりしたのはその後だ。
「街に入る。
踏むなよ」
ティラノの注意で、はぁ?
更にパムの
「周囲に気を配るがいい。
おまえの世界とは別だ。
踏んだら大惨事になる」
意味不明な忠告でまたもや、はぁ?
何なんだよ、と思いながら異世界コンビに続いて、状況把握した。
ミニチュアじゃん!
俺達がいきなり巨人になったわけじゃないなら、門をくぐったこの場所は、思いっきり精巧に出来ている、ミニチュア模型の街、ジオラマだったんだ。
しかも!
足元を、蟻みたいな大きさの人間が大勢、ちょろちょろ歩いてる!
何じゃこりゃあああ!
「貴様、人の話を聞いていなかったのか!
周囲に気を使え、大惨事を招くと言っただろう」
あわあわして、かなり態勢を崩した俺を、パムは振り向きざまに怒鳴った。
木のボディにまだ慣れてないせいもあって、力の加減が判らねー。
よたついたから、がちゃがちゃ音がしたんだな。
そりゃ聞いてたけど、こんなちっこい人間が足元をうろついてるなんて、思ってなかったんだよ。
「こういうのはもっと早く言ってくれ。
歩くの怖ぇぇよ」
「慎重に歩け」
パムさん、もっと優しく出来ませんかね……。
仕方ないや、とっても優しい召使ちゃんに聞こう。
「そういうわけで、どうすりゃいい?」
心の中でレナに質問タイム。
俺にしか見えない推しキャラが、すっと現れてにこやかに一礼。
「御安心下さい、フミト様。
私が加減をして差し上げます。
落ち着いて、いつも通りに足を動かしてみてください」
優しいぃぃぃ。
レナを信じて、とはいっても足の真下に蟻サイズの人間が居るのは確かだ、ちょっとどきどきしながら、一歩踏み出してみる。
あれ?
特に何も感じない。
いや、元々感覚は無いんだけども、あの真っ白な舗装の広場を歩いた時は、体重が地面にかかる感じはあったんだよ。
今はそれも無い。
「フミト様は、ただいま魔法の舗装路面を歩いていらっしゃいます。
庭の主と従者だけが歩ける、特別な道です。
足元の準民や属民達との間は、魔力で遮られておりますので、かなり力を入れない限りは大丈夫です」
「あ、そうなんだ」
「ただし、建物には効果がありません。
もしフミト様が建物に衝突された場合は、壊れてしまうかもしれませんので、ご注意ください。
もちろん、私がお守りいたしますが」
そう言われて、ちょっと冷静になった。
周囲を見回してみる。
建物は、塔みたいな背の高いものから普通の二階建て、教会っぽい感じのやつ、とそれぞれだ。
よく見たら、何か法則というか造りに規則性があるように思える。
俺達がまっすぐ歩いているのは、街の大通りの真上なんだろう。
足元の様子を伺っていたら、ちょろちょろ動いている連中は、俺たちに気づいていないっぽい。
見えていないらしい。
ここは商店街なんだろうな。
買い物かごを下げたおばさんとか、小さすぎてはっきり分からないけど、親についてい歩いている子供とか、リュックサック風の荷物を背負って、忙しそうにしている商人風の男とか、荷馬車に見える貨物車も通りを行き交っているのが見えた。
まー、馬車っていうのはおかしいか。
だって四輪の貨物車を引いているのは、どう見ても俺が知ってる馬じゃない。
二足歩行で、頭だけドラゴン、体はダチョウっていう、妙ちくりんな生き物だし。
何か、ぴょこんぴょこんと頭を上下させる、独特のリズムで軽快に貨物車を引っ張っている。
小っこいから変に見えるだけで、俺もこのサイズになったら、そこそこでかいのかもしれない。
小人の国に入り込んだ感じだなー。
レナを信じて、力の加減を任せたから、歩くのにだいぶゆとりが出来た。
道を挟んで両側に二階建ての建物が並んでいる風景は、何となくヨーロッパ風だと思う。
たまにネットとかで見かける絶景シリーズの、ギリシャの街みたい。
でもさ。
やっぱギリシャじゃないんだよな。
俺の足元を歩いているやつ、人間とは限らないもん。
石像だよ、もろに石像。
ずしんずしんと歩いているのがいたり、遠目には人間っぽかったけども、近づいてきたらティラノと同じ、頭だけ人間じゃない、トカゲ風のやつや、ネコもいる。
すげー、ごったごたの生き物連中だ。
人生で、こんな珍風景に出会うなんて、考えてもいなかった。
陽音はさっき午後九時五分って言ってたから、あれから約二時間か。
たった二時間で、随分と世界が一変したもんだ。
妙な気分に浸っていたら、今度は目の前に豪邸が現れた。
街の中心、それも空中にある、凄ぇでかい屋敷だ。
っていうか、もう城レベルだな。
俺は西洋史が苦手で、あんまり詳しくないんだけども、教科書で見た事がある。
何だっけ。
ドリス式だったけか。
堀溝がある円柱がたくさんあって、中央に玄関、左右を対にして建てるやつ。
あんな感じだ。
見たところ、五階建てくらいの高さは余裕だな。
ティラノの豪邸っていうか、ほぼ宮殿だよ、こりゃ。
やっぱ王様なのかね、恐竜顔のくせに。
意外にも門は無かった。
ま、目に見えないポーマの防壁があるんだろうと思う。
それよりも驚いたのは、玄関の前だった。
広場にもあった噴水。
派手に水をまき散らすタイプじゃなくて、勢いはそれなり、吹き上がったりしない。
泉が湧いているような感じのが、噴水の中央で円を作っている。
その中心にあるのだけが、水柱をたてて、上空へ昇っているんだ。
まるで天に吸い上げられているように見える。
これは何だろう。
庭の飾りってわけじゃないよな、やっぱ。
何か意味があるものだと思うんだけど。
レナ、判るか?
「お答えいたします、フミト様。
これは、ポーm……うしん……かい……」
「え?」
あれ、急に聞き取りずらくなったぞ?
ていうか、レナの姿も不安定になって、消えちまった!
ええええええ?
どういう事だ?
うろたえていたら、パムがまた軽く肩越しに振り返った。
「ここから先は、マスターのご領域になる。
マスターの御許しなく、自分のポーマを使う事も、下僕を召し使う事も不可だ」
「え? マジ?」
じゃ、しばらくはレナを呼び出してサポートしてもらうのが無理なのかよ。
うわー。
レナにいろいろ頼ってたからなぁ。
いきなり心細くなったぞ。
「余計な心配をするな。
別にとって食いはせん」
ティラノもいつのまにか足を止めて、状態を揺すりながら言った。
おまえが言うか、このおとぼけ恐竜野郎!
さっき俺の頭を食いちぎろうとしたのは、どこのティラノサウルスだっつーの。
「この屋敷に居る時は、可能な限り下僕は使うな。
代わりなら幾らでもいる」
訳の分からない事を言って、またあの指ちょいちょいをした。
パムは丁寧に頭を下げてから、ぽかんとしちゃった俺の頭に思い切り雑に手をかけ、思い切り
「会釈をせんか、無礼者」
挨拶させた。
分かった、会釈する! するからやめろぉぉ!
もげる、首がもげるって!
そういや、見かけによらず怪力だったんだよな、パムは。
覚えてるぞ。
ティラノに食われそうになった時、やっぱり頭を押さえられた。
俺、何も出来なかったもん。
ティラノを怒らせたら頭ばっくり、パムを怒らせたら首がぽろんかよ。
とほほ。
そんなこんなで、何とか玄関に辿り着いた。
もうお約束になってる、ティラノの紋章が浮き上がり、主人が手をかざして自動ドア状態。
扉が開いたら、またまた仰天モードになった。
「お帰りなさいませ、マスター」
うん、ざっと三十人はいるね。
純白系メイドコスプレそのまんまの女の子達が、俺の部屋より広そうな玄関にずらっと整列。
声をそろえて、優雅に会釈した。
ティラノは慣れっこなのか、別に何も感じないって雰囲気で、軽く頷いただけ。
で、女の子達を軽く見渡して
「スミ。キイ」
二人を指名した。
列の後ろから、俺と同年代か少し下ってところの子が、そりゃもう訓練されてますって滑らかな動きで前に出て来た。
スカートのすそをつまんで、胸に右手をあて、軽くお辞儀をする。
今度は、俺を指ちょいちょい。
何だよ?
パムの脇を抜けてティラノの横へ行ったら、やつは
「おまえに二人、侍女をつけてやる。
黒い髪がスミ、赤い髪がキイだ。
どちらも俺の属民だが、貸してやるから、下僕として遠慮なく召し使え。
ただし、レナとは立場が違う。
出来る事には限りがある。そのつもりで居ろよ」
めっちゃ太っ腹な事を言い出したぞ。
びっくりして、女の子達をまじまじ見ちゃった。
二人は同じタイミングで俺に深く頭を下げた。
「両人、聞け。
この仮人は、訳があって俺の所有となったが、下僕ではない。
未来の義兄どのだ。名をフミトという。
俺に仕えるのと同様、誠心誠意フミトに尽くせ」
「かしこまりました」
そんな、普通にかしこまっちゃっていいのか?
いや嬉しいけどさ。
えーと、黒い髪がスイちゃんね。
へー、目が大きくてくりくりしてて、メガネかけたら似合いそう。
長い髪の毛を編んで、一本にまとめてる。小柄だなー。
素朴な後輩系の可愛い子じゃん。
もう一人、めちゃめちゃ真っ赤な髪をさくっとショートヘアにしてる、スレンダー系がキイちゃんか。
スミはメイド服が物凄いぴったりなんだけども、キイは背が高くて、男顔してるせいか、どっちかというと運動部のイメージかな。
俺的には、メイド服よりバスケ部のユニフォーム着せたい。
キイは、ちょっと見はパムに面影が似てるんだけども、体形がめっちゃ違う。
パムはメロン畑みたいな谷間ばばーん、でもキイは全体が細い。身長も、たぶんこの子の方があるな。
171センチの俺と、パムはそんなに変わらない。一方でキイは、どう見積もっても俺より高い。
三人三様で、みんな可愛かったり美人だったり。
見た目だけなら、めっちゃパラダイスだよな。
「ぼさっとするな。
おまえが命じなければ、二人とも動けんのだ」
パムに怒られるのもお約束かい!
くそー、パラダイス発現は、パムに限って取り消しだ。
大体そんな事、急に言われてもさ、こういうの初めてなんだよ。
レナは出てこないっていうか出てこられないみたいで、自分で基礎知識を調べなきゃだし。
あたふたと頭の中のパム情報を引っ張り出す。
こういう場合は、えーと。こうか。
「二人とも、よろしく。
姿勢を直していいよ」
「かしこまりました」
うーん、従順は嬉しいけど、人を使うって難しいな。
あ、なるほど。
それで指ちょいちょいなんだ。
いちいち言葉にする手間を省いてるんだな。
……俺、手がつるつる状態なんですけど!?
どうしろって!?