対策協議の結果はこうなった
レナは、首を傾げた。
「それは、判りかねます」
「判りかねるって、そりゃつまり、やってみなきゃわかんねーって事か?」
「はい」
めっちゃどきっぱりと頷かれちゃったよ。
げげげげげっ。
しょうがねえや、パムに聞いてみるか。
とってもちっとも気が進まないんだけども。
人間SNS状態で生活なんか、どう考えても無理。
正気でいられるとは思えないぞ。
というわけで、俺は意識を異世界に戻した。
さっきまでは普通に動けていたのに、こっちに来ると木のボディだ。
ぎくしゃくと、動きにくいったらない。
やっぱり感覚も、視覚と聴覚以外は働いてないし。
あー、生身の体が恋しい。
世界をつなぐ、要するにインターフェイスの役割を果たしている鏡の部屋から出ると、ティラノとパムが待っていた。
「どうだった」
結果を聞かれた。
ははぁ、ティラノといえども、出来る事と出来ない事があるんだな。
黒い竜巻エレベーターで移動した時もそうだった。
場所によっては、接触の効果が無効になるっぽいな。
「ばっちり。
妹とは分かり合えた」
「重畳だ」
意味はよく判らんが、とりあえず褒められたらしい。
いろいろ聞かれたので、さっきの流れをダイジェストで答えた。
妹がこっちの世界に来たがったのを、俺が断ったあたりでは
「勝手な事をするな」
かなり、気を悪くされたけど。
んー。
こりゃ意外と、ティラノは陽音に本気で惚れてるのかもしんない。
「だって、召喚円陣を通らなかったら、こっちに来れないんだろ?」
「おまえと同じ、仮人という手もある」
あんのかい!
だったら初めからそうしときゃ、妙ちくりんな勘違いもへったくれもなかっただろうに。
すると、ティラノは黙り込んでしまい、そっぽを向いて、もう俺には目もくれなかった。
やっぱ生身が良かったんだろうか。
まー、木のボディが相手じゃ、キスする気にもなれんわなぁ。
……って。
あほか俺!
妹狙いの異世界ストーカー野郎に共感してる場合か。
そんな事より、パムに聞かなきゃいけない事があるんだった。
レナが答えられなかった内容について質問する。
答えは、とってもわかりやすく意訳すると
「結界を張れ」
だったよ。
「どうやって」
「おまえはどこまでばかなのだ。
考えればよかろうが。
先程、空から落ちた時の対処をもう忘れたのか」
「じゃあ想像で何とかなるわけ?」
「実際に試してみるがいい」
「簡単に言うなよ」
試してみて失敗でしたじゃ済まないから、事前に質問してるんですけど!?
「レナは、出来るかどうかわかんないって反応だったぞ」
「なら、鍛えて成長させるのだな。
属民を下僕に持った主人の勤めだ」
マジデスカ。
ちらっとティラノを見てみる。
こいつの魔法力ってかなりのものだ(と思う)。
レナに力を授けるとか何とか、出来ないものかな。
出来るんじゃないかと考えてるんだけども、あいにくと陽音の件で不貞腐れちゃったからなあ。
何か、手を考えなきゃな。
朝まで、あんまり時間が無い。
そういや、時間を確認しなかった。
陽音とは会話だけなら出来るって、レナが言ってた事だし、ちょっと試してみるか。
(おーい、陽音。
そっちの時間を教えてくれ)
(今?
九時五分だよ)
めっちゃ普通に会話成立した。
そうか、もうそんな時間か。
このとき、俺は閃いた。
「ティラノ。
陽音と話すか?」
「!?」
「何を言うか、この無礼者っ」
パムに叱られたけども、こっちも怯んじゃいられない。
テレパシー友達なんか要らん。
この際だ、取引を持ち掛けてやる。
「俺は朝になったら家の外に出なきゃいけないんだよ。
でも、他人との接触は避けられそうもないんだ。
パムは結界を張れって言うんだけど、ちょっと出来そうもない。
今からレナを鍛えろって話もさ、間に合うかどうか分かんないんだ。
そこでだ。
ティラノが何とかしてくれるんなら、俺も陽音と会話出来るようにする」
頼む、乗ってくれ。
祈りつつ、最後まで言ってみた。
パムは激怒モードで、言葉も出ないらしい。
物騒な電撃の態勢になってるけども、構ってられない。
俺も明日からの学校生活が平和か騒動か、瀬戸際なんだ。
悪く思うな。決めるのはティラノだ。
恐竜男は腕組みをして、しばらく考えていたが、やがて
「承知した」
重々しく頷いた。
やった。交渉成立!
パムはぼう然。
まあ、理解出来ないのも無理はない。
男ってやつはこういうもんだ。
好きな女の子とちょっとでも関りを持てるとなったら、大概の無理難題は乗り越えられるように出来てるんだよ。
「ただし」
ティラノの言葉には続きがあった。
「ここでは無理だ。
いかに俺が与えた属民とはいえ、俺の配下ではない。
あくまでもレナのマスターはおまえだ」
「ああ、そうだな」
「従って、俺が直接に何かする事はご法度なのだ。
俺が出来る事は、レナではなく、おまえにそれなりの力を与える事だけだ。
俺は、おまえのマスターなのだから」
「……あ。そう」
なんかちょっと、目論見と違う。
そういや、他人の持ち物(つまり俺だ)に手を出そうとした、あのライオン男。
ブレナンだっけか。
あいつが、俺にこだわったとき、ティラノは断って一歩も引かなかったし、最後には
「評議会で会おう」
とか何とか、脅しともとれる事を言ってたっけな。
そういうルールなんだろう。
だったら、ティラノがレナを成長させる事は出来ないって理屈になるんだな。
で、どーするわけ?
「俺の『庭』に来い」
「え?」
庭ってなんだ?
レナに問い合わせてみよう。
「マスターの称号をお持ちの皆様は、正民の御身分です。
正民には、支配領土が与えられます。
通称を庭と申します」
「なんだよ、ティラノって王様だったのか」
「おう、などという言葉は知らん。
マスターだと言っている」
んー、意味を噛み合わせるのが難しい。
「俺の世界じゃ、その、庭っていうの?
支配領土っていうのを持っているやつを王と呼ぶんだよ」
「ほう」
「そのくらい知っておいてもいいと思うぞ。
陽音だって、俺と同じ世界の住人なんだから。
俺達の世界にも庭って言葉はあるけどさ。意味が違うぞ。
陽音を混乱させないように教えてるんだから、もう少しまじめに聞けよ」
あんまり反応が薄いから、ついそう言っちゃったら、意外にもティラノは
「そうか、それは気を遣わせたな。
礼を言う」
大真面目に頭を下げた。
びっくりした。
これまで偉っそーな態度しかとってなかったのに。
パムも意外だったらしい。
絶句した感じで、ひたすら目をぱちくりさせている。
本人の方は、さっさと気分を切り替えたらしく
「パム、用意だ」
例によって短く命令した。
ほとんど言い捨てた感じで、すたすたと元来た通路を逆進していく。
我に返ったらしい委員長風美人が、慌てて会釈して
「ただちに」
後を追いかけた。
俺はちょっと興味を感じて、パムの後ろから
「なあ。
もしかしてパムって、ティラノの属民だったのか?」
聞いてみた。
返事は、振り向きもしない姿勢で
「むろんだ。
私はマスターに命を頂き、マスターの御為に働くのが存在意義だ。
そしてそれが誇りだ」
ソッコーだった。
なるほど、何となくわかって来た。
属民として生まれたら、最初は実体が無いんだ。
主人に心の中で育てられて、ある程度まで力が付いたら、今の俺みたいに仮の体を与えられるんだな。
それが仮人なんだろう。
俺はまあ、召喚失敗で元の体が半端に封印されちゃって、身動き取れなくなったもんで、例外的に仮人扱いになってるわけだ。
あくまで俺の予想だけども、本来の仮人は、属民が実体を与えられた姿なんだ。
だんだん成長して、人間風になっていくって流れ。俺はそう見当をつけた。
レナが
「お見事です、フミト様。
ご自分で御考えになられて、正解を見つけられるなんて、素晴らしいです」
めちゃめちゃ褒めたたえてくれて、マジ嬉しい。
それはいいとして。
俺の扱いは?
属民として生まれたわけじゃないんだから、そういう身分じゃないんだろうとは思う。
でも正民とも言えそうにないんだよな。
じゃあ、残っている準民ってところか?
どうなんだ、レナ。
「わかりません」
超あっさりした答えだった。
でもまあ、どっちでもないんだったら、準民って扱いなんだろうな。例外的に。
そこらへんは、深く追求してもしょうがないので、だいたいこの辺で切り上げる。
ていうか、外に出ていた。
例の竜巻エレベーターで移動するんだろうっていうのは、もう学習したからだいたいの見当はつく。
さっきの広場まで戻るんだろうか。
ちょっと面倒くさい気分でいたら、パムが黒い粒を純白の舗装面に放り出すところを見た。
あっというまに、四角形の板に変わった。
これはあれか。
移動の目印だと思ってた黒い板の、携帯バージョンって感じか。
竜巻を呼び出すには、この板が必須なんだろうな。
「ティラノ。
庭に行ってどうするんだ?
まさか修行じゃないだろうな?」
そんな時間は無いぞ。
出来るなら、ちゃちゃっとやって欲しい。
希望を込めて聞いてみたら、やつは例の独特な体を揺する笑い方をした。
「俺もそんなに気が長い方ではない。
手っ取り早く、おまえに結界を張る方法を伝授する。
ただ、ここでは出来ない」
「なんでだよ。
どこでもいいじゃん」
「良くは無い。
俺の扱える魔法源泉が、ここには無いのでな」
珍しく、パムじゃなくてティラノ本人が答えてくれたんだけども、意味がいまいちつかめなかった。
俺が扱えるポーマってなんだ?
専用ポーマとかあるのか?
俺の疑問に、恐竜顔が頷きを返してきた。
「詳しくは後で教えてやる。
ポーマの扱い方は、身につけておいて損はないぞ」
「俺、この世界に永住する積りはないんだけど」
「永住だろうが一時滞在だろうが、この世界に居る以上はポーマとは無縁ではない。
取り扱いが難しい事は、もう判っていると思っていたがな。
実際に体が溶けないと理解出来ないのか」
ティラノは笑うのを止めたらしい。
声の調子から、真剣みが伝わって来る。
いやいやいや。
一体化コースは勘弁して。
きっと、永久に元に戻れない気がする。
こりゃあ、自分の身の為にも、ちゃんと心得た方がよさそうだ。
俺の考えを察知したらしく、ティラノはじろりと睨むような眼つきをして
「その方が、長生き出来るぞ」
かなりおっかない事を言いやがった。
やっぱ、便利すぎる物って、裏を返せば相応の危険もあるって事だな。
ひっそり納得していたら、パムが竜巻を用意し終えた。
まずティラノが渦巻きの中へ入っていく。
さて、次は俺か。
庭ってどんなところなんだろうな。