俺は超人状態になった
陽音から接触させればいいんだ。
体温は、俺の意思で上昇させられるか?
発熱中のイメージをしてみる。
陽音が顔色を変えた。
「やっぱり熱あるよ!
また真っ赤になってる」
「そうか?
自分じゃ判らねえよ」
とぼけたら、手が伸びて来た。
「何で判らないの?
ほら、こんなに」
今だ。
頼むぞレナ、うまくサポートしてくれ。
(お任せください)
額に、陽音の手が触れた瞬間、伝達が始まった。
ぎょっとして、固まる。
俺をじっと見つめたまま、ぷるぷる震えている。
たぶん、時間にして一分もかかっていなかったと思う。
妹は、俺の身に起きている現状を、理解してくれたようだ。
「おにい……」
「証拠見るか?」
俺は天井を見上げた。
本体が、しっかりぶら下がっている。
今の陽音には、俺と同じ光景が見えているはずだ。
そっと様子を伺ってみた。
物凄い表情になっている。
かっと両目を見開いて、口を手で覆い、懸命に悲鳴を堪えているらしい。
「言っとくけど、死んじゃいないからな」
「……うん」
返事は弱々しい声で、小さく頷いた。
さすがにショックだったようだ。
普段の妹なら
「判ってるわよ!」
とか何とか、けっこう強気の返事になるところなんだけどな。
よく見たら目が真っ赤で、涙ぐんでいる。
刺激が強すぎたか。
どう声をかけたものやら、ちょっと考えていたら、陽音は泣きそうな顔で俺を見て
「元に戻れるんだよね?」
質問してきた。
そりゃもう、俺としてもぜひ元に戻りたい。
「おう。
今、努力中だ。
そういうわけなんで、陽音、兄ちゃんに協力してくれ。
陽音の力が無きゃ、俺は異世界から戻ってこれない」
正直に、心境を言ってみたんだけどさ。
これが、妹の世話好き精神にスマッシュヒットしたっぽい。
がしっと両肩を掴まれ、ぐぐぐぐっと顔を近づけられた。
「当然よ!
協力、するに決まってるじゃない。
お兄ちゃん、あたしに頼ってくれていいからね?
何なら、ティラノにあたしから話をつけてあげる!!」
「……勇ましいっスね」
気持ちはとってもありがたいんだが、妹よ。
残念ながら、ティラノにもどうにも出来ないレベルで、俺の首は召喚円陣にドはまりしてるんだな、これが。
何とかしろって言ったら、あの野郎、牙を剥き出しにして、物理的に何とかしようとしたんだもん。
「ま、まぁ、それは置いといて。
今んとこ大事なのは、首だけ異世界状態を、絶対に隠さなきゃいけないってところだ。
親も学校とかも」
「うん、そうよね」
「陽音みたいに物分かりがいいやつばっかりじゃねえし、めんどくさい事にはなりたくない」
「よーっく判る!」
なにげに持ち上げたら、とっても素直に言う事聞いてくれそうな雰囲気になった。
こいつはちょいちょいおだてた方がいいな。
「それで、もう一つ大事な話がある。
俺、何か有り得ないパワー持ってるんだよ。
そこのスチール版なんか、そんなザマだ」
「これ、お兄ちゃんが!?」
うん、俺が。
軽くひん曲げた上に、真ん中からひきちぎりました。
せっかくなので、実演するか。
「まあ、見てろよ」
俺は少し陽音から離れた。
半分になった板を拾い上げ、ぐにゃっとS字に曲げたり、雑巾みたいに絞ってみたり。
スチール合金は、めっちゃ硬度が高い。
缶コーヒーなんかも、簡単にはへこまない。
そのくらいは、俺より成績がいい妹が知らないわけはないし、事実、厚みもある板を顔色一つ変えないで、紙のように扱う俺を、陽音は信じられないって目で見ていた。
最後に、ぶちっとちぎる。
「こういうわけ」
「……お兄ちゃん、有り得ないよこんなの」
そうなんだ、有り得ないんだ。
でもこれが俺の現状なんだ。
「どうも、このパワーはコントロール出来ないっぽい。
俺も気を付けるから、陽音もちょっと注意してくれ。
怪我させたくないんだ」
うーん。
こんなダークヒーローみたいな台詞をガチで言う日が来るとは、思わなんだ。
妄想で遊んだことならある。
でも、ガチな話になるとは思ってなかったし、いざなってみると、超絶パワー系ってめっちゃ生活に邪魔!
コントロール出来るならまだいいけども、いつでも全開で、手加減が無理って、かなり怖いぞ。
そんな積もりも野望も無いのに、気が付いたら破壊魔人になってるとか、どんな罰ゲームだ。
こんな状態で、明日は学校か。
今日は火曜日か。まだまだ、週が始まったばっかりで、休みまで遠い。
そもそも、二学期の初っ端だよ。
当分、まとまった休みは無い。
こりゃ、かなり神経使いそう。
思わずげんなりしちゃったら、陽音が距離に気づいたらしく、ぼう然とした様子から一気に立ち直った。
「近いわよっ」
なぜか怒られて、突き飛ばされた。
俺のせいか、これ!?
さっきより離れてたんですけど!?
とっても理不尽だったが、こんなパワーじゃやり返せない。我慢する。
ティラノにかまされた多大なる理不尽に比べれば、まあ照れ隠しくらい可愛いもんだ。
本人も判っているらしい。
小さく咳払いして、仕切り直したようだ。
「あのね、思いついたんだけど。
あたしもその異世界に行けないの?」
「は?」
何しに行くんだ。
ティラノに直訴しても、俺が頭を食われるだけだって。
「そんなの、判んないじゃないの。
ほんとは何とか出来るけど、お兄ちゃんに教えなかったって事もあるかも」
「何でだよ」
「めんどくさかったから?」
あのな。
それは無い無い。
「ティラノは、俺じゃなくておまえに用があるんだ。
何とか出来るんなら、とっくにやってるだろ」
俺としちゃ、妹をあの恐竜男に会わせたくはないんだよな。
結婚する気満々だし、やつの事だ、最初は俺を食って事態解決を図ろうとしたんだ。
目当ての陽音に会ったら、見境なくなるくらいの可能性は十分にある。
何せ、パムのマスターだからな。
目的の為なら手段を選ばない主義を発揮されたら、たまんない。
レナも加勢してくれて
「召喚円陣を通っていない方は、世界には立ち入れないのです」
「そこを何とか出来ないの?」
「出来ません」
きっぱり却下。
陽音は不服そうだったが、出来ないものは出来ないので、仕方なさそうに異世界行きの希望は取り下げた。
でもめげない。
乗り込むのは断念したらしいけど、すぐに別の手を思いついたようだ。
「だったら、こっちからも様子が判るように出来ない?
そっちの世界からはこっちが見えるんでしょ?
なら逆も出来るんじゃないの」
「あー、どうだろ」
アシスタントに問い合わせてみる。
答えは、出来るだった。
ただし鏡が必要だと。
そこの棚にあるやつでもOKか?
レナはとってもあっさりと
(かしこまりました)
魔法をかけてくれた。
(ハルネ様がご希望の時だけ、フミト様の視界を通じて世界をご覧いただけます)
「わあ、便利。
あたしも、レナみたいな子が欲しいなあ」
羨ましそうにしながら、鏡を覗き込んでいる。
うん、そこは同意だ。
俺もこっちの世界に戻りたい希望は希望として、レナのサポートだけは持って帰りたいとか、ちょっと都合のいい事を考えちゃってる。
陽音は盛んにいいなーを繰り返しているので
「なあ、レナ。
陽音にも力を貸してやる事は出来るか?」
一応、聞いてみた。
「フミト様を通じてであれば。
直接のご命令は、お受けいたしかねます」
「えー、お兄ちゃんに頼まなきゃいけないの」
「私はフミト様の所有品です。
ご命令を承わるのは、フミト様のみです」
レナは、陽音に直接答えた。
コミュニケーションはとれるんだな。
しかしまー、推しキャラの外見で
「フミト様のもの」
とか言われると、やっぱ嬉しい。
ついでれでれしちゃったらしくて、陽音に
「キモい顔しないで!」
また怒られた。
とにかく、困っていた問題は一つ片付いたので、これで良しとするか。
「それにしても、殺風景な場所だよね」
鏡越しに、がらんとしている向こうの世界を見て、陽音はちょっとつまらなそうにした。
確かに、眺めて楽しい場所じゃないし、思ってたのと違う感は俺にも覚えがある。
「今はそういう場所にいるから。
神殿の中の部屋を一つ借りてるんだ」
「ふーん。
外はもっと雰囲気違うの?」
「……あんまり変わんない」
俺が知る限り、異世界には街とか村っぽい風景は無い。
ひたすらだだっ広いだけなんだよな。
そういや、神殿に来る途中で見たびっくり動物園みたいな連中、あいつらどこに居たんだろう。
黒い竜巻で移動するのは判ってるんだけども、どこから来たんだ。
ティラノも、普段はどこに居るんだ。
まだまだ、判らない事がいっぱいあるな。
「陽音、俺はもうそろそろ、ティラノ達んとこ戻らなきゃだ。
移動したら、たぶんいろいろ見えてくると思う」
「うん、判った。
この鏡は借りていい?」
陽音も部屋に戻る気になったようだ。
レナは、鏡の場所については特に制限は無いと答えてくれたから、貸し出す事にした。
ま、いちいち俺の部屋に来なきゃこっちの様子が確認出来ないっていうのも、考えてみれば不便だし、妹が兄貴の部屋に入り浸るなんて、今まで無かった事だ。
親ズに不審がられない為にも、陽音には戻って貰った方がいい。
一人になって、俺は改めてレナに
「陽音とは離れてても会話できる?」
聞いてみた。
予想では、触ってつながりが出来たし、陽音にはポーマの影響があるはず。
側に居なくても話せるんじゃないかと思うんだけど。
「俺とレナがやってるみたいな感じで」
「姿は見えませんが、心の中の会話は可能です。
ハルネ様は、フミト様に触っていらっしゃいますので」
読み通りの返答で、ほっとする。
「なら良かった。
……え?」
待て。
何かひっかかるぞ。
触った相手には、ポーマが影響するんだよな。
陽音はいいとして、だったら他の奴は?
触ったら、誰彼の関係なしに、全員が俺とつながるのか?
WI-FIが電波キャッチするんじゃあるまいし。
出歩いて、誰かに触らずに済むとは思えないぞ。
「まさかとは思うけどさ。
俺に接触した奴は、みんな俺と心で会話出来るようになって、異世界を知って、ポーマに影響されて、なんて事にならないか?」
そこ大事。
めっちゃ大事。
知らん奴と片っ端からテレパシー友達成立なんて、冗談じゃないぞ。
どーなんだ?