召使ちゃん誕生
『お詫び』
大変申し訳ありません。このお話は「専属の召使ちゃん」の前に入っているはずだったものです。
一話とんでいました。修正してお詫び申し上げます。
俺の戸惑いなんか、まるっきり知った事じゃないってなもんで、ティラノは
「パム。
今すぐ使えそうなものはあるか」
視線を移していた。
心得てます顔のパムが、浴槽へ近寄った。
俺もつられて、さっきまで浸かっていた水風呂っていうかポーマ風呂っていうか、を覗き込んだ。
底に何かある!?
コロコロ動いてる!?
うずらの卵みたいなのが、五個くらい。いや六個か。
あんなの、さっきは無かったぞ。
あ然としながら様子を見ていたら、パムが水面に手をかざした。
底に転がっていたうちの一個が、吸い寄せられるように浮上してきて、彼女の手の中に収まった。
中華丼とかに入ってる、剥きたてのゆで卵としか思えない。
「お待たせ致しました、マスター。
これなら宜しいかと」
「フミトへ遣わせ」
「かしこまりました」
え?
俺に関係あるのか、そのうずらのゆで卵。
まさか食えとは言わないだろうな。
パムは、思わず身じろぎして軽く後ろに逃げた俺へ
「何をしている。
マスターが、特別におまえに授けて下さると仰るのだ。
ありがたく受け取るがいい」
突き出してきた。
んな事言われても。
大体、俺の手はつるっとした造りになってしまってて、指も無いんだ。
そんな不安定な楕円形、受け取れねーよ。
困っていたら、手を出せって意味じゃなかったようだ。
胸のルビーに押し込みやがった。
卵も卵で、普通にすぽんと入っちゃったし。
何じゃこりゃ。
「それは下僕の卵だ。
まもなく孵化する。
上手に育てれば、忠良な仮人になるだろう。
マスターのお心遣いだ」
「下僕?」
「今後の事もあるのでな、おまえに一体つけてやる。
大切に扱えよ。
俺でも、そう何体も用意は出来ん」
相変わらず面倒くさげな口調で、全然説明になってない事を言う恐竜男だな。
何だかよく判らないが、抵抗する気にもなれなくて、そのまま受け入れた。
ルビーの中で、卵が勢いよく動き始めている。
基礎知識を調べる暇も無かった。
あっというまに、俺の胸の中で『何か』が生まれた。
ルビーの内側に小さい影が見える。
確かに、何かが居る。
(初めまして、ご主人様)
話しかけられたーっ!
頭の中にーっ!!
しかもビジュアル付きでッ!!!
レナちゃんだレナちゃんだレナちゃんだ。
『学パリ』の押しキャラが、俺の頭に。
でもってフルヌードごちそうさまです!
……いやいやいや。
とりあえず、何か着て。
マッパの女の子と話すのは無理。
(なにかきて、とは何でしょうか、ご主人様)
レナは不思議そうに首を傾げている。
あ、そうか。
俺が服を着た姿をイメージしなきゃいけないのか。
焦った結果、赤いチェックのスカートとベスト、丸襟ブラウス、リボンタイ。
『学パリ』でのいつもの格好を考えた。
すると、裸だったレナが、とっても見慣れた姿に変わった。
(これが、なにかきて、でございますか。ご主人様)
(うんまあ、そう)
おおおおおおおっ。
声もちゃんと、推し声優さんの声で再生されてるぞ。
記念すべき押しキャラとの会話が、ちょっと微妙な感じになったけども、この際は仕方ない。
それにしても、下僕かああああ。
むしろ俺がそっちの立場になってもいいくらい、感動しちゃってる。
ビバ魔法。
もっと詳しく知ろうとしたら、レナが超にこやかに
(お任せ下さい、ご主人様。
私は、その為に生まれたのです。
ご主人様にお仕えして、支えます。
何なりとお申し付けくださいね)
雑用でも何でも、どんとこい宣言をしてくれた。
あー、癒されるなぁ。
今までずっと、めっちゃ雑に、時にはSっけ全開モードで、下っ端扱いだったからさ。
こんな時、推しキャラに「ご主人様」なんて言われてみ?
癒され過ぎて、逆に軽く死ねるから。
半分以上、意識がぶっとびかけてたんだけども、レナが
「この世界では、住人は三つの身分に分かれます。
正民、準民、属民です。
属民は、正民又は準民の住人様にお仕えして、その助けとなるために生まれます。
私は、ご主人様のお考えになられた姿を頂いて、いつもお側におります」
解説してくれた。
あー、これはあれだ。
スマホやパソコンのヘルプ機能的なやつだ。
一方的なやりとりじゃなくて、普通に会話が出来て嬉しい。
恐竜男が何を考えてるんだか、全然ちっともさっぱり心当たりは無いけど、とにかく便宜図ってくれたのは分かった。
「ありがとうティラノ!」
「この無礼者が。
マスターに対して、妙な呼びかけをするなと言うのに」
召使は怒らせちゃったらしいが、まあいいや。
本人は別に気にしてないっぽい。
「知りたい事はあるだろうが、後にしろ。
おまえの妹の件、早急に手を打たねばならん」
きっぱり言われて思い出した。
陽音!
あいつを何とかする為に、ここまで来たんだった。
「マスターの仰る通りだ、愚か者。
浮かれている場合ではない」
「判ったよ。
で、俺は何をすりゃいいわけ」
「改めて、どうなるのが最善か、よく考えてみろ。
おまえの世界の事だ、俺には判らんし、手も出せん。
おまえにとって、どうなるのが最も好都合なのか」
俺にとっての好都合ね。
元の世界の「俺もどき」は、まだ陽音に本物じゃないってバレてはいない。
でも、めっちゃ発熱して、赤い斑点も顔に出ちゃって、何かやばい病気にかかってるかも、とは思われてるはずだ。
朝には両親にも知られ、病院騒ぎになるのは、今のとこほぼ決定事項。
俺としちゃ、ベストな解決は、全部無かった事にする。
でもこの手はだめだ。
家族から、俺に関する記憶まで消えちまうってパムに言われてる。
となると、やっぱ騒ぎを起こさない方向でいくしかないよな。
……うん。
陽音に隠すのは無理だ。
こりゃ協力を求めるしかないっぽい。
「妹に、俺の現状を全部話すよ。
で、あいつの手を借りて、元の世界の生活を普段通りにする。
今は他に考えられない」
正直に、直球勝負してみた。
ティラノは頷いて
「ならば、心に直接働きかけるのが最善だな。
今であれば、伝達が使えるだろう」
あー、そういう事か。
陽音に触らせたのは手柄だったっていうの、あれは接触した事で、俺に溜まっているポーマが、あいつにも影響させられるようになったって意味だったんだ。
この世界の魔法の特徴は、想像力がものをいう。
でも、自分以外の相手に影響させるには、接触が大事な要素になる。
パムが大量の情報を一瞬で俺に伝達する時、おっぱいむぎゅーんしたのも、ティラノが自分の歯を折って俺に刺したのも、それが目的だったんだ。
「あの部屋を使え」
ティラノが指さした先は、ただのガラスの壁だった。
パムが右手をかざす。
魔法陣のような円が浮かび上がって、俺の手の甲につけられたやつと同じ紋章が中央に現れた。
行け、と顎をしゃくられた。
パムのストレートヘアが揺れて、無表情なのに、何だか見とれちゃったよ。
あの子は、主人しか眼中に無いって分かってるのにな。
あ、いかんいかん。
何を考えてんだ、俺。
今は陽音対策だ。
円陣に近づいたら、吸い込まれた。
がらんとした何にもない部屋、正面のやや壁寄りな位置に、なんちゃってアンティークの鏡があるだけだ。
ルビーが赤く輝いて、レナが姿を現した。
等身大の推しキャラが、俺の足元に跪いてるよ。
どきどきする。
つい誘惑に負けて、レナのライトブラウンな肩までの髪に手をやってみた。
触ってみたかったんだ。
感覚無いのに。
が!
「えっ」
すかって。
通り過ぎちゃったぞ。
「申し訳ございません、ご主人様。
私は、まだ実体化が叶う程には成長していないのです。
ご主人様の胸にあるルビーからは出られません」
「そうなんだ、ごめんごめん。
知らなかった」
しょんぼりしちゃったレナが可愛いやら気の毒やらで、思わず謝ったら、顔を伏せたまま首をふるふるされた。
「ご主人様。
属民に謝罪など、ご無用に願います」
「そうなの?」
「はい。
私の事よりも、どうぞご主人様のご用事を」
くぅーっ、健気だぁぁぁ。
この態度が、何となくティラノ一筋のパムに重なる。
確か
「大事に育てたら良い仮人になる」
とか言われたっけな。
パムも、レナと同じく元は属民で、ティラノに育てられてああなったのかもしれない。
……永住する気の無い俺が、忠実な仮人を育ててどうすんだ。
さては、俺を手元に置くための策略か!?
複雑な気分になりつつ、例のアンティーク鏡に体を向けた。
そう。
この異世界に長く居るつもりは無いし、普通に帰る為にも、陽音に協力して貰わなきゃならないんだ。
「あのさ、レナ。
鏡に、俺の世界の様子を映してくれるか?」
せっかくなので、レナに命令――って感じじゃないな、これじゃ依頼だ。
まあ、何でもいいや。
言ってみた。
「かしこまりました、ご主人様」
わあとっても素直ーっ。
レナは跪く姿勢から立ち上がって、鏡に向き合った。
俺が体内に溜めているポーマを、属民であるレナを通じて使えば、本人が直接使うよりも威力が増強されるし、節約にもなるんだ。
いろんな意味で、属民はマスターにとっての大事な補助役と言える。
ただその、ご主人様は照れるな。
「あのさあ、レナ。
俺の事は、フミトって呼んで。
ご主人様はちょっとその、えーと、何だ」
咄嗟にティラノが浮かんだ。
「そう、俺のマスター。
マスターとごちゃまぜになるからさ、分ける意味で」
「かしこまりました、フミト様」
やっぱ素直だーっ!
めっちゃ可愛く微笑んで、そっと頭を下げるところが、元々のキャラとはちょっと違うけど、いいや、俺好みだってコトで。
推しキャラをカスタム出来るのは、ポイント高っ!
こっちはウキウキしてるんだけども、レナはいたって真面目。
鏡に両手をかざし、やがて注文通り、俺の部屋を映し出した。
影武者は、ベッドに寝転んで、ずっと漫画を読んでいたらしいな。
見た目は特に問題はなさそうで、知らなきゃ、俺が普通に漫画タイムを満喫しているようにしか見えないと思う。
親ズが来た様子も見当たらないから、陽音は予想通り、まだ親には何も言ってないんだ。
全てを打ち明けるなら今しかない。
「レナ。
俺の妹、判るか。
陽音っていうんだ。その子を鏡に映してくれ」
「はい、ハルネ様を映します」
とっても素直な反応は、鏡にばばーんと映し出された。
……えーと。
ここ風呂場!
湯煙もうもう。シャワーを霧状吐水にしているな。
バスタブにシャワーヘッドが向けられていて、半身浴しながら浴びているのは、頭にフェイスタオルを巻いた妹!
絶賛入浴中だったああああ!